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西村あさひのリーガル・アウトルック

チェコ共和国の労働法制と労務事情 日本企業が工場を開くには

星野 大輔(ほしの・だいすけ)

チェコに進出する日本企業が直面する労働法上の諸問題

 

西村あさひ法律事務所
弁護士 星野 大輔

拡大星野 大輔(ほしの・だいすけ)
 2005年、東京大学法学部卒業。2009年9月、西村あさひ法律事務所に入所。2017年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクール卒業(LL.M.)。2014~2015年、一橋大学大学院国際企業戦略研究科 非常勤講師。2017年からプラハのPRK Partners s.r.o. advokátní kancelářで勤務。
 ドイツの東隣に位置するチェコ共和国は、西欧諸国への地理的近接性、整備されたインフラ、比較的廉価で教育水準の高い労働力といったメリットを生かし、1990年代の民主化・資本主義化以降、多くの海外投資を引きつけてきた。日本貿易振興機構のデータによれば、日本企業も、2017年5月時点で、254社が進出している。
 チェコの基幹産業は製造業、とりわけ自動車産業である。チェコに進出する日系企業の多くも自動車関連の製造業であり、多数の工場が設立されている。これらの工場は、当然ながら、多くの労働者を雇用している。

 他方で、チェコの労働法制は、社会主義時代の傾向を引き継ぎ、比較的に労働者有利な内容となっている。このことはチェコに進出した日系企業にとって悩みのタネとなっている場合も多々あるようである。そこで、本稿では、主として製造業を念頭に、チェコ労働法の特徴を概観すると共に、近時の同国の労働市場における諸問題を紹介する。

 1. チェコの労働法制

 チェコの労働法は、2006年に制定された。もっとも、同法は、制定されてから既に30を超える改正を経ており、本稿を執筆している2018年4月現在も新たな改正が議論されている。したがって、その規制内容については常に最新の法規を参照する必要がある点に留意すべきである。
 同法の主な特徴、特に、日本企業にとって問題となることの多い点は、以下のとおりである。

 a. 残業規制

 日系企業の多くがまず悩まされるのは、チェコ労働法の厳しい残業規制である。
 法律上、週の標準労働時間は原則として40時間とされ、標準労働時間を超える労働は残業とされる(チェコ労働法78条、79条)。そして、雇用主が労働者に命じることができる残業時間は週に8時間・年に150時間以内とされている(同93条)。労働者が自発的に同意する場合には年間150時間を超える残業の余地はあるが、その場合でも残業時間は週平均で8時間以内に収める必要がある(同条)。実際のところは、チェコの労働者は一般に残業を好まず、残業に同意しない場合も多いようである。
 また、これらの残業には、労働者が自発的に同意したか否かにかかわらず、25%以上の割増賃金を支払わなければならない(チェコ労働法114条)。なお、労働者が同意する場合には、割増賃金を支払う代わりに、残業時間に相当する休暇を与えることも可能である(同条)。
 このように、残業時間が厳しく規制されており、かつ、労働者が残業を好まないため、就業時間を調整して需給変動に応じた増産を実行することは容易でない。

 b. 労働組合

 労働組合は極めて容易に設立可能である。労働組合の設立要件はわずか3名の労働者の参加で足り(チェコ労働法286条)、設立された労働組合はそのまま全労働者を代表する(同条。なお、複数の労働組合が設立された場合には、最大の組合が労働者代表となるのが原則である)。したがって、新規に工場を設立したような場合にも、労働組合が設立され、年次の団体交渉を行うことになる可能性は常にある。
 チェコでは、ストライキに至る事例は多くはないものの、年に一度の団体交渉は実施されることがほとんどである。そして、組合は、業種別の組合連合等から他企業の交渉状況について情報を得ているため、その年の労働市場の状況に応じた賃金改定はほぼ不可避である。

 c. 欠勤制度

 チェコの労働法上、労働者には、病気を理由とする欠勤が認められている(チェコ労働法191条)。この病欠期間のうち、4日目から14日目については、労働者はその賃金(月給のみならずボーナス等も含む)を基礎として計算される病欠手当(基礎となる賃金の60%とされるが、基礎額は各種調整により減額される)を受け取る権利があり、雇用者はこの手当を支払う義務を負う(同192条)。なお、この病欠手当制度については、現在、チェコ国会で改正が議論されている。改正案は、手当の対象期間を欠勤1日目から11日目までに変更するものであり、企業にとって不利な内容であるため引き続き注視する必要がある。

