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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

東南アジアに流浪する弁護士 タイとマレーシアでの経験から

東南アジアに流浪する弁護士
 タイとマレーシアでの経験から

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 安西 明毅

拡大安西 明毅(あんざい・あきたか)
 2003年3月、早稲田大学法学部卒業。2004年10月、司法修習(57期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。
 2010年5月、米国 University of Pennsylvania Law School (LL.M.)。2012年11月 からタイ(バンコク)でWeerawong, Chinnavat & Peangpanor Ltd.勤務。

 ここ数年、大手法律事務所の東南アジア進出が目覚しいことはご存知のとおりである。我々企業法務を扱う弁護士は、依頼者の日々の業務をサポートするために存在することから、その依頼者の多くが東南アジアに進出している以上、これは必然的な流れと言えよう。

 とはいうものの、ほんの数年前までは、東南アジアに日本の大手事務所から弁護士が派遣されることは、一部の例外を除けばほとんど見られなかった。その例外の弁護士にしても、それは個人的な志向に基づいて東南アジアに駐在していたことがほとんどであり、大手の事務所が戦略的に弁護士を派遣する今とは状況が異なっていた。

 我々の依頼者が東南アジアに進出しているといっても、それはここ数年に限ったことではなく、日系の大手メーカー、自動車会社、金融機関の中には既に現地で50年以上業務を行っているところも多く、各地の弁護士業に対する規制があるとはいえ、むしろ我々法律事務所の進出が遅かったくらいなのである。

 かく言う私も留学で渡米するまでの東京での主な仕事は、欧米企業や日本企業に関連する証券発行案件のサポートであり、留学後にはやはり先輩弁護士のようにニューヨークのウォールストリートやロンドンのシティの法律事務所で研修をしたいと考えていた。しかし、留学も終盤を迎えたときに所属先の事務所からマレーシアの法律事務所研修の打診があり、マレーシアに赴任することとなった。それが、私と東南アジアとの関わりのきっかけであった。その後マレーシアの法律事務所、金融機関での勤務を経て、現在バンコクの法律事務所にて勤務をしている。私がマレーシアに赴任した当時は東南アジアに駐在していた弁護士は数えるほどであったし、現時点でも東南アジアの2カ国に長期にわたり駐在している弁護士というのは珍しいことから、私が駐在したマレーシアとタイの比較を交えながら、弁護士の東南アジアの業務について書いてみようと思う。

 一口に東南アジアといっても、その言葉や文化そして法制度は各国で大きく異なる。したがって、日本の企業が東南アジアに進出しているといっても、進出先の国によってその苦労は様々であり、これから進出しようとしている企業にとってはどの国が自らの業務やその戦略にとって一番良いのかについて、事前に十分な調査が必要であり、弁護士も各国の特殊性を十分に考慮した上で案件に関与することが必要となる。

 たとえば、東南アジア各国で使用される言語は基本的に異なり、汎用性がない。ビジネスの場では英語が通じる場合が多く、契約書等の私的な書面では英語が使われる場合も多いが、役所への公的な書類は現地語での作成が必要とされることがほとんどである。現在私が駐在しているタイでは、条文や判例はタイ語であるし、英語の文献も限られているため、タイ人弁護士のサポートが不可欠となる。他方、私が駐在していたマレーシアは行政機関への書類はマレー語であることが多々あったが、公用語が英語ということもあり、法律の条文や判例、様々な文献等が英語で用意されており、自分でもある程度のリサーチをして知識を得ることが可能であった。

 宗教も各国で異なり、それが我々の業務にも影響を及ぼしている。たとえば、タイは国民の多くが仏教徒であり、街中のいたるところに仏像が設置されている。そこでは、多くの市民がお供えをしているし、そこまでいかなくとも、通りすがりに手を合わせる若者も多い。熱心な仏教国であるため、暦は仏暦(お釈迦様が入滅した翌年を基準としており、西暦に543年を加えると仏暦となる。しかし、同じ仏教国のミャンマーは入滅したその年を基準にするため、タイよりも1年マイナスとなる。)が普及している。そのため、条文や契約書においても、日付が仏歴となっていることが多く、一度頭の中で西暦に計算をする必要があり混乱することもある。他方、マレーシアは60%以上がマレー系ということもありイスラム教が国教である。こちらはモスクが街中に多く存在している。イスラム教徒は原則として1日5回礼拝をしなくてはならない。事務所や会社にいると、ふと同僚のマレーシア人がいなくなることがあるが、これは礼拝をしに行っているのである。そのため、大抵のオフィスビルには礼拝室が設置されている。また、金曜日のお昼には、男性のイスラム教徒はモスクに行かなくてはならないため、お昼休みも普段の1時間から2時間に延長されているところが多い。イスラム教の法制度面での影響としては、イスラム法(シャリア)の存在が挙げられる。これは、法律というよりは道徳に近いものであるが、イスラム教徒であるマレーシア人の親族、相続関係の法律を規律している。しかし、このイスラム法は、たとえイスラム教徒であるマレーシア人の関与するものであっても一般契約や商事関係には適用されず、またマレーシアに多く住む非イスラム教徒(主に中華系、インド系マレーシア人)の家族関係には適用されない。最近では、利子を取得してはならないというイスラム教の教義の趣旨を金融商品に反映させたイスラム金融がマレーシアで非常に盛んであり、この分野で多くの弁護士が活躍している。実は私がマレーシアに赴任した目的の一つは、このイスラム金融を勉強することであった。

