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深掘り

証券取引等監視委・佐渡委員長インタビュー

検察の不調の原因は? 検察は法執行機関の要として構造的、組織的な犯罪摘発のコーディネーターになるべき

 

村山 治(むらやま・おさむ)

 ■「元凶は裁判員制度」?

 「いま、捜査を含め、検察で起きている様々な不具合の原因は、裁判員制度にあると思っている。僕の計算で行くと、裁判員裁判には従来の公判担当検事の3倍の人員が必要だ。公務員制度改革で検事が増員される状況ではない。そういう中で、負担の大きい制度を抱え込んでしまった」

 「裁判員裁判をスムーズに立ち上げるために優秀な検事を優先的に配置した。連日開廷でしょ。検事2~3人の立会い以外に、翌日のための準備で、さらに後ろに2~3人並ぶ。しかも争いのない事件でそれ。これから否認事件など難しい事件が公判にかかってくると、もっと人がいる。3日なんかでは終わらない。どう考えても、これからも捜査に振り向けられる人員は少なくなる。検察が裁判員裁判中心の体制でこのまま行けば、捜査検事は育たない」

 ――かつては、東大、京大出の幹部候補生以外は、地方の検察庁でいい仕事をすると、まず特捜部に引き上げられ、そこが出世の登竜門になった。やる気のある検事の多くは「特捜志望」だった。それが特捜検察の活力の源でした。いま特捜検察は3K職場視され、裁判員裁判を担当する特別公判部が人気だと聞きます。

 「(裁判員裁判によって)大きなシステム上の変化が起きている。検察の捜査は、裁判員に理解してもらうための資料づくりになった。公判中心主義になっているんだ。捜査は基本的に警察にゆだね、検察の仕事は、警察の捜査を公判向けに加工するような仕事になる。特捜検察を中心とする検察の独自捜査権の行使は、それとは逆のベクトルだった。そういうような大きな方向転換を、国民が容認するかどうかの問題なんだ」

 ――しかし、裁判員裁判は施行され、もう後戻りはできない。結局、そちらの方向に動かざるを得ないのではないですか。

 「刑事司法の中心を裁判員裁判の方に移すと決めれば、検察の役割は変わってしまうんだということを考えないとね。特捜検察を含め、戦後営々と受け継いできたた伝統の共有があるうちはいいが、これが失われた時に、検察がなくしたものの大きさがはっきりする。5年もすると、検事の意識も様変わりしているのでは、と危惧している」

 ――検察首脳らにそういう危機感はあるんですか。

 「そうは思ってないでしょ。検察が国民から信頼を勝ち得ていたところ、例えば、特捜検察や刑事、公安検察が活躍していたころの仕事の品質を、裁判員制度になっても維持できると思っている。検事の増員が無尽蔵にできるのなら、それも可能だろうが、とても期待できる話ではない。そこでこれまでの何が失われるのか、そろそろ検証する必要があると思う」

 ――検察の捜査力の劣化は、刑事司法システム全体の品質維持にとっていい話ではありません。市場監視にとっても、ラストリゾートの検察の捜査が弱体では制裁効果が上がりません。特捜検察の真相解明力に対する国民の期待は根強い。それを放棄はできないでしょう。かといって、裁判員裁判をいまさら全部ひっくり返すのは困難です。

 「いまさら廃止はできない。だから、ありうべき方法は、裁判員裁判の対象事件数をどうやって減らすか、だ。制度見直しのときに、対象事件を大幅に絞り込む。さらに、被告人に、裁判員裁判か裁判官裁判かを選択する権利を与えれば、だいぶ減るのではないか。そうすると、人員配置に余裕が出て、捜査経験を積んだ優秀な検事を多数、特捜部などに配置できる」

 ――日本がモデルにした米国の陪審裁判ですが、陪審で扱うのは、事件全体のたった1割といわれています。9割は、裁判官の前で弁護人と検察官が交渉し、被告が罪を認める代わりに量刑を軽くしたり、他の罪の起訴を取り下げたりする「司法取引」で解決しているようです。陪審員になる市民の負担も被告や国の負担も少ない。だから、米国の刑事司法システムはコストの面で回っている、というのが実態でしょう。

