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西村あさひのリーガル・アウトルック

海外での事業撤退 費用と時間の予測が困難なうえに思わぬリスクも

田中 研也(たなか・けんや)

海外での事業撤退等における留意事項

西村あさひ法律事務所
弁護士
田 中 研 也

 1  海外での事業撤退等

拡大田中 研也(たなか・けんや)
 1997年、早稲田大学法学部卒。2002年、西村総合法律事務所入所。2009~2010年、三井物産株式会社 法務部出向。2011年、デューク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2011~2012年、ニューヨークのサリヴァン・アンド・クロムウェル法律事務所勤務。2012~2013年、サンパウロのピネイロ・ネト法律事務所出向。2018年1月、西村あさひ法律事務所パートナー就任。
 グローバル化の進展に伴い、海外に活路を見い出すべく日本企業が海外に進出することが当たり前になって久しいが、必ずしもこうした海外進出が成功している事例ばかりではなく、不幸にも、不採算が続き、事業の撤退等を検討しなければならない局面に遭遇する事例もある。こうした海外での事業撤退等の場面においては、日本における子会社の事業再生・清算のノウハウが活きることはもちろんであるが、当該進出先の国の法制度や文化、政情等に応じて、柔軟な対応が必要になる場合が多い。現状では、法的倒産手続を含めた事業再生の実務が、米国や日本のように洗練されている(ある程度予測可能である)国は多くなく、海外での事業撤退等を検討するにあたり、「迅速・低コスト・安全」といった三拍子揃った撤退は望めない、撤退コスト・所要期間の予測が著しく困難である、といった極めて悩ましい状況に直面する場合もある。本稿では、こうした海外での事業撤退等を検討するに当たって留意すべき一般的な事項を総括し、一例として、当職が赴任していたブラジルからの子会社撤退について述べる。

 なお、グループ子会社の事業再編・事業再生という観点からは、そもそも論として、親会社や他のグループ会社との関係性(親会社等の財務状況、当該海外子会社のグループにおける役割・位置づけ、取引関係、債権債務等)や倒産手続を利用した場合の効果、グループへの影響等にも鑑み、どのようなリストラクチャリング・スキームが適切なのか、といった検討も必要になるが、本稿においては、この点(いわゆる国際倒産の文脈での検討)には立ち入らない。

 2  海外での事業撤退等における一般的な留意事項

 (1) 海外での事業撤退等の意義

 (i) 事業撤退と事業縮小(一部撤退)

 海外での事業撤退とは、一般的には、本国の親会社が海外子会社の企業活動・事業を停止し、当該海外子会社に対する支配を放棄すると共に、当該海外子会社に関する責任を免れることであると考えられる。このような目的を達成するための手段(海外での事業撤退の手段)としては様々な方法があるが、「支配の放棄」という観点からは、例えば、株式(持分)の売却等により、議決権比率をゼロにすること等があり、「責任の免除」という観点からは、例えば、当該海外子会社の清算等が挙げられる。また、事業撤退にまで至らなくとも事業縮小がなされる場合もあり、この場合には、(支配権を維持したまま)海外子会社の事業規模を縮小する、ということのほかに、株式(持分)の議決権比率を縮小することや、海外子会社の企業活動に対する責任割合を減少させることも含まれると考えられる。

 (ii) 消極的撤退と積極的撤退

 親会社が海外での事業撤退等を決定する局面はいくつか考えられるが、大きく二分すると、消極的撤退(危機時期における撤退)と積極的撤退(戦略的撤退)とが考えられる。ここでいう消極的撤退とは、海外子会社の危機時期において撤退を行うことであり、他方、積極的撤退とは、グループ全体の事業再編等により、経営資源の効率的な配分の観点から、海外事業の縮小・撤退(別の地域への事業・機能の移管を伴う場合もあり得る)を行うことである。両者は、いずれも現象的には撤退であるものの、その状況や目的の差異から、具体的な撤退の手法等が異なってくる。即ち、消極的撤退(危機時期における撤退)では、海外子会社に資金的な余裕もなく、一刻も早く資金流出を止め、親会社やグループ会社の金銭的な負担を軽減又は免れることが必要であり、迅速かつ確実にこのような目的を達成することが可能な手段を探索することが第一義となる。他方、積極的撤退(戦略的撤退)の場合においては、海外子会社にも比較的資金的な余裕も残されているケースが一般的であり、グループ全体の経営資源配分の効率化という観点から、計画的かつ効果的にこのような目的を達成することができる手段を探索することになる。

