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西村あさひのリーガル・アウトルック

新しい職務発明制度の実務対応、「原始使用者帰属」の採用は?

杉村 光嗣(すぎむら・こうじ)

 社員が仕事で発明した「職務発明」の特許を受ける権利を、その発生のときから「会社」に帰属させることができる改正特許法が7月に成立した。青色発光ダイオードの発明でノーベル賞を受賞した中村修二カリフォルニア大学教授が元勤務先の日亜化学工業を相手に発明の対価を求めた訴訟で裁判所が巨額の支払いを命じて以来、同様の訴訟が起きにくくしたいというのが業界の悲願で、改正法は、それに応えたものだ。改正法は、社員のやる気を今以上に高め、企業のイノベーションを後押しすることになるのか。杉村光嗣弁護士が改正の概要と実務上の留意点を解説する。

 

職務発明制度の改正の概要と実務対応

西村あさひ法律事務所
弁護士・弁理士 杉村 光嗣

拡大杉村 光嗣(すぎむら・こうじ)
 2006年東京大学法学部卒業、2008年同法科大学院修了。2009年弁護士登録(第一東京弁護士会・新62期)。2012年~2014年特許庁制度審議室法制専門官として特許法等改正法の企画・立案などを担当。2014年弁理士登録。現在西村あさひ法律事務所。
 企業が組織として行う研究開発活動は、日本のイノベーションの源泉である。グローバル競争が激化する中、日本のイノベーションを促進するためには、研究者の研究開発活動に対するインセンティブの確保と、企業の競争力強化を共に実現するための環境整備が重要である。そこで、知的財産の適切な保護及び活用を実現するための制度を整備し、もって日本のイノベーションを促進することを目的として、特許法等の一部を改正する法律(平成27年法律第55号)による職務発明制度の改正が行われた(以上、同法の法律案提案理由を参照)。
 本改正により、企業にとっては、より柔軟な社内インセンティブ制度を構築することが可能となり、また、職務発明に係る権利関係の安定化を期待することができる。そこで、今回は、この職務発明制度の改正の概要と実務上の留意点について、簡単に解説することとしたい。なお、本稿は理解のしやすさの観点から、必ずしも法律の文言どおりの表現を用いておらず(例えば特許法の条文上は「使用者等」であるところを、本稿では「使用者」や「会社」などと表現している)、また、説明も細部のテクニカルな点は捨象していることを予めお断りする。詳細については、NBL1058号26頁も参照されたい。

 一 職務発明制度の改正の概要

 1 職務発明制度とは

 職務発明制度とは、従業者が職務上した発明についての権利や報酬の取扱い等について定める制度である。使用者と従業者との利益の調整を行うことにより、個々の従業者の権利を保護して発明のインセンティブを喚起するとともに、使用者の研究開発投資等を促すことを目的としている。
 例えば、会社における新規技術の研究開発の場面で考えてみよう。あるメーカーが、自社製品に新機能を追加するべく、研究開発部門の社員に指示をして、新規技術の研究開発を行わせたとする。その過程で、社員AがXという発明をし、社員BがYという発明をし、社員CがZという発明をした。社内で検討した結果、新製品には発明X・Yを採用することにし、発明Zの採用は見送られることになった。そして、発明Xについては特許出願をするが、発明Yについては特許出願せずにノウハウとして秘匿することにした。このような場合に、発明Xの特許出願をする資格があるのは誰で、特許権は誰に帰属するのだろうか。発明Y・Zについて、会社が出願しないのであれば、社員B・Cが自ら出願したり、もしくは第三者に譲渡することはできるのだろうか。さらに、社員A・B・Cが発明をしたことについて、会社は何らかの報酬を与える必要があるのだろうか。このように、会社と社員との間では様々な権利関係を調整する必要があるが、これらの取扱い等について定めるのが職務発明制度である。