 「そうなんだ。ところが、日本の裁判員裁判では、争いもない事件から極端に難しい事件まで全部やっている。国民の負担も大きいし、いろいろな意味でコストがかかりすぎているように思う」

 ――そういう話は、そもそも、裁判員制度の制度設計の議論の過程で予測できたのではないですか。佐渡さんは現職時代に検察首脳や法務省幹部にそういう意見を具申したのですか。

 「『公判に人がかかるよ』といった。そうしたら、『裁判員対応で人が増えていくから大丈夫だ』という説明だった。本当にそうなるのかな、と思っていた」

 ――それは甘かった。(笑い)公務員削減の大きな政策トレンドがある。検察だけ増員ということはあり得ない情勢です。

 「検察という役所は、個々の事件をどうやって工夫したら、ものにできるか、と考えるのが習い性になっている。全体として、どの部門に人がどのくらい必要か、という発想がない。仮に頭に浮かんでも後回しになる。とりあえず、裁判員制度の導入について細かな手続きに集中してしまう。そして導入されると、日々の対応に必死で、全体像がどんどん見えなくなる」

 ――裁判員制度は、時間とコストをかけて設計した、と思っていたが、現場がそんな感じだったとは。そういう中途半端な姿勢で司法制度をいじってしまって大丈夫なのか、と心配になります。

 「警察なんか、黙ってても、検事が捜査から手を引いていく構造だなと見ているでしょ。きっと」

 ――警察は、第一次捜査権をめぐる検察との綱引きの歴史があります。半分ぐらいうれしいのでしょうかね。

 「どうかな。これからの検察は、警察に肩入れして捜査でアドバイスする、一緒になって被疑者を取り調べるような検察ではなくなるのではないか、との覚悟はしているでしょう。警察にとって、捜査の環境がそのような意味でも難しくなるという懸念はあるでしょう」

 ――裁判員裁判は、国民に裁判に参加してもらうことで身近の治安意識を高め、全体の治安コストを引き下げるという狙いもあったと思います。従来の裁判システムと比較してそういう効果は出ていますか。

 「結局、裁判員を入れたからといって極端に無罪が出たり、量刑がとんでもなく飛び跳ねることはない。想定内の範囲です。裁判員裁判による制裁が治安維持に果たす効果は従来と変わらない。国全体として見ると、国民が参加することによる制度と運用変更のコストが高くなっただけだ。その観点から制度を見直すことも必要ではないか。特捜部や刑事部がやるべき事件をできなくなったマイナスの面が大きいのではないか」

 ■検察審査会と検察捜査

 ――さて、検察審査会の問題です。明石歩道橋事故、JR西日本福知山線事故で相次いで検察審査会の強制起訴が発動されました。小沢事件でも1回目の起訴議決があった。検審の強制起訴は、裁判員裁判と同じ「司法への国民参加」の思想で導入されました。しかし、いざ導入してみたらその破壊力はすさまじい。JR事故では、歴代3社長が刑事被告人になりましたが、従来の検察の訴追の判断基準ではあり得なかったことです。小沢事件でも1回目の起訴相当が出ただけで政界に激震が走った。インパクトは裁判員裁判の比ではない。制度改革にかかわった多くの人たちにとっても、想定外だったのではないでしょうか

 「JR西日本の事故では、検審の前に、神戸地検が、事故の8年前に安全担当部長だった山崎正夫社長(当時)を業務上過失致死傷罪で起訴した。歴代社長はその共犯に問われた。8年間、列車は毎日走り続けていて事故は起きなかった。その間、危険を認識しながら放置していたといえるのだろうか。事故の直接の原因は運転手の重大な過失であることが明白だから、検察としても公訴の維持は相当の困難が予想されるね」

 ――あの事件は、2008年暮れまで最高検では間違いなく消極意見が有力でした。現場の神戸地検を管轄する大阪高検が「あれだけの大事故なのに誰も刑事責任を問わないのは理不尽だ」と訴追に積極的で、最高検を説得して強制捜査に踏み切り山崎氏を訴追した。検察部内では非公式ではあるが、いまだに「あれは無理な起訴だったのではないか」との声がある。検審の強制起訴の前提になった山崎事件でさえそういう状況ですから、検審起訴事件の方も、検事役の弁護士さんは公判維持に苦労するのではないでしょうか。

