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西村あさひのリーガル・アウトルック

ドイツ企業買収の契約実務 大陸法の国で共通点と違い

欧州M&Aの手引き(2)

木津 嘉之(きず・よしゆき)

 英国のEU離脱で、ロンドンの金融センター機能の一部がフランクフルトなどに移る可能性が取り沙汰されるなど、欧州経済におけるドイツの存在が一層、重くなっている。今後、ドイツ企業を日本企業が買収するケースも増えることが予想される。その際、日本企業が注意すべき実務上の問題点を木津嘉之弁護士が詳細に解説する。

 

 欧州M&Aの手引き 其二
 ドイツ企業買収について
 - 買収契約実務を中心に -

西村あさひ法律事務所
弁護士 木津嘉之

 1. 日本企業によるドイツ企業買収の特徴

拡大木津 嘉之(きず・よしゆき)
 2015年ユニバーシティカレッジロンドン(LL.M.)、2006年慶應義塾大学法務研究科(J.D.)、2004年慶應義塾大学法学部法律学科(LL.B.)修了。グライスルッツ法律事務所(フランクフルト)を経て、2016年9月よりジド法律事務所(パリ)のM&A/コーポレートチームに出向中。その後、引続き、キオメンティ法律事務所(ローマ)のM&A/ コーポレートチームに6か月程度出向予定。
 日本企業によるドイツ企業買収案件の件数は、2009年の欧州危機において一時的に落ち込んだものの、その後増加傾向にある。日本企業による欧州企業買収に関する統計を見ると、ドイツに関する件数が英国に次いで多く、近時は欧州全体の2割程度を占める。

 (i) 買収の形態

 買収の形態としては、日本におけるのと同様、シェアディール及びアセットディールが存在する。事業の一部を取得する場合は措くとしても、税務面の考慮で特段の差異がないような場合においては、一般的にはシェアディールを利用することが多い。アセットディールは事業・契約の承継について同意取得が必要である等、煩瑣な手続きが必要となることによるものと思料される。

 (ii) 対象会社及び売主の特徴

 日本企業によるドイツ企業の買収の数としては、圧倒的に非公開の会社の買収が多い。ドイツにおいては、AG(Aktiengesellschaft)と呼ばれる、一般的に上場会社に利用される株式会社形態も存在するが、日本企業の買収対象となりやすいミドルサイズの会社の多くはGmbH(Gesellschaft mit beschränkter Haftung)と呼ばれる非公開の有限会社である。なお、近時の統計によれば、ドイツ国内の会社(Kapitalgesellschaften)形態のうち、数ベースでは、AGは全体の1.3 %に過ぎない割合であるのに対し 、GmbHは94%程度となり、後者の比率が圧倒的に大きい。例えば、日本においても有名なところで言えば、シーメンス、バイエル及びフォルクスワーゲンのような上場企業はAGの形態をとるものの、産業機器等の製造・販売事業を展開するボッシュグループ、また、製薬企業のベーリンガーインゲルハイムにおいては、その規模の大きさにも関わらず、GmbHという有限会社形態を採用している。有限会社形態が多く採用されている理由としては、歴史的な経緯等から同族企業を中心とする有限会社形態がポジティブなイメージを有することに加え、設立、運営及び組織に関する手続きの簡便性及び柔軟性が大きい点にあるとされる。以下においては、特段の言及がない限り、日本企業による買収が最も多いGmbH(有限会社)を前提に考察を加える。なお、GmbHは、その資本の譲渡に、公証人による証書が必要である等の制約がある点において株式ではなく日本法で言うところの出資持分概念に近いため、その資本の所有については出資持分と表現する。

 GmbHの買収の場合、売主候補は大きく二種類に分かれる傾向がある。創業家一族と投資ファンド(主に、所謂プライペート・エクイティ・ファンド)である。特に前者との関係において、ドイツ企業を買収することを考える日本企業が最初に抱える一般的な課題は、売主候補の事業会社の売却意思の確認であることが多い。創業家一族は、代替わりなどに際して事業を売りに出す可能性があるものの、当該一族が事業に関与している場合はかかる事業に対する思い入れも強い傾向があり、当該創業家株主からの事業買収の了解が取れないケースも多い。開示又は受領すべき情報の範囲に関する法的分析に加え、どのようにアプローチをするのが効果的かといった戦略的な検討も必要となる。

 (iii) 買収のプロセス

 ドイツ企業の一般的な買収プロセスとしては、日本における非上場企業の買収プロセスと同様、秘密保持契約を締結の上、対象会社のデュー・ディリジェンスを実施し、その後、契約交渉を経て、出資持分譲渡契約を締結の上、クロージングに至ることとなる。なお、独占交渉権を獲得したい場合、または、契約条件を交渉初期において固めておきたいような場合は、独占交渉権を定めた契約や基本合意書(LOI又はMOU)が締結されることもある。

