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ニューズ&コメンタリー

最高裁でパナソニック子会社「工場の海外流出で産業空洞化」と主張

非正規労働者の解雇を否定した大阪高裁判決を批判して

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 違法な偽装請負で働かせた揚げ句の雇い止めを認めず、将来にわたって非正規労働者に賃金を払い続けるよう命じた大阪高裁判決について、被告のパナソニック子会社の代理人弁護士が「国内製造業者の労使関係に重大な影響を及ぼす」「産業の空洞化をもたらす」と批判する主張書面を最高裁に提出していた。最高裁は昨年12月、大阪高裁判決を破棄して、雇い止めを認める判決を言い渡した。

 

 ■上告受理申立理由書のなかで

 パナソニック子会社の訴訟代理人(塚本宏明弁護士ら)は2008年6月20日、大阪高裁の判断を「非常識」と激しく非難する書面(上告受理申立理由書)を最高裁に提出した。

 「原判決が確定判決として通用するようになった場合、もともとグローバルな『ものづくり』業界における国内生産体制が一層海外に流出する引き金にもなりかねず、世にいう産業の空洞化をもたらし……」

 労働者を手厚く保護すればするほど、企業は日本国内で労働者を雇いづらくなり、工場を海外に移すことになる、という論法は以前からあった。それを当の企業の側が最高裁で堂々と主張したのだ。

 2008年4月25日に言い渡された大阪高裁判決は、パナソニック子会社(パナソニックプラズマディスプレイ)と原告の労働者・吉岡力さんとの間で2004年に「黙示」の直接雇用契約が成立していたと認定した。吉岡さんはその年から、形の上では請負会社に雇われ、実際には、パナソニック子会社のためにパナソニック子会社の工場でパナソニックの正社員の指揮命令を受けて働いていた。請負会社から給料を受け取っていたが、もとはといえば、その給料は、パナソニック子会社から請負会社に払われた業務委託料を原資としていることは明らかだ。こうした事実を根拠に、大阪高裁は吉岡さんを救済。特に期限を定めることなく、将来にわたって月24万円の賃金を払い続けることを被告に命じた。被告のパナソニック子会社はこれを不服として最高裁に上告と上告受理を申し立てた。

 「原判決の説示と結論は、我が国経済の基盤である『ものづくり』業界ひいては我が国社会経済一般に到底妥当しないものとなっている。殊に、原判決は、近時、法的規制が整備された『ものづくり(生産)』現場での業務請負及び派遣労働に関する基本的問題について、これらの実情及び法規と整合しないものとなっており、国内製造業者の労使関係に重大な影響を及ぼすものであることは明白である」(上告受理申立理由書)

 パナソニック子会社は、大画面・薄型のプラズマテレビを生産し、世界規模で韓国メーカーなどと激しく競り合っている。それだけに危機感は強かったようだ。

 被告会社側はさらに「『労働者派遣』概念の崩壊を招く」と高裁判決を非難。「このような結論が是認されるとすれば、全国約95万6600人の派遣労働者と派遣先との間に雇用契約が成立することになる」と指摘していた。

 「原判決の見解を正当とすると、全ての労働者派遣において、派遣先が派遣労働者の賃金を実質的に決定する立場にあることになる。派遣先が派遣労働者の賃金を実質的に決定する立場になると判断された場合、派遣先は派遣労働者を指揮命令し、派遣労働者は派遣先のために労働に従事しているから、原判決の立場では派遣労働者と派遣先との間に雇用契約が成立することになる」

 また、被告会社側は「原判決の法解釈の誤り」について「2009年3月に表面化する」と予告していた。

 製造業への労働者派遣は、2006年3月に規制が緩和され、それまでは1年だった年限が最長3年に延ばされた。また、実態は派遣なのに形式的に「請負契約」と取りつくろう違法な偽装請負が同年夏に社会問題となった。このため、製造現場では2006年に数多くの派遣契約が交わされた。その結果として、多くの企業は、3年の年限を迎える2009年3月以降、派遣契約を打ち切る必要があった。そのときに派遣労働者はどうなるか。

 被告会社側は「2009年問題」を次のように予言していた。

 「派遣労働者は、原判決を根拠として、派遣先との間に雇用契約が成立していたと主張することが想定されるのである」

 実際、2008年秋以降の「派遣切り」の続発を受けて、全労連や共産党は「現行法のもとでも正社員化を勝ち取る道がある」として、労働者にたたかいを呼びかけた。原告側によれば、同種の訴訟は全国50件以上に上った。それらの訴訟で原告・労働者の側の希望の星とも言える存在となったのが、パナソニック子会社を全面敗訴させた大阪高裁判決だった。