 「裁判員制度も検察審査会の強制起訴も、部分、部分でその改革の方向は間違っていない。しかし、刑事司法全体で見ると、おかしな方向に向かっている。従来の刑事司法の根幹部分を壊しているように思う。そのつけは大きいよ」

 「検察が不起訴にする。その処分に国民の不満がたまる。不満は検察審査会に向かう。検審が起訴議決し、指定弁護士が公判維持する。そういうケースが増えてくると検察審査会は検察にとって代わってどんどん大きな存在になるかもしれない。それだからといって、検察が起訴・不起訴の判断基準を変えるわけにはいかないだろう」

 「ただ、起訴猶予の運用は、これまでに比べ確実に硬直化するだろうね。公訴権の運用が二分されるような事態だ。いずれにしても、強制起訴された事件にどのような判決が出るのか、見ものだ。その時、方向が決まる」

 ――小沢事件は、検審の審査員11人全員が起訴に票を投じたと一部で報道されました。事実なら、検察に対し「政治的判断で不起訴にした」との疑いを突きつけた形です。反対に、村木事件は、起訴してはいけないものを起訴した疑いが指摘されている。検察に対する国民の不信が高まると、不起訴に対する審査だけでなく、いっそ起訴判断そのものに、国民に参加してもらった方がいいのではないか、という話になりかねない。米国の大陪審のようなシステムですね。しかし、大陪審のルーツの英国では、大陪審ではうまくないというので1940年代に廃止され、米国でも採用する州が減っているらしい。歴史的にみると成功した制度とはいえないという意見もあります。

 「どういうものになるかは別にして、検察はどんどん公判専従的になっていく。ただ、政治腐敗や経済秩序にかかわるような大事件は常に起きるから、特捜検察的な機能を備えた捜査機関は必要だ。特別な目的の捜査機関をつくろうということになるのではないか。そういう形で特捜がやってきたものを補完することになる。検事出身者としては、そうなる前に捜査部門の人材拡充を図り、国民の期待に応える特捜検察を維持し、さらに飛躍してもらいたい」

 ――特別目的の捜査機関というと、政官界やマフィアの組織的な不正を摘発する米・FBIのタスクフォース・チームのようなイメージですか。

 「スキームの作り方はいろいろあるだろう。いずれにしろ、検察がいまのような構造にはまり込むと、これまでやってきた特捜機能は果たせないことは間違いないのではないか」

 ■検事の役割と再構築に向けて

 ――いずれ特捜検察の存否をめぐる大議論が起きる可能性がありますね。日本人は「遠山の金さん」的浪花節、すなわち検察権と裁判権を握った「お上」が真相を解明し悪人を懲らしめる物語が好きですから、それとイメージの重なる特捜検察を簡単に捨てて別のもので代行する道を選ぶとはは思えませんが……。それはさておき、喫緊の課題は、いま不調の特捜検察をどうするか、です。ラストリゾートの検察がしっかりしないと、市場にしめしがつかない。いろんな困難はあるが、とりあえず、いまの検察を建て直す必要がありますね。

 「特捜検察が仕事をするための基盤というか、検事がものを見る『足場』が細っているのではないか。ものごとを的確に判断する情報能力(インテリジェンス)が足りないということだ。もっと、情報を豊富にして、問題点を早く正確に見抜く能力を磨き、目の前にある事件の軽重を見極めることが必要ではないか」

 「捜査情報の端緒を、同じ国の機関である、国税当局やうちから得るという発想に立つべきだ。国税当局や監視委はそれぞれの組織の目的に応じ、経済社会の最前線で起きていることを扱う。ワルとの知恵比べを通じて、経済社会の歪みの本質が見えている。巨悪はそういうところに潜んでいる。こちらから見ると、検事が独自捜査で扱う事件が、本当にちっちゃく見える」

