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ニューズ&コメンタリー

尖閣沖衝突ビデオは秘密? その投稿は公益通報?

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 尖閣諸島沖衝突事件の様子を収めたビデオをユーチューブに投稿した人物が、義憤に駆られた海上保安庁の職員だった場合、その職員の行為はどうとらえられるべきなのだろうか。海上保安庁に電話をかけてくる市民の声の多数はそうした行為を支持しているというが、仙谷由人官房長官は「それは犯罪行為を称揚するということ」と反発している(11月8日午後の記者会見)。あのビデオがそもそも秘密に値する内容なのかどうか、国民の知る権利に応えた正当な内部告発といえる余地があるのかどうか、検討してみた。

 

 ■ビデオは実質的にも「秘密」にあたるのか?

 今回のケースについて、海上保安庁の長官は8日、国家公務員法の守秘義務に違反する疑いがあるとする告発状を警視庁と東京地検に提出した。

拡大ユーチューブに掲載されたビデオの一場面
 国家公務員法によれば、公務員は、職務上で知ることのできた秘密を外部に漏らすことを禁じられている。だから形式的に考えれば、投稿者が公務員だった場合は、これに違反しているように見える。

 しかし、ことはそう単純ではない。

 判例によれば、国家公務員法の言う「秘密」は、国家機関が形式的に「秘密」と指定しただけでは足りない。実質的にもそれを秘密として保護するに値する本当の秘密でなければならないと解釈されている(最高裁1977年12月19日決定、徴税トラの巻事件、裁判所ウェブサイトへのリンク)。実際、ビデオを見た多くの人は「この程度のものを秘匿する意義がよく分からない」と感じたとみられる。

 今回のケースでもし仮に海保職員が国家公務員法違反の罪で起訴された場合、その法廷で問われるのは、ビデオの内容が実質的にも秘密として保護されるべきものであったのかどうか、ということになる。

 ■漁船船員の容姿は個人情報だから……?

 国会にビデオ非公開を求めた際に、政府はその理由として次の3つを挙げている(10月29日の衆院法務委員会での法務大臣政務官の答弁)。

(ア)事件はいまだ処分をしていないこと

(イ)海上保安庁が海上警備・取り締まり活動の秘匿性への配慮が必要であるとしていること

(ウ)関係者の名誉、人権への配慮も必要であること

 

 情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)では、「個人に関する情報(公務員等の職及び当該職務遂行の内容に係る部分を除く)」(5条1号)、「公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」(5条4号)――などについては不開示情報と定め、秘密として扱うことを認めており、これらがそれぞれ、(ウ)(イ)に対応するとみられる。

 過去には、北朝鮮の工作船に乗り組んでいた人物の容姿が映ったビデオについて、「乗り組んでいた者個人に関する情報であって特定の個人を識別することができるもの」として、情報公開法5条1号に該当すると判断され、秘密扱いが認められたケースがある(情報公開・個人情報保護審査会答申(平成17年度(行情)答申第486、489号)、2005年12月16日)。今回のビデオでも中国漁船船員の姿が映っており、政府は、彼らの個人情報を保護する観点からビデオの一部は秘密扱いとされるべきだったと考えている可能性がある。しかし、それが、刑事罰を科してまで守るべき秘密にあたるとただちに言えるとは限らない。

 また過去には、「出動した海上保安庁の巡視船の操船及び航空機との連携追尾に関する隊形等の指示及び状況報告」「停船命令及び捕捉や射撃に関する指示」「巡視船乗組員の船内での配置状況等」が具体的に記録されたビデオについて、「海上保安庁の警備等の裏をかいた計画の立案を容易にする」として、法5条4号に該当すると判断され、秘密扱いが認められた前例がある(同上)。しかし、今回のビデオは、工作船の追尾とは異なり、航空機との連携のシーンも射撃のシーンもない。

 情報公開法にはこのほかに、秘密扱いを認める理由として、「公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」(法5条3号)との規定もあるが、政府がビデオ非公開の理由としてそれを主張した形跡は今のところ見あたらない。

 このビデオがもし仮に、部内参考用など行政のための資料ではなく、刑事事件の証拠として扱われていたものだった場合は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない」という刑事訴訟法47条の規定に基づき秘密として扱われるべきだという意見も強い。那覇地検は衝突事件について起訴か不起訴か未だに結論を下しておらず、形の上では捜査中ということになるからだ。政府がビデオ非公開の理由として挙げる「(ア)事件はいまだ処分をしていないこと」がそれに対応するとみられる。とはいえ、刑事訴訟法の同じ条文の但し書きには「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない」との定めもある。

 もし仮に、ビデオ投稿者が起訴された場合、その人は「ビデオの内容に実質的な『秘密』はなく、国民の知る権利に応える公益目的で公開した」と主張し、それの当否が法廷で争われるかもしれない。議論の余地は多分にあるだろう。

 ■公益通報者保護法の保護対象になるか?

