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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

人生と経営における覚悟と決断 社外取締役にも問われるもの

上田 裕康(うえだ・ひろやす)

人生と経営における覚悟と決断

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
上田 裕康

拡大上田 裕康(うえだ・ひろやす)
 1979年、東京大学法学部卒業。1981年、司法修習(33期)を経て弁護士登録(大阪弁護士会)。1984年、大江橋法律事務所入所、その後パートナー就任。1989年~1990年、英国University College London。2017年6月、「新たな志」をもって、アンダーソン・毛利・友常法律事務所にパートナーとして移籍。
 人生とは一瞬一瞬の選択と決断の積み重ねである。
 企業の意思決定も同じであろう。但し、人生の選択と決断は一人の個人が自らの責任で行なうものであるが、企業の重要な意思決定は、企業のメンバー一人によって行なわれるものではなく、多数の人間集団によって行なわれることとなる。取締役会の決議事項であっても、取締役会のメンバーだけで意思決定されるのではなく、担当者、担当部長、担当取締役、場合によって経営会議の意思決定を経て、取締役会において承認されるということになる。

 人間の人生における選択と決断にも誤りはあるであろう。しかし、人間は誤りから学び成長していく。それが人生である。過去の長い無数の意思決定の積み重ねの上に今の私という人間がある。私は、苦しみが多かったとしても、私の過去の全ての決断が自らにとって必要なものであり、かつ、自らにとって意味があったと信じている。
 企業の意思決定にも、絶対的に正しい選択というものはないであろう。しかし、正しいか否かという評価は相対的なものであって、企業の意思決定において、神の目から見て正しい選択かどうかということは問題とはならない。企業の意思決定において問われるのは、結果よりも、適正な手続によってその意思決定が行なわれたか否かということである。例えば、巨額の買収案件において、結果的に巨額の資金を投じた買収が失敗であった、その結果、暖簾が毀損して巨額の損失を被った、というケースは多々ある。しかし、買収が結果的に失敗に終わったとしても、買収の意思決定にあたって必要な手続が履践され、その意思決定が合理的なものであったと評価される限り、経営判断の原則に基づいて、企業の経営者が責任を問われることはない。結果が悪いから企業の経営者が責任を問われるということになると、失敗を恐れて、誰も、リスクが生じる可能性があることについて決定をすることがなくなり、企業活動が萎縮し、企業の成長が妨げられるからである。

 しかし、人間は決断をするにあたって必ず、本当にこれでいいのかということを自らに問いかける。決断をするにあたって非常に苦しむことも多い。企業の経営者であっても、企業の将来に重大な影響を与える可能性がある決断をするにあたっては、「本当にこの決断が企業の将来にとってプラスになるのだろうか」ということを、自問自答するであろう。経営者が、企業の将来を真剣に考えるのであれば、自らの決断が、株主にとどまらず、債権者、取引先、従業員、地域社会等に対して重大な結果をもたらすことから、様々な観点から問題を分析し、議論し、合理的な判断過程を経て結論を出すことになるであろう。

 しかしながら、企業の経営者の合理的な判断、意思決定と、個々の人間の人生をかけた覚悟をもった決断、意思決定との間には質的な違いがあるように思う。
 人は、自らの人生において重要な決断をするときには、その決断の責任を自らが必ず背負うことになることから、覚悟をもって決断する。進学、就職、結婚、子育て、転職等々様々な場面において人間は迷い、悩み、苦しみながら決断を積み重ねる。それが生きるということだからである。失敗はある。失敗の結果、大きな苦しみを背負うこともある。取り返しのつかない失敗をすることもあるであろう。しかし、どんな境遇に陥ったとしても、人は、自らが覚悟をもって決断した結果については、これを受け入れるしかない。仮に失敗をしたとしても、その決断が自分の人生において意味があったと自らを納得させるしかない。そうしなければ、人生が無意味なものと化してしまうからである。

 コーポレートガバナンスが企業経営において重要な意味を持つようになってきており、取締役の過半数は社外の取締役であるべきだという考えから、議決権行使の助言をする会社が、社外取締役の数が少ない場合においては、取締役の選任決議に反対票を投じるように助言することも多くなってきた。
 もちろん、コーポレートガバナンスの観点から、社外取締役を増やすことに反対ではない。ガバンナンスの強化のためには当然の流れである。ただ、企業経営に対して覚悟がない社外取締役が増えることが、本当に企業の将来にとってプラスなのかということを思うことがある。社外取締役を招聘し、コーポレートガバナンスの模範生と言われていた会社において、不正会計の問題が生じたということもあった。社外取締役の立場では、そのような不正問題を発見することは困難であったという説明もなされ、確かにそうであろうと納得する部分もある。しかし、複数の上場会社の社外取締役を兼任している場合、当該会社のことを本当に理解した上で、覚悟をもって経営上の重要な問題について判断をすることができるのであろうかという疑問を持つこともある。社外取締役は、責任限定契約とD&D保険で保護されている。そのような保護がなければ、社外取締役に有能な人材を得ることができないということが理由であり、その理由はもっともであろう。しかし、企業の経営における重要な意思決定において本当に必要な人材は、やはり、その会社のことを本当に理解した上で、自らが覚悟をもって、その会社の将来のことを考えて意思決定することができる人材であろうと思う。