 ――国民が特捜検察に求めているのは、国や経済社会の根幹にかかわるような権力犯罪の摘発です。国税当局や監視委の持つ情報は、検察にとって宝の山でしょうね。しかし、行政目的で得た情報は捜査目的には使えない。監視委や国税当局が、そういう情報を刑事告発できるところまで、どうやって煮詰めていくかも大きな課題ですね。

 「検察は公訴権を適切に行使する。それが役割だ。ただ、僕にいわせると、公訴権の適切行使というのは、独自捜査を適切に行うことだけではなくて、警察の捜査や、調査機関の刑事告発で寄せられる情報を糾合、調整し、より本質的で深い問題を掘り起こすことも含まれる」

 「例えば、我々監視機関が、与えられた権限で解明できるのは、流通市場、発行市場を舞台にした事件に限られる。そこでつかむ情報は、ワルたちがやっている不正な活動の一部であることは間違いないが、それはやはり一部でしかない。同じワルたちを、警察は別の切り口の犯罪、例えば恐喝や出資法違反の形で追いかけているとする。国税当局も同様に税法違反で追いかけているとする。それぞれの機関は、基本的に横の連携はとらず、大きく見ると、ワルがやっていることのパーツに過ぎないんだが、それぞれが『完成品』として検察に事件を持ち込んでくる。いまの検察は、概ね、縦割り的にその事件を受けて処理することが多い」

 「検察は、それぞれの機関が寄せる情報をすべて知りうる立場だ。その気になって、それぞれの情報を集約すればワルたちの不正の全体像が見える。まったく違う事件の構図が浮かぶこともある。そこで、司令塔として各機関に適切なアドバイスを送る。警察には、こういう切り口でここを掘れ、国税にはこの企業のこのカネを追ってくれ、などとね。そうすると、さらにより深いところが見え、証拠も集まってくる。見えているワルの背後にいる黒幕まで摘発できる可能性が高まる。各機関もより国民のニーズに応える仕事ができる。そういう検察になってほしい」

 ――それぞれが巨象の断片を追っている。コーディネート役がいれば、もっと全体像が見え、トータルで正しい制裁活動ができるというわけですね。それはいまの刑事司法制度だと、公訴権を持つところが、やるしかない。やはり、それは検察ということになります。

 「検事の仕事は、それぞれの専門機関の情報を集め、その情報から世の中を見ていくのが基本。もっとそういう情報を生かせば、ものごとを幅広く考えられる検事になる。そういう観点で捜査していると、特捜検察の独自捜査事件でも、一本の線で突っ走っるような事件の立て方はしなくなる。逆に、検察が、自分の捜査のため、寄せられた情報の隙間を探そうという雰囲気になると、他の機関も協力しなくなる」

 「従来の検察は、国税当局が告発してくる脱税事件からいろいろな情報を得ていた。いまは、うちなんかも少し、偽計事案みたいな幅広の事件を摘発するから、周辺にある情報量がすごい。そういう、ちゃんとした機関に足場を置いて、きちっとした情報の分析から内偵捜査をやっていくべきなんだ。なんか大海から釣り上げるような話に次々に手をつけるようなことはすべきではないと思う」

 

 佐渡 賢一(さど・けんいち)
 1946(昭和21)年9月生まれ。63歳。北海道旭川市出身。早稲田大法学部在学中の68年に司法試験に合格。69年4月、司法修習生。71年、検事任官。大阪地検を振り出しに、函館地検、横浜地検、仙台法務局(訟務検事)、東京地検八王子支部を経て82年3月に最初の東京地検特捜部入り。宇都宮地検を経て87年3月に東京地検刑事部。88年3月から再び特捜部。91年4月、特捜部副部長。94年4月、東京高検検事。95年4月、同特別公判部長。97年4月、東京地検刑事部長。98年6月、最高検検事。99年7月、秋田地検検事正。2000年6月、最高検検事。01年4月、東京地検次席検事。02年10月、京都地検検事正。04年1月、大阪地検検事正。05年4月、札幌高検検事長。06年5月、福岡高検検事長。07年7月に退任し、証券取引等監視委員会委員長に就任。今に至る。

村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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