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ニューズ&コメンタリー

震災直前、電力会社への事前説明などで「巨大津波の可能性」評価を決定延期

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 東日本大震災発生2日前の2011年3月9日に政府の地震本部で「宮城県中南部から福島県中部にかけての沿岸で、巨大津波による津波堆積物が過去3千年間で4回堆積しており、巨大津波を伴う地震が発生する可能性がある」という趣旨の地震予測の長期評価を決定する予定だったのに、「公表前に関係の各県、電力会社などに説明を行いたい」との事務局の意向もあって延期され、3月11日時点では未決定となってしまった――。地震本部の担当部会長だった島崎邦彦・東京大学名誉教授(地震学)の証言や同名誉教授所蔵のメール記録、福島第一原発事故をめぐって東京電力の旧経営陣が責任を問われている訴訟の記録などでそんな経緯がわかった。島崎氏は「延期せず、3月9日に公表していれば、たくさんの人が助かったかもしれない」と話している。

拡大「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価(第二版)」の2011年1月26日時点の文案=情報公開法に基づき文科省から記者に開示された文書を撮影
 阪神大震災の教訓で設けられた政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の地震調査委員会は2010年から、主に長期評価部会で、宮城県内や福島県内の太平洋沿岸部の地下に残る過去の津波の痕跡に関する研究成果を検討し、その結果を翌2011年に公表する予定の「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価(第二版)」に盛り込む方向で議論を進めていた。

 情報公開法に基づき文部科学省から記者に開示された長期評価部会の当時の資料や東京電力の旧経営陣が株主に起こされた代表訴訟などの記録によれば、地震本部の事務局を務める同省研究開発局の地震・防災研究課、本田昌樹係長から2011年2月7日に長期評価部会の委員にメールで送られた「長期評価」の文案は、宮城県中南部から福島県中部にかけての沿岸の地下で、平安時代の869年に発生した貞観地震だけでなく、室町時代の西暦1500年ごろの地震の津波堆積物も広い範囲に分布していることが確認されたと指摘し、「巨大津波を伴う地震が発生する可能性があることに留意する必要がある」となっていた(注1)(注2)

 この文案について、2月9日の地震調査委員会で、岡村行信委員(産業技術総合研究所)から「今のニュアンスだとかなり弱い」との意見が出され、翌10日に改めて岡村委員から「巨大津波の危険性が高まっていることを、宮城県及び福島県の関係者にはっきり伝えることは重要だと思います」と意見するメールが同僚委員や事務局に送信されたものの、そのほかには大きな異論はなかった(注3)。地震調査委員会は月1回のペースで開かれており、長期評価部会長だった島崎氏は当時、年度内の最終回となる3月9日の地震調査委で文面を決定し、その日のうちに公表する段取りになると思っていた。

 ところが、2月17日午後3時57分に、文科省の本田係長から島崎部会長に公表の延期を求めるメールが送信された。そのメールには次のように書かれていた(注4)

拡大地震調査委員会の島崎邦彦・長期評価部会長(当時)に2011年2月17日に文部科学省の事務局から送られてきたメールのプリントアウト
 順調に行けば、3月9日の調査委員会で承認され、公表となるところですが、事務局としては、公表前に関係の各県、電力会社などに説明を行いたいと考えており、公表は4月にしたいと考えております。

 このメールの同送(cc)の先には、本田係長の上司にあたる北川貞之・地震調査管理官のメールアドレスがあった。

 同省のメールの記録によれば(注5)、同じ2月17日の午後7時23分、文科省の地震・防災研究課での本田係長の同僚にあたる石井透・技術参与から東電の社員に「内々にお伺い」と題するメールが発信され、そこには次のように書かれていた。

 地震本部では、2005年の宮城県沖の地震の発生、および、この地域に於ける近年の新しい知見を前提に、現在、宮城県沖地震の長期評価の見直しを組み込みつつ、三陸沖~房総沖の長期評価(第二版)をまとめつつあります。
 (中略)
 そこで、この評価結果が公表された際に何らかの対外説明を求められる可能性がある
 ・東京電力殿(福島サイト)
 ・東北電力殿(女川サイト)
の関係者の皆様には、事前に内々にその内容を御説明する機会を設けたいと思いますが、如何でしょうか?

 石井技術参与は大手ゼネコン・清水建設から文科省への出向者で、これに先立つ1月25日に、同省地震・防災研究課の鈴木良典課長、北川管理官らと清水建設、東京電力、中部電力の代表者が「主に原子力安全審査関連分野における地震本部の成果の活用に関わる非公式な意見交換」のために開いた会合に出席しており、東電側と面識があったようだ。文科省の記録によれば、その会合では出席者から「原子力施設には特殊事情があり、何らかの見解が出ていると、それに対する検討が必ず求められる」などの声が出ていた(注6)

 2月17日にこれらのメールが文科省から送信された後、週明けの2月21日に、島崎部会長は文科省で本田係長らと面談したという。島崎氏の証言によれば、島崎氏は「公共企業体に連絡をするというんだったら、鉄道だとか電話だとか、ほかにもあるのに、なんで電力なのか」と疑問を呈して当初は延期に反対したという。しかし、3月の地震調査委員会ではほかにも「余震活動の予測手法」報告書をとりまとめる予定があるなどと指摘され、島崎氏は「そっちを優先するのはやむを得ないかな」と思い、長期評価の決定の延期を了承したという(注7)

