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西村あさひのリーガル・アウトルック

合併・買収の欧州独禁規制、売上高だけでなく取引価値でも?

金子 佳代(かねこ・かよ)

ヨーロッパにおける取引価値基準による企業結合規制の導入

西村あさひ法律事務所
弁護士 金子 佳代

拡大金子 佳代(かねこ・かよ)
 2004年、京都大学法学部卒業。2006年、京都大学法科大学院修了。2007年9月、司法修習(60期)を経て、西村あさひ法律事務所に入所。2015年、ベルリン自由大学卒業(MBL)。2015~ 2017年、ベルリンのHengeler Mueller法律事務所で勤務。
 共著に『新株予約権ハンドブック [第2版]』(商事商務、2012年6月)、『会社法・金商法 実務質疑応答』(商事法務、2010年1月)などがある。
 EU、ドイツ、オーストリアの企業結合規制では、従来、当事会社の売上高基準が採用されており、当事会社の売上高に応じて、事前届出が必要とされてきた。

 しかしながら、近時、デジタル市場のように、従来の枠組みとは異なるビジネスモデルを採用する市場が急速に発展しつつある。これらの市場では、ネットワーク効果が高まれば高まるほど収益の飛躍的な増大につながるため、まずは無料又は廉価でユーザーを多数確保し、その後に収益化を図ることとなる結果、事業の競争力が収益に反映するまでにタイムラグが存在するケースが多い。また、このような事業形態と同様に、現時点では売上げに結びついていないものの、新規性・革新的な技術やビジネスモデルを有している企業のM&Aや、医薬品関連の企業において有力な商品の開発中に行われるM&Aなど、R&D部門が競争力の鍵となるような業種の会社のM&Aについても、M&A時点では競争力が売上げに未だ反映されていないということが、しばしば起こりうる。このような事業の場合、M&Aによって企業結合が行われるときに、たとえ企業結合段階での売上高が低くとも競争に影響を与え得る可能性があり、従前の当事会社の売上高基準のみによる枠組みでは、正確に企業結合の競争的側面の影響をとらえきれないという面が問題視されていた。

 そこで、ドイツでは、競争制限禁止法(Gesetz gegen Wettbewerbsbeschränkungen, GWB)が改正され、2017年6月9日を施行日として、従来の、M&Aの当事会社の売上高基準による企業結合規制に追加する形で、企業結合の「取引価値基準」による規制が導入された。また、ドイツでの改正を受け、オーストリアでも、カルテル法(Kartellgesetzes, KartG)が改正され、2017年11月1日を施行日として、「取引価値基準」による企業結合規制が導入された。

 この点、米国でも、クレイトン法7条A(ハート・スコット・ロディノ反トラスト改正法)に基づき、企業結合の事前届出義務の要件として、当事会社規模要件及び取引規模要件が定められている。しかしながら、取引規模の評価を、取得される資産や株式その他の持分の価値のみで判断する米国の取引規模要件とは異なり、ドイツのGWB及びオーストリアKartGが導入した取引価値基準では、「取引価値」として解釈される対価の範囲が、極めて広く、取引価値をどのように算定するかが、法律の文言上は明らかでない。さらに、ドイツのGWB及びオーストリアKartGでは、取引価値基準による事前届出の要件として、取引価値が一定価額を超えることに加え、対象会社が国内で「重要な事業活動を営んでいる」こととの要件が定められているが、何をもって「重要な事業活動を営んでいる」のかに関しても、法律の文言上は不明である。従って、ドイツ及びオーストリア両国による新企業結合規制の導入における実務上のインパクトとしては、従来の売上高基準に加えて、取引価値基準という新たな基準が加わり、企業結合規制の対象が拡大されたというような単純な問題ではなく、極めて曖昧かつ広範な取引価値基準という新しい概念が導入されたという点において、必要以上に広範な規制がなされかねない状況が生じているということにある。これらの点の解釈に関しては、改正法案草稿の解説文が若干の具体例と説明をしているものの、具体的には、独禁当局によるガイドラインにおいて詳細が定められるとされており、法案の可決日以降、ガイドラインの策定が経済界から切望されていた。

