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西村あさひのリーガル・アウトルック

無過失責任から過失責任へ、虚偽記載の賠償訟務で何が変わったか

鈴木 俊裕(すずき・としひろ)

 有価証券報告書の虚偽記載で株価が下落した場合、報告書の提出企業側が自らに過失がないと立証できれば株主への賠償責任を負わなくてよいとする改正金融商品取引法が施行されて1年。過失の判断対象を企業の役員らに絞るのか、従業員を含めた企業全体ととらえるか、が、法運用上の焦点として浮上している。それによって、司法判断が大きく違ってくる可能性があるのだ。鈴木俊裕弁護士が、改正法の「肝」である「過失」論について明快に読み解く。


虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した会社の「過失」の意義について

西村あさひ法律事務所
弁護士 鈴木俊裕

 1  本稿の目的

拡大鈴木 俊裕(すずき・としひろ)
 2007年大阪大学法学部卒業、2009年京都大学法科大学院修了。2010年弁護士登録、現在西村あさひ法律事務所弁護士。一般企業法務、企業不祥事対応等の危機管理、訴訟等を主な業務分野とする。
  虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業の損害賠償責任は、以前は無過失責任であったが、現在では過失責任に見直されている(平成27年5月29日に施行された「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(平成26年法律第44号。以下「平成26年金商法等改正法」という。))。もっとも、この場合の「過失」の意義については、どのような場合を指すのかについて議論の余地があるところである。
 本稿では、改正の概要及び経緯、過失の意義等について検討を行う。

 2  改正の概要及び経緯

 従前、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業は、当該書類の公衆縦覧期間に流通市場において当該企業の株式を取得した者に対して、無過失の損害賠償責任を負うこととされていた(改正前の金商法21条の2第1項)。
 もっとも、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業について無過失の損害賠償責任を負わせることについては、金融審議会が設置した「新規・成長企業へのリスクマネーの供給のあり方等に関するワーキング・グループ」が、平成25年12月25日に公表した報告書(注1) (以下「WG報告書」という。)において、

 現行の金融商品取引法の下では、上記の提出会社の損害賠償責任については、無過失責任とされているが、このことが適切かどうか検討すべきである、との指摘がなされている。民法上の一般不法行為責任では、加害者の『故意又は過失』が要件の一つとされており、通常、不法行為による損害賠償責任については過失責任が原則とされている。こうした中、無過失責任は、特に政策上の必要性が認められる例外的なケースに限られており、金融商品取引法において、提出会社の損害賠償責任を無過失責任としているのは、民事訴訟による責任追及を容易とすることで、違法行為の抑止を図り、証券市場の公正性・透明性を向上させることを目的としたものであると考えられている。この点に関し、近年、課徴金制度の整備や内部統制体制構築の定着などによって違法行為の抑止効果が強化されていることを踏まえれば、損害賠償責任の一般原則を超えて提出会社に無過失責任を課すこととしている現行制度の意義は、当該制度の導入当時(平成16 年改正)と比べて、相対的に低下してきているものと考えられる。本ワーキング・グループでは、当該無過失責任を過失責任に見直すことについては慎重な意見も出されたが、こうした点に鑑みれば、流通市場における提出会社の損害賠償責任については、現行制度の趣旨・目的を損なわない範囲において、一般原則どおり、過失責任とすることが適当であると考えられる。その際、損害賠償責任については過失責任とするものの、提出会社の故意・過失の有無に係る立証責任については、投資者の訴訟負担が過大にならないよう、現行の制度における役員等の損害賠償責任に係る立証責任と同様に、立証責任を転換し、提出会社が自己の無過失の立証責任を負うこととすることが適当である。(WG報告書20~21頁)

 との提言が行われた。
 当該提言を受けて、平成26年金商法等改正法によって、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業の損害賠償責任が無過失責任から過失責任に見直された。もっとも、WG報告書20~21頁において指摘されていたとおり、投資者に対して提出会社の故意・過失の立証責任を負わせると、投資者の訴訟負担が過大となることから、立証責任の点については、提出会社が自己の無過失を立証した場合に限って損害賠償責任を負わないこととされた(改正後の金商法21条の2第2項)。また、併せて、同条に基づいて損害賠償を求めることができる者については、従前、有価証券報告書等の公衆縦覧期間中に株式を取得した者のみとされていたが、株式の取得者に加えて処分者も損害賠償を求めることができることとされた(改正後の金商法21条の2第1項)。

