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深掘り

内部告発裁判例

(2) 労働基準監督署に申告、さかのぼって残業代を支払い

奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 ■社長に直訴

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 2001年7月29日、日曜日に、大石は社長の自宅を訪ねた。

 このまま事態を放置するのは会社にとっても社長にとってもよくないと大石は考えたのだ。

 大石は社長を前に、専務を土地購入の担当から外すよう直訴した。

 大石は、上役である専務について「土地の購入価格の不合理な引き下げを現場の社員に命じ、土地買収交渉が破談となって、現場の努力が台無しになってしまうことが少なくない」と感じていた。大石は社長に「私が辞めるようになったら、専務のくびをきってほしい」と迫った。

 大石によれば、サービス残業の問題についても是正を求めたという。

 しかし、社長の対応は煮え切らないものだった、というふうに大石の目には映った。大石は「社長と話しても、らちがあかない」と考えざるをえなかった。

 大石はここで「職を賭しても」と腹をくくったようだ。

 ■告発

新宿労働基準監督署に提出された書面拡大新宿労働基準監督署に提出された書面の冒頭部分
 2001年9月10日、大石は「労働条件の調査申告について」と題する書面を新宿労働基準監督署に提出した。会社の商号と「建設部調査役」という肩書き、大石の氏名、連絡先の携帯電話番号が明記されていた。

 「前略 私の勤務する会社は昨年株式上場いたしました。その際、多くの社員は、上場の機会に労働条件が改善されるものと期待しておりました。ところが……」

 書面には「いじめ嫌がらせが多い」「出勤を一時間早く、帰りは一時間遅くして時間外手当も支給しない」「なるべく休暇を利用させない雰囲気づくり」「有給休暇を利用するとボーナスに影響すると明言する」などと職場の問題点が列挙されていた。

 同じ日、会社の外部監査人を務める監査法人の事務所を大石は訪れた。担当の公認会計士に、労基署あてのものよりさらに激烈な内容の文書を渡した。「平成のタコ部屋」と、会社を名指しするタイトルがつけられていた。

平成のタコ部屋拡大大石が公認会計士に渡した文書の一部

 「上場会社にもかかわらず社員に対して虫けらのごとく扱い、労働就業に関する条件改善もせず、旧時代の個人企業の延長である。差別待遇・嫌がらせ・サービス残業の実施で社員を弱体化して 不平不満を言えない体制にして運営をする愚劣な経営者である。奴隷的扱いをして労働条件にいろいろ悪条件の加重を加え体罰の実施まで行われている状態でまさに平成時代のタコ部屋会社と言って過言ではないでしょう。まさに社会問題である。

 ■常務との面談

 11月14日、大石は会社の総務・経理担当の常務と1時間にわたり面談した。

 監査法人の公認会計士からその常務に「監査法人としては守秘義務もあるのでいちいち応答できない。私が中に入るので、会社のほうで対応してほしい」と依頼があり、面談が設定されたのだ。

 会社は当時、株式を東京証券取引所の第2部に上場するための準備を進めていた。9月26日に正式に東証に申請し、10月から東証の審査が始まっていた。会社のメーンバンクの信託銀行の出身のその常務は上場に向けた準備を中心になって取り仕切っていた。

 常務は大石の行動について「社長への逆恨み」と考えていた。「平成のタコ部屋」という言葉を使うこと自体、誹謗中傷だと常務は感じていた。常務が社内で聞いた話では、大石は日曜日に社長宅を訪ね、上役である専務について「専務を切るか私を切るかのどちらかにしてくれ」と迫ったが、社長に拒否された、ということになっていた。常務は大石の心境について「それまで自分を庇護してくれ好意に感じていた社長に対する思いが一気に憎悪に変わった」と推測し、「誹謗中傷で会社を陥れるのを目的にしている」と考えていた。

 とはいえ、一方で、常務には、上場が承認されるかどうかの山場を迎えようとしている時期に、世論や市場参加者の間での会社の評判を落としたくない、という切実な思いがあった。「穏便に解決したい」「最低でも上場の承認を得るまで先送りさせたい」という一心で、面談では、1社員に過ぎない大石にへりくだって接し、「時間外手当も法的に正しいのであれば、すべて払いましょう」と申し出た。

 事実、会社は当時、労基署の指導もあって、サービス残業など労働基準法違反の一掃に取り組んでいた。10月の全国部店長会議では、適正な労働時間の管理とそれに基づく割増賃金の支払いを徹底するよう社内に指示していた。

 のちの法廷での常務の主張によれば、面談で、大石は、時間外賃金の不払いについて「社会問題として週刊誌に出す段取りをしている」「どうせ辞めるんだったら、叩くだけ叩いてやる」と述べた、という。常務は「マスコミがどうだとかさ、そんなことを言う。寂しいじゃない」と言い、「そのような強行策に出るとお互いに不幸になる」として自制を促したが、大石はこれを聞き入れなかった、という。

 常務は大石の態度について「こちらが下手に出れば出るほど横柄になった」と感じ、面談は失敗に終わったと考えざるをえなかった。

 ■残業代の支払い

 12月6日、大石は監査法人の公認会計士に対し、「公開質問について(お願い)」と題する文書を内容証明郵便で送った。

 「株式公開に関することについて公開質問を致します。株式を公開する会社は、当然のこととして法令など社会通念上のルールを遵守する必要があります。長年のあいだ労働基準法違反があり 労働基準監督署が調査中です。労働基準法違反があっても株式上場ができるでしょうか質問致します」

 このころ、会社の「悪徳商法」を指摘する文書が、監査法人や日本証券業協会、上場主幹事の証券会社にあてて何者かにより送りつけられた。インターネット上の電子掲示板「2ちゃんねる」に書き込まれた会社への批判や中傷の部分を印刷したものだった。

 会社はこれらについて大石の仕業によるものだと思い込んだようだ。会社は12月中旬、大石を解雇する方針を決めた。「懲戒解雇すべき」という意見もあったが、上場の審査が続く微妙な時期だったこともあって、「穏便に

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奥山 俊宏(おくやま・としひろ)

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部などを経て特別報道部。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡は okuyama-t@protonmail.com、または、okuyamatoshihiro@gmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

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