 然るところ、これらの実務上の批判や立法者からの要請を受け、2018年5月14日に、ドイツ及びオーストリアの両独禁当局は、共同で、これらの要件に関するガイドラインである「取引価値基準に基づく事前届出義務ガイドライン」(Leitfaden Transaktionswert-Schwellen für die Anmeldepflicht von Zusammenschlussvorhaben)の草稿を発表し、パブリックコメントに付した。さらに、その後、ドイツ及びオーストリアの独禁当局は、異例のスピードでパブリックコメントに対して寄せられた意見への対応を完了させ、同年7月9日に、ガイドラインを発表した。

 また、このような流れを受けて、EU委員会のヴェステアー競争担当委員は、企業結合規制に取引価値基準を導入することを前向きに検討すべきであると発言し、現在、EU企業結合規制においても、取引価値基準の導入が検討されているところである。

 そこで、本稿では、ドイツ及びオーストリアの取引価値基準に基づく企業結合規制の要件とその具体的な解釈について、改正法案の草稿や上記ガイドラインを基に解説するとともに、EU企業結合規制における取引価値基準の導入議論の現状について紹介したい。

 1 企業結合規制の対象となるM&Aについて

 ドイツ及びオーストリアでは、上記の法改正を受けて、従来の売上高基準での企業結合規制に加え、取引価値基準での企業結合規制が加わった。以下、両国において、それぞれの要件がどのように規定されているかにつき、概観する。

 (1)ドイツ

 a) 売上高基準の要件

 前事業年度の計算書類に基づき、企業結合の当事会社の売上高が、以下の基準を全て満たす場合には、原則として、連邦カルテル庁(Bundeskartellamt)への事前届出が必要とされている(GWB35条1項)。

  • 全ての当事会社の企業グループの直近事業年度末の全世界売上高の合計が、5億ユーロを超える
  • 少なくとも一つの当事会社の企業グループのドイツ国内での売上高が、直近事業年度末時点において2500万ユーロを超える
  • 他の当事会社の企業グループのドイツ国内での売上高が、直近事業年度末において500万ユーロを超える

 ただし、上記の要件を全て満たす場合であっても、以下の場合には、売上高要件に基づく事前届出は不要とされている。

  • 当事会社の一が、他社に実質的に支配されておらず、かつ当該当事会社の企業グループ全体の直前事業年度の全世界売上高が、1000万ユーロを超えない場合(GWB35条2項。いわゆるde minimis条項)
  • ドイツ国内において少なくとも過去5年間にわたり商品・役務が提供されており、かつ前年における市場全体の売上高が1500万ユーロ未満である場合(GWB36条1項(2)号。いわゆるMinor market条項)
  • その他、銀行、出版業界など一定の事業分野の場合

 b) 取引価値基準の要件

 今回の法改正では、上記a)記載の売上高基準に加え、取引価値基準による企業結合規制が導入され、以下の全ての条件を満たす企業結合に関しては、連邦カルテル庁への事前届出が必要とされた(GWB35条1a項)。

  • 全ての当事会社の企業グループの直近事業年度末の全世界売上高の合計が、5億ユーロを超える
  • 少なくとも一つの当事会社の企業グループのドイツ国内での売上高が、直近事業年度末時点において2500万ユーロを超える
  • 対象会社及びその他の当事会社の企業グループのドイツ国内での売上高が、直近事業年度末において500万ユーロを超えない
  • 取引価値が4億ユーロ超である
  • 対象会社が、ドイツにおいて、重要な事業活動を営んでいる

 このうち、「取引価値」とは、条文上、企業結合に関連して、売り手が買い手から受領する全ての資産、その他の金銭的な対価に加え、買い手が負担することとなる債務の価値もこれに加算するとされている(GWB38条4a項)。

 なお、本要件には、a)の売上高基準の要件の場合にみられる、de minimis(軽微基準)条項や、Minor market条項は存在しないことには注意が必要である。

 (2)オーストリア

 a) 売上高基準の要件

 前事業年度の計算書類に基づき、企業結合の当事会社の売上高が、以下の基準を全て満たす場合には、原則として、連邦競争庁(Bundeswettbewerbsbehörde)への事前届出が必要とされている(KartG9条1項)。