 偽装請負だった期間も含め派遣期間が3年を超えていた場合、派遣先の企業は派遣労働者に直接雇用を申し入れる義務を負う。それをてこにして正社員化を勝ち取ろうというのが労働者側の作戦だが、大阪高裁判決が確定すれば、労働者側はさらなる力を得ることになるはずだった。

 裏を返せば、多くの派遣先企業で「『採用の自由』は実質的に失われたも同然の状態となる」というふうに会社側は心配した。「このような結論が不当であることは火を見るよりも明らかである」と会社側の書面には記されていた。

 ■政権交代選挙が終わって口頭弁論

 原告の吉岡力さんは2004年1月に請負会社に雇われ、パナソニックプラズマディスプレイ(当時は松下プラズマディスプレイ)の茨木工場で働き始めた。2005年5月、大阪労働局に偽装請負を内部告発(申告)。同社は是正指導を受けて吉岡さんを「期間工」として直接雇用した。ところが、2006年1月、「契約期間満了」を理由に雇用を打ち切った。吉岡さんはこれに先立ち同社を相手取って大阪地裁に提訴した。

 一審・地裁の判決では慰謝料45万円しか認められなかったが、二審・大阪高裁の判決では吉岡さんの主張がほぼ全面的に認められ、損害賠償も90万円に増額された。同社と請負会社の契約について高裁判決は「中間搾取を禁止した労働基準法や職業安定法に違反し、強度の違法性を有し、公の秩序に反するものとして無効」と一刀両断。吉岡さんとパナソニック側との間で2004年に「黙示の雇用契約」が成立し、以後、更新されてきており、今もそれが続いている、と事実を認定した。

 被告会社側はこの高裁判決について、最高裁に提出した書面の中で「同種事案についての従来の高裁の判例とは異なる判断だ」と指摘した。契約書の上で吉岡さんが雇用された形となっていた請負会社は、パナソニックの子会社ではなく、パナソニックからの独立性はあった。従来の判例では、請負会社に独立性がある場合には、たとえ偽装請負の状態にあったとしても、直接雇用契約の成立はなかなか認められなかった。ところが、2008年4月の大阪高裁判決は、いわば違法な偽装請負の状態(請負労働者が正社員に指揮命令される状態)にあったことだけを理由にして、雇用契約の成立を認めたようにも読み取れた。被告側からすれば、これは従来の判例を逸脱している、ということになる。請負労働者や派遣労働者の側からすれば、大きな武器になりうる判断だった。

 もし仮に大阪高裁判決が確定すればそれは今後の「判例」となり、以後、同種の事例で、ほかの裁判官の判断に影響を及ぼすことになるはずだった。パナソニックの側は高裁判決について「採用の自由を保障した憲法に違反する」との理由で上告すると同時に、「従来の高裁の判例とは異なる法令解釈だ」として上告の受理も申し立てた。それから1年3カ月余を経た2009年9月14日、最高裁の審議入りが報じられた。

 この間、世の中は世界同時不況と「派遣切り」で揺れ、2009年8月30日の衆院総選挙では、製造派遣の禁止など労働者派遣法の抜本改定を掲げる民主党が勝利した。パナソニックプラズマディスプレイに関する最高裁の結論がもし仮に早期に出ていれば、それは「2009年問題」や「派遣切り」の帰趨、労働者派遣法改定への論議に大きな影響を与えたであろうことが確実だった。しかし、そうはならなかった。最高裁は2009年秋まで1年余、いわば主役の座を労組や政党に譲り、あえて退いていた格好だった。

 原告・労働者の吉岡さんによると、最高裁からパナソニック側の申し立てを受理して弁論を開始したいと打診があったのは、総選挙の5日後にあたる9月4日。後日、弁論の期日を11月27日午後3時と指定されたという。

 ■破棄された大阪高裁判決

 「産業空洞化の引き金になる」などと大阪高裁判決を批判する会社側の主張について、原告・労働者の側の村田浩治弁護士(大阪)らは「あまりにも身勝手な主張である」と反発した。

 「上告人(パナソニック子会社)は、国内生産体制が一層海外に流出することになりかねない、とするが、法令に従った就労をしていれば、原判決(大阪高裁判決)の影響を受けることはない」「上告人の主張は、偽装請負を認めよ、というのに等しい」(2009年11月12日付の被上告人答弁書)

 2009年11月27日、最高裁第二小法廷で口頭弁

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
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