 また、労働者は、自身の病気以外にも、病児の世話など、幾つかの理由による欠勤が認められている(チェコ労働法191条)。上述した病欠を含め、同条の事由による欠勤日数については、特段の上限は規定されておらず、更に、これら法律上認められた理由により欠勤中の労働者を解雇することは禁じられている(同53条)。
 このような手厚い保護法制の影響もあり、チェコの労働者は欠勤率が比較的高く、また、欠勤期間も比較的長期に及ぶことが多いようである。特に冬季には病欠者が増え、製造業の企業にとっては大きな問題となることも少なくないようである。

 2. チェコの労働市場

 a. 労働者の不足

 チェコ統計局のデータによれば、チェコ国内の失業率は2018年1月時点で2.4%とされ、いわゆる完全雇用状態となっている。このため、労働者、特に工場のライン組立工や機械オペレーター等のブルーカラー労働者は不足しているのが現状である。
 この労働者不足は、前述した厳格な残業規制と相まって、労働者の給与水準の上昇を引き起こしている。既存労働者の稼働時間が厳格に制限されているため、目下の好況に伴う需要増に対応するには従業員数を増やす必要があり、労働者の取り合い現象が始まっているからである。

 現在、チェコの労働者の給与水準は上昇を続けており、チェコ統計局の2018年3月のデータによれば、2017年末の平均賃金は前年に比べて5%以上増加している。この賃金上昇は、日本企業を含む多くの海外投資家にとって大きな影響を与えている模様である。
 また、チェコにおける労働環境の大きな特徴として、労働者の地域間流動性の低さが挙げられる。チェコの国土は7万8,866平方キロメートル(日本の約5分の1)であるが、労働者が就労環境を求めて生活拠点を移すことは少ない。したがって、ある地域に大きな工場が新設されたような場合には、局所的な労働者不足・賃金上昇が発生し、周囲の既存工場に大きな影響を与えることも少なくない。
 現在の賃金上昇傾向が将来的にどこまで継続するかは明らかではないが、少なくとも当面の間は、チェコにおける新規工場建設に際しては、立地場所の決定に当たって、対象地域の失業率、周囲の同種工場の数・従業員数、他社の工場新設計画の有無・給与水準、等々を検討して、将来に亘る労務コストの上昇を許容できるかを判断することが重要であると考えられる。

 b. 外国人労働者

 前述のように、チェコ国内における労働者不足は深刻である。2017年の統計によれば、15-24歳の世代人口は全人口の10%以下であり、また、2015年の統計によれば、チェコの合計特殊出生率は1.44に過ぎない。また、労働人口が将来に亘って増加する可能性は低く、長期的にも労働者は不足傾向にあることから、現在のような好況が継続する限り、労働者不足の状況に変化はないと考えられる。
 このため、多くの製造業が、既に外国人労働者を受け入れているか、又は新たな受入れを現在検討しているようである。チェコ政府も、労働者不足に対処するために、外国人労働者を積極的に受け入れる政策を導入している。
 もっとも、外国人労働者の受け入れには問題も多い。具体的には以下の問題がある。

 (a) EU域内の労働者

 チェコはEU加盟国であることから、EUの基本原則である労働者の移動の自由が適用される。これはつまり、EU加盟国出身者であれば、特別な就労許可を得ることなく、当然にチェコ国内で就労できることを意味する。
 チェコの場合、ポーランド・ハンガリー等の東欧諸国からの労働者が流入する例が多いようである。もっとも、EU加盟国出身者は、ドイツ等、より給与の高い市場で働くことも可能であることに留意すべきである。
 このため、現実的には、EU加盟国出身者の多くは、チェコ国内での就労を、西欧諸国で働くための「つなぎ」期間として捉える傾向があり、西欧諸国で就労できるようになった時点で(例えば、アパートを借りられるだけの貯金を蓄えたり、大型トラックやフォークリフト等の運転技能を身につけたりした時点で)、より賃金の高い隣国ドイツ等へと転職してしまうことが多々あるようである。