  • 全ての当事会社の企業グループの直近事業年度末の全世界売上高の合計が、3億ユーロを超える
  • 全ての当事会社の企業グループの直近事業年度末の国内の売上高の合計が、3000万ユーロを超える
  • 少なくとも当事会社2つ以上の、それら企業グループの全世界売上高がそれぞれ500万ユーロを超える

 ただし、上記の要件を全て満たす場合であっても、当事会社のうち、オーストリア国内での売上高が500万ユーロを超えているのが一社のみであり、他の全ての当事会社の全世界売上高の合計が3000万ユーロを超えない場合(KartG9条2項。いわゆるde minimis条項)には、上記の売上高要件に基づく事前届出は不要とされている。

 b) 取引価値基準の要件

 新設された取引価値基準による企業結合規定では、以下の全ての条件を満たす企業結合に関しては、連邦競争庁への事前届出が必要とされた(KartG9条4項)。

  • 全ての当事会社の企業グループの直近事業年度末の全世界売上高の合計が、3億ユーロを超える
  • 全ての当事会社の企業グループの直近事業年度末のオーストリア国内での売上高が1500万ユーロを超える
  • 取引価値が2億ユーロ超である
  • 対象会社が、オーストリアにおいて、重要な事業活動を営んでいる

 ただし、オーストリア法においては、ドイツ法と異なり、「取引価値」に関し、特段定義や計算方法に関する条項を規定していない。

 なお、本要件には、de minimis(軽微基準)条項は存在しない。

 2 「取引価値」・「国内において重要な事業活動を営んでいる」の解釈について

 上記のとおり、取引価値基準には、ドイツ及びオーストリアともに、①「取引価値」が一定の金額を超えること及び②「国内において重要な事業活動を営んでいる」こと、という要件がある。このうち、①の「取引価値」に関しては、ドイツ法には若干の定義はあるものの、その内容が明らかでなく、②の「国内において重要な事業活動を営んでいる」との要件に関しては、両国どちらの法においても、法文上、判断基準が明確ではない。

 そこで実務において、これらをどのように解釈すべきかが問題となる。これらの文言の解釈にあたり、実務で参照されているのは、各改正法案の草稿に付されている解説と、冒頭でも紹介したドイツ及びオーストリアの両独禁当局が共同で発表した「取引価値基準に基づく事前届出義務ガイドライン」である。後者に関し、独禁当局は、取引価値基準は導入されたばかりで、運用に関する十分な案件の蓄積がないことから、本ガイドラインは現時点での暫定的な公式見解を示すものであり、今後本ガイドラインを運用しつつ案件を進める中で、必要に応じ、随時ガイドラインを改定していく見込みであると言及している(ガイドライン6番)ものの、両要件について、現時点での独禁当局の公式見解を知る有益な資料として、実務上非常に着目されている。

 以下、これらの要件について、改正法案原稿及びガイドラインの記述をもとに、実務上、具体的にどのようにしてこれらの要件を判断し、またどのように独禁当局に説明すべきであるのか、解説することとしたい。

 (1)「取引価値」の要件について

 a) 取引価値に含まれる範囲

 取引価値(Wert der Gegenleistung für den Zusammenschluss)に含まれることが明らかなものとしては、企業結合に関連して、売り手が買い手から受領する全ての現金、証券、株式、持分、その他の資産(不動産、有形財産、流動資産)、無形財産(ライセンス、使用権、商標、ビジネスアイデア、ビジネスモデル、その他の知的財産権)が挙げられる。ここで注意が必要なのは、「取引価値」には、企業結合自体の対価の価値のみではなく、企業結合に関連して授受される全ての財産的価値のあるものの価値が広く含まれるという点である。法案草稿では、その具体例として、企業結合に際して、売り手が競業禁止義務を負うことになる場合において、その補償として何らかの対価が支払われるときは、当該対価も、取引価値算定の基礎となり得るとしており、この見解を、独禁当局もガイドライン上で支持している(ガイドライン11番)。