 ビデオ投稿を正当な内部告発とみなして投稿者を保護すべきだという意見もあるが、専門家の間では消極的な見解が多い。

 一定の要件を満たす内部告発者への不利益扱いを禁じた公益通報者保護法が2006年4月から施行されているが、今回のケースについて、専門家は一致して「公益通報者保護法の保護対象にはならない」と言い切る。

 公益通報者保護法では、「労務提供先」、つまり勤務先に「犯罪行為等」の通報対象事実があったときに、労働者がそれらの是正につながる相手にそれらを通報することを「公益通報」と定義している。

 中国船に犯罪行為があったのだとしても、海保職員にとって、中国船は労務提供先ではない。所属する組織の不正を内部から告発するのが内部告発だ。中国船に犯罪行為があったからといって、日本政府職員からすると、それは組織の外部での話であって、「労務提供先に犯罪行為等があった」とは言えない。

 国民に公開すべきビデオを秘密扱いとし、衝突の状況をいわば隠蔽しようとした日本政府の不当性を告発しようとしたというふうにとらえれば、労務提供先の不当行為の告発ということになるが、その告発の内容は公益通報者保護法が対象とする「犯罪行為等」には当たらない。

 いずれにせよ、今回の漏洩に関与した人が公益通報者保護法の保護対象となることはない。

 ■一般法理による内部告発者保護の対象となるか?

 公益通報者保護法とは別に、一般法理によって保護される内部告発もある。

 これまでの裁判例では、たとえば、

「内部告発の内容の根幹的部分が真実、ないしは、内部告発者において真実と信ずるに足りる相当な理由があるかどうか、内部告発の目的が公益性を有するかどうか、内部告発の内容自体の当該組織にとっての重要性、内部告発の手段・方法の相当性などを総合的に考慮して、内部告発が正当と認められた場合には、内部告発者を懲戒解雇することは許されない」(2003年6月、大阪地裁堺支部判決)

などとされている。

 今回のケースにあてはめて考えると、次のようになる。

(1)真実性
満たされていると思われる。


(2)公益目的
告発者当人は公益目的だと主張するだろうし、多くの人々はそれを支持するかもしれない。しかし、当人がそう信じていたとしても、客観的に見て、それが公益目的といえるかどうかには異論がありうるところだろう。法廷で争われた場合、裁判所は往々にして、そうした価値判断に踏み込むことを避けようとするのではないかと見る専門家もいる。


(3)告発の内容の重要性
告発の内容は、告発者が属する組織、今回の場合では、日本政府の側の違法行為や不正、不当でなければならない。このビデオを秘密扱いとした判断の不当性を告発したという主張になるのだろうが、それは当・不当の問題であって、重大な不正であるとまでは言いづらいかもしれない。


(4)手段・方法の相当性
一般的には、組織内部でどこまで是正の努力をしたかなどの点が問われる。今回のケースについては、政府機関内部での努力には投稿時点では限界が見えていただろう。ならば、行政府内部ではないものの、国家機関の一翼を担う立場にある与野党の国会議員に個別にビデオを送って議員らの判断を仰ぐ方法などをまず採るべきだったという意見がありうる。一定の責任とリスクを負うことのできる報道機関を選んで、そこに託すべきだったという意見もありうる。

 

 専門家の間では、今回のケースは、一般法理でも法的保護の対象に入らない、つまり、懲戒処分が有効と判断される可能性が高い、という意見が多い。

 ■内部告発者保護に詳しい弁護士らは

 内部告発者保護に詳しい東京の弁護士は次のように話す。

 「不正を告発したという話ではないと思う。要件を守らずに、公的なルートではなく、いきなり動画サイトに出している。それが正当化されるとは思えない」

 告発内容と手段・方法の相当性の双方について問題があるという指摘だ。

 「もしこれが海保職員から漏洩されたのだとすれば、文民統制の観点から問題がある。海保とか自衛隊とか警察とか、武力を持つ組織の人間が、政府の意見に反対し、上の意向に反して、実力行使に出る、というのは危ない。それを英雄視するのは戦前に似た雰囲気を感じる。これを理由に担当閣僚を辞めさせるべきだという意見もおかしい。こんなことで首相や大臣のクビが飛ぶのならば、不満のある人がどんどん同じことをやる」

 非営利組織の公益通報支援センターの

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
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