 (2) 海外での事業撤退等における検討事項

 (i) 海外子会社の現状分析

 海外での事業撤退等に当たっても、まずは「何をどうしたいか」を明確にすることが最重要であり、そのためにも、危機状況に陥った原因(窮境原因)の分析が肝要である。しかしながら、海外子会社の場合には、そうはいっても「今一体何がどうなっていて、何ができて、何ができなくて、この先どうなるのか」が皆目つかめず、どこから手をつけていいかわからない、といったケースがしばしば見られる。

 海外での事業撤退等を検討する際においても、(日本の子会社の事業再生と同様、)対象となる海外子会社の現状分析(Due Diligence)を徹底し、事業・資産・負債等の状況を正確に把握することが出発点となる。かかる分析を精緻に行い、海外子会社の現状や窮境原因を正確に把握することができれば、自ずから対処方法が見えてくる場合が殆どであり、そうでなくとも、解決に向けた一筋の光を見い出すことが可能となるケースは多い。

 (ii) 撤退障壁についての検討

 海外子会社の現状分析を前提として、事業撤退等を検討するに当たっては、会計、税務、法務等の観点から、いわゆる「撤退障壁」となり得る事項を洗い出すことも必要になる。一般的に、撤退障壁となり得る事項としては、①事業撤退等に関連する法制度(対象となる海外子会社の所在地国の法律その他適用ある法令等において、どのような撤退手法が採り得るのか、その要件、手続、効果、期間、費用はどのようなものか等)、②撤退コスト(従業員への金銭補償、その他事業停止や撤退に要する費用等)、③税務リスク(事業撤退等に基づき、又は関連して発生する税負担の規模等)、④訴訟リスク(事業撤退等に関連して発生し得る訴訟の種類、金額規模、解決までに要する期間等)、⑤レピュテーション・リスク(対象となる海外子会社の所在地国において、親会社等のグループ会社が他の事業等を行っている、ないし今後行う予定であるときに、事業撤退等を行った場合の影響等)、⑥利害関係者等からの圧力(事業撤退等に反対する政府当局、取引先、従業員、労働組合、地域住民等からの圧力)等が挙げられる。海外子会社の所在地国によっては、当該海外子会社の役員や従業員の身体的・経済的な安全にも配慮しなければならない場合もあり得る。

 これらの事項について、それぞれの専門家の分析・意見等を踏まえて総合的に考慮して、いかなる手法・内容で海外での事業撤退等が可能か、可能としてその実現可能性、合理性等はどうかを検討・判断していくことになる。特に、海外の場合には、上記③乃至⑥のような事象がしばしば発生し、想定外の費用の発生等により、撤退コストの見積もりも困難であることが多い。この点については、専門家の意見等を参考にしながら様々な事象の発生可能性を考慮した上で実務的に可能な限り精緻に分析する、ということに尽きるが、通常は、ある程度想定外の費用が発生することも織り込んでおくべきであろう。

 (3) 海外での事業撤退等における一般的な手法とその特徴

 海外での事業撤退等においては、一般的に下記(i)乃至(vi)の手法が考えられる。以下、それぞれの手法の概要と特徴について簡単に述べる。

 (i) 株式(持分)譲渡(M&Aによる撤退)

 親会社が保有する海外子会社の発行済株式や出資持分を、第三者や(JV等の場合には)JVパートナーに譲渡すること、その他M&Aを通じて事業撤退を行う手法である。詳細は後述するが、最も簡易・迅速に事業撤退等を完結させることのできる方法であり、一般的には、海外での事業撤退等においては、最適な方法であるといってよいと思われる。

 (ii) 通常清算(会社の解散)

 海外子会社が抱える負債を全て弁済した上で、当該海外子会社を解散し、清算する方法である。債権者の債務免除等の負担を伴わず、比較的平和裏に進められることから、当該海外子会社が債務超過である場合であっても、親会社の資金支援等により負債を全額弁済した上で通常清算を実施する方法がしばしば用いられる。もっとも、一般的には、会社の解散から通常清算を完了するまでに、(資産負債の処理や紛争処理、必要な税額の確定等)一定の期間を要することになるため、下記(iv)又は(v)の手法と併せて、撤退費用や撤退時期を調整するといったことも行われる。

 (iii) 破産手続その他の法的手続(清算型)による撤退

 上記の通常清算の方法とは異なり、負債の全額弁済が困難であり、親会社からの救済も困難である場合には、海外子会社の所在地国の法制上認められる破産手続等を利用することが考えられる。最もインパクトの大きい方法であり、当該制度の実行可能性(feasibility)について十分に検証するとともに、債権者や取引先との関係を含めたレピュテーション・リスクへの配慮が必要になる。

