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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

「夢」を見られない子供たちへ

宮野 勉(みやの・つとむ)

「夢」を見られない子供たちへ

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 宮野 勉

拡大宮野 勉(みやの・つとむ)
 1986年3月、東京大学法学部卒。1988年4月、司法修習(40期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、現事務所入所。1993年6月、米国 Harvard Law School (LL.M.)。米国での勤務を経て1994年9月、現事務所復帰。1996年1月、現事務所パートナー就任。
 新年番組の憂鬱

 また新年がやってきた。この季節になると、子供たちに「将来の夢は何ですか?」というようなことを聞くインタビューを多く見かける。特に今年は冬季オリンピックやサッカーのワールドカップが行われ、そこで活躍した選手たちは「子供の頃からの夢を諦めずに今日まで頑張ってきた。君たちも是非何でもいいから夢を持って、それを諦めずに頑張ってください。」と語りかけるだろう。サッカー選手の問いかけに、子供が我も我もと「サッカー選手になりたい!」、「ワールドカップに出たい!」と答え、宇宙飛行士の問いかけに「火星に行きたい」と答える。そういう夢を持ってたゆまぬ努力をしてきた人々のお陰で、様々な分野で人類の進歩は重ねられてきたことも間違いない。しかし、こういうテレビなどを見ると、何となく憂鬱になってしまう。

 「夢のない」子供

 私は子供の頃から「超」が付く程「現実的な」子供だった。50歳を越えた今となっては新たな「夢」を追いかけることが無いのは仕方ないとしても、それは別段年をとったからではなくて、子供のときからそんな感じだった。しかし、そのことは長年にわたってコンプレックスでもあった。

 小学校でも「将来の夢」を書け、などと言われたことが何度かあった。正直なところ何を書いてよいものだかと苦慮した。「空を飛びたい」、「ヒーロー(当時だとウルトラマンか)になりたい」とか「世界(宇宙)征服したい」とか書くことが荒唐無稽で、そういうことを求められているわけではないということは子供でも分かった。小学校高学年にもなると「将来なりたい職業」を書かされ、ませた子供は「利子生活で働かないで一生食べてゆきたい。」などと言っていたような記憶もあるが(今からすればそれはそれで相当立派な夢のように思えるが)、それを小学校の文集に書くべきではないという程度の「お行儀の良さ」は私も身につけていたし、書いても先生に書き直させられることも当然予見可能だった。「野球選手になりたい」(ONの絶頂期には子供は大半そう答えた)(とはいえ大鵬の全盛期にも「力士になりたい」という子供は圧倒的に少なかった)というのは無難であるとしても、自分の運動神経が鈍いのは当時から嫌というほど分かっていたし、そもそも野球が好きではなかったので「嘘も程々に」という自制心もあった。からかわれたり「嘘つき」と言われて苛められるのは辛いし、それでは何のために多数派に与したのか分からない。

 その頃を思い出すにつけ、今どきの、サッカー選手の問いかけに「ワールドカップに行きたい」と答える子供らを見ても「その場の雰囲気で、期待された答えを言っているだけじゃないのか?」とついつい思ってしまう。そういう答えをする子供に対して返すべき言葉は、本当に「子供らしくて良いね!君も一生懸命練習して、頑張ってください!」なのだろうか?

 選ぶことは捨てること

 スポーツ選手などのピークが10代後半から20代だとすると、オリンピックやワールドカップを目指すためには、子供の頃から英才教育を施して、それが無理だと分かるまでは「夢を諦めずに」頑張るのが良策だろう。そしてその期間は比較的短くて済みそうだし、現在そのプロセスは昔よりも遥かにシステム化しているかも知れない。しかし、「夢を諦めない」ということは、多くの場合「夢」以外のことは捨ててしまっているということも意味する。何かを選ぶということは残りを捨てるということだから。一部の例外を除き、生活の全てを犠牲にするくらいのストイックさがないと超一流にはなれないだろう。

 あまり小さい頃から馬券の「一点買い」のような人生設計をしてしまうのは、その実現の確率が一定水準を超えていない限りは如何なものか、と老婆心ながら思ってしまう。しかし、達成の現実性を云々し出すと「夢の夢たる所以」が失われてしまう。それにしたって、例えば、私が下手なりに野球が大好きだったとして「野球選手になりたい」などと、遠く「巨人の星」を見るような目をして言っていたとすれば、親か周囲の大人が適切に宥めて止めるべきだったと思うし、今となってはそれを感謝したと思う。「折角の夢だから叶うように頑張ってごらん!」と見守られて、野球三昧で他の事を捨ててしまっていたら、恐らく悲惨な状況になっていただろう。万が一奇跡が起きて夢を叶えてプロ野球選手になることができたとして、その後の人生はどうしたらよいのだろう。努力をして何かをやり遂げた経験は、その後別の道を歩むときにも決して無駄にはならない、とはよく言われるけれど。

 夢見る才能

 思うに「夢見る力」というもの自体が相当特異な才能なのだ。その才能を自然に持っている人にはその特異性が分からず、必ずしも他人はその才能を持っていない、ということが理解できない。しかし、その才能を欠いた人間にとっては(数学や物理の問題がちんぷんかんぷんなのと同じように)理解不能な入り込めない世界なのだ。そして「夢を諦めない」のは、本人にそういう「諦めない」才能が備わっていることに加えて、周囲(名伯楽というような人物)が経験値から現実的にそれが叶う可能性を判定して「諦めるのはもったいない、頑張れ!」と叱咤激励を続けるからだろう。周囲からも理解されず、何かに憑かれたように特定の分野に寝食を忘れて努力を重ね、変人扱いの末に何かを成し遂げたというような場合もあるにはあろうが、それは極めて稀な例で「偉人伝」中の話だ。もし、これで目指したところが成し遂げられなければ、ただの変人で終わってしまう。そのような偉人伝を読んで「自分も是非そうあるべき」だ、と無理に他人から理解されない夢を捻り出すのもいささか困りものだ。

