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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

米国で学んだ交渉術を息子に使ってみると - Getting to "Yes, papa"

山田 純(やまだ・じゅん)

Getting to “Yes, papa”

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
山田 純

拡大山田 純(やまだ・じゅん)
 2003年3月、早稲田大学法学部卒業。2006年10月、司法修習(59期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2012年5月から2013年5月までシンガポールの大手日系商社に出向。2014年5月、米国Duke University School of Law (LL.M.)。2014年9月、当事務所復帰。
 2013年の夏からアメリカのDuke Law School(デューク大学法科大学院)に留学し、数あるコースの中から交渉術を学ぶコースを履修した。弁護士となりそろそろ丸8年、訴訟案件や取引案件への弁護士としての関与や、出向先の商社での法務部員としての案件への関与を通じて、これまで多くの交渉に関わる機会があったが、本格的に交渉術を学んできたわけではなかった。このため、一度きちんと学ぶ良い機会だと思ったからである。以下、当該授業を通じて私が感じたこと学んだことなどを思いつくままに述べてみたい。

 授業は、生徒の数が20人程度のゼミ形式であった。教授は警察官上がりの女性で、正にアメリカ映画で観るような犯罪の現場において犯人との交渉に従事していたとのことである。所属していた警察署では唯一の女性交渉官として犯人と対峙していたとのことで、その体格はまさに男勝り、身長は175センチの私よりも高く、肩幅なんかは私の1.5倍くらいはありそうな教授であった。そしてまるで丸太のような逞しい二の腕をお洒落なノースリーブの袖口から遠慮することなく突き出していた。留学開始当初の時期だったためか、やっぱりアメリカはちがうな、と思ったことが記憶に残っている。

 事前にReading Assignmentが与えられ、翌週のクラスではそれに関連するテーマの交渉を生徒同士で実戦形式にて行うという形で授業は進められた。Reading Assignmentとして与えられた主要な文献の中には、日本でも「ハーバード流交渉術」という副題でお馴染みの“Getting to Yes”もあった。

 授業で取り上げられた交渉のテーマは、交通事故や医療過誤の示談交渉、離婚に伴う条件交渉、不動産取引における交渉、時にはMBAコースの生徒たちとの共同プロジェクトによる紛争やジョイント・ベンチャーの条件交渉などと多岐にわたり、弁護士として実務に出たら遭遇するであろう様々な場面を想定して行われた。もっとも、教授曰く、この授業で学んだ交渉術のエッセンスは、これらのビジネスの場面に限らず、夫婦関係や親子関係、恋人関係や友人関係といったプライベートな場面でも用いることができる、なので今日からでも積極的に試して欲しい、とのことであった。
 そこで、実際に使ってみないとこの手のものはすぐに忘れてしまうだろうとの思いから、さっそく自分の家族を相手に試してみることにした。しかし問題は、誰を相手に試してみるか、である。敬愛する妻相手にアメリカ的交渉術なるいかにもキナ臭いものを用いるのはあまりにも畏れ多い。しかも、妻は昔から私の悪巧みをどうやってだか瞬時に見抜く天才であり、交渉する前からすでに負けが見えている。そこで、必然的に相手は当時2歳と4歳の自分の息子たちとなった。最近の彼らときたら、自分の動物的欲望を満たすために、状況を十分に理解したうえで泣く・わめくといった手を戦略的に講じてきており、その意味では彼らの方から既に私に交渉をふっかけてきているといえる。そうとなれば、父親として息子たちのこの挑戦に背を向けるわけにはいかない。パパは腕力だけでなく知能でも君たちに勝るのだということをここいらできちんと思い知らせる必要もあろう。

 一口に交渉術と言っても、そのテクニックは多岐にわたる。その中で、親子関係にも応用でき、かつ実際に自分の息子たちに試しても有効性が認められたものについて、いくつか紹介することにしたい。なお、読者のみなさんもぜひ参考にしてくださいなどというつもりはなく、単なるイクメン見習いの奮闘記としてご笑覧いただければ幸いである。

 ●共通の利益を探求する

 自分の要求と子供の要求が正面から対立する構造にある(例えば、私は息子たちに歯を磨かせたいが、彼らは磨きたくない。私は息子たちに野菜を食べさせたいが、彼らは食べたくない)からこそ、交渉が難航するのである。しかしこの問題は、彼我との間で共通の利益を探求・設定することにより解決できる可能性がある。上記の例で言えば、「歯を磨きなさい」と命令するのではない。「歯を磨く」という行為自体は、彼らの「歯を磨きたくない(面倒だし、ほかの人に自分の口の中をいじくられるのは決して気持ちのいいものではない)」という要望と正面から対立するからである。そこで、その代わりに、「一緒に口の中のばい菌をやっつけよう」と提案する形で伝えるのである。実際虫歯菌を退治することこそ大人側の最終目的でもあるし、また、彼らもそれが自分の利益に合致することであるということは理解できるであろう(もちろん日頃から虫歯の脅威を伝える絵本を読み聞かせしておくことが前提として必要となるが、幸い、この手の絵本は容易に見つかる)。そうすると、歯を磨くことについて正面から反対してくる可能性は低くなり、歯を磨くことを前提とした上での他の条件(すぐ磨くかそれともテレビがCMに入ったら磨くか、仕上げ磨きはパパとママのどちらがやるか等)の交渉に移ることができる。同様に、野菜を食べさせる例でいうならば、「野菜を食べなさい」と命令するのではない。「野菜を食べて元気な体になろう」とか、風邪をひいている場合などには「野菜を食べて病気を治そう」と伝えるのである。ここでも野菜の絵本を読み聞かせしておくことが、野菜への親近感を覚えさせるために役立つ。我が家では「おやおや、おやさい」にはずいぶんとお世話になった。
 もっとも、このテクニックには限界がある。不快さがメリットを上回る場合である。私の場合、いくら納豆が健康に良いとテレビで盛んにいわれようと、またどれだけそのことを自分の頭で理解していようと、決して納豆を食べることに同意などしない。