 かかる取引価値の評価は、原則として、一回のクロージングで完了するM&A取引に関連して受け渡しされる財産が対象となる。ただし、各M&Aを単体でみれば取引価値基準に該当しないようなM&Aが数度に渡り繰り返され、これらが実質的には一連のM&Aであると評価できるような場合には、当該一連のM&Aの取引価値が合算されうることもある(ガイドライン13番)。

 また、企業結合に関連して授受される全ての財産的価値を有するものには、将来的に授受されるような形態のものも含まれる。法案の草稿は、アーンアウト条項のような、将来のパフォーマンス(例えば、典型的には売上高やEBITDA等)を設定し、一定期間に当該の条件が成就した場合には、それに見合う対価を支払うような場合の当該金銭を具体例として挙げているが、ガイドラインでは、これに加えて、対象会社が医薬品の開発事業を営んでいる場合に医薬品承認プロセスの進捗を条件に支払われるプレミアム(マイルストーン・フィー)、将来的なライセンス料の支払いも、具体例として挙げている(ガイドライン15番)。

 上記に記載した売り手が買い手から受領する全ての財産的価値を有するものの価額合計額に、買い手が負担することとなる債務の額を合計したものが、最終的な「取引価値」となる。かかる「債務」に関して、両国の独禁当局は、現時点の見解として、利息の発生する種類の債務のみがその対象となるとしており、商品や役務の対価として負担する債務に関してはこれに含まれないとしている(ガイドライン52番)。

 b) 評価方法について

 これらの価値は、企業結合のクロージング時を基準として評価するものとされている(ガイドライン28番)。それ故、届出時点で、取引価値が基準を超えるとの見込みに基づき届出をおこなったが、クロージングまでに基準を超えないことが明らかになった場合には、届出を取り下げることが可能である。一方で、取引価値が基準を超えないとの見込みであったにもかかわらず、クロージングまでに基準を超える見込みとなった場合には、届出を行い、独禁当局のクリアランスを得てから企業結合を行う必要がある。したがって、基準を超えるかどうかに疑問が残る場合には、実務上は、ひとまず独禁当局に届出書を提出しておくことが望ましいと考えられる。

 企業結合の対価に上場株式が含まれている場合には、流通市場における価値で評価するものとされており、原則として、届出前過去3ヶ月分のVWAP(売買高加重平均価格)が基準となる。対価に含まれているのが非上場株式である場合には、企業結合を評価の前提条件に入れたバリュエーションを行うものとされている。この場合、バリュエーションの具体的な手法に関しては、企業の清算価値ではなく企業継続(ゴーイング・コンサーン)を前提としたバリュエーション手法でありさえすれば、当事会社が自由に選択できるものとされている。また、その他の資産に関しても、その価値は、貸借対照表上の価格ではなく、バリュエーションを行って価値を算定し、併せて、当事会社は当該バリュエーションの手法を選択した理由やバリュエーションの正確性についても、独禁当局に対して疎明すべきであるとされている。

 なお、将来的に行われる支払いに関しては、現在価値に割り引いて評価することが求められるが、厳密な計算までは要求されておらず、年度ごとにまとめて現在価値に割り引けばよいものとされている(ガイドライン30番)。この場合、例えば、アーンアウト条項や、ライセンス料、医薬品のマイルストーン・フィーに関しては、最終的に支払額が確定するのが条件成就時であり、届出時点では、条件が成就するのか、またいつの時点で条件が成就する見込みなのか、支払いが売上額に応じて決まる場合であれば売上額の見込み等、様々な不確定要素が残る。これらの評価に関しては、相当かつ合理的な理由とともに、これらの見込みに関して疎明し、算定の前提条件を設定した上で、当該前提条件に基づき算定を行うものとされ、仮に条件の成就自体に不確実性が残る場合には、条件成就の見込み割合に応じた額のみを算定の根拠とすれば足りる(例えば、開発中の医薬品が市場で承認される確率が85%なのであれば、マイルストーン・フィーの85%を現在価値に割り引いたもののみが算定の根拠とされる)とされている(ガイドライン34番)。

