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ニューズ&コメンタリー

神戸地裁のシャルレ文書提出命令でMBO実務、金融行政にも影響か

加藤 裕則(かとう・ひろのり)

 経営者による会社買収(MBO)をめぐる株主代表訴訟に絡み、買い取り価格を決める根拠となった株価算定書や関連資料の提出を命じる決定が出た。MBOの買い取り価格(株価)をめぐっては、「経営者ら買収側が恣意的に安く買おうとしている」との批判が株主側から絶えない。この裁判でも、原告の株主が「意図的に安く買おうとしたことを証明したい」と提出を求め、会社側が「職業上の秘密で、今後の業務に支障が出る」などと拒否していた。株価算定書などは、株価の妥当性を決める大きな証拠となることは確実で、今回の裁判所の決定は、MBOを計画する経営者により慎重な検討を促すことになりそうだ。また、算定書の提出や開示は現在、法令であいまいな状態に置かれているだけに、金融行政にも影響を与えそうだ。

 

 この株主代表訴訟は、女性下着販売のシャルレ(神戸市)をめぐるMBOが不成立となったことを受けて始まった。2008年9月、シャルレの創業家出身の社長(当時)が外資系の投資銀行と組んで、シャルレの株式について1株800円で全株式を買い取り、非上場化して経営改革に乗り出すことを発表した。シャルレの取締役会も賛同表明をした。しかし、「創業家が株式を不当に安く買おうとしている」と内部告発があり、投資家を保護する立場の大阪証券取引所が調査に乗り出した。その結果、買い取り価格の決定に創業家らの不当な関与が明らかになり、MBOは頓挫し、社長も解任された。これを受け、株主の一人が、不成立となったMBOに絡んだ調査委員会の設置費用などや信用を失ったことで少なくとも計5億円の損害が出たとして、同額を会社に支払うよう2009年秋に神戸地裁に提訴した。

 この訴訟で、原告の株主は、買い取り価格を決める根拠となった複数の株価算定書に着目。シャルレが2008年12月に大証に提出した報告書によると、創業家側とシャルレの取締役会がそれぞれ独自に会計コンサルタントに株価算定書の策定を依頼し、この作成過程で、創業家の元社長が将来の利益見通しを下げたり、低い数値が出る評価方法の採用を求めたりしたという。このため株主は「株価算定の検証には、基礎データや、採用した計算方法が必要。プロセスの検討により、経営者が不当に介入した利益相反行為が明らかになる」と関係書類の提出を申し立てていた。

 しかし、シャルレは提出を拒否し、[1]開示すれば事業計画などの業務上の秘密や、コンサルタントの株価算定のノウハウが明らかになり、今後の事業の遂行に大きな影響がある[2]内部的な記録として作った文書で、社外への開示を予定していない[3]元社長らの利益相反行為とは関係がなく、そもそも証拠調べの必要がない、と主張した。

 神戸地裁は、この主張について、「MBOの不成立からすでに3年以上が経過している」「業務の遂行上、具体的な不利益が生じるおそれはないし、当時の経営方針や利益計画が開示されても、特段、他社との競争上の不利益を被るおそれがあるとは認めがたい」と指摘した。そして、「算定方法はいずれも一般的に用いられた手法であり、ノウハウが含まれるとは認められない」とも認定した。また、算定結果など要旨がすでに公表されていることを挙げ、「外部の者に開示することが予定されていない文書であるとはいえない」と会社側の訴えを退けた。

 さらに「MBOは、売る側(株主)と買い付け側(経営陣)とは本質的に利益相反の関係にある上、情報格差も大きい」としたうえで、「手続きの過程の透明性を確保するためには、将来、当該MBOが適正にされたか否かの検証を行うことができる態勢が必要であり、手続き過程における意見を含めた資料等が将来の検証の資料とされることが求められる」などと、事後的に開示されることの重要性を強調した。

 ■株価算定書開示の現状と問題指摘

 そもそも、第三者機関が策定した株価算定書は開示されるべきものなのか、法令は開示の重要さを指摘しながらも、最終的には関係者の自主的な判断に委ねている。

 金融庁は、買い付け者に対して評価書の取得を義務づけてはないが、その一方で、「発行者以外の者による株券等の公開買付けの開示に関する内閣府令」で、評価書・意見書を取った場合には、公開買付け届出書に添付するよう義務づけている。つまり、「取ったら、開示を」との内容で、投資家の利益になることもあるのだろうが、中途半端な感が否めない。

 買い付けの対象となる会社に対しても、似たような対応がとられている。会社としては、通常、取締役会がそのMBOに対して、賛成するか反対するかを決議する。東京証券取引所は、この判断に当たり、会社が買い取り価格の妥当性について第三者から算定書を取得し、東証に提出することを義務づけている。しかし、これはあくまで東証に提出するだけで、縦覧など一般への開示は予定されない。

 現実的には、買い付け者、会社の双方が独自に株価算定書を取り、評価方法やその結果などの概要を公表するケースが目立っている。価格算定書には、未公開の情報も含まれている可能性があり、評価書そのものを添付することを企業や会計コンサルタント会社がいやがっていると見られる。この対応について、金融庁は「重要事項が隠されている状況ではない。法令上では評価書そのものを添付する記述になっている。今のところいいとか悪いかと言う状況ではない」(担当者)と特に問題視はしていない。

 これまでのMBOをめぐる裁判でも、株価算定書の提出は議論の焦点になっていた。サンスターのMBOの買い取り価格の決定事件では、大阪高裁は、2009年9月の決定で、開示しなかったサンスターの対応を問題視した。裁判所には写しを出したが、公開はされず、高裁は「基礎となるべき資料については必ずしも信用をおくことはできない」と指摘し、非開示にしたことを否定的に受け止めた。この非開示の対応や、MBO発表の直前に行われた業績の下方修正などが問題視され、大阪高裁は、買い取り価格を株主の要請に応じ、1株650円から840円に3割引き上げた。

 また、レックス・ホールディングの事件でも、最高裁の田原睦夫裁判官は補足意見の中で、「株主の度重なる要請にもかかわらず、会社側が株価算定評価書を出さなかった」と明記した。その流れで、高裁が独自に株価の評価手続きに入ったことも肯定している。そして、その結果、高裁が1株23万円を46%増の33万6966円に引き上げたことを支持した。

 シャルレは今回の神戸地裁決定に疑問を呈して抗告した。企業法

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加藤 裕則(かとう・ひろのり)

 1965年10月、秋田県生まれ。岩手大人文社会科学部卒業。89年4月に朝日新聞社入社。静岡支局や浦和支局(現さいたま総局)などに赴任した後、99年東京本社経済部員。その後、名古屋本社経済部員、青森総局次長、大阪本社経済部員。2011年4月から14年9月まで2度目の東京本社経済部員で、金融情報面(株式面)や社会保障取材班を担当した。
 経済記者としては、これまで通産省(現・経産省)、鉄鋼業界、トヨタ自動車(名古屋)、関西空港などを取材してきた。通産省クラブ時代から、コーポレート・ガバナンスや会計監査について自主的に取材を重ね、朝日新聞のオピニオン面に掲載される記者有論などで論じてきた。2014年9月から石巻支局員として東日本大震災からの復興の過程を取材。2018年4月から東京本社の経済部員として財界などを取材している。

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