 (iv) 事業縮小(株式・持分の一部譲渡、各種リストラクチャリング、法的手続(再生型)による事業の縮小・再建)

 完全撤退までは行わず、株式・出資持分の一部譲渡等による支配・責任の軽減や、事業の一部譲渡その他の方法により、海外子会社のリストラクチャリングを行う場合であり、方法は多岐に亘る。当該海外子会社の状況やリストラクチャリングの目的・必要性に応じて具体的な手段を検討することになるが、本稿においては、この点には立ち入らない。

 (v) 休眠(dormant)化

 撤退障壁の顕在化その他の事情により、上記のような手法を用いることができない場合、例えば、撤退に際して支払うべき税金が確定しない、撤退すると人事関連の訴訟が多発する可能性がある、といった事情がある場合、事業を最小化又は事実上停止し、休眠させる方法である。これによって、最低限のコストで一定期間エンティティを維持し、撤退時期を調整することが可能となる。

 (vi) 収用

 海外子会社の所在地国によっては、当該所在地国の政府等により事業や資産を収用される場合があり得る。これは撤退障壁(撤退リスク)ともいえるが、逆に、完全撤退の方策(清算手段の一部)となり得る場合もある。

 (4) 海外での事業撤退等に際しての法的な留意事項

 (i) 当該海外子会社の所在地国の法制を検討する際に留意すべき事項

 海外子会社の具体的な処理に当たっては、上記の一般的な事業撤退等の手法が当該海外子会社の所在地国の法制上許容されるか、他に当該国の法制上許容される有効な手段がないかを、できるだけ早期の段階で十分に検討しておくことが必要である。

 この際に留意すべき事項としては、法制度を十分に検討し理解することはもちろんであるが、用いようとしている手法が現地で実務上ワークしているか(きちんと運用されているか)という点についても確認することが肝要である。法制度は整っていても、実際の運用例は殆どないであるとか、解決に至るまでに相当の長期間を要するということでは、まさに「画に描いた餅」であり、特に緊急時の撤退事案においては、そのような手法は基本的には採りえない。

 したがって、海外での事業撤退等にかかる所在地国の法制度の確認に当たっては、実務的な運用を含めた検討を忘れないようにする必要がある。

 (ii) 日本法との関係で問題となる事項

 海外子会社の具体的な処理に当たっては、日本法との関係で、親会社(グループ内で当該海外子会社を管轄する会社)の取締役の善管注意義務の問題についても検討しておく必要がある。これは、例えば、海外での撤退費用の負担や事業継続資金の融資、低廉な価格での株式(持分)処分といった局面で、問題になり得る。

 この問題については実務家による論考も数多く存在するところであり、本稿では深く立ち入らないが、基本的には、海外子会社の具体的な処理に関する意思決定において、意思決定のために必要な情報(対象となる海外子会社の状況や所在地国の法制度等、上記で言及したような事項に係る情報)を、現地の専門家を起用した上で十分に収集し、それら専門家の意見等も踏まえながら、主として経済合理性の見地から正当化できる判断を行っていくことが肝要である。

 3  海外子会社株式(持分)の譲渡における留意事項(ブラジルの撤退事例等も参考に)

 (1) なぜ株式(持分)譲渡なのか。

 海外での撤退等の手法としては、上述のとおり、いくつかの手法が考えられるが、通常清算の場合でも、一般的には親会社からの資金支援による債務の弁済やエンティティの維持費用が必要となるし、また、破産等の法的倒産手続を利用する場合にも、その実務での運用や効果の観点から、具体的な撤退までの費用・期間はもちろん、レピュテーション・リスクその他の負の影響が読めないため、なかなか実行に踏み切れないケースが散見される。これに対して、海外子会社の株式(持分)の譲渡の手法によれば、基本的には、適切な買手候補さえ存在すれば、これに対してそれら株式(持分)を譲渡することで撤退が概ね完結するため、期間的にも費用的にも最も簡便な方法となる。

 もっとも、海外子会社の所在地国の法制如何によっては、海外子会社の株式の譲渡に当たって当局承認等が必要になり、そのための手続・費用・期間を要する場合がある。したがって、当該海外子会社の所在地国の関連法制については、事前に専門家を起用して十分に確認しておくことが必要である。