 2 改正の概要

 平成27年改正前の職務発明制度は、概ね次のような内容であった。

 (i) 使用者は、従業者が職務発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する(改正前特許法35条1項)。
 (ii) 発明をしたことによって生ずる特許を受ける権利は、常に原始的には自然人である発明者に帰属する。ただし、職務発明については、発明がされる前に特許を受ける権利又は特許権を使用者に承継させることを契約、勤務規則その他の定めにおいて定めることができる(同2項、いわゆる「予約承継」)。
 (iii) 従業者は、職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた場合は、「相当の対価」の支払を受ける権利を有する(同3項)。
 (iv) 職務発明について特許を受ける権利が承継された場合に支払われる対価は、契約、勤務規則その他の定めにおいて定めることができる。「不合理」と認められない限りは、これらの定めによって対価を支払えばよい(同4項)。
 (v) 対価についての定めがない場合又は定めたところにより対価を支払うことが「不合理」と認められる場合には、裁判所が「相当の対価」の額を判断する(同5項)。

 平成27年改正法は、主に次のような改正を行った(後掲の【表】参照)。

 ① 平成27年改正前は、職務発明も含め、すべての特許を受ける権利は、発明が発生したときから発明者に帰属するものとされていた(上記(ii))。これに対して、改正後特許法では、職務発明について特許を受ける権利に関しては、原始使用者帰属(発明が発生したときから使用者に帰属する)と原始従業者帰属を選択できることとした(特許法35条3項)。
 ② 平成27年改正前は、発明者たる従業者が、使用者に対し、職務発明について特許を受ける権利を承継させる等した場合には、従業者は、使用者から「相当の対価」の支払を受ける権利を有するものとされていた(上記(iii))。これに対して、改正後特許法では、従業者の有する権利が「相当の利益」を受ける権利と規定され、ストックオプションなどの金銭以外の経済上の利益も「相当の利益」に含まれることとした(特許法35条4項)。
 ③ 平成27年改正前は、「相当の対価」の決定手続に関する指針等についての法律上の定めは存在していなかった(上記(iv))。これに対し、改正後特許法では、「相当の利益」の決定手続の指針(ガイドライン)を定めて公表することを法定した(特許法35条6項)。

 【表】現行法と改正法の比較

 現行法改正法

特許を受け
る権利の帰属

原始従業者帰属
(発明者帰属)
原始使用者帰属と
原始従業者帰属
を選択可能
従業者の権利 「相当の対価」
支払請求権
「相当の利益」
給付請求権
対価・利益の
決定手続
指針について
法律上の定めなし
指針について
法律上の定めあり

 ※ 深津拓寛=杉村光嗣「平成27年職務発明改正対応の実務上の留意点」NBL1058号27頁所掲の表を引用

 

 二 実務上の留意点

 1 職務発明規程の見直し

 平成27年改正を踏まえ、各使用者においては、自社の職務発明規程について主に次の2つの観点からの見直しを行うべきである。

 (1)原始使用者帰属を採用するか

 平成27年改正により、新たに原始使用者帰属を選択することが可能となるため、原始従業者帰属から原始使用者帰属に変更するかを検討する必要がある。
 原始使用者帰属を選択する場合のメリットとしては、特許を受ける権利の取得・帰属の安定化が挙げられる。例えば、原始従業者帰属の場合は、共同研究開発によって生じた発明の持分を、自社の従業員から自社に承継する際には、共同研究の相手方の発明者の同意を得る必要がある(特許法33条3項)。これに対して、原始使用者帰属を選択した場合には、そもそも自社の従業員から権利を承継する必要がないため、そのような同意は不要となる。また、原始従業者帰属の場合は、職務発明をした従業者が使用者に黙ってその発明を第三者に譲渡し、当該第三者が先に特許出願をした場合には、特許権は当該第三者に有効に帰属してしまう(特許法34条1項)。これに対して、原始使用者帰属を選択した場合には、当該第三者は無権利者からの譲受人であるため有効な権利者とはなり得ない。
 逆に、原始使用者帰属を選択する場合のデメリットとしては、従業者に特許を受ける権利を与えたい場合に、使用者から権利を譲渡しなければならないことが挙げられる。その際、使用者の法定通常実施権(特許法35条1項)は生じないと解されるおそれもあるので、使用者が将来その発明を実施する可能性がある場合には、通常実施権を留保した上で譲渡を行うことが望ましい。
 原始使用者帰属を採用する場合は、現行の職務発明規程を修正する必要があるかを検討する必要がある。例えば発明が完成した後に、当該発明に係る権利を会社に承継するか否かについて会社が選択できるような規程については、「あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めた」と解されないおそれもあるため、改正特許法の法的効果を確実に享受するためには、原始使用者帰属を選択していることが明確となるように規定を修正することが望ましい。