 3  過失の意義について

 (1) 問題の所在

 上記2のとおり、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業の損害賠償責任が無過失責任から過失責任に見直され、当該企業は、自己の無過失を立証した場合に限って損害賠償責任を負わないこととされた。もっとも、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業に「過失」がなかった場合とはどのような場合を指すのかについては検討を要する。この点、WG報告書においては、

 提出会社の無過失とは、当該提出会社の役員等に過失がない場合とすべきか、従業員を含めた提出会社の構成員全体に過失がない場合とすべきかについても議論がなされた。この点については、過失の前提となる注意義務を負うべき者は、個々の事案ごとに相当程度異なり得ることや、他の法令においても、法人自身の不法行為責任における故意・過失の判断対象となるべき者を具体的に例示している規定は見当たらないことに鑑みると、現時点においては、立法政策上、法令において特段の明記は行わず、個別の事情に応じた妥当な解釈に委ねることとしておくことが適当であると考えられる。(WG報告書21頁)

 とされており、平成26年金商法等改正法においては、「過失」の意義について特段の規定は設けられていない。
 金商法21条の2第2項にいう「過失」とは、有価証券報告書等のうち重要な事項について虚偽の記載を生じさせたことに係る過失であるところ、WG報告書において指摘されているとおり、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業に「過失」がなかった場合とはどのような場合を指すのかについては、①当該提出会社の役員等に過失がない場合と考える立場と、②従業員を含めた提出会社の構成員全体に過失がない場合と考える立場とがあり得る。
 以下、それぞれの立場を概説した上で、考察を行う。

 4  検討

 (1) 当該提出会社の役員等に過失がない場合と考える立場について

 WG報告書が指摘しているとおり、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業に「過失」がなかった場合とは、当該提出会社の役員等に過失がない場合と考える立場があり得る。
 この点、平成26年金商法等改正法以前の事案であり、また、金商法21条の2ではなく、会社法350条に基づき損害賠償請求が行われた事案であるが、参考となる判例として、日本システム技術事件最高裁判決(最一小判平成21年7月9日判例時報2055号147頁)が挙げられる。
 当該判例は、株式会社の従業員らが営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上したことによって有価証券報告書に不実の記載がされ、その後当該事実が公表されて当該株式会社の株価が下落したことから、公表前に株式を取得した者が、当該株式会社の代表取締役に従業員らの不正行為を防止するためのリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるとして、会社法350条に基づき損売賠償請求を行った事案である。最高裁は、

 前記事実関係によれば、…(中略)…上告人は、通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていたものということができる。そして、本件不正行為は、…(中略)…通常容易に想定し難い方法によるものであったということができる。また、本件以前に同様の手法による不正行為が行われたことがあったなど、上告人の代表取締役であるAにおいて本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情も見当たらない。さらに、前記事実関係によれば、売掛金債権の回収遅延につきBらが挙げていた理由は合理的なもので、販売会社との間で過去に紛争が生じたことがなく、監査法人も上告人の財務諸表につき適正であるとの意見を表明していたというのであるから、財務部が、Bらによる巧妙な偽装工作の結果、販売会社から適正な売掛金残高確認書を受領しているものと認識し、直接販売会社に売掛金債権の存在等を確認しなかったとしても、財務部におけるリスク管理体制が機能していなかったということはできない。
 以上によれば、上告人の代表取締役であるAに、Bらによる本件不正行為を防止するためのリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるということはできない。

