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ニューズ&コメンタリー

日債銀トップとなった3人の日銀OB、一人は逮捕、一人は自殺

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 日本債券信用銀行が1998年に破綻する前後3年間、3人の日本銀行OBがリレーのたすきを引き継ぐように順々に同行の経営にあたった。そのうち一人は自殺し、帰らぬ人となった。一人は逮捕されたが、今年、無罪判決を勝ち取った。一人は今、外資系企業の日本法人で社長を務める。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽関連記事:   日債銀元会長らに逆転無罪

 

 ■判決公判始まる

 東京高等裁判所刑事第717号法廷。8月30日午前10時26分、飯田喜信裁判長と陪席裁判官2人が法廷のひな壇にその後ろのドアから入ってくる。日本債券信用銀行の元副会長・戸田善明さん(81)は傍聴席最前列の右はじから2番目の席に座り、ひざの上にライトグレーのスーツのジャケットと帽子を置き、つえを手にしている。

 報道カメラマンによる法廷内の撮影が終わると、被告人の東郷重興さん(68)、岩城忠男さん(73)が入ってくる。黒髪の東郷さんは、青色の入ったグレーのスーツにワイシャツ。淡い灰色のガラ入りネクタイをつけている。白髪の岩城さんは、ライトグレーのスーツに茶色いネクタイ。金縁メガネをかけて、つえを手に持っている。もう一人の被告人である窪田弘さん(80)は、闘病中と伝えられている通り、やはり姿を見せなかった。

 ■日債銀入り

 「私が東郷を日債銀に引っ張り込んだ」――。そんな罪の意識から、戸田さんはこの12年、この事件の公判の傍聴を重ねてきた。過去3回の判決もすべて傍聴席で直接、耳にした。一審・東京地裁では2004年5月に有罪。二審・東京高裁でも2007年3月に有罪だった。最高裁の上告審では2009年12月に有罪を破棄して東京高裁に審理を差し戻し、その結果、4度目の判決が8月30日午前10時半に言い渡されることになった。戸田さんはその法廷に来ている。

 被告人である日債銀元頭取・東郷さんは、戸田さんが日銀で総務課長を務めていたときの部下だった。戸田さんは当時、東郷さんを「すごく仕事ができる。活動力があるし、腹も据わっている」と評価し、その力量を買っていた。

 日銀で発券局長を務めた後、戸田さんは1985年(昭和60年)1月に日債銀に移った。

 「日債銀に行ってほしい。資金量が大きい日債銀が変なことになると、大変なことになるが、経営主体が弱い。そこをサポートしてやってくれないか」

 前川春雄・日銀総裁(当時)にそう言われて送り出されたという。

 日債銀で戸田さんは、バブル期に代表取締役専務を務め、92年(平成4年)1月に副頭取に昇進した。そこに93年、東大時代の同級生、窪田さんが頭取として送り込まれてきた。バブルは90年に崩壊を始め、93年には日債銀の経営難が次第に明らかになってきていた。窪田さんは大蔵省で主計局次長や理財局長を務め、国税庁長官を最後に退官した後、北海道東北開発公庫の総裁などを歴任していたが、大蔵省の意向を受けて、日債銀の立て直しにあたることになった。戸田さんによると、窪田さんは、退職金をすべて日債銀の株式に投じ、背水の陣を敷く覚悟だったという。

 頭取となった窪田さんと戸田さんは日債銀の将来を話し合った。「問題はいろいろあるけれども、やりようによっては何とか打開できるだろう」という結論になった。

 戸田さんは副会長を経て96年6月に退任したが、そのころ、みずからの後の日銀OB役員の「意中の人」として日銀首脳に打診したのが、日銀で政策委員会室長や国際局長を歴任した東郷さんだった。

 ■責任追及

 東郷さんは96年5月に日債銀に入り、6月に常務となり、97年、窪田さんの後を継いで頭取となった。ところが、翌98年、日債銀は政府によって「破綻」を宣告され、国有化された。金融再生法の制度の下、東郷さんは窪田さんとともに「旧経営陣」の筆頭として責任追及を受ける立場となった。

