メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

西村あさひのリーガル・アウトルック

香港証券取引所への上場の問題点と実務

仲田 信平(なかだ・しんぺい)

 中国本土やアジア地域へのゲートウェーとして注目される香港証券取引所。このほど、金融業のSBIホールディングスが日本で設立された企業として初めて同取引所のメインボード市場(東証では一部上場に当たる)に上場した。アジア進出に伴う資金調達や現地での知名度アップのため、今後、同取引所への上場を目指す日本企業が増えると予想されるが、SBIホールディングスの上場手続きに関与した仲田信平弁護士が、同取引所に上場する場合の問題点と実務について、詳しく解説する。

 

日本企業の香港証券取引所上場

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 仲田 信平

拡大仲田 信平(なかだ・しんぺい)
 弁護士。1994年東京大学教育学部卒業。2002年ノースウェスタン大学(LL.M)修了。1997年弁護士登録。2003年から2006年までゴールドマン・サックス証券会社に勤務。

 ■ はじめに

 世界の中におけるアジア地域の経済的な重要性が日に日に増している今日、中国をはじめとするアジア諸国へ事業を拡大することが、多くの日本企業にとって、重要な経営課題となっている。日本企業のアジアへの進出に伴い、資金調達や現地での知名度の向上という観点から、アジアの証券取引所への上場が増加していくと予想される。香港証券取引所は、世界で最も急速に成長している取引所であり、近時、中国本土やアジア地域へのゲートウェーとしての重要性を高めている。この6月12日、イタリアの高級ファッションブランドであるプラダが、株式を公開するに当たり(同社は従来非公開企業であった)、香港証券取引所を上場市場として選択すると発表したのは象徴的である。こうした中、本年4月14日に、SBIホールディングスが、香港証券取引所のメインボード市場に、日本で設立された企業としては初めて上場した。SBIホールディングスはすでに東京証券取引所及び大阪証券取引所に上場しており、香港証券取引所への上場は、いわゆるセカンダリー・リスティング(すでに他の証券取引所において上場している企業がその上場を維持したまま、二次的な上場をすること)であった。

 筆者は、機会を得てこの上場案件に関与することができたので、以上のような状況も踏まえて、日本企業が香港証券取引所に上場する場合の問題点と実務的課題を解説することとしたい。

 ■ 香港預託証券(HDR)の利用

 日本の会社が香港証券取引所への上場を検討するにあたり、まず、発行する株式をそのまま上場するか、それとも、預託銀行が発行する香港預託証券(HDR: Hong Kong Depositary Receipt)を上場するのかを検討する必要がある。預託証券とは、預託銀行が、株式の発行者との間で締結する預託契約に基づき株式の預託を受け、これを原資産として発行する証券である。日本企業が米国の証券取引所において上場する際に、米国預託証券(ADR: American Depositary Receipt)が実際に用いられている。

 上場にあたっては、株式それ自体が上場できれば簡便で、またコストを抑えることができ、望ましい。しかし、すでに日本で上場している企業が香港で重複的に上場する場合には、証券の決済に係る以下のような制度上の制約から、香港預託証券を利用することが避けられないと考えられた。まず、日本の証券取引所に上場する企業として、(1)上場株式を、証券保管振替機構(ほふり)を振替機関とする振替決済制度の下に置く必要があり、また(2)株券を発行することができないという制約を受ける。これに対して、香港で上場する企業は、(1)香港の決済システムにより決済する必要があり、また、(2)(実質的な)株主からの要求がある場合には権利を表章する証券を発行しなければならないものとされている。日本企業が発行する株式そのもの(原株)を上場する場合、こうした問題点を整合的に解決することはできない。従って、香港預託証券を用いて、日本の証券取引所における決済と香港証券取引所における決済を分けることにより対応する必要がある。

 ただし、以上述べたのは、「ほふり」の強制的な利用や株券を発行することができないという規制がかかってくる日本の上場会社に当てはまるものであり、日本の未上場会社が香港上場を目指す際には、株式そのもの(原株)をそのまま上場することも可能と思われる。

 ■ 香港における株主保護の水準との同等性

 香港証券取引所の上場規則上、海外企業が上場する場合、その国・地域における株主保護の水準が、香港における株主保護の水準と少なくとも同等でなければならないこととされている。具体的には、(1)適切な株主総会手続に係る法制度、(2)コーポレート・ガバナンス体制に係る法制度、(3)資本の充実・維持に係る法制度などが、取引所によって審査されることとなる。

 これに関して、昨年10月27日、香港証券取引所及び香港証券先物取引委員会(SFC: Securities and Futures commission)は、日本における株主保護の水準が香港における株主保護の水準と少なくとも同等であり、日本が受入可能地域であることを認める旨、公表したため、以後、日本で設立された会社は、この点に関しては、比較的簡易な手続きに基づき審査されることになった。