 さらに根本的な法制度でいえば、シンガポールやマレーシアは英国の植民地だったこともあり、判例法(コモン・ロー)の国であり、今でも英国の判例が通用しているが、タイやインドネシアは日本と同じく条文中心の大陸法(シビル・ロー)の国である。インドネシアの法律の多くは旧宗主国のオランダのものをベースとしているし、タイの法律は植民地化された歴史がないこともあり、各国の制度を取り入れながら、独自の体系を構築している。

 我々を助けてくれる現地の弁護士も、必ずしも日本の司法試験のように統一的な国家試験を経ているとは限らない。マレーシアでは、[1]マレーシアの大学の法学部を卒業した人、[2]英連邦(コモンウエルス)の国において弁護士資格を取得した人、[3]英連邦の国の大学の法学部を卒業しマレーシアで一定の試験をパスした人が、それぞれ現地での研修を経ることで弁護士と名乗ることができる。他方タイでは、法廷において代理人となるためには司法試験に合格する必要があるが、たとえば、一般企業や法律事務所に所属して契約書のドラフトや法律問題に対するアドバイスのみを行っている限りでは、大学の法学部を卒業する必要はあるものの、上記の司法試験を受ける必要はなく、それでも弁護士と名乗ることができる。日本には、弁護士の最低限の資質を確保するために、一部の例外を除いて、弁護士になろうとする者すべてが受験しなければならない司法試験の制度があるが、タイやマレーシアでは、そうした制度がない。このため、自分の担当する業務以外の法律は一切知らないという現地弁護士も多く、弁護士の選定にも気を遣う必要がある。

 以上のように各国で多くの違いがあることから、一人の弁護士が東南アジアの全域を完璧にカバーすることは、距離的にも法律面での多様性からしても不可能である。そこで各事務所とも東南アジアの各国にそれぞれ人を派遣しているのである。

 しかし、アメリカ留学時代を含めると現在までに3カ国に滞在した経験からすると、弁護士という以上、やはりその業務に共通している根本的な部分も存在していると考える。それは、ルール(条文や判例)を正確に理解し、そのルールを実際の取引に当てはめ、結論を出すということである。そして、条文の解釈やあてはめの過程で、各国固有の実務ルールを反映させるのである。もっとも、この実務ルールがやっかいなもので、ときには論理的な結論が、各国の政治的・政策的事情により覆されることも多い。だからこそ、そのような実務ルールを現地で学ぶ意義は大きく、我々日本の弁護士がその部分を日本企業の方々に伝えられ、東南アジアにおける業務の透明性が広がれば、日本企業にとって、ひいては日本に資することだと考え、日々現地で学んでいる最中である。私の経験が、少しでも日本企業の方々の東南アジア業務のお力になれれば、幸いである。

 安西 明毅(あんざい・あきたか)
 2003年3月、早稲田大学法学部卒業。2004年10月、司法修習(57期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。
 2009年9月から2010年5月まで米国 University of Pennsylvania Law School (LL.M.)。2010年10月から2011年9月までマレーシア(クアラルンプール)でZaid Ibrahim & Co. 勤務。2012年11月 からタイ(バンコク)でWeerawong, Chinnavat & Peangpanor Ltd.勤務。
 共著に「アジア労働法の実務Q&A」(商事法務、2011年11月)がある。論文に「会社分割の承継の対象外となった分割会社のゴルフ場預託金債務につき、承継会社に当該債務の弁済責任が認められた事例」(「ビジネス法務」2008年11月号)、「新興国のコーポレートガバナンス<第3回> マレーシア」(月刊監査役 No.586 2011年7月号)(共著)、「マレーシア法務事情(1)」(時事速報マレーシア 2011年8月5日号) などがある。

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