メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

サードウェーブコーヒー発祥の地で発がん物質表示に躊躇と慣れ

神保 咲知子(じんぼ・さちこ)

サードウェーブコーヒー発祥の地、西海岸に留学

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
神保 咲知子

拡大神保 咲知子(じんぼ・さちこ)
 2006年3月、京都大学法学部卒。2008年3月、京都大学法科大学院修了(法務博士 (専門職))。2009年12月、司法修習(62期)を経て弁護士登録。ビンガム・坂井・三村・相澤法律事務所入所。2015年、統合により当事務所入所。2017年、米国University of California, Berkeley, School of Law (LL.M.)修了。米国サンフランシスコの法律事務所での勤務を経て2018年、当事務所復帰。
 私は、2016年の夏から1年間、アメリカ合衆国カリフォルニア州のサンフランシスコ近郊の町バークレーに所在する大学に留学し、その後サンフランシスコの法律事務所で約9か月間研修した。

 サンフランシスコの気候は、同じカリフォルニアでも南部に位置するロサンゼルスほど温暖ではないものの、年間を通じて気温差が少なく、湿度も低いため、過ごしやすい。日差しは強いものの、日陰に入ると夏でも涼しく(むしろ夏でも長袖がかかせない)、冬も日本の東京ほど寒くもない。近郊には、ワインの産地で有名なナパやソノマなどがあり、休日はワイナリー巡りをして優雅な一日を楽しむこともできるし、少し足をのばせばヨセミテ国立公園などの大自然に触れることもできる。また、人種も多様で、アジア系の比率も高く、リベラルな気風である。日本食材も手に入りやすく、物価が高いことと朝夕の交通渋滞を除けば、非常に住みやすい街であると思う。

 ところで、西海岸はサードウェーブコーヒー発祥の地としても有名である。サードウェーブとは、コーヒーが一般家庭に広まった第1の波、スターバックスコーヒーなどのシアトル系コーヒーチェーンなどの台頭による第2の波に続く、第3の波として豆の素材から淹れ方にまでこだわり、一杯ずつハンドドリップで抽出するといった高品質なコーヒーの流行を指すそうだ。数年前に、日本にもサードウェーブコーヒーの代表格であるブルーボトルコーヒーが上陸して話題を呼んだ。

 妊娠中もデカフェコーヒーが欠かせなかったほどコーヒー中毒気味の私も、渡米後さっそく、ガイドブック片手にサードウェーブコーヒーショップ巡りを楽しんだ。自宅の近くにあったフィルズコーヒーもアメリカ滞在中よく訪れた。初めは、豆の種類の多さに面食らい、注文の仕方もよく分からないままに、つたない英語でなんとか注文した。私が留学2年目に研修をした法律事務所は、金融機関等が多く集まるファイナンシャルディストリクトと呼ばれるエリアに所在していたが、その近くにある観光名所としても有名なフェリービルディングの中にあるブルーボトルコーヒーでランチ後にコーヒーをテイクアウトするのも研修中の楽しみの一つだった。サードウェーブコーヒーではないが、スターバックスコーヒーにもよく行った。アプリをダウンロードし、諸々の登録を済ませておけば、事前に注文・決済を完了し、店舗ではレジに並ぶことなく、コーヒーを受け取ることができるという大変便利なサービスがあり、感激した。アメリカでは、コーヒーショップでコーヒーを注文する際、店員が客の名前を聞き、コーヒーが出来上がった際に名前を呼ばれてコーヒーを受け取ることが多い。私の名前はどうもアメリカ人にとって発音しづらいらしく、店舗で注文するとなかなか聞き取ってもらえず必ず間違えられてしまうのだが、この事前注文サービスを使えば名前を間違えられることもなくスムーズに注文できてしまうのである。