 上記に記載した売り手が買い手から受領する全ての財産価値の合計額には、買い手が負担することとなる債務の額を合算する必要がある。債務の額に関しては、貸借対照表上に計上されている額を基に計算するものとされている。この場合、対象会社の一部のみを取得する場合には、当該取得する割合に応じて、債務の額を割り引いて計算することになる(ガイドライン52番、53番)。

 c) 独禁当局への説明方法について

 独禁当局は、当事会社による「取引価値」の評価に無条件に依拠するものではなく、自由にその内容を調査することができるとされている。この点、独禁当局は、取引価値の算定にあたって、買い手側の会社が、取引価値評価の額及びその評価方法に関する説明書類を当局に提出すると共に、買い手側の会社のマネージメントにがこれらに関する書面による確認書を提出した場合には、取引価値の評価に関連して提出された情報への信頼性が高まり、当局の調査が簡略化されるとして、事実上、実務において、当該確認書を買い手側の会社のマネージメントに出すことを求めている。なお、かかる確認書は、届出から90日以上前の日付であってはならないとされている(ガイドライン20番)。また、価格調整条項やマイルストーンフィーなどが含まれたM&Aに関しては、買い手側の会社のみならず、売り手側の会社からも、それぞれ独自に、取引価値評価の額及びその評価方法に関する説明がなされることを事実上求めている(ガイドライン21番)。かかる説明の際、バリュエーションレポートを資料として提出することは可能であるが、届出の6ヶ月以上前の日付を基準日としたレポートの場合、当該バリュエーションの時点から取引価値の算定に影響を与えるような重要な事象が発生していないことの確認が必要である(ガイドライン22番)。

 (2)「国内において重要な事業活動を営んでいる」の要件について

 取引価値基準による届出が必要となるのは、上記の取引価値に係る金額基準を満たすと同時に、対象会社が届出時点において「国内で重要な事業活動を行っている」(Tätigkeiten in erheblichem Umfang im Inland)場合である。この要件は、競争的な影響が生じにくいと考えられる企業結合を企業結合規制の対象から外すことにより、独禁当局の調査の負担を軽減するために導入されたものである。そもそも、取引価値基準は、現時点ではそれほど大きな売上高を上げていないものの、将来的に競争関係に影響を与え得る企業結合に関して届出の対象とすることを意図したものであるため、この「国内で重要な事業活動を行っている」か否かの要件は、現時点での売上高にかかわらず、届出時点において、国内で何らかの重要なビジネス関連活動が行われているかどうかにより判断される。

 a) 「国内において」の意義について

 まず、「国内において」の部分については、主として、顧客やユーザーが国内に存在するのかどうか、顧客が関連商品や関連サービスを国内で使用しているのかが重視される。例えば、デジタル市場であれば、市場競争に与える影響を判断する上で、ネットワーク効果(ネットワーク外部性)を考慮に入れる必要があることから、このような場合には、顧客・ユーザーには、対価を支払ってサービスを使用しているものに限らず、無料でサービスを使用しているものも含めて考えるべきものとされている(ガイドライン72番)。

 対象会社の事業活動には、下記b)記載のとおり、研究開発活動も含まれるとされているところ、上記のような顧客やユーザーの所在地のみで判断する場合とは異なり、研究開発活動が問題となる場合には、開発対象商品の販売予定地に加えて、研究開発活動が行われている場所、即ち、スタッフの所在地や研究活動の拠点、当該研究活動に必要な研究室、研究設備、研究機材の拠点、特許出願者の所在地で判断すべきとされている(ガイドライン74番)。

 なお、オーストリアでは、当該事業拠点の活動が、国内市場に向けられている場合に限って、対象会社の事業拠点が国内にあれば、かかる要件を満たすとしている(KartG9条4項4号)が、ドイツではこのような要件はない。

 b) 「事業活動」の意義について

 次に「事業活動」の意義についてであるが、「事業活動」は、市場活動に向けられたものでなければならないとされており、①金銭その他の対価の支払いを得るための国内市場における商品・役務の提供、②無料で役務を提供することにより、現在又は将来的に他の手法で収益を国内市場で得られる場合や、将来的に国内市場で有料化できる場合における、当該無料での役務の提供(即ち、デジタル市場で典型的にみられる事業活動)、③現在又は将来の製品又はサービスに関する研究開発が、その具体例としてあげられている(ガイドライン76番)。なお、医薬品の研究開発の場合には、治験開始後の研究開発のみが「事業活動」に含まれることが、ガイドライン上明示されている(ガイドライン79番)。

