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ニューズ&コメンタリー

《詳録》 カネボウ、レックスHD、サンスター…、立ち上がる個人株主 「言いなりはいや」

政府は制度を見直し 企業再編促進か株主保護か、難しいかじ取り

加藤 裕則(かとう・ひろのり)

 投資ファンドによる企業買収や経営陣による自社株買収が広まり、個人株主が意に反して株式売却を迫られる例が増えている。予想外に安い株価を示されたり、企業の不祥事で株価が下がったりした場合、声の小さい個人株主は泣き寝入りするしかないのか。「言いなりはご免」と裁判で争い、次々に勝利をもぎとってきた個人がいま、投資家や企業法務の専門家から注目を浴びている。

  ▽筆者:加藤裕則

  ▽この記事は2010年7月10日の朝日新聞beに掲載された原稿に大幅に加筆したものです。

 

 ■予備校講師が大企業に勝利

 今年5月、東京・新宿の居酒屋で「証券非行被害者交流会」という一風変わった名の会合があった。参加したのは20代から定年退職者まで21人の男女。買収や企業再編で保有株の価値が下がって被害を受けた、と訴えている人たちの集まりだ。

 呼びかけたのは、カネボウ(現トリニティ・インベストメント)などの株価をめぐって裁判を起こした資格試験予備校講師の山口三尊(みつたか)さん(43)。「法制度が資金力のあるファンドなどに都合よくできている。だが、私たち個人株主も声を上げ始めている。情報交換していきたい」とあいさつすると、参加者は次々と相談を持ちかけた。

 多くの個人投資家の一人にすぎなかった山口さんの人生が大きく変わったのは2006年2月21日。パソコンを見ていたら、投資ファンドによるカネボウ株の買い取り価格が「162円」と表示されていた。「冗談だろう。0を1個書き忘れているよ」

 ネットで株取引をしていたが、カネボウの株価は粉飾決算の発覚直前の1491円から05年6月の上場廃止時には360円に下がっていた。それでも「再上場を待って、20年間は持とう」と考えていたところだったからだ。

 1カ月後。この買い取りに反対する集会が開かれると知った。都内で約50人が参加した。その後、事務局長になった。最終的に約500人の株主が賛同し、06年6月、東京地裁に価格決定を申し立てた。08年3月、地裁はファンド側の株価算定方法に問題があったことを認め、価格を当初の2.2倍、360円に引き上げた。今年5月には東京高裁も同じ価格を認めた。

 山口さんがさらに注目されたのは、焼き肉チェーン「牛角」や高級スーパー「成城石井」などを傘下に持つレックス・ホールディングス株をめぐる裁判だ。牛角の優待券がほしくて2株持っていた06年11月、経営陣と投資ファンドが組んで1株23万円で全株買収すると通知してきた。

立ち上がる個人株主 「言いなりはご免」と次々勝利拡大

 過去1年の平均が35万円だったことを考えると「あまりにも安い」。株主総会を経て強制的に買い取ることも記されていた。「個人株主は言いなりになると思っているのか」。怒りがこみ上げた。

 「戦い方」はカネボウで学んでいた。株主の証明書を信託銀行に発行してもらい、レックスに出向いて株主名簿をコピー。株主約1万6千人のうち、投資額の大きい個人や首都圏在住者ら約700人にはがきを出して仲間を募り、約120人が賛同してくれた。

 一審の東京地裁はレックス側を支持したが、二審の東京高裁はレックスが買収発表の3カ月前に業績を下方修正したことを問題視。6カ月平均を基準に約33万7千円とした。最高裁も会社側の抗告を棄却し、個人株主への強圧的対応をやめるよう求めた。

 浮き彫りになったのは、経営陣が自社株を買うMBO(マネジメント・バイアウト)では、本来は企業価値向上を目指す経営陣にとって、株価が安いほど有利になるという構造上の矛盾点だ。

