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西村あさひのリーガル・アウトルック

でんさいネット開始で取引はどう変わる 電子記録債権の特質とは

有吉 尚哉(ありよし・なおや)

 全国銀行協会100%出資の「でんさいネット」(株式会社・全銀電子債権ネットワーク)による、電子記録債権システムがスタートする。紙に代わる電子版の手形決済システムの登場といってよい。盗難・紛失リスクや管理・運搬コスト減などのメリットと同時に、コンピュータのダウンや誤作動、不正アクセスなどのリスクも指摘されている。「でんさいネット」によって金融や商取引はどう変わるのか。有吉尚哉弁護士が電子記録債権制度の全体像を整理をした上で、その可能性について解説する。

業務開始の迫ったでんさいネット
改めて電子記録債権の特質を考える

西村あさひ法律事務所
弁護士 有吉 尚哉

拡大有吉 尚哉(ありよし・なおや)
 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課出向。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融商品取引業その他の金融関連規制への対応等を担当。

 ■ はじめに

 本年(2012年)5月から、全国銀行協会の100%出資により設立された子会社である「でんさいネット」(株式会社全銀電子債権ネットワーク)が、電子債権記録機関としての業務を開始する予定である。

 電子債権記録機関とは、電子記録債権法に基づく指定を受けて電子記録債権に係る電子記録に関する業務を行う株式会社であり、既にメガバンクがそれぞれ設立した3社(日本電子債権機構株式会社、SMBC電子債権記録株式会社、及びみずほ電子債権記録株式会社)が指定を受けて電子債権記録機関としての業務を行っている。

 一方、でんさいネットが取り扱う電子記録債権のスキームには、全銀行が参加することが予定されており、手形に代わる決済手段として利用されることが期待されている。電子記録債権法は2008年12月に施行された法律であるが、でんさいネットが業務を開始することにより、これまで以上に広汎な事業者・金融機関が、電子記録債権を用いた取引に関わるようになることが予想される。

 本稿では、でんさいネットの業務開始というターニングポイントを迎えるにあたり、改めて電子記録債権制度の一般的な目的・性質について整理をした上で、でんさいネットにおいて利用できる電子記録債権の特徴を解説することとする。

 ■ 電子記録債権制度の目的

 電子記録債権とは、その発生又は譲渡について電子記録債権法の規定による電子記録を要件とする金銭債権をいい、指名債権とも手形債権とも異なる類型の債権である。

 電子記録債権制度が創設された主たる目的は、売掛債権などの事業者が保有する金銭債権を活用して、事業者の資金調達の多様化・円滑化を図るということにある。この点、電子記録債権制度が創設される以前から、売掛債権などを指名債権や手形の形で譲渡することによる資金調達取引が行われている。しかしながら、指名債権の譲渡を行おうとする場合には、(1)債権の存在や帰属を確認するためのコスト、(2)二重譲渡のリスク、(3)人的抗弁の対抗を受けるリスク、(4)流動性に乏しいことなどが問題点として指摘されており、他方、手形を利用する場合には、(1)手形が紙媒体であることに伴う盗難・紛失のリスクや発行・管理・運搬コスト、(2)印紙税の負担があることなどの問題点が指摘されている。特に、手形取引は、近年急激にその数量が減少している状況にある。

 こうした中で、電子記録債権制度は、経済社会のIT化の進展を踏まえ、IT技術を活用することによって、上記のような指名債権や手形に内在する問題点を克服し、事業者の資金調達の多様化・円滑化を図ることを目的としたものである。

 ■ 電子記録債権の性質

 電子記録債権は、当事者が合意をするだけではそれを発生させたり、譲渡したりすることができず、それぞれ電子記録債権法に基づく発生記録、譲渡記録を行うことによって初めてその効力が生じることとなる。発生させるのに発生記録が必要となるため、記録の存在により、債権の存否を確認することが可能となる。また、譲渡を行うために譲渡記録が必要とされていることから、電子記録債権を譲り受ける場合には二重譲渡のリスクがないこととなり、かつ、債権の帰属の確認も容易となる。さらに、電子記録債権の分割の手続が設けられており、譲渡に先立って電子記録債権の分割を行うことにより、電子記録債権の一部譲渡を行うことも可能である。この点は、性質上一部譲渡が認められない手形債権に比べて、利便性が高められていると評価できる。なお、譲渡記録以外には、指名債権を譲渡する場合のように、対抗要件としての手続が別途必要とされることもない。

 このほか、電子記録債権の変更、保証(電子記録保証)、質入れ、信託を行うための電子記録の制度も設けられている。また、電子記録債権法には取引の安全を図るための制度として、手形制度と同様に、権利推定効、善意取得、人的抗弁の切断、電子記録保証の独立性などの規定が設けられている。なお、手形債権が裏書譲渡された場合のように、電子記録債権の譲渡人が担保責任を負担することはないが、譲渡に際して譲渡人が電子記録保証を行うことにより、譲渡人に担保責任を負担させることも可能とされている。

