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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

あいまいな「首相退陣」覚書と「直ちに害はない」

宮野 勉(みやの・つとむ)

「政治家語」と「弁護士語」

 

アンダーソン・毛利・常法律事務所
弁護士 宮野 勉

  ▽おことわり:特定の政治家や政党を、このエッセイで支持したり批判したりする意図はないということを、最初に申し上げておきます。


拡大宮野 勉(みやの・つとむ)
 1986年3月、東京大学法学部卒業。司法研修所(40期)を経て88年4月に弁護士登録(第一東京弁護士会)。1993年6月、米ハーバード大学法科大学院(LL.M.)修了。米サンフランシスコのBechtel Corporation、米ニューヨークのCravath, Swaine & Moore 法律事務所に勤務した後、94年9月に現事務所に復帰。2005年7月から中央大学法科大学院で教鞭をとる。

 政治家の発言と「通訳」

 昔から不思議に思っていたことがある。新聞記事で「総理大臣は○○と述べて、××の意向を表明しました。」という報道が出ることがしばしばあるが、「○○」と「××」が国語の問題として決して同義ではないのだ。つまり、「○○」という政治家語が、新聞の読者が理解できる「××」という言葉に「変換」されているのだ。年をとるにつれ、要するにこちらがコンテクスト(文脈)が分かっていないから理解できないだけなのだと、抵抗感も薄れてきていた(もちろん、新聞の読者のどれだけがそのコンテクストを理解できるのかは大いに疑問だし、記者も恐らく読者は分からないだろうと思うからこそ「総理大臣は○○と言いました。」で終わりにしないで「○○と述べて、××の意向を表明しました。」とまで続けるのだろう。)。

 弁護士から見た「退陣条件の覚書」の話

 菅総理大臣の6月のいわゆる「退陣条件の覚書」に関する報道で、今度は逆の意味で分からなくなってしまった。

 その覚書には、新聞報道によると「一、民主党を壊さないこと、二、自民党政権に逆戻りさせないこと、三、大震災復興並びに被災者の救済に責任をもつこと、[1] 東日本大震災復興の基本方針及び組織に関する法律案(復興基本法案)の成立、[2] 第二次補正予算の早期編成のめどをつけること」と記されていたとのこと。首相は「どこにも『退陣』とは書いていない」と主張してこれが退陣条件を記載したものであることを否定した。他方の当事者の方は「ある条件が整ったら退陣する」という趣旨の書面だと言う。しかし、少なくとも「国語」の問題として素直に読む限り退陣条件の書面とは理解できないだろう。

 弁護士がこの「覚書」に至るまでの政治交渉をまとめることは無理であろう。しかし、かくかくしかじかの内容の「覚書」を作れと言われれば一点の疑義も生ずる余地もない書面を作成するだろう。もっとも、明快なものを作ってしまったら、双方が一時的にであれ合意に至ること(合意に至ったと勘違いすること)は無かったはずである。しかし、苦心の末に曖昧な文書を作っても実際は双方合意に至っていなかったことが直後に露呈したのだから、勘違いで合意しない方がむしろ良かったともいえる(詰まるところ、交渉としても失敗していたということになる。)。少なくとも同じ政党の前首相が現首相を公の場で「ペテン師」呼ばわりし、それが国際的にも報道されてしまうという酷い事態が発生することは無かったと考えられる。

 菅総理の覚書の文言の捉え方は、書かれた言葉の意味自体を取り上げた「弁護士的」なものであり、少なくとも従来のむしろ含意の方を重視する「政治家的」なものではないといえる。

 官房長官の記者会見における「弁護士語」

 多少話が変わるが、官房長官の「直ちに健康に害を与えるものではない」という趣旨の発言が話題となった。言葉の意味自体には疑義はない。問題は、「直ちに~はない」と言うことで「いつか被害が生ずる」のかどうかが分からないという点である。分からないのは当然である。なぜなら、この点には意図的に一切触れていないのだから。少なくとも今この「瞬間」(時間的にはもう少し幅があるかもしれないが)には異変が起きない、ということを言ったに過ぎない。この発言に対して、後日、メディアから「嘘をついた」と批判される可能性は低いだろう(「嘘をついた」とされるのは、実際には「直ちに」健康被害が生じていた場合である。)。しかし、そのことと、記者会見の相手方である記者や国民がそのような限定的な事実確認の情報を求めていたのかということは別問題であろう。

 この官房長官の発言は、弁護士としては非常によく分かる。弁護士は文章を作るときに、いくつもの解釈の生ずるような曖昧な表現を極度に嫌う。例えば、弁護士に鑑定書を求めると「本書の日付時点においては」という文言が繰り返される。これは端的に「明日はどうなるか分からない」ということを意味する。明日になったら新しい法令ができている可能性が皆無といえない以上、法的に「正しい」ことを書くためには、今日時点の法令に照らすとこうだ、としか書けないことはやむを得ない。官房長官の発言は「正しさ」を追求した、極めて弁護士的な発言ということができる(枝野官房長官は弁護士でいらっしゃる。)。

 「政治家語」の「弁護士語化」?