 ところで、ある日、某コーヒーショップの店頭でコーヒーが出来上がるのを待っているとき、日本では見慣れない表示があることにふと気が付いた。どのような内容かというと、大要、「コーヒーには発がん性のある物質が含まれています」、というものである。今からまさにコーヒーを飲もうとしているところにこのような表示を見るのは、あまり気分がいいものではない。どうやらこの表示、カリフォルニア州法のプロポジション65という法律に基づく表示らしい。プロポジション65は、正式名称を1986年安全飲料水および有害物質施行法(the Safe Drinking Water and Toxic Enforcement Act of 1986)という。プロポジション65は、癌や生殖障害を引き起こす可能性のある900を超える化学物質をリスト化しており、リストに挙げられている化学物質を含む製品をカリフォルニア州で販売等する場合に警告文を表示する義務を事業者に課している。この法律は消費者の知る権利を保障したものであり、消費者がリスクを認識したうえで購入するか否かを選択することを可能とするものであると言われている。実はこの警告文、よくよく注意して生活していると、いたるところで見つけることができる。私も初めてこの警告文を見たときは商品の購入を躊躇したものだが、日常的に購入する様々なものにこの表示があるため、カリフォルニア滞在中にさほど気にならなくなってしまった。プロポジション65に違反した事業者には訴訟により民事上の罰金が課せられるが、特徴的なのは、この訴訟を提起できるのが州の司法長官等の公的機関だけに限定されておらず、所定の要件を満たす通知を違反者及び州司法長官等に行った後、一定期間が経過しても州司法長官等が訴訟を提起しなければ公益目的に立つ一般市民自身も訴訟提起することができるという点である。さらに、訴訟を提起した一般市民が、事業者に課された民事上の罰金の一部を受け取ることができるとされているため、こうした利益の獲得を目的とした市民訴訟が頻発するという問題も起こっているそうだ。

 さて、話をコーヒーに戻すと、カリフォルニア州の裁判所は、大手コーヒーショップチェーンやスーパーマーケット等のコーヒーの販売業者約90社がプロポジション65違反で訴えられていた訴訟で、2018年3月、コーヒーの販売業者は、アクリルアミドというコーヒーに含まれる成分について、プロポジション65に基づき警告を表示する義務があるとの判断を下した。そのような経緯もあって、コーヒーショップの店先で、発がん性のある物質が含まれています、というおっかない表示を目にするようになったわけである。この判断に対し、アメリカ食品医薬品局(FDA)の長官は、アクリルアミドがコーヒーに含まれることをもって、コーヒーに発がん性物質の警告文を要求することは、消費者の誤解を招くものであるとの懸念を示す声明を発表している。アクリルアミドは、揚げたり、オーブンで焼いたりするなどの高温調理を行う際に、様々な食品において生成される物質で、食品に含まれるアクリルアミドは、食品に自然に含まれている糖やアミノ酸から生じるものだそうだ。コーヒーにおいては、コーヒー豆を焙煎する過程で生じる。同声明の記載によれば、アクリルアミドを多量に摂取した動物と癌の発症には関連性が認められるものの、コーヒーを飲むことには癌の重大なリスクはないということが現在の科学で示されており、そのことは、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer)が作成した詳細なレポートに記載されているとのことなので、コーヒー好きな読者の方は、この記事を読んでどうか気を悪くしないでいただきたい。

 この裁判所の判断の後、プロポジション65を所管する行政機関は、コーヒーについて、コーヒー豆の焙煎等の過程において自然に生じる化学物質については、プロポジション65の警告表示義務を免除するという内容の改正案を提案した。そんなわけで、さすが訴訟大国アメリカと感心させられた、このカリフォルニア州裁判所の裁判に端を発するコーヒーにまつわるこの一連の騒動?も、どうやら収束しそうである。さて、美味しいコーヒーでも飲んで、仕事に戻ろう。

神保 咲知子(じんぼ・さちこ)

 2006年3月、京都大学法学部卒。2008年3月、京都大学法科大学院修了(法務博士 (専門職))。2009年12月、司法修習(62期)を経て弁護士登録。2010年1月、ビンガム・坂井・三村・相澤法律事務所(外国法共同事業)入所。2015年4月、統合により当事務所入所。2017年5月、米国University of California, Berkeley, School of Law (LL.M.)修了。2017年9月~2018年5月、米国サンフランシスコのMorgan, Lewis & Bockius法律事務所に勤務。2018年8月、当事務所復帰。
 共著に『クロスボーダー事業再生 - ケース・スタディと海外最新実務』(2015年5月、商事法務)がある。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。