 電子記録債権の消滅は、民法の一般原則に従って、弁済、相殺、時効消滅などに基づくものとされており、この点は指名債権や手形債権と同様である。もっとも、取引の安全を図る観点から、これらの消滅事由は人的抗弁に過ぎないとされており、そのままでは人的抗弁の切断の規定の対象となり、消滅の効果を第三者に対抗できない場合がある。そこで、電子記録債権が消滅したことを誰に対してもあまねく主張できるようにするためには、「支払等記録」を行うことが必要となる。

 「支払等記録」は、原則として、電子記録債権の債権者など、「支払等記録」をすることによって直接に不利益を受ける当事者(電子記録義務者)などの請求によって行われることとされている。これに加えて、電子記録債権に係る債務について、電子債権記録機関、債務者及び銀行などの間で、口座間送金決済に関する契約が締結されている場合において、電子記録債権に関して口座間送金決済による支払いがなされた場合には、銀行などによる電子債権記録機関に対する通知によって、「支払等記録」が行われることになる。これは、債務者による弁済がなされた場合に、職権により記録の抹消を行うことにより、債務者による二重払いの危険を防ぐ仕組みである。

 このように電子記録債権の発生・譲渡・消滅は全て電子記録によって処理されることになる。電子記録債権制度では、手形のように紙媒体を利用しないため、印紙税の負担は生じず、物理的に紙媒体を発行・管理・運搬するためのコストが生じることもない。他方で、電子記録債権の管理を行う電子債権記録機関に対して一定の手数料を支払うことが必要となる。また、電子記録債権が電子債権記録機関のシステムによって管理されるものであることから、コンピュータのダウン・誤作動、不正アクセス、事務ミスなどのシステムリスクに晒されることになる。

 ■ 電子記録債権の多様性

 個別の電子記録債権の内容は、発生記録の記録内容によって定められる。発生記録の記録事項には、(1)電子記録債権を発生させるために必ず記録しなければならない必要的記録事項(金額、支払期日、債権者、債務者など)と、(2)発生のために不可欠ではないものの、記録することによって効力が生じる任意的記録事項(利息、遅延損害金、期限の利益喪失事由など)とがある。このため、必要的記録事項のみを記録することにより、手形債権のように権利内容が単純な債権を創出することもできる一方、任意的記録事項の記録を行うことにより、多様な内容を有する債権として発生させることも可能となる。なお、発生記録により、善意取得や人的抗弁の切断の規定を適用しない旨を定めることも認められる。

 このように、法律上は、電子記録債権を多様な内容の債権として創出することが可能となっている。もっとも、実際の電子記録債権は、以下に述べるように、電子記録を管理する電子債権記録機関のシステムによりその内容を制限され、個々の電子債権記録機関ごとに、利用可能な電子記録債権の性質が異なることに留意が必要である。

 まず、電子債権記録機関ごとに発生記録として記録できる任意的記録事項が異なっており、また、電子債権記録機関は、業務規程によって譲渡記録、保証記録、質権設定記録、分割記録の可否や回数などの制限を定めることができるものとされている。例えば、流通性の高い電子記録債権を取り扱おうとする電子債権記録機関は、譲渡記録や分割記録の可能回数を多数と設定することが考えられ、逆に、譲渡があまり想定されない電子記録債権のみを取り扱おうとする電子債権記録機関は、譲渡記録の回数を制限することによって、必要となるシステムを簡素化することが想定される。

 また、電子記録は、原則として当事者が電子債権記録機関に請求することによって行われることになるが、電子記録を請求するための手続やアクセスの方法は、個々の電子債権記録機関がそれぞれ定めることになる。例えば、電子債権記録機関へのアクセスの方式としては、当事者がオンラインや窓口で直接アクセスする方式だけでなく、金融機関を通じてアクセスすることを求める方式もあり得る。どのような方式によって電子記録の請求が認められるかは、各電子債権記録機関の運用によることになる。

 さらに、口座間送金決済が可能となる金融機関は、各電子債権記録機関と口座間送金決済に関する契約を締結可能な金融機関に限られるため、当事者が預金口座を開設している金融機関によっては、特定の電子債権記録機関の電子記録債権の決済には対応できないということもあり得る。また、金融機関を通じて電子債権記録機関にアクセスすることとなっている場合には、特定の金融機関と取引を行っていない限り、その電子記録債権を利用できないこともあり得る。

 このように、一口に電子記録債権といっても、その電子記録を管理する電子債権記録機関ごとに性質は大きく異なることになる。また、電子記録債権の性質上、ある電子債権記録機関で発生させた電子記録債権を他の電子債権記録機関に移すことはできない。

 ■ 電子記録債権を利用するメリット

 一般的に、電子記録債権を利用するメリットとしては、ここまで述べてきたような電子記録債権の特性から、債権者にとって、保有する債権を活用した資金調達が行いやすくなることが挙げられる。また、手形を利用する場合と比べて、管理・運搬コストの負担を回避できるようになることに加えて、債権を分割することが可能となることから、必要な金額の債権についてのみ電子記録債権制度を利用することにより、資金調達の柔軟性を高めることが可能となる。