 ●恣意的な選択肢を提供する(Offering Arbitrary Options)

 いずれを選んでも親の狙いを達成できるような恣意的な選択肢を子供に与え、その中からまだマシと彼らが考える方を選ばせるテクニックである。例えば、野菜を食べることを拒んだ例を再び用いると、「じゃあ野菜を細かく切ってからご飯に混ぜるのと、野菜にソースをかけて食べるの、どっちならいい?」と聞くのである。野菜を食べないという選択肢はこっそりと除外し、食べることを前提とした上での選択肢を提供するのである。同様に、歯磨きを嫌がっている場合であれば、「じゃあパパが仕上げ磨きするのとママが仕上げ磨きするの、どっちならいい?」と聞くことになる(パパが選ばれることが少ない場合、自分で提案しておいて傷つくことになる)。たいていの場合、自主的に選択した感が与えられている場合には(例えそれが仕組まれたものであろうと)、素直に行動するものである。
 もっとも、このテクニックも、提示した選択肢がいずれも魅力を欠くものであった場合には有効に機能しない(納豆をキムチに混ぜようが玉子に混ぜようが一緒である)。また、彼らに知恵がついてきたりすると、「どっちもイヤだ」「デザートがあるなら食べられる」などと与えられた以外の選択肢を提案してきたりもする。こんな場合、こちらの思い通りに事が運ばなかったことを残念に思うとともに、子の成長を喜ばしく思ったりもした。

 ●Mutt and Jeff (Good Cop/Bad Cop)

 時には脅してみたり時には褒めてみたり、しかしその他の手も尽くしてもどうしても子供が期待通りに行動してくれない場合がある。そんな時に親に残された選択肢は、もはや諦めるか、さもなくば実力行使にでるしかない。しかしただ実力行使にでるだけでは、交渉術を学んだ者として芸がない。こんな場合に使えるのが、Mutt and Jeffというテクニックである(この名称はアメリカの新聞の連載漫画のキャラクターに由来するらしい)。これは伝統的な刑事番組の取調べで出てくる、血気盛んな刑事が散々被疑者を詰めた後で、そのコンビである温厚な刑事が被疑者に同情的な態度をとることによって、被疑者の信頼を得て、もって被疑者から上手く自白を引き出すという例のアレである。これをビジネスの場で用いると、例えば、X社がY社と契約交渉をする場合、X社の交渉担当者の一人であるAが、半ば不合理というまでに自らの主張に固執しY社の担当者を困らせ、もはや交渉決裂間際というところまでいった段階で、X社のもう一人の交渉担当者であるBが、Y社の立場に理解を示しY社側に歩み寄った提案(しかし実際は当初からAとBがすり合わせた上で落としどころとして狙っていた提案)をする、という使い方になる。
 これを対息子との関係で用いる場合には、夫婦で共同戦線をはることが必要となる。わがままを言う息子を叱りつけたりした結果、泣き出してしまうことがある。しかしこんな時に手を緩めてはいけない。泣いているふりの場合が多々あり、ここで折れると向こうの思うつぼだからである。交渉は既に始まっているのである。心を鬼にしながらも、さらに追い込んでいく。そしてふりを超えて本気で泣いている、と思われる段階で、ようやく妻の登場である。「パパ怖かったね。もう大丈夫だよ」などと優しく抱擁しながらあやすのである(間違っても一緒になって叱ったりなどしてはいけない)。このような状況下では、息子は救世主である妻の要請を極めて受け入れやすい状態になっている。歯磨き、野菜、お風呂、お片付け、何でも素直に言うことを受け入れる。もっとも、このテクニックの難点は、いくら息子のためを思った上での行動とはいえ、あまりやり過ぎると本気で嫌われてしまうのではないかということだ。イクメンへの道のりはまだ遠そうである。

山田 純(やまだ・じゅん)

 2003年3月、早稲田大学法学部卒業。2006年10月、司法修習(59期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2012年5月から2013年5月までシンガポールの大手日系商社に出向。2014年5月、米国Duke University School of Law (LL.M.)。2014年9月、当事務所復帰。
 著書に「最新M&A判例と実務」(判例タイムズ社 2009年7月)(共著)。論文に「融資一体型変額保険について複数の保険会社および融資銀行に説明義務違反が認められた事例」 (「金融・商事判例」 No. 1240 (2006年5月1日号))、「M&Aをめぐる株価紛争の概観」 (「判例タイムズ」 No. 1279 (2008年12月1日号))がある。

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