拡大日銀出身の歴代日債銀役員

 政府によって東郷さんの後任に指名されたのは、日銀の発券局長だった藤井卓也さん(66)。東郷さんの2年後輩にあたる。戸田さんが総務課長だったとき、2人は職場の同僚だった。しかし、旧経営陣の責任追及を任務とする国有化銀行の頭取として、藤井さんは「私情を入れなかった」という。

 99年7月23日、前年3月期末の決算を粉飾したとして、氏名を特定せずに「元取締役」を刑事告発した。それを発表する記者会見で、藤井さんは記者の質問に次のように答えた。

 ――98年3月期決算当時の最高責任者は当時の東郷頭取であり、藤井さんにとっては、日銀の先輩にあたる。そのあたりのお気持ちは?


 藤井頭取:私はこの問題について、厳正に対処し、慎重に検討した結果、この結論に達した。捜査当局によって真相が解明され、公平・公正な処置がとられることを心から願っています。

 

 同じ日、東郷さんは東京地検特捜部に逮捕された。

 ■破綻処理

 戸田さんは言う。「窪田さんも東郷さんも日債銀に来られて活動を始めたときにはすでに大勢が決まっていた。その前の経営陣が『(損失を発生させた)放火犯』だというならば、私もその一人かもしれませんが、東郷さんや窪田さんは『消防士』なんです。東郷さんは、かわいい部下、日銀の中でも光っていた。これがなければ、彼には、もっと晴れがましい人生があったと思いますよ」

 90年代半ば、「大手銀行はつぶさない」というのは日本の国際公約だった。大蔵官僚や日銀マンの判断はすべて、それに縛り付けられていた。だから日債銀をつぶすことはできなかった。戸田さんはそう振り返る。

 2000年9月、政府は日債銀をソフトバンクなどの企業グループに売却。日債銀は民間企業となり、藤井さんは頭取を退任。新しい日債銀の初代社長に、元日本銀行理事の本間忠世さんが就任した。2週間後、大阪のホテルで、本間さんは首をつった状態で見つかった。

 日債銀のトップに日銀OBが就任することはもはやなかった。9月26日、政府の金融再生委員長(国務大臣)の記者会見で次のようなやりとりがあった(http://www.fsa.go.jp/frc/gaiyou/gaiyou_02/ga061.html)。

 ――日債銀の後継問題ですが、早くしなければならないと思うのですが、今月中ぐらいには決定するのでしょうか。


 大臣:出来るだけ早く、一日も早く決めてもらいたいと思っております。藤井さん、本間さんと、2人日銀が続きましたから、こんどは日銀ということはないでしょうね。日銀もそういう後をというつもりはないようだと聞いています。「後を」というのは、本間さんの後をまた日銀から送るという内容のことは、もし話があっても考えられないということを言っているやに聞いております。


 ――日銀から本間さんの後を出せないという理由については何か聞いておられますか。


 大臣:直接総裁に確かめたわけではないです。ただ、やはり前に藤井さんが出て、本間さんが出てこういうことになったから、この際はそういう話があっても遠慮した方が良いという気持ちではないのでしょうか。

 

 ■無罪判決

 日債銀を辞めたとき、藤井さんはまだ55歳。日銀に戻る道もあった。が、あえてそれを選ばず、失業者となった。「自分を自由にした」という。

 今年8月29日、東郷さんらに対する差し戻し控訴審の判決を翌日に控え、藤井さんは、現在の勤務先である外資系企業のオフィスで記者の取材に応じた。

 東郷さんについて藤井さんは「公のために尽くした無私の人」と評した。「金融システムを守らなければならない日銀マンとしての範を示された方。彼がいたから、私が行ったときに、組織がばらばらになっていなかった」。藤井さんは日債銀での経験の教訓を次のように振り返った。「自分の身は自分で守らなければならない」

 8月30日、東郷さんらに対する無罪の判決の理由の朗読が終わった後の法廷で、戸田さんは

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
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