 メールの記録によれば、同じ2月21日の午後7時8分、文科省の石井技術参与から「東京電力の皆様への御説明」の日時を2011年3月3日午前10時と指定するメールが発信された(注8)

 東電社員が作成した記録によれば(注9)、文科省庁舎6階の会議室で開かれた3月3日の会議には、文科省から北川管理官、本田係長、石井技術参与の3人が出席し、電力会社側からは3社10人、具体的には、東京電力原子力設備管理部の土方勝一郎・原子力耐震技術センター所長、同センターの高尾誠・土木調査グループマネージャーら、このほかに、東北電力の4人、日本原子力発電の2人が出席した。「宮城県中南部から福島県中部にかけての沿岸で(中略)巨大津波が複数回襲来していることに留意する必要がある」などの記載のある文案が配布され、文科省側は次のように発言した、とされている。

 サイエンスに基づいて評価しているので、結論を大きく変えることはできないが、表現の配慮など、相談に乗れる部分もあると考え、このような非公式な情報交換会をお願いした。

 これに対して、東電の側は次のように「要望」したという。

 ・ 当社でも知見の収集に努めているし、科学を否定するつもりもないが、色眼鏡をつけた人が、地震本部の文章の一部を切り出して都合良く使うことがある。意図と反する使われ方をすることが無いよう、文章の表現に配慮頂きたい。
 ・ ①貞観地震の震源はまだ特定できていない、と読めるようにして頂きたい。②貞観地震が繰り返し発生しているかのようにも読めるので、表現を工夫して頂きたい。

 これを受けて、文科省の側は長期評価の文案の修正に着手した。3月8日時点の修正素案には「貞観地震の地震動についてと、貞観地震が固有地震として繰り返し発生しているかについては、これらを判断するのに適切なデータが十分でない(注10)」などと書き加えられていた(注11)

 島崎氏によると、3月9日に開かれた地震調査委員会は比較的早く終了したが、長期評価が決定されることはなかった。

拡大島崎邦彦・東大名誉教授=2019年11月3日、千葉県内
 2日後の3月11日午後、東北地方太平洋沖地震が発生した。島崎氏は、解説を依頼されて出向いたTBSで津波の惨状を知った。島崎氏は「なんで4月に延期したのか」と自分を責め、3月9日の地震調査委員会で当初の予定どおりに長期評価が決定されていれば、と悔やんだという。「順調にいけば、3月9日の晩のニュースと、翌10日の朝刊で、東北地方には海岸から3キロ、4キロまでくる津波があるんだという警告が載り、そうすれば、その翌日、おそらく何人かの方は助かったに違いない(注12)

 朝日新聞記者の電話取材に対し、文科省の担当係長だった本田氏は「変更されて延びたという状況だったかどうかは覚えていない」と答えた上で、次のように述べた(注13)

 自治体や電力会社に説明をするということはしてましたので、それをするために時間を確保しなければいけないという状況ではあったと思います。ただ、それが延ばした決定的な原因かといわれると、なんともいえない。ほかの案件があって、長期評価の結果については次の回にまわしましょうということもよくあるので。総合的に判断されたんだとは思う。

 島崎部会長に「公表は4月にしたい」と求めた2011年2月17日のメールの文面については、本田氏は「記憶がないので分からない」と答えた(注14)

 本田氏の上司だった北川氏は取材に「電力会社への説明があったから遅れたわけではない」と答えた。

 文言をどうするか最後まで議論になり、決定が延びるのはよくあること。このときも、貞観津波だけでなく、宮城県沖地震などでも、文言について議論があった。それが延期の理由だったと思う。
 また、青森から茨城までの各県の県庁に行き、説明した。電力会社への説明があったから遅れたわけではない。説明をするということ自体はおかしな行為ではない。

 2011年3月3日の会議で東電側が「文章の表現に配慮頂きたい」などと長期評価の文面に注文をつけたことについては、福島原発事故に関する政府事故調や国会事故調が2012年に問題視した。政府事故調は「国の機関による地震・津波予測の結果を真摯に受け止めるというより、貞観津波級の大津波への対策を迫られないようにしようとか、津波対策の不備を問われないようにしようとするものだったとの疑いを禁じ得ない」と東電を非難(注15)。国会事故調は「評価結果を、規制対象となる電力会社が改変しようとしたのは大いに問題がある」と東電を批判するだけでなく、「文科省の対応も問題であったと考えられる」とした(注16)。この国会事故調の批判について北川氏は取材に「何が問題かが言及されていなく(おらず)、よくわからない。説明をするということ自体は変な行為ではない」と反論した。

 この3月3日の会議の際に文科省側が「結論を大きく変えることはできないが、表現の配慮など、相談に乗れる部分もあると考え、このような非公式な情報交換会をお願いした」と述べたと東電側の文書に記録されていることについては、北川氏は次のように説明した(注17)

 向こう(東電側)がきっとそう思ったんでしょう。こちらの趣旨はそういうのではなく、たぶん私は「誤解を生じにくいように文章を工夫したい」という表現を用いている。それについて向こう(東電側)は「相談にのれる」と受け取ったんでしょう。
 「誤解を生じにくいように文章を工夫したい」ということであって、内容を変えるわけではない。専門家が決めたことを事務局がひっくり返すわけではない。
 なお、だれが「情報交換会」と名付けたのか知らないが、私は「情報交換会」ではなく、「説明会」だと認識している。

 本田氏や北川氏の上司にあたる文科省の地震・防災研究課長だった鈴木氏は取

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡は okuyama-t@protonmail.com、または、okuyamatoshihiro@gmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

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