 近時、ドイツにおいては、オークションプロセスを採用するケースが増加してきている。オークションにおいては、売主サイドが自己の保有する有利な交渉ポジションに従って定型的な対応に終始するケースが多いため、異なる実務・文化やリスク受容性を有する日本企業においては、欧州のオークションに慣れている欧州企業に比較して、魅力あるプロポーザルを提案することに苦慮するケースが多く見受けられる。例えば、最終提案で提出することとなる出資持分譲渡契約のコメントについても、下記で述べるように、日本とは異なる諸要素を勘案することが求められる場合もある。従って、最終的に他のビッダーとの比較で魅力あるプロポーザルを提案しようとした場合、これらのリスクヘッジ及び先方が受けられるであろうカウンタープロポーザルの内容について、オークション戦略の観点から、綿密な検討が必要となる。かかる観点からは、買収企業のバーゲニングポジション(ここでは、相手方の企業の性質及びビッドの競争が激しいかどうか等を考慮の上、どの程度の要求であれば相手方が受容するのか)の分析が、その後のオークションプロセスにおける戦略的対応を決定するにあたって必須となる。

 なお、上記オークションプロセスにおける課題を解決する観点から、日本企業の案件においては、オークションがなされることが未定の段階において、売主に対して一定の期間の独占交渉権限を求める例も見受けられる。もっとも、売主により当該提示が受け入れられるかは当該売主と買主との間のバーゲニングパワーのバランス次第のことも多く、また、独占交渉期間を定める契約の中で、最終契約における売却価格のレンジを売主に有利な形で明記するよう求められることもあるため、これらの定めが後の最終契約交渉における過度の制約とならないよう留意が必要となる。

 2. ドイツ企業買収契約の実務

 (i) 大陸法とその特徴及び留意点

 ドイツはいわゆる大陸法を採用する代表的な国である。法体系の第一義的な法源を、裁判所により発見されることとなる慣習法に求める英米法(コモンロー)の考え方とは異なり、大陸法は、国会等で制定された成文法を基礎としたヨーロッパ大陸諸国で採用されている法体系である。買収契約の実質的な内容においては、以下の三点につき、主に関連がある。

 一点目としては、買収契約の項目及びその詳細さへの影響である。一般的に、大陸法諸国においては、国会等において制定された法令(成文法)を前提として、その不足部分を補う観点で契約を作成するため、ドラフトされる契約は、英米法の国々(特に、米国)に比較して、簡潔なものとなる傾向がある。もっとも、企業買収契約の文脈においては、英米におけるプラクティスからの影響を強く受けているため、ドイツにおいても、詳細に記載する傾向が近時強くなっている。一般化は難しいものの、その意味では、日本の比較的大規模な株式譲渡契約において利用されるのとほぼ同様の項目について、同程度の詳細さで規定されることが比較的多い。なお、クロスボーダー案件(ここでは、外国企業によるドイツ企業の買収案件)の買収契約においては、英語が使用言語となるのが一般的である。

 二点目としては、当事者の合意内容が強行法規により変更される可能性である。大陸法諸国においては、リベラルな私的自治に根ざした英米法に比較し、契約に定められた当事者の意思が制限される傾向が強い一面があると言われる。具体的には、契約に記載されている条項が制定法上の強行法規に反することで、当初契約当事者が想定していた内容とは異なる結果を招来する可能性がより大きいこととなる。日本においても、契約法については、主に大陸法を参考として制定された歴史があるため、同様の視点が重要となるも、異なる議論も存在するため、留意すべき点は異なり得る。なお、ここでは詳細に述べないものの、買収契約の締結に際しても、消費者保護規制に関するルールの準用がなされる可能性や、虚偽の表明保証が詐欺に該当する可能性がある等、留意すべき点は多数存在する。

 三点目は、大陸法系の諸国において認められる傾向があるとされている契約締結上の過失(culpa in contrahendo)論である。契約締結上の過失論はドイツにおいては明文上認められている。具体的には、ドイツ民法典(Bürgerliches Gesetzbuch)上、契約交渉の開始時点から、相手方の権利、法律上の利益等を遵守及び尊重することが求められるものとされている(311条(2)項1号及び241条(2)項)。例えば、合理的な理由なしに合意直前に交渉を打ち切ったような場合、一定の範囲において、これを信頼したことにより被った費用が損害となり得ることとなる。買収実務との文脈においては、交渉段階において基本合意書(LOI又はMOU)を締結するに際しては、最終契約の締結はいかなる場合も自由であること等を明確化すべきこととなる。

 (ii) 契約の当事者と保証人

 出資持分譲渡契約の義務の履行の確保の観点から、資産を有するグループ会社を当該義務の履行の保証人として、契約の当事者とすることを求められることがある。但し、事業会社などで、当該会社自身に十分な資金が確認できるような場合は、その後の交渉により、保証人が不要と判断されるケースも少なくない。また、金融機関などの第三者からのコミットメントレター等を得られるのであれば、保証人を不要とするアレンジも交渉することも考えられる。

 (iii) 買収対価メカニズム

 ドイツにお

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木津 嘉之(きず・よしゆき)

 弁護士(西村あさひ法律事務所所属)。2015年ユニバーシティカレッジロンドン(LL.M.)、2006年慶應義塾大学法務研究科(J.D.)、2004年慶應義塾大学法学部法律学科(LL.B.)修了。グライスルッツ法律事務所(フランクフルト)を経て、2016年9月よりジド法律事務所(パリ)のM&A/コーポレートチームに出向中。その後、引続き、キオメンティ法律事務所(ローマ)のM&A/コーポレートチームに6か月程度出向予定。欧州地域を含む、国内外のM&A案件を中心に、独占禁止法案件を含む企業法務全般に従事。

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