 極めて大雑把に言うならば、ついに政治の世界にも弁護士的な思考が入り込んできたということなのだろうか。正しい解釈が言外の文脈への理解なしにはできないような文章は排除され、書かれた文言の一語一句の意味それ自体が厳密に追求されるようになったということだろうか。正しいし、揚げ足の取りようも無いけれど、情報としては最小限の、聞く側によってはこれといって役に立たない文言が尊ばれるようになったのだろうか。

 これは、弁護士的な観点からは決して悲しむべき傾向ではない。言葉の意味を慎重に考えて文書にする、という習慣は日本では尊ばれてこなかったように思われる。むしろ、「俳句の精神」などという説明のもと、含意などが重んじられ、考えていることをありのままに全て書き表すなどというのは「趣のない」所為として嫌われてきた。芸術の世界のみならず、かつては契約の世界でも、「書いたものでは一応こうなっていますが、実はこういう話がありまして」というような話が横行していた。

 ところが、国際的ビジネスの場では、文化も慣習も違う当事者間の取り決めとして頼りになるのは書かれた契約である。その意味するところについて徹底的に吟味して相互に誤解が生じないようにしなくては、後から取引が滞り、紛争が発生しかねない。

 日本企業もそのようなビジネス文書作法に慣れる事でようやく国際的取引を行うプラットフォームに乗ることができた。英文契約では「完全合意条項」なるものが含まれていて、「本契約に記載されたところが両当事者間の本件に関する合意内容の全てであって、契約締結に至る経緯や交渉などで本契約に記載されていない事項は合意内容とはならない」旨が記載されることが一般的ですらある。

 上記の「退陣条件の覚書」の話をこの国際的なビジネス文書作法に照らすならば至極難解といわざるを得ない。少なくとも現代のビジネス界では合理的に説明することはできないことだろう。

 「過渡期」なのか

 もちろん、政治というのは本来高尚なもので、ビジネスなどという下世話なものとは違うのかも知れない。しかし、あまりにも浮世離れした話も国民には理解できない。さらに、政治家の使う言葉も時と場合により使い分けが必要なので、ビジネス的なセンスばかりで発言するのが正しいともいえないし、逆にビジネスの世界では全く通用しないような発言ばかりが繰り返されることも望ましくはない。

 しかし、総じて言うならば、政治家には、国民に対して、嘘のない、正しく、分かり易い情報発信をすることを希望すると同時に、国の将来の指針を国民に示すような、意味のある、力のある発言をして頂きたいものだ。将来の指針は、必ずその通りになるとは限らない。それは仕方がないし聞く方も織り込み済みだろう。そのときに後から「嘘つき」と批判されないように、「○○する」ではなく「○○するように努力する」という、契約書によく登場する表現にしてしまえば、言葉の精度は向上しているけれど、メッセージとしては弱いものにならざるを得ない。

 「嘘つき」といわれることを恐れて、短期的に確かなこと、しかしメッセージとしては余り役に立たない発言ばかりが増えてしまっては、政治の「言葉」は力を失ってしまう。その意味で、「政治家語」が「弁護士語」的なものになってしまうことは望ましいことではない。「弁護士語」は、国民に感動や、夢や希望を与えることを目的として練られた言語ではないのだから。むしろ、聞く方もこれは「政治家語」だと分かって、後から些細な揚げ足取りをしないという態度が必要であろう。さもないと、政治家の言葉はどんどんスケールの小さいものなって行ってしまう。

 現在は、「政治家語」から「弁護士語」への移行の過渡期・混乱期なのだろうか。落ち着きどころに辿り着くまでには、語る側も聞く側も一層の成熟が必要であるように思われる。

宮野 勉(みやの・つとむ)

 1986年3月、東京大学法学部卒。1988年4月、司法修習(40期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、現事務所入所。1993年6月、米国 Harvard Law School (LL.M.)。1993年6月から1993年8月まで米国サンフランシスコの Bechtel Corporation に勤務。1993年9月から1994年8月まで米国ニューヨークの Cravath, Swaine & Moore 法律事務所勤務。1994年9月、現事務所復帰。1996年1月、現事務所パートナー就任。2004年、財務省委嘱研究会「集団行動条項を巡る国内法制上の論点に関する研究会」常任委員。2005年7月から2007年3月まで中央大学法科大学院 兼任講師(非常勤講師)。2007年4月から中央大学法科大学院 客員講師。2013年4月から中央大学法科大学院 客員教授。2009年7月から2009年11月まで、あおぞら銀行 インサイダー取引事件第三者委員会委員。
 著書に「事業再編と倒産防止の法実務 建設業者を中心として」(2003年、清文社)、「連鎖倒産防止マニュアル」(2003年、清文社)。論文に「継続的契約の解消を巡る問題点」(会社法務A2Z 2015年8月号)、「注目裁判例研究 取引2」(日本評論社「民事判例Ⅸ 2014年前期」、2014年10月)、「第三者委員会における現状の問題点と今後の課題」(会社法務A2Z 2014年7月号)、「企業不祥事における第三者委員会の問題点と今後の課題 第三者委員会を経営者の「鏡」とすべし」(月刊ザ・ローヤーズ 2013年12月号)(共著)、「ソブリン・サムライ債における集団行動条項」(ジュリスト第1252号)、「社債、組織再編Ⅰ(第676条~第802条)」(共同執筆担当、第一法規出版株式会社「論点体系 会社法5」、2012年1月)、「注目裁判例研究 取引1」(共同執筆担当、日本評論社「民事判例 IV 2011年後期」、2012年4月)、「日本版クラスアクション」(建設業の経理 2013年)、「継続的取引契約の解消」(同 2012年)、「利益相反取引」(同 2012年)、「「コンプライアンス」について」(同 2011年)など。

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