 「ゾウと戦うアリのようでした」と振り返る山口さんの活動は最近、企業法務の専門誌で頻繁に特集される。「MBO裁判例が導く『公正な価格』」(「ビジネス法務」4月号)、「弁護士も注目する 本人訴訟で勝った個人株主」(「ビジネスロー・ジャーナル」3月号)という具合だ。企業法務に詳しい弁護士は、「レックス前、レックス後でMBOのやり方が変わった」と言い切る。

 今年2月には歯磨き用品大手サンスターのMBOをめぐり、最高裁が企業側の特別抗告を棄却。買い取り価格は上がった。山口さんが弁護士をつけずに戦った事例だった。ただ、情報配信会社サイバードホールディングスのMBOをめぐっては昨秋、東京地裁で山口さんが「敗訴」。連戦連勝というわけではない。

 いま、山口さんは「証券非行被害者救済ボランティア」を名乗る。助言をしても「謝礼は受け取りません」との意味だ。活動の原動力は、あくまでも「義憤」だという。

 ■弁護士団体も支援組織続々

 「個人株主は泣き寝入りを強いられている。会社に論争を挑むには、専門知識が求められる」。こんな思いから、個人株主を支援する弁護士らの組織も増えている。

 「投資者訴訟研究会」は大阪市で昨年5月に発足。20人近い若手弁護士が参加する。トヨタ自動車グループのフタバ産業の不正支出に関連する被害者弁護団や、不動産証券化をめぐり金融庁の課徴金命令を受けたビックカメラの役員への株主代表訴訟を担う。

 「役員の違法行為や不完全な情報開示によって損害を受けた投資者の権利を救済する」との目的を掲げた。月1度のペースで弁護士が集い、テーマを決めて企業法務の勉強会を開く。

 ただ、裁判の実際の手続きは試行錯誤だ。フタバ産業は株主名簿のコピーを制限したため、弁護団はまず、コピーを求めての仮処分を名古屋地裁に申請した。一、二審と拒絶され、6月下旬に最高裁への抗告手続きに入った。事務局の加藤真朗弁護士は「被害を受けたと感じた個人株主が相談し、結束できる場が必要。課題は多いが、一つ一つ克服していきたい」と話す。

 今年6月には、市民団体の株主オンブズマン(大阪市)を構成する弁護士を中心に、「株主の権利弁護団」が発足した。オンブズマンは会社の行動を是正しようと株主総会での提案や株主代表訴訟に取り組んできた。今回は、これらの知識を生かし、株主の権利を守ることを目指す。

 事務局の前川拓郎弁護士は「企業法務では、数百人規模の大きな法律事務所が次々と企業側に立った新ビジネスを展開している」と指摘。大きな相手に対抗せざるをえない個人株主の支援に力を入れる考えだ。

 ■政府は制度見直しへ

 MBO(マネジメント・バイアウト)など株式の公開買い付けをめぐる紛争が相次いでいるため、政府は法制度の見直しに乗り出している。法制度を駆使した複雑な買収手続きが目立つのも混乱の一因だからだ。迅速な企業再編による経済の活性化と、一般株主の保護という二つの課題の間で難しいかじ取りが迫られている。

 MBOでの買い取り価格が「安すぎる」という株主からの訴訟が続く背景には、企業側の情報開示への疑

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加藤 裕則(かとう・ひろのり)

 1965年10月、秋田県生まれ。岩手大人文社会科学部卒業。89年4月に朝日新聞社入社。静岡支局や浦和支局(現さいたま総局)などに赴任した後、99年東京本社経済部員。その後、名古屋本社経済部員、青森総局次長、大阪本社経済部員。2011年4月から14年9月まで2度目の東京本社経済部員で、金融情報面(株式面)や社会保障取材班を担当した。
 経済記者としては、これまで通産省(現・経産省)、鉄鋼業界、トヨタ自動車(名古屋)、関西空港などを取材してきた。通産省クラブ時代から、コーポレート・ガバナンスや会計監査について自主的に取材を重ね、朝日新聞のオピニオン面に掲載される記者有論などで論じてきた。2014年9月から石巻支局員として東日本大震災からの復興の過程を取材。2018年4月から東京本社の経済部員として財界などを取材している。

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