 他方、債務者にとっては、電子記録債権を利用することで直接的なメリットを享受することにはなりにくいと考えられるが、取引の相手方の資金調達の多様化・円滑化が図られるということは、間接的に自らの取引の拡大にもつながり得るものといえよう。また、手形を利用する場合に比べて、印紙税を支払う必要がなく、発行事務の負担が軽減されることも期待できるであろう。

 ■ でんさいネットの電子記録債権

 ここまで電子記録債権の一般的な性質について説明を行ってきたが、次に、でんさいネットにより利用可能となる電子記録債権のスキームの特徴について解説する。なお、本稿の執筆時点においてはでんさいネットの業務規程などが明らかになっていないことから、以下の説明は、全国銀行協会より2009年3月24日に公表された「電子債権記録機関要綱」の内容を前提としている。

 まず、でんさいネットの電子記録債権は、全銀行参加型のスキームであり、全国銀行協会に加盟する銀行のほか、全銀システムに加盟している信用金庫、信用組合などを通じて電子記録債権を利用することが可能となっている。そのため、既存の銀行ネットワークを活かした確実な資金決済が可能となり、広く電子記録債権を利用できるようになると期待されている。

 次に、決済手段として利用しやすくするために、手形のように定型的で簡素な内容の電子記録債権のみを発生させることが可能なスキームとなっている。具体的には、任意的記録事項のうち大半の事項が記録できないものとされており、記録できる事項は、金額、支払期日、債権者、債務者など最小限の範囲に限定されている。

 でんさいネットの電子記録債権は、流動性の高い電子記録債権として利用されることが想定されているため、1つの電子記録債権について最大で99回の譲渡記録を行うことが可能とされており、かつ、譲渡記録を行わない旨の発生記録は認められないこととされている。また、取引の安全性を高めるべく、手形が裏書譲渡される場合と同様に、債務者から支払いが受けられない場合でも譲渡人に遡及して請求することができるようにするため、譲渡記録を行う際には、原則として譲渡人を保証人とする保証記録を併せて請求すべきものとされている。さらに、電子記録債権の分割を行うことが可能とされており、必要な金額だけ資金調達に利用することも可能となっている。分割可能である点は、手形よりも利便性の高い制度設計といえる。

 電子記録の請求の方法については、利用者がでんさいネットに直接アクセスするのではなく、自らが取引する金融機関を経由してでんさいネットにアクセスする「間接アクセス方式」が採用されている。なお、電子記録債権法上、発生記録の請求は、原則として債権者と債務者の双方が行うことが必要とされているが、でんさいネットでは、債務者単独で振り出すことが可能である手形と同様の状態を確保するために、あらかじめ債権者の請求権限を包括的に委任する取扱いを採用することで、事実上、債務者が単独で発生記録の請求を行うことを可能とする仕組みとされている。

 従来から、債権の中でも手形債権の信頼性が高く評価されてきた背景として、取引停止処分制度の存在が挙げられることが多いが、でんさいネットの電子記録債権についても、手形と同等の信頼性を確保するために、手形の取引停止処分制度と同様の制度を設ける方向で検討中とされている。

 なお、でんさいネットの業務開始後も、引き続き手形制度は存続し、手形代替的な電子記録債権のスキームと手形とが制度上併存することになる。

 ■ 電子記録債権への期待

 以上のように、でんさいネットによる電子記録債権は、手形と近い機能を持つように設計されており、かつ、利便性をより高めるため、手形では行うことのできない債権の分割も可能とされている。電子的な記録によって債権を管理するという電子記録債権の特性から、紙媒体であることに伴う盗難・紛失のリスクや発行・管理・運搬コスト、あるいは印紙税の負担といった手形固有の問題点を回避することができるため、手形の代替として、でんさいネットの電子記録債権が今後急速に利用されるようになることもあり得るであろう。

 もっとも、近時、手形の利用量が激減しているのは、手形に上記のような問題点が存在することだけに起因するものではなく、取引慣行の変化や、ファクタリングなど手形を使わずに売掛債権などを資金調達に活用する金融技術が発展してきていることも要因となっていると考えられる。でんさいネットの電子記録債権の利用が、かつての手形取引と同じような規模で行われるようになるかどうかは、電子記録の請求手続などの運用面における利便性の向上や、電子記録債権を用いた取引の広がりにかかってくるものと思われる。

 でんさいネットでは業務開始前から継続的に講演活動などを行っているが、利用者となる事業者が認識していない状態ではでんさいネットの電子記録債権が利用されることはないため、電子記録債権制度やでんさいネットに関する情報が事業者にどれだけ周知されるかということも、でんさいネットの電子記録債権が普及していくための鍵となろう。

 また、でんさいネットが業務を開始し、その電子記録

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有吉 尚哉(ありよし・なおや)

 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課出向。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融商品取引業その他の金融関連規制への対応等を担当。

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