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アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺

企業や企業オーナーの視点から見た税金

下尾 裕(しもお・ゆたか)

企業や企業オーナーの視点から見た税金

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
下 尾   裕

拡大下尾 裕(しもお・ゆたか)
 2004年、京都大学法学部卒業。2006年、最高裁判所司法研修所修了、大阪弁護士会登録。2006~2020年、御堂筋法律事務所勤務。2012~2014年、東京国税局(調査第一部調査審理課 国際調査審理官)勤務。2016~2019年、大阪市行政不服審査会委員(税務第一部会)。2020年3月、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。同年7月、近畿税理士会登録。
 突然であるが、日本国民の三大義務は何であろうか。

 昔、「社会」や「公民」の授業で習ったなと昔を思い出す方もおられる一方、「えっ、義務なんてあった?」という方もおられるかもしれない。司法試験で憲法を学習したはずの筆者自身も、この原稿を執筆するにあたって正しく記憶しているか不安になったくらいのものではあるが、答えを申し上げると、「教育の義務」、「勤労の義務」及び「納税の義務」の3つが三大義務であるとされている。

 本日は、税務に携わる企業法務弁護士の立場から、企業や企業オーナーの視点から見た「納税」=税金を考えてみたい。

 税金は出来れば安く済ませたい?

 改めて、何故、納税は国民の義務なのであろうか。

 この点については、税金は国家にとっての動力源、すなわち行政サービスや補助金等の原資であり、国民全員が公平に負担すべきものであるという説明をしばしば目にする。概ね同じ趣旨であるが、例えば、福沢諭吉は、「学問のすゝめ」の中で、政府が法令で悪人を取り締まり、善人を保護するにはお金がいるので、みんなで負担するという意味での「政府と人民の約束」が存在すると説明している。筆者も含めて、こうした納税の必要性そのものに異論を唱える人は少ないと思われる。

 しかしながら、一方で、筆者自身も含めて、多くの人は、そのような建前は十分に理解しつつも、本音としては、できれば安く済ませたいとも考えているのではないだろうか。税金が安く済めば、その分手元に残るお金は多くなるのだから、ある意味では自然な反応である。実際、新聞を開いてみると、税金に関するセミナー等の広告は毎日のように掲載されているが、こうしたセミナーに参加する人の多くは、同じ思いから参加されているであろうことは想像に難くない。

 企業や企業オーナーにとっての税金の持つ意味

 では、企業や企業オーナー目線での税金の捉え方はどのようなものであろうか。

 筆者は、大規模法人の法人税・消費税課税を所管する東京国税局の調査部において課税庁側で勤務した縁で税務に関わる仕事を多く取り扱っており、その中で企業経営者の方と企業に関する課税の問題や事業承継の問題等についてやり取りする機会が多いが、総じて企業や企業オーナーの税金への関心は高い。

 企業の決算書等をご覧になったことがある方はご存じかもしれないが、企業の1年間の利益計算を示す「損益計算書」の末尾で示される「当期純利益」は、その事業年度で課税される「法人税等」を控除した企業の手取り金額である。こうした決算書の記載からも窺われるように、企業にとっての税金は、「支出」=コストとしての意識が強いように思われる。企業の建前からしても、企業は利益を出すことを目的とした団体であり、その経営者は株主のために1円でも多くの利益を出すことが求められている。こうした観点から見れば、企業にとっては、漫然と税金を支払うことはできず、許される範囲で負担する税金を減らすことこそが株主との関係での義務であるという見方も可能である。

 また、企業オーナーにとっては、自身が亡くなった場合の相続税が悩みの種である。企業オーナーは、多くの場合、直接又は資産管理会社などと言われる別の会社を通じて企業の株式を多数保有しているが、こうした企業等の株式はすべて相続税の課税対象となる。成功している企業のオーナーは、株式を含めた総資産自体は高額であり、一般には富裕層に分類される場合が多いと思われるが、実際にその懐をのぞいてみると、その大半は換価できない株式であり、自由になるお金が限られているケースも案外少なくない。このような場合に、もし遺族に莫大な相続税が課せられた場合、遺族には全額を納税する資金がなく、企業の運営を続けていくことができなくなる可能性もある。