 上記③に関しては、当該研究開発の対象となっている製品やサービスが、例えば、国内市場での承認と上市を目指す医薬品のように、将来的に国内市場で販売されるものであって、現時点では一切国内での売り上げが発生していないようなものであっても、現時点での事業活動に該当するとされている点には、注意が必要である(ガイドライン74番)。

 c) 「重要」の意味と判断基準について

 国内の事業活動性が認められたとしても、当該事業活動が、市場において「重要」であると判断される必要がある。この点については、上述のとおり、本要件がそもそも、現時点で売上高が低いものの市場競争に影響を与え得る企業結合を広くカバーする趣旨で導入されたものであるため、法律上はこの重要性の要件に関しては、明確な数量的基準が示されていない。法案草稿及び独禁当局の説明によれば、当該要件はセクター毎により、事業や市場の成熟度に照らして個別に判断すべきであるとしている。

 例えば、デジタル市場の場合には、ソフトウエアやアプリの利用が無料である場合には、登録・入手したものの本格的に利用するに至らないユーザーや、しばらく試してみた後に全く使用しなくなるユーザーが相当数存在する。そこで、業界では、当該事業のマーケットでの実態を把握するため、単純な登録会員数やダウンロード数で実態を把握するのではなく、一般的に、MAU(Monthly Active User:一定の月別にアクティブな顧客がどの程度いるのか)や、DAU(Daily Active User:一定の日別にアクティブな顧客がどの程度いるのか)、UV(Unique Visitier:ウエブサイトへの訪問者数)など、一定の集計期間内にウェブサイトを訪問したユーザー数を利用しているといわれている。然るところ、独禁当局も、対象となる業界で一般的に使用されている基準を基に重要性を判断するものとされているため、このような場合には、MAU、DAU、UVといった基準を採用して、重要性を判断することになる。独禁当局は、具体例として、アプリがドイツにおいて100万人、オーストリアにおいて10万人のMAUがあるのであれば、かかる重要性を認め得るとしている(ガイドライン88番)。

 研究開発の場合には、当該研究開発に関与しているスタッフの人数、予算、特許の数、特許の被引用回数により、重要性が判断されるものとされている(ガイドライン84番)。

 3 取引価値基準のEU企業結合規制への導入について

 EU委員会のヴェステアー競争担当委員は、2016年3月10日のスピーチで、デジタル市場の拡大等のビジネスの変遷や製薬企業などの事業形態に鑑みれば、現在の企業結合規制は不完全であり、競争に影響を与え得る企業結合を漏れなくカバーできるような企業結合規制への見直しが必要だとして、取引価値基準を導入することを前向きに検討すべきであると発言した。

 これを受けて、EU競争総局(DG Comp)は、2016年10月から企業結合規制の改革案に関するパブリックコメントを行い、その結果が2017年7月に公表された。パブリックコメントの結果によれば、確かに売上高基準だけでは、規制から外れるような企業結合は存在するものの、それらは加盟国からのリファーラル・システムによってカバーできる範囲も多く、不明確な要件での取引価値基準を導入することは実務の混乱を招くばかりか、無駄な届出が増加し独禁当局の負担を増加させるだけであるため、慎重な検討が必要であるとの意見が多数説であったとのことである。

 かかる意見を受けて、EU企業結合規制が、売上高基準に加えて新たな基準を導入するのか、その場合、ドイツやオーストリアで採用されているような取引価値基準に近い形式のものを導入するのかについては、今後注視していく必要がある。

 4 おわりに

 上記のとおり、ドイツ及びオーストリアでは、事前届出を提出しなければならない企業結合の範

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 2004年、京都大学法学部卒業。2006年、京都大学法科大学院修了。2007年9月、司法修習(60期)を経て、西村あさひ法律事務所に入所。2015年、ベルリン自由大学卒業(MBL)。2015~ 2017年、ベルリンのHengeler Mueller法律事務所で勤務。
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