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西村あさひのリーガル・アウトルック

デリバティブ取引による損失をめぐる債権放棄と損失補填

柴原 多(しばはら・まさる)

 銀行の勧めで銀行と為替がらみのデリバティブ取引を行った中小企業が、リーマン・ショック以来の円高で損失を抱え、銀行と紛争となるケースが昨年、急増した。そうした状況を受けて金融庁が今年1月、「場合によっては、銀行側が債権放棄しても、金融商品取引法で禁じられている損失補塡に当たらない」とも受け取れる画期的な見解を発表した。柴原多弁護士が、見解の内容を詳細に分析し、実務上の問題点を読み解く。

デリバティブ取引による損失に係る
債権放棄と損失補填(事業再生ADRによる場合)

西村あさひ法律事務所
弁護士 柴原  多

 ■ はじめに

柴原多弁護士拡大柴原 多(しばはら・まさる)
 1996年、慶應義塾大学法学部卒業。司法修習を経て99年に弁護士登録(東京弁護士会)。事業再生・倒産事件(民事再生・会社更生・私的整理事件を中心)、第三セクターの再建、国内企業間のM&A等に関する各社へのアドバイス、法廷活動等に従事。西村あさひ法律事務所パートナー。

 平成24年は円高による影響を受けた中小企業も多く、特にデリバティブ取引を行っていた中小企業の中には、同取引による損失(以下「デリバ損失」という)によって財務内容が著しく悪化する企業が現れ、社会問題化した。この点に関し、近時金融庁が非常に興味深い回答をホームページ上に発表しているので、この点を解説する。

 ■デリバ損失問題に対する金融庁の見解

 金融庁は、平成25年1月25日付け「金融庁における一般的な法令解釈に係る書面照会手続(回答書)」(以下「本件回答書」という)において、概要次の内容を発表している(なお、正確には金融庁のホームページを参考にされたい)。

(1) 事業再生ADR手続において、デリバ損失に係る債権について、銀行等に責任がないことを前提とした以下のいずれかの内容を含む事業再生計画に基づき、同債権を対象債権として債権放棄することは、当該計画の内容が公正かつ妥当で経済的合理性を有するもので、かつ、債権者間の実質的衡平性が確保されているものであれば、金融商品取引法第39条第1項(筆者注:いわゆる損失補填条項)に違反しない。

(2) 上記の「以下の内容」として、1項ではデリバ損失に係る債権を含む「対象債権全体について、各対象債権者の債権残高に応じて(いわゆる残高プロラタ弁済方式)債権放棄を行うこと」を規定し、2項では累積段階方式(一定額までの部分については100%弁済を受けるものとし、当該金額を超える部分について債権放棄を要求する方式)を採用した残高プロラタ方式に基づき債権放棄を行うことを規定している。

(3) 注意事項として「もとより、捜査機関の判断や罰則の提供を含めた司法判断を拘束しうるものでは」ないことを規定している。

 

 このような本件回答書が示している見解は、結論としては当然のことを記載しているように思えるが、金融界及び再生実務を悩ましてきた事項に一筋の光を与えるものである。

 そこで以下、この論点を掘り下げてみることとする。

 ■デリバ損失と損失補填

 1.損失補填条項の原則論

 円高によりデリバ損失が予想外に発生した企業(特に本業は堅調な企業)からすれば、金融機関に対して損失部分の(全部又は一部の)放棄を依頼することは、それなりに理解できる行動といえる。また、金融機関としても、融資先企業が倒産するよりは、デリバ損失を軽減することにより事業の再生を図ってもらう方が経済合理性の観点からも妥当である。

 ところで金融商品取引法第39条第1項3号は、金融商品取引業者等が「有価証券売買取引等につき、当該有価証券等〔筆者注:ここでいう「有価証券等」とは、有価証券又はデリバティブ取引をいう。同項1号参照のこと〕について生じた顧客の損失の全部若しくは一部を補てん」する行為等は禁止しており、同法違反には罰則も規定されている(同法第198条の3)。

 そのため、従来は、金融機関がデリバ損失につき債権放棄を実施することは、「明文上は損失補填条項に抵触しかねない」との判断が(少なくとも金融業界では)一般であった。

 しかしながら、それではデリバ損失が発生した企業は支払いを続け、最悪の場合には倒産するしか途がないという奇妙な結論に至ることになる。

 2.デリバ損失と金融ADR

 もちろん、金融商品取引法もこのような奇妙な結論を回避する方策を持ち合わせていないわけではない。金融商品取引法第39条第3項は、「第一項の規定は、・・・〔筆者注:損失補填の〕提供が事故・・・による損失の全部又は一部を補てんするために行うものである場合については、適用しない。ただし、・・・その補てんに係る損失が事故に起因するものであることにつき、当該金融商品取引業者等があらかじめ内閣総理大臣の確認を受けている場合その他内閣府令で定める場合に限る。」と規定し、それを受けて、金融商品取引業等に関する内閣府令第119条第1項第7号では、金融ADRによる場合をこの例外事由の一つと定めている。

 以上に基づき、デリバ損失に係る債権の放棄を求める金融ADRが多く申し立てられ、一定の成果を上げているのも事実である。

 しかしながら、近時、金融ADRについても一定の限界が存在するのではないかという問題提起がなされている。具体的には、(1)債権放棄を求める以上は、申立人側で金融機関側の説明義務違反等の事実を主張しなければならないこと(これはこれで金融機関との軋轢を生むことになりかねない)、(2)金融ADRで認定される基準に基づく債権放棄額では事業再生に十分でない場合もあること(また、そもそも金融ADRを倒産処理目的で利用することに対する懸念も存在する)、(3)金融ADRの運用上、複数回に亘る協議がなされにくい場合があること、等が挙げられている(詳細については、本杉明義「金融ADRの現状と今後の課題」、和仁亮裕「デリバティブ取引と紛争解決」(いずれも金融法務事情1951号)参照のこと)。