 また、買手候補探しに難航するケースもしばしば見受けられる。一般的には、現地パートナー(JVの当事者を含む)や取引先等が第一次的な候補者となってくる場合が多いが、後述するように、JV契約や取引基本契約等において、将来の買手として確実に選択できるような条項を規定しておくことも検討に値する。もっとも、逆に、JV契約や取引基本契約等が、第三者に対する海外子会社の株式や持分の譲渡の障害となり得る場合もあるため、注意が必要である。

 (2) ブラジルの撤退事例

 ブラジルの長引く政情不安や経済的な停滞を理由として、在ブラジル子会社の事業撤退等が検討されるケースがある。ブラジルにおいても、通常清算(解散)や破産手続の利用は可能であり、休眠といった手法と併せて検討されるが、やはり、現地子会社株式(持分)の譲渡が第一の選択肢である点は変わりがない。

 この点、ブラジルの法制上、現地での事業展開には、現地パートナーとのJV(合弁会社)の設立が原則となることから、JV契約等に基づき現地パートナーへの譲渡が可能である場合や取引先等の買手が定まる場合には、(価格の問題や追加的な費用負担の問題をクリアできれば、)比較的事業撤退に至る道筋はつけやすい。しかしながら、現地子会社株式(持分)の譲渡先が見つからないようなときは、ブラジルにおいては、通常清算(解散)や破産手続が、労務関連その他の訴訟が発生しやすいこと等々により、その完了までに相当の期間を要することとなり、撤退関連費用や税負担額の見積もりが困難で、利用しにくい場合が多く、そうなると、現実的な撤退手段がなかなか見い出せなくなってしまう。このような場合には、親会社の体力(支援可能な救済額と期間)や撤退関連費用の負担の大小にもよるが、現地子会社については当面休眠状態にして、維持コストを最小化しながら、レピュテーション・リスクその他の問題に配慮しつつ、適切な完全撤退の時期を調整する、といった方法を検討せざるを得ないケースもある。

 いずれにしても、在ブラジル子会社の事業撤退等を検討する場面においては、まずは現地パートナーとのJV契約等の分析が出発点となることが多く、組織形態の変更や解散等に関連するブラジル会社法その他関連法制上の規制(組織形態等により必要な議決権数等が異なる)を踏まえて、具体的に可能な選択肢の洗い出しを進めることになる。かかる分析や、実際の通常清算(解散)や破産手続の遂行の局面においては、現地法律事務所をはじめとする現地専門家の協力が不可欠であり、比較的初期の段階から現地専門家を起用して、現地との協働を促進することも検討に値する。

 4  総 括

 以上、海外での事業撤退等に際しての留意事項を概観した。日本における子会社の事業再生と異なり、海外での事業撤退の場合には、①当該海外子会社の所在地国の法制度、文化、商慣習等が異なり、スムーズに物事が進まない(撤退までに相当の期間を有する)ことが殆どである、②撤退に(想定外に)多額の費用を要する場合がある、③当該海外子会社の所在地国の政情、経済状況その他の情勢によっては、当該企業のレピュテーションのみならず、個人の財産、生命、身体の危険が生じ得る、といった問題があるため、事業撤退等を決断するためのハードルが非常に高い。そのため、時には、進退窮まる状況におかれ、動きがとれなくなるケースもある。

 このような場合における基本的な考え方としては、基本に立ち返って、㋑事業を継続した場合に要するコスト(追加の資金拠出等を含む)、㋺事業を縮小した場合に要するコスト(事業継続資金等を含む)、㋩事業を撤退した場合に要するコスト(当該海外子会社の所在地国において選択可能なそれぞれの手法を分析した上で、各手法毎に検討する)をできるだけ精緻に見積もり、事業撤退等をする場合に想定される所要期間における総合的なコスト比較を徹底すると共に、当該海外子会社の所在地国における将来のビジネスの可能性(レピュテーション・リスクの程度

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田中 研也(たなか・けんや)

 1997年、早稲田大学法学部卒。2002年、西村総合法律事務所入所。2009~2010年、三井物産株式会社 法務部出向。2011年、デューク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2011~2012年、ニューヨークのサリヴァン・アンド・クロムウェル法律事務所勤務。2012~2013年、サンパウロのピネイロ・ネト法律事務所出向。2018年1月、西村あさひ法律事務所パートナー就任。
 国内外の多数のM&A及び事業再生案件に関与。各種M&A、事業再生(主としてスポンサー対応)及び海外進出・撤退案件への対応等を手掛ける。

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