 そっとしておいて

 正直、もう安易に「何でも良いから夢を持て」、「夢を持ったら諦めるな」と言うのはやめて欲しい。それが当てはまるのは限られた一部の「夢見る力」を持ち、「継続力」も備えていて、そして夢を叶えることが現実的な程度の能力も伴った人だけのことだ。むしろ、典型的にはスポーツなどのスーパーエリートが成功体験を基に話す危険な誘惑のようにも思われる。「誰でも夢は見られるはず。特に子供は皆夢を持っているはず」で「夢を見られないなんて子供らしくない。親(大人)が夢の芽を摘んで、壊しているのでないか?」などというのも偏見に基づく発言だ。「誰でもこの程度の問題は解けるはず。何でできないの?馬鹿じゃないの?」と言うのと同じくらい傲慢な発言のように聞こえる。

 夢を持てる人はそれで構わないけれど、持てない人がいるということは認知して欲しい。そして、そっとしておいて欲しい。もちろん、本当に夢を持って地道に頑張っている人々は素晴らしいと思うし、それを挫いたり腐したりする気は毛頭ないけれど(本稿が、そういう人々を批判する趣旨ではないことは言うまでもない。)。

 とりあえず、足元を見つめて、日々を誠実に

 子供たちよ。夢を持てないことを恥ずることは無い。夢を持たないことが「子供らしくない」とか、何か悪いことのように言われてしまっているから、正直に「夢なんかないよ!」って言えないだけだ。夢がないとしても、日々の生活の中で、目の前にあることを、「逃げず」、「ズルをせず」、「怠けず」にきちんとやっていくことはとても大事なことだ。夢を叶えるために他のことを犠牲にし、他人をも巻き込んでしまうよりも余程価値があるかも知れない。実際、「夢」を振り回して、本来為すべきことをやらずに済ませるための言い訳にしている輩もいっぱいいるはずだ。それはずるいし、恥ずかしいことだ。

 君は、将来、金メダルは貰えないかも知れないけれど、何人かの人からは、感謝される人生を送るかも知れない。夢がないから、本当にやりたいことすら見つからないから、人生はつまらないなどと嘆くことはない。「夢がないなんてつまらない」と思い込まされているだけだ。

 もしかしたら、やりたいことや夢なんてそのうち見つかるかも知れない。でも、ついに見つからないかも知れない。でもね、やりたいことが見つからなくても、決して悲観することはない。皆、大きな声では言わないけれど、きっと物凄く沢山の人々が、何となく同じようなことを繰り返すだけの毎日を送っているのだから。そんな人生の中でも、きちんと足元を見つめて歩いていれば、時々道端に咲く花を見て「綺麗だな・・・」と思うことがある。そういう楽しみを持って生きるだけでも人生は素敵なことだ。まして、その人生に価値がないことなんて絶対にないから。

 さあ、だから、逃げずに頑張ろう。

宮野 勉(みやの・つとむ)

 1986年3月、東京大学法学部卒。1988年4月、司法修習(40期)を経て弁護士登録(第一東京弁護士会)、現事務所入所。1993年6月、米国 Harvard Law School (LL.M.)。1993年6月から1993年8月まで米国サンフランシスコの Bechtel Corporation に勤務。1993年9月から1994年8月まで米国ニューヨークの Cravath, Swaine & Moore 法律事務所勤務。1994年9月、現事務所復帰。1996年1月、現事務所パートナー就任。2004年、財務省委嘱研究会「集団行動条項を巡る国内法制上の論点に関する研究会」常任委員。2005年7月から2007年3月まで中央大学法科大学院 兼任講師(非常勤講師)。2007年4月から中央大学法科大学院 客員講師。2013年4月から中央大学法科大学院 客員教授。2009年7月から2009年11月まで、あおぞら銀行 インサイダー取引事件第三者委員会委員。
 著書に「事業再編と倒産防止の法実務 建設業者を中心として」(2003年、清文社)、「連鎖倒産防止マニュアル」(2003年、清文社)。論文に「継続的契約の解消を巡る問題点」(会社法務A2Z 2015年8月号)、「注目裁判例研究 取引2」(日本評論社「民事判例Ⅸ 2014年前期」、2014年10月)、「第三者委員会における現状の問題点と今後の課題」(会社法務A2Z 2014年7月号)、「企業不祥事における第三者委員会の問題点と今後の課題 第三者委員会を経営者の「鏡」とすべし」(月刊ザ・ローヤーズ 2013年12月号)(共著)、「ソブリン・サムライ債における集団行動条項」(ジュリスト第1252号)、「社債、組織再編Ⅰ(第676条~第802条)」(共同執筆担当、第一法規出版株式会社「論点体系 会社法5」、2012年1月)、「注目裁判例研究 取引1」(共同執筆担当、日本評論社「民事判例 IV 2011年後期」、2012年4月)、「日本版クラスアクション」(建設業の経理 2013年)、「継続的取引契約の解消」(同 2012年)、「利益相反取引」(同 2012年)、「「コンプライアンス」について」(同 2011年)など。

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