 (2)相当の利益の内容を見直すか

 平成27年改正により、「相当の利益」の内容に柔軟性を持たせることが可能となるため、従業者に対するインセンティブ付与制度を、使用者ごとの実情に即した内容に見直すべきかを検討する必要がある。
 例えば、発明者によっては、金銭の給付よりも留学の機会を得ることが研究開発のインセンティブとなる場合もあると思われる。また、例えば、重要な職務発明が全社の業績に影響を与え得るような研究開発型の中小企業であれば、ストックオプションを与えることが研究開発のインセンティブとなる場合もあると思われる。
 ただし、非金銭の経済上の利益を「相当の利益」の内容として定める場合には、当該利益と職務発明との牽連性(対応関係)が明確となるように規定する必要がある(なお、必ずしも1対1の関係である必要はなく、特定された複数の職務発明に対してまとめて1件の経済上の利益を与える場合も、両者の牽連性=対応関係は認められ得ると考えられる)。

 2 タイムスケジュール

 原始使用者帰属の適用が可能となるのは、改正法の施行日以降に完成した職務発明である。平成27年改正法の施行日は、近年の例に倣えば平成28年4月1日になる可能性が高いが、その場合には原始使用者帰属が適用されるのは、最も早いもので平成28年4月1日以降に完成した職務発明ということになる。できる限り早期に原始使用者帰属を適用したい場合には、平成28年4月1日までに職務発明規程の改定を行う必要がある。
 他方で、職務発明規程の改定にあたって、相当の利益の内容も見直す場合には、従業員との協議等の手続を行う必要があるところ、当該手続はガイドライン(特許法35条6項)に示された内容に従って行うことが望ましい。そうすると、ガイドラインの告示を待ってから職務発明規程を改定する際の手続を開始することが実務上は最も安全ということになるが、ガイドラインの告示が行われるのは改正法の施行後である。
 職務発明規程を改定する際の手続を、できる限り早期に開始したい場合には、ガイドライン案の内容が確定した段階で、その内容に従った手続を開始することが考えられる。現在、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会(以下「特許制度小委」という)においてガイドライン案の検討が行われているが、特許庁によれば、平成28年1月ころには、ガイドライン案の内容が確定する予定であり、これは後に告示される正式なガイドラインとほぼ同様の内容となることが予想される。ガイドライン案に従って行われた手続であっても、正式なガイドラインとガイドライン案とが実質的に同内容である限りにおいては、正式なガイドラインに従って行った手続と実質的に同様に評価されるものと考えられる。

 3 職務発明規程の改定手続

 上記のとおり、職務発明規程を改定する際の手続は、ガイドライン(特許法35条6項)に示された内容に従って行うことが望ましい。執筆時現在(平成27年11月13日)で公表されている最新のガイドライン案の中で特に注目すべき内容を、以下でピックアップして紹介することとしたい。なお、上記のとおり、ガイドライン案は現在特許制度小委において検討中であり、また、以下は概要を説明するものに過ぎず、適正な手続と評価されるためには、使用者ごとの個別具体的な事情をも加味した上での検討を行う必要があることに留意されたい。

 (1)相当の利益の内容の決定方法について

  •  会社の利益に対する発明の貢献度や、発明による利益に対する発明者の貢献度を考慮することなく、相当の利益の内容を決定することもできる。
  •  必ずしも売上高等の実績に応じた方法で決定されなければならないわけではない。特許出願時や特許登録時に発明を実施することによる期待利益を評価し、その評価に応じた相当の利益を与えるという方式も考えられる。
  •  基準に上限額を定めることもできる。
  •  基準と異なる方法で相当の利益の内容を個別に決定することもできる。