 3.損失補填条項の趣旨

 そこで、金融ADRによる救済では債務の圧縮を十分に図ることのできない企業が、事業再生ADR等による私的整理の中で債権放棄を求めることができないかが、問題となる(なお、本件回答書公表以前に事業再生ADRによる解決の有用性を説くものとして、南賢一「為替等デリバティブ損失と事業再生に関する問題点」金融法務事情1947号参照のこと)。

 この問題は、損失補填が禁止された趣旨に遡って考える必要があろう。

 まず、(1)そもそも損失補填は、バブル経済崩壊後に、証券会社が大口の法人顧客に対しその証券投資損失を補填することが社会通念上、公平性に反するとの考えから禁止されたものである。また、一般的にも、損失補填禁止の趣旨は、「不公平感を抱いた一般投資家が証券市場に対する信頼を失ってその後の投資を控えるようになり、証券市場への資金の流入が不足する結果として証券市場による資金の効率的な配分が害されるのであれば、その不公平感を除去するために損失補填を禁止する必要があるといえよう」とされている(神田秀樹=山下友信『金融商品取引法概説』(有斐閣))。そうであるとすれば、このような趣旨に反しない債権放棄、少なくとも事業再生目的でなされる債権放棄については、損失補填目的が存在しない以上、ことさらにこれを禁止する必要はないはずである。

 また、(2)そのような行為を損失補填条項の対象外することは、前述した経済合理性にも適うし、なによりもデフレ経済・円高不況で困窮する中小企業の再生にも資するはずである。

 本件回答書も、以上のような考え方に基づいて公表されたものと推察される。

 ■本件回答書の留意点

 1.債権放棄の範囲を限定していること

 もっとも、本件回答書の射程範囲(損失補填に該当しない債権放棄の範囲)は相当程度限定されていることには注意が必要である。

 ポイントとなる事項は次の通りである。まず第一に、事業再生ADR手続に限定した回答であること、第二に、銀行等に責任がない場面を前提としていること、第三に、「事業再生計画の内容が(1)公正かつ妥当で経済的合理性を有するもので、かつ、(2)債権者間の実質的衡平性が確保されている計画」に基づく債権放棄であることを要求していること、第四に、デリバ損失に係る債権を含む対象債権全体に関する残高プロラタ弁済方式に基づく債権放棄(但し累積段階方式の採用は認められている)についての限定した回答であること、の4点である。

 上記のうち、まず第一の点は、本件回答書は、文字通り事業再生ADR手続についてのみを回答の対象としており、それ以外の私的整理手続、例えば、中小企業再生支援協議会等は、(現時点では)回答の対象としていないということである。

 次に、第二の点は、「銀行等に責任がない」ことを前提としているため、「銀行等に責任がある」場合については回答の対象としていないように思われるということである。この点は一見奇妙に思えるかもしれない。なぜならば、「銀行等に責任がない」場合にまで債権放棄が認められるのであれば、「銀行等に責任がある」場合にはより一層債権放棄が認められて然るべきようにも思われるからである。しかしながら、「銀行等に責任がある」場合には、その責任割合等を判断する必要があるところ、このような判断は、事業再生ADRの中で行うというよりも、金融ADR等の中で行われるべきもののようにも思われる。

 上記の第三の点は、事業再生計画の内容に一定の縛りがかけられているということである。事業再生ADR手続においては、手続実施者が選定され、当該実施者によって計画の合理性等が確認されるため、本件回答書が要求する内容が具備されることになろう。しかしながら、事業再生ADR手続以外の私的整理手続、特に(いわゆる)制度化されていない私的整理手続においては、事業再生計画の内容の検証を誰が行うかという点が(第一の点に加えて)問題となり得る。

 最後に、上記のうち第四の点は、本件回答書は、「デリバ損失に係る債権を含む対象債権全体」についての「残高プロラタ弁済方式」は回答の対象にしているが、それ以外の弁済方式は対象としていないということである。この点は、実務上極めて重要である。

 具体的には、(1)(累積段階方式を超えて)上位行の負担比率を高めた弁済方式や、(2)デリバ損失のみを債権放棄の対象とした弁済方式は、本件回答書の対象の範囲外であるということであり、この点には十分な注意が必要である。

 2.刑法上の問題点

 なお、本件回答書は、捜査機関の判断や罰則の適用を含めた司法判断を拘束し得るものではないとしているが、一般論として、行政解釈はそもそも司法判断を拘束するものではない。その意味では、本件回答書の当該記載は当然のことを確認しているに過ぎない。

 もっとも、争いはあるものの、例えば、札幌高裁昭和60年3月12日判決は、「特別の事情が存在し、その行為者においてその行為が許されたものであると信じ、かつそのように信ずるについて全く無理もないと考えられるような場合には、刑法の責任主義の原則に従い、もはや法的非難の可能性はないとして、例外的に犯罪の成立が否定されると解すべきである。それでは、どのような特別の事情が存在した場合、この例外的な判断を下すべきかが問題であるが、本件についていうならば、本件の刑罰法規に関し確立していると考えられる判例や所管官庁の公式の見解又は刑罰法規の解釈運用の職責のある公務

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柴原 多(しばはら・まさる)

 1996年、慶應義塾大学法学部卒業。司法修習を経て99年に弁護士登録(東京弁護士会)。
 事業再生・倒産事件(民事再生・会社更生・私的整理事件を中心)、第三セクターの再建、国内企業間のM&A等に関する各社へのアドバイス、法廷活動等に従事。西村あさひ法律事務所パートナー。

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