 ■ 香港法及び香港証券取引所規則の遵守・社内体制の整備

 香港証券取引所に上場した場合、日本での規制のみならず、香港の規制にも従う必要がある。従って、上場までに、香港証券取引所の規則及び香港法を遵守できるような社内体制を整備することが必要となる。取引所規則の中で特に重要と思われるのは以下の事項である。

 ▽コーポレート・ガバナンス
 香港証券取引所の上場規則において、監査委員会・報酬委員会・指名委員会を設置することや、3名以上の独立取締役やコンプライアンス・アドバイザーの選任が義務付けられていること。

 ▽株主総会決議
 香港証券取引所の上場規則では、株主総会における手続(招集通知の記載事項や、日程等)や決議すべき事項が規定されているため、原則として、これに従う必要がある。他方、日本の会社は会社法の規定に従う必要があるため、これらをどのように整合的に調整するかが重要な課題となる。

 ▽利益相反取引
 取締役や主要株主と会社との間の利益相反取引に関する規制に従うこと。これについては、一般的に、日本の会社法に基づく規制よりも厳格である。

 ▽合併・買収等
 香港では、香港証券先物取引委員会が定めた合併・買収規則(Hong Kong Codes on Takeovers and Mergers and Repurchases)が存在し、これが適用される場合には、上場企業の合併や買収に関して、日本とは異なる規制を受けることとなる。

 ▽継続開示
 香港における開示規則に基づき、年次報告、中間報告、四半期報告等に基づき、一定の財務情報の開示が必要とされていること。

 ▽不公正取引防止
 これに関するものとしては、香港の証券・先物規則に定めるインサイダー取引規制・相場操縦規制などが存在する。

 このように、上場後は、香港における規制が及ぶため、上場までに、これらの規制を理解し、かつ適切に遵守できるような社内体制を整えておくことが必要となる。

 ■ 免除申請

 香港市場に上場した場合には、上記のとおり、香港証券取引所の規則その他香港における規制が、日本法及び日本の取引所の規則による規制に加えて課されることになるが、香港証券取引所の規則を遵守すると、問題が生じる場合がある。そのため、香港証券取引所の規則上、取引所は、規則の適用免除を認める権限があるとされている。従って、香港上場を目指す日本企業としては、会社にとって問題が生じるような規則について、取引所に対して適用の免除を申請する必要がある。

 SBIホールディングスの案件においては、かなり広汎な免除を取得しており、その中で特に重要なものを、以下に取り上げる。

 ▽免除申請~具体例(その1)~監査委員会、報酬委員会、指名委員会

 香港証券取引所の上場規則上、上場会社は、取締役から構成される監査委員会や、報酬委員会、指名委員会の設置をしなければならないものとされている。

 これに対して、日本の会社法及び証券取引所の規則では、上場会社は、監査委員会・報酬委員会・指名委員会から成る3つの委員会を設置した委員会設置会社とするか、又は監査役から成る監査役会設置会社とするかを、選択することができるものとされており、SBIホールディングスは監査役会設置会社であった。

 定款変更をして委員会設置会社に変更すれば、監査委員会を設置できるため、「取締役から成る監査委員会」という香港の要請を満たすことは可能であるが、SBIホールディングスの案件においては、上場のみを理由として既に存在するガバナンスを変更することは会社にとって負担が大きすぎるため、監査役会設置会社であっても適切にこれらの3つの委員会(特に監査委員会)の職務を果たすことができる旨を説明し、免除を受けた。

 ▽免除申請~具体例(その2)~株主総会決議

 香港証券取引所の上場規則において、会社が行う一定のカテゴリーに分類される取引(合併などの組織再編行為だけでなく、資産の取得・処分、証券の引受、ファイナンスリース・オペレーティングリース、保証の提供などの取引行為も含まれている)について、総資産、利益、売上げ、対価及び株主資本をベースとして、一定の基準を超えた場合に、取引所への通知、開示、株主への通知、株主総会決議の取得を義務づける規制がある。これに対して、日本法では、香港証券取引所の上場規則において株主総会決議が必要とされる取引であっても、必ずしも株主総会決議事項とされるわけではなく、また取引所への通知、開示、株主への通知の要件や手続についても、その規制内容は香港におけるそれとは異なっている。

 特に問題となるのは、香港証券取引所の上場規則上、日本法では必要とされていない場合においても株主総会決議が必要とされる場合がある点である。会社が資産を取得・処分するような場合に、株主総会を招集して総会決議を得ることが必要となると、機動的な意思決定ができないことになり、他の会社との競争上も問題となる可能性がある。こうした観点から、SBIホールディングスは、香港証券取引所に対して株主総会決議が必要とされる事項について免除を申請し、多くの事項で免除が認められた。