 (b) EU域外の労働者

 上記の事情から、チェコの工場では、実際には、多くのEU域外の労働者が雇用されている。彼らの主要な出身国としては、ウクライナ、ベラルーシ、ベトナム、モンゴル等が挙げられる。
 これらの外国人労働者がチェコで働くには、チェコの就労許可及びビザを取得することが必要となる。これらの申請には雇用関係の証明が必要であり、実務上は、①チェコ国外で求人活動を行って就労希望者を集め、②これらの者と雇用契約を結び、③その後に各希望者がビザ等を申請して、④ビザが発給された後にチェコに来て働くというプロセスを経ることになる。実際には、人材エージェントがこれらの手続きに関与することが通常であり、手続きはエージェントによって行われることが多いが、何れにせよ、労働者の雇用決定から実際の勤務開始までにビザ発給のためのタイムラグが生じるデメリットがある。
 この問題を改善するため、特定国の労働者については、ビザ発給迅速化プログラムが導入されている。2017年には、約1万人のウクライナ人労働者がこの制度を利用してビザを申請したと報道されている。更に、2018年には対象労働者の拡大が予定されており、現在の報道では、ウクライナ人労働者の利用枠が2万人へと倍増するほか、モンゴル人労働者・フィリピン人労働者も制度対象となるとされている。もっとも、このプログラム自体も、チェコ当局の担当者不足などにより手続きに時間が掛かることが多いようであり、労働者の雇用のために要する時間はさほど短縮されていないようである。

 3. GDPR(EU一般データ保護規則)

 本年5月25日から適用が開始される欧州のGDPR(一般データ保護規則)も、労働管理との関係で問題となる。

 GDPRは、日本企業にとっては、日本へのデータの域外移転(現地子会社から日本本社への対象データの移転)の問題として、限定的な形で認識されることが多い。しかしながら、GDPRは個人データ(パーソナルデータ)の取扱いに関する包括的な規制であり、データの域外移転規制は問題の一部に過ぎない。むしろ、チェコを含むEU域内の子会社においては、社内における個人データ管理体制の整備の方が、より直接的に重要な問題となる点に注意する必要がある。
 もちろん、多くの消費者の情報を取り扱うB to Cの事業を営む企業の方がGDPRの影響を強く受けるとはいえるが、製造業をはじめとしたB to Bの事業を営む企業でも、従業員や退職者・求職者の情報や取引先の担当者の情報を取り扱うことは避けられないところ、特に従業員の個人データについては、その内容がセンシティブであったり、取扱いの態様が適法でなかったりといった検討すべき課題に数多く直面することがある。したがって、製造業であっても、労務管理においてGDPRの影響を無視することはできない。
 本稿ではGDPRの具体的内容を詳述することはしないが、EU域内子会社が労務管理の関係で要求されることになるGDPR対応の例としては、従業員等から個人データを取得する際の情報提供(GDPR13条、14条)、個人(従業員等)が訂正権・消去権等の権利を主張した場合の対応手順の整備(同15条以下)、情報流出等の事故が発生した場合における通知体制の整備(同33条)といったものが挙げられる。すなわち、労務管理に付随して収集・保管される従業員の個人データについて、EU域内子会社に対しては、社内規則の制定、従業員の教育、適切な責任者の任命といった管理体制の整備が義務付けられることになる。
 更に、GDPR違反には、最大で全世界の前会計年度における売上高の4%という高額の制裁金が課され得る(GDPR83条)点に注意が必要である。この点、EU諸国では監督当局が規模の大小やセクターを問わずサンプリング調査を行った例があるほか、情報流出事故等を契機に調査が行われる可能性

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星野 大輔(ほしの・だいすけ)

 2005年、東京大学法学部卒業。2009年9月、西村あさひ法律事務所に入所。2017年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクール卒業(LL.M.)。2014~2015年、一橋大学大学院国際企業戦略研究科 非常勤講師。2017年からプラハのPRK Partners s.r.o. advokátní kancelářで勤務。
 『知的財産法概説<第5版>』(共著、弘文堂、2013年)、『会社法実務相談』(共著、商事法務、2016年) などの共著がある。

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