 こうした事情を踏まえると、企業又は企業オーナー個人の立場から見た税金は、事業を継続していく上でのコストに近い感覚かもしれない。

 コストとしての税金の削減はどの程度許されるか

 では、企業が、税金はコストであるとの感覚で、税金を「削減」することはどの程度許されるのであろうか。

 これは筆者の個人的な意見であるが、この問題の一番の難しさは、企業にとっては、既に述べたとおり、許される限度で税負担を減らすべきであるという株主との関係での命題が与えられている一方で、どこまでが「許される」ものであるのかが明確ではない場合が少なくないことである。特に企業においては、当初の納税申告後の税務調査により、追徴課税を受けた場合には、加算税という追加負担が発生してしまうほか、その内容如何によっては、税金を免れようとした企業であるとの風評が立ってしまう可能性があるが、基準がはっきりしない中でどこまで無理をするのか、非常に難しいポジションに立たされることになる。

 この議論に関連して、しばしば登場するのが「租税回避」という言葉である。この「租税回避」というのは、端的に言えば租税条約や税法の不備又はグレーゾーンを活用する行為、もう少し学術的に説明すると、税法等の定めには外形的には反しておらず、違法ではないが、税法の予定されていないような対応をもって税金を軽くしようとする行為である。

 記憶に新しいところでは、10年ほど前から、名だたるグローバル企業が本国で税金を納めず、利益を税率の低い国に移転していたことが大きな問題となっていたが、こうしたグローバル企業の対応もその大半は上記「租税回避」の範疇に含まれるものである。世界的には勿論、日本においても、「租税回避」は許すべきではないというのが基本的価値観ではある一方、株主との関係では税負担を可能な限り軽減していくことが求められ、こうした2つの価値判断の板挟みになってしまうジレンマがある。

 そして、もう一つ、近年においては、企業、その中でも特に上場企業においては、企業の社会的責任(CSR)が強く意識されるなど、他のステークホルダーとの関係にも配慮する必要が生じていることも、この問題を複雑にしているように思われる。この企業の社会的責任の議論の根本には、企業は自らの利益のみを追求する(つまり株主のみをみる)のではなく、周囲の関係者との関係も考慮すべきだという価値観がある。この価値観を徹底すると、企業は、国家のためにも「節税」の最大化に目を向けるべきではないという理屈につながってくる。

 税務当局側の動向

 一方、税務当局側においては、近年、企業による納税の問題をコーポレートガバナンス(企業統治)・コンプライアンス(法令順守)の問題として整理していく流れが鮮明になっている。この流れは、近年、企業がグローバル化する中で税務当局が企業取引に関するすべての情報を把握するのが難しくなっている事情がある中で、法令の定めを根拠として、各企業には、トップ主導の下、必要な情報を開示しつつ、支払うべき税金を自主的に申告して納めることを求める一方、上で述べた「許されるか」どうかの判断基準が明確ではないという問題については、税務当局が事前相談等に積極的に応じることで対応していこうという考え方によるものであると理解される。

 ただ、税務当局はあくまで税金の支払いを求める立場であるので、許される限度で税負担を減らすべきであるという企業における株主との関係での命題にどこまで応えられるかという問題はやはり残ってしまう状況である。

 最後に

 以上のとおり、税金を巡る今日の企業や企業オーナーの立ち位置は非常に難しいものであることがお分かりいただけたかと思う。特に、企業においては、税務がコーポレートガバナンス・コンプライアンスの文脈で捉えられるようになったことにより、以前に増して、法律の専門家である弁護士目線でのサポートが必要になりつつあるようにも感じられる。

 筆者も、税務に携わる企業法務弁護士として、企業や企業オーナーが直面する税務に絡む様々な問題をサポートしていければと考えている。

下尾 裕(しもお・ゆたか)

 2004年、京都大学法学部卒業。2006年、最高裁判所司法研修所修了、大阪弁護士会登録。2006~2020年、御堂筋法律事務所勤務。2012~2014年、東京国税局(調査第一部調査審理課 国際調査審理官)勤務。2016~2019年、大阪市行政不服審査会委員(税務第一部会)。2020年3月、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。同年7月、近畿税理士会登録。
 主な論文・書籍に『特集:続 税務調査之心得50「入念な分析+想像力で情報格差に対抗せよ」』(中央経済社、2020年)、『Tax Controversy 2021 (Japan Chapter)』(共著、Law Business Research Ltd、2020年)、『The Legal 500 Country Comparative Guide- Japan:Tax』(共著、Legalease Ltd.、2020年)などがある。

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