 イエスマンの取締役が取締役会を構成し、十分な議論をすることなく、社長の顔色を見ながら取締役会において意思決定がなされるよりも、独立した立場で意見を言うことができる社外取締役の存在が重要であることは言うまでもない。しかし、社外取締役だからといって、真実独立した立場で、会社の将来、ステークホルダーの利益を考え、真に必要な意見を述べて、企業価値の向上に寄与することができるとは限らないのである。社外取締役も、自らの判断が企業の将来に与える影響について、覚悟をもって、意見を述べ、判断を下してもらいたいと思うが、社外取締役として本当に相応しい人材が就任しているのか、社外取締役が、そのような自覚と覚悟をもって物事を判断し、決断をしているのかということになると疑問なしとしない。その判断が結果として誤っていたとしても、判断をしたときにおいては合理的な判断であったという弁解が通用するからである。

 ここで、筆者のいう「覚悟」とは何かということが問われるであろう。抽象的に覚悟といっても何ら意味のある議論ではないという批判を受けることは当然である。社外取締役に企業の将来に対する責任を負わせることはできない。しかし、社外取締役として、当該企業の将来についての想い、株主、その他のステークホルダーに対する責任の自覚というものがあるはずである。自らの判断が、当該企業を破綻させることになるかも知れないという緊張感の中で、当該企業の企業価値の向上と株主にとどまらず、債権者、取引先、従業員、地域社会等の利害関係者までも含めたステークホルダーに対する責任を果たすという想いで、企業の意思決定に参画するというということが「覚悟」の一つの表現態様であるのではないかと考える。

 オーナー会社が元気である、意思決定も速いということが言われる。名前を言わずとも、いわゆるオーナー会社としての上場会社が成長を遂げている例が多いことは事実である(もちろん、オーナー会社の弊害故に消えていった会社もある。)。成功しているオーナー会社は、そもそも、オーナーが優秀な経営者であったからこそ、会社を成長させることができたのであるから、オーナー会社という存在自体が優れているというものではないだろう。しかし、優れたオーナーは、個人として大株主であり、意思決定にあたっては、覚悟をもった決断をすることができるというのは事実であろう。その覚悟というのは、自らの判断の失敗は、会社を破綻させ、ステークホルダーに対して重大な損失を与え、もちろん、自らの社会的評価も消え去ってしまうことに対する覚悟である。個人的に法的な責任を負わないとしても、社会は、オーナーの責任を当然に追及するであろう。米国では、会社を何度も倒産させた経営者が大統領になることができるが、日本という社会は、オーナーの責任を追及し続ける社会であり、それほど寛容ではない。事業再生の局面では、法的な責任がなくても、オーナーに対して私財の提供を求める債権者も存在する。オーナーは、自らが負担する責任の重さについて、覚悟があるからこそ、困難な問題、リスクの大きい問題に対しても敢然と結論を下すことができる。他方、社外取締役は、企業価値向上のために合理的な判断に基づき決断をすることができても、全てを失う覚悟をもって決断をすることはない。それが、社外取締役の限界である。ただ、少なくとも、社外取締役が、多数の会社の社外取締役を兼任することには制度的な制限を設け、社外取締役が、資料の検討、審議に多くの時間をとり、会社に存在する本質的な問題を的確に認識した上で、自らの責任と判断で結論を出すということを期待したいところである。

 企業の経営は極めて困難な時代となっている。国内市場の収縮に伴い、企業は必然的に海外展開を要求される。しかし、海外展開においては、安全保障の問題も含めて多くのリスクが内在している。今こそ、企業経営には、自らの人生の決断に覚悟を持つだけではなく、企業経営に対しても覚悟をもった判断と決断をなしうる社外取締役が必要とされているのではないかと思う。

上田 裕康(うえだ・ひろやす)

 1979年、東京大学法学部卒業。1981年、司法修習(33期)を経て弁護士登録(大阪弁護士会)。1984年、大江橋法律事務所入所、その後パートナー就任。1989年~1990年、英国University College London。2017年6月、「新たな志」をもって、アンダーソン・毛利・友常法律事務所にパートナーとして移籍。
 主な業務分野は、M&A、危機管理、紛争解決、国際的な事業再生案件など。マイカルなど大型会社更生案件、リーマン日本法人の民事再生手続等を担当。主な論文に「羅針盤~企業活動の健全化のために…早期の気付きと早期再生の重要性~」(月刊監査役697号、2019年7月号)や「金融機関におけるAIの活用と法的留意点~AI活用に伴う金融機関の法的責任の検討を踏まえて」(月刊金融ジャーナル 2019年2月号)、その他事業再生関係の論文が多数ある。

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