以下のとおり判示して、原告の請求を棄却した。上記判例は、会社法350条に関する事例であるところ、従業員らによる不正行為を防止するためのリスク管理体制の構築義務は、取締役が会社に対して負う善管注意義務の一部であって、取締役が第三者に対して負う義務ではないことから、当該義務の違反が、直ちに第三者に対する過失を構成することはないように思われる。もっとも、そもそも取締役が有価証券報告書の虚偽記載を防止するためのリスク管理体制を構築しており、会社に対して負う善管注意義務を履行していたといえるような場合であれば、有価証券報告書の虚偽記載が生じることについての結果回避義務を尽くしていると評価でき、第三者に対する過失も構成しない、と考えることは可能であるように思われる。そのため、金商法21条の2第2項の「過失」の判断にあたっても、役員等が有価証券報告書の虚偽記載を防止するためのリスク管理体制を構築していたといえるのであれば、金商法21条の2第2項の「過失」は認められないと判断される余地があるように思われる。

 (2) 従業員を含めた提出会社の構成員全体に過失がない場合と考える立場について

 平成25年11月20日付け金融庁総務企画局「事務局説明資料-流通市場における虚偽開示書類に係る損害賠償責任」(注2)9頁においては、提出会社の過失の有無について、「役員・従業員を含めた提出会社の『構成員』全体を基準に判断すること」が提案されており、その理由としては、

 ① 「役員」を基準に過失の有無を判断すると、「従業員」に故意・過失がある場合であっても「役員」には過失がないとして、提出会社が責任を負わないケースも生じ得る。一方で、(ア)こうしたケースにおいて、提出会社は、別途、民法上の「使用者責任」に基づく損害賠償責任を負う可能性があると考えられるが、それにもかかわらず、投資者保護を目的とする「特別法」である金商法において、損害賠償責任を問わないことは適切ではないのではないか。(イ)提出会社は、従業員を事業に従事させることによって企業活動を行い、利益を得ているため、従業員の故意・過失によって他人に損害を与えた場合には、提出会社が損害賠償責任を負うことが、公平の観点からも適切なのではないか。

 という点と、

 ② 提出会社の「構成員」全体の無過失を要求することにより、役員による適切な内部統制の構築にとどまらず、提出会社全体のコンプライアンス向上へのインセンティブが高まることが期待できるのではないか。

 という点が挙げられている。

 (3) 考察

 虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業に「過失」がなかった場合とはどのような場合を指すのかについて検討するにあたっては、民法709条における法人の過失についての議論が参考になると思われる。
 民法709条における法人の過失については、主に公害事件等を中心として裁判例が存在しており、例えば、福岡地判昭和52年10月5日判例時報866号21頁は、

 有機的統一組織体としての企業において、複数かつ不特定の被用者の企業活動の一環としての行為に過失がある場合には、むしろ個々の被用者の具体的行為を問題とすることなく、使用者たる企業自身に過失があるとして直接民法709条による責任があると解するのが直截、簡明であり、相当である。

 と判示している。このような考え方を支持する学説においては、法人自身の過失を肯定する根拠として、過失の立証責任を軽減して被害者保護を図るという点や、法人自身の自己責任の拡張という点等が挙げられており、このような考え方は、上記(2)の従業員を含めた提出会社の構成員全体に過失がない場合と考える立場と親和的であるように思われる。

 しかし、このような考え方を批判する学説も多く存在しており、批判の論拠として、①法人の代表機関の故意・過失と別に法人自体の故意・過失が存在するとはいえないのではないか、②法人自身に民法709条の責任を認めることは、民法715条(使用者責任)が設けられた趣旨に反する、③どのような場合に法人自体が709条に基づいて責任を負うのかについての基準が明確ではない、④代表者・被用者のどちらに故意・過失があるのかを特定せずに、法人の損害賠償責任を認めなければならないような実務上の必要性は存在しない等といった点が挙げられている(注3)。また、裁判例においても、東京高判昭和63年3月11日判例時報1271号3頁、大阪地判平成11年3月29日判例時報1688号3頁等において、法人自身に過失を認めるという理論構成自体が否定されており、例えば、東京高判昭和63年3月11日判例時報1271号3頁は、