 (2)使用者と従業者との間の協議について

  •  協議とは、基準を策定する場合において、その策定に関して、基準の適用対象となる職務発明を行う従業者又はその代表者と使用者との間で行われる話し合い(書面やメール等によるものも含む)全般を意味する。
  •  協議は、必ずしも一人一人と個別に行う必要はない。従業者が一堂に会して話し合いを行ったり、社内イントラネットの掲示板や電子会議等を通じて集団的に話し合いを行ったりすることも、協議に該当する場合がある。
  •  協議は、研究職とそれ以外の者とで分けて行う必要はない。
  •  従業者が代表者を通じて話し合いを行うことも、使用者が代理人を通じて話し合いを行うことも、協議と評価できる場合がある。労働組合の代表者と使用者との話し合いは、当該労働組合に加入している従業者と使用者との協議と評価できる場合がある。
  •  協議の結果、策定される基準について合意をすることまで求められてはいない。実質的に話し合いを尽くすことが望ましい。

 (3)基準の開示について

  •  開示とは、策定された基準を、当該基準が適用される従業者に対して掲示すること、すなわち基準の適用対象となる職務発明を行う従業者がその基準を見ようと思えば見られる状態にすることを意味する。
  •  開示は、基準を社外へ公表しなければならないわけではない。
  •  (i)従業者の見やすい場所に掲示する方法、(ii)基準を記載した書面を従業者に交付する方法、(iii)従業者が常時閲覧可能なイントラネットにおいて公開する方法、(iv)インターネット上のウェブサイトにおいて公開する方法、(v)基準を記載した書面を社内の特定部署に保管し、従業者の求めに応じて開示する方法などが考えられる。
  •  相当の利益の内容及び決定方法、その付与条件等、相当の利益の内容を決定するための事項が具体的に開示されている必要がある。

 (4)従業者からの意見の聴取について

  •  意見の聴取とは、職務発明に係る相当の利益について定めた契約、勤務規則その他の定めに基づいて、具体的に特定の職務発明に係る相当の利益の内容を決定する場合に、その決定に関して、当該職務発明の発明者である従業者から、意見を聴くことを意味する。
  •  意見の聴取の時機は、(i)あらかじめ意見を聴取した上で相当の利益の内容を決定する場合と、(ii)相当の利益を付与した後に意見を求める場合のいずれであってもよい。
  •  一定期間意見を受け付ける制度が用意され、その制度が周知されている場合には、意見の聴取がなされたと評価される場合がある。
  •  従業者からの意見に対しては真摯に対応する必要があり、これに対して使用者が全く回答を行っていない場合には、不合理性が肯定される可能性がある。
  •  相当の利益の内容の決定について合意がなされることまで求められてはいない。

 (5)金銭以外の「相当の利益」を付与する場合の手続について

  •  経済的価値を有すると評価できるものである必要があり、表彰状のように相手方の名誉を表すだけのものは「相当の利益」には含まれない。
  •  (i)留学の機会の付与、(ii)ストックオプションの付与、(iii)金銭的処遇の向上を伴う昇進・昇格、(iv)所定の日数・期間を超える有給休暇の付与、(v)職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾などが考えられる。

 (6)基準を改定する場合の手続について

  •  実質的に改定される部分及び改定により影響が生ずる部分について協議を行う必要がある。
  •  既に発生している相当の利益請求権については、改定後の基準が当然に適用されるものではないが、個別に合意した場合には、改定後の基準を実質的に適用することも可能な場合がある。

 (7)新入社員等に対する手続について

  •  既に策定されている基準に基づいて、新入社員との間で基準に関する話し合いをすることが望ましい。異なる時点で入社した新入社員に対しては、まとめて話し合いを行うことも可能である。

 (8)退職者に対する手続について

  •  退職者に対して相当の利益を退職後も付与し続ける方法だけではなく、特

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杉村 光嗣(すぎむら・こうじ)

 2006年東京大学法学部卒業、2008年同法科大学院修了。2009年弁護士登録(第一東京弁護士会・新62期)。2012年~2014年特許庁制度審議室法制専門官として特許法等改正法の企画・立案などを担当。2014年弁理士登録。現在西村あさひ法律事務所。
 各種産業財産権・著作権・営業秘密その他の知的財産に関連する取引及び争訟、IT・メディア関連法務などを中心に、一般企業法務全般を担当する。
 主な著作として、「平成27年職務発明改正対応の実務上の留意点」NBL1058号26頁、「平成26年特許法等の一部を改正する法律の概要」Law&Technology64号51頁、「クラウド・コンピューティング関連法の実務的諸問題」NBL976号~981号など。

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