 ▽免除申請~具体例(その3)~利益相反取引

 香港証券取引所の上場規則上、主要株主との取引や取締役との利益相反取引を行う場合には、情報の開示を行った上、株主総会決議を取得することが義務づけられている。

 これに対して、日本法上は、関連当事者取引としての開示や、取締役の利益相反取引として取締役会の承認が要求されることはあっても、一般的に、株主総会決議は要求されていない。

 上述した規制と同様に、利益相反取引に該当する場合に株主総会決議が必要とされると、会社の運営に対しての負担が大きくなることから、SBIホールディングスの案件においても、この点について、一定の適用免除を取得している。

 ▽免除申請~具体例(その4)~合併・買収規則

 香港の上場会社は、公開買付けや合併等に関して、香港証券先物取引委員会が定めた合併・買収規則に服している。これに対して、日本においては、金融商品取引法(以下「金商法」)において公開買付規制がなされており、また、合併などの組織変更・自己株式の取得について会社法によって規制がなされている。

 日本の会社が香港証券取引所に上場した場合に、日本における金商法・会社法の規制及び香港の規制が重複して適用されるということも想定され得るが、仮に重複して適用されることになると、会社として負担が過大になることも想定され、手続が非常に複雑になってしまうおそれがある。

 そこで、SBIホールディングスの案件においては、香港証券先物取引委員会に対して確認を依頼し、SBIホールディングスが、買収規則の適用がある「香港の公開会社」(”Public Company in Hong Kong”)に該当しない旨の判断を受けた。これによって、同社は、公開買付けや組織変更について、香港における合併・買収規則の適用を受けないこととされた。

 ▽免除申請のまとめ

 このように、免除を検討すべき規定の類型には、以下のような類型に分類することができよう。

 ・香港の規則を遵守すると、日本の会社法、金商法などの法令及び日本の上場規則に定められた強行法的な規定と抵触するもの
 これには、株主総会決議事項や利益相反取引に関する免除が該当する。日本の会社法では、株主総会は「取締役会設置会社においては、株主総会は、この法律(注:会社法)に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議をすることができる」とされているため(295条2項)、定款変更をすることなく、香港証券取引所の上場規則に基づき株主総会決議が必要とされる事項に関して、株主総会の決議事項とすると、会社法に抵触すると判断される可能性がある。従って、こうした事項については、該当する上場規則の適用の免除を受ける必要がある。

 ・香港の規則に規定があり、日本法上類似の制度があるものの、日本の規制上、会社に他の同等の選択肢が存在するもの
 これには、例えば、監査委員会、報酬委員会及び指名委員会の設置が該当する。日本においても、委員会設置会社となればこれらの3つの委員会を設置することができるため、日本の会社であっても当該規制を遵守することは不可能ではない。しかしながら、監査役会設置会社が、定款を変更し、委員会設置会社となるのは、会社の統治体制を根本的に変更するものであり、多大なコストと時間を要することとなる。
 他方、日本の会社法及び証券取引所の規則においては、上場会社は、委員会設置会社と監査役会設置会社のいずれかの企業統治体制を選択することが認められている。このことは、コーポレート・ガバナンスの観点から、委員会設置会社と監査役会設置会社とがほぼ同等の評価を受けているためと考えられるが、SBIホールディングスの案件では、こうした点を香港証券取引所に説明し、免除の適用を受けた。

 以上は、SBIホールディングスの香港証券取引所への上場における免除申請に関するものであり、日本の未上場会社の場合には、免除が認められる範囲が大幅に異なる可能性がある。また、免除が認められるかどうかは、前例がある程度尊重されるとはいえ、取引所のケース・バイ・ケースの判断によって決定されることにつき、十分、留意する必要がある。

 ■ 日本における手続

 最後に、国内での手続の概要を、以下に示す。

 まず、海外で預託証券が発行されるため、この預託証券の発行について、臨時報告書の提出及びプレスリリースの公表が必要となる。また、預託証券の発行に伴い、預託証券の原資産となる株式を新規に海外で発行する場合には、この株式の発行についても臨時報告書の提出及びプレスリリースの公表が必要となる。

 さらに、原株となる株式を新規発行するのであれば、日本の会社法に基づく手

この記事の続きをお読みいただくためには、法と経済のジャーナルのご購読手続きが必要です。

朝日新聞デジタル購読者(フルプラン)の方なら手続き不要

法と経済のジャーナル Asahi Judiciaryは朝日新聞デジタルの一部です。
有料(フルプラン)購読中の方は、ログインするだけでお読みいただけます。

朝日新聞デジタルのお申し込みはこちら

仲田 信平(なかだ・しんぺい)

 弁護士。1994年東京大学教育学部卒業。2002年ノースウェスタン大学(LL.M)修了。1997年弁護士登録。2003年から2006年までゴールドマン・サックス証券会社に勤務。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。