 法人の代表機関の故意、過失とは別個に法人自体の故意、過失というものが存在し得るか否かが問題となる。また、法人に民法709条により直接不法行為責任を認める場合、同条に基づく損害賠償責任と民法44条1項に基づく責任及び民法715条に基づく責任との相互関係いかんが訴訟物の異同とともに問題となる。さらに、法人の規模の大小により法人自体が民法709条による責任を負う場合と負わない場合とが考えられるが、その限界を画する基準が明確でない。そのほか、実践的な見地からみても、企業活動に伴う加害行為が代表取締役の故意、過失によるものか、あるいは被用者の故意、過失によるものかを識別することの困難な事例がそれ程しばしばあるとは考えられないし、被用者の故意、過失を問題とする場合には、氏名まで逐一特定する必要はなく、例えば会社の事業のいかなる部門を担当する者であるかを特定すれば足りるというような解釈も可能であるから、代表者または被用者のいずれに故意、過失があるかを特定しないで不法行為に基づく法人の損害賠償責任を肯定することを許容せざるを得ないような切実な実務上の必要性があるとはいい難いということもある。

 と判示している。このような考え方は、上記(1)の当該提出会社の役員等に過失がない場合と考える立場と親和的であるように思われる。

 筆者としては、

  • 民法709条における法人の過失についての議論においても、法人自身の過失を認めることについて強い批判があること、
  • 民法709条とは異なり、金商法21条の2第2項においては過失の立証責任が転換されており、既に一定の投資者保護が図られていることから、公害事件等とは異なり、さらに投資者保護を推し進めて従業員を含めた提出会社の構成員全体に過失がない場合と考える必要性は低いのではないかと思われること、
  • 役員等に過失がなく、金商法21条の2に基づく損害賠償請求が認められない場合であっても、別途、従業員の過失を捉えて民法715条に基づく請求を行うことは可能であること

等から、当該提出会社の役員等に過失がない場合と考える立場を採ることがよいのではないかと考える。この点、仮に、上記(1)の日本システム技術事件最高裁判決のような事案において、金商法21条の2に基づく損害賠償請求が行われた場合、①金商法改正前であれば、虚偽の記載をした有価証券報告書等を提出した企業は無過失責任を負うこととされていたため、損害賠償が認められていたと考えられるところ、改正後の金商法のもとでは、②-a 「過失」について、当該提出会社の役員等に過失がない場合と考える立場を採れば、役員に過失がないことから、損害賠償請求は認められないこととなり、他方、②-b 「過失」について、従業員を含めた提出会社の構成員全体に過失がない場合と考える立場を採れば、従業員らが営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上しており、当該従業員らに少なくとも過失が認められることから(もっとも、過失にとどまらず、故意が認められると考えられる)、損害賠償請求が認められることになると考えられる。②-b 「過失」について、従業員を含めた提出会社の構成員全体に過失がない場合と考える立場を採った場合、有価証券報告書等に虚偽記載が生じた際に、提出会社の構成員全体に過失がないといったケースはかなり例外的な場合であると考えられるし、提出会社の立証活動の面から見ても、自社の構成員全体に過失がないことを証明することはかなり困難であり、免責が認められる余地がほとんどなくなってしまうと考えられることから、このような立場に立つと、金商法21条の2について無過失責任から過失責任に改正を行った趣旨が没却されてしまうように思われる。日本システム技術事件最高裁判決のような事案において、金商法21条の2に基づく損害賠償請求を認めないことに対しては、投資家保護の観点から問題がある等の批判があり得るが、投資家としては、当該企業の従業員らに故意又は過失があったことを立証して民法715条に基づく損害賠償請求を行うことができると考えられることから、そのような批判は当たらないように思われる。

 なお、②-a 「過失」について、当該提出会社の役員等に過失がない場合と考える立場を採った場合であっても、個々の事例に則して、

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鈴木 俊裕(すずき・としひろ)

 2007年大阪大学法学部卒業、2009年京都大学法科大学院修了。2010年弁護士登録、現在西村あさひ法律事務所弁護士。一般企業法務、企業不祥事対応等の危機管理、訴訟等を主な業務分野とする。
 主な執筆として、「情報伝達・取引推奨規制における若干の解釈論―目的要件・氏名公表措置―」商事法務2036号(2014)[共著]、「インサイダー取引規制の硬直性の是正―包括的知る前契約・計画を中心に―」金融法務事情2034号(2016年)[共著]など。

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