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深掘り

背景解説

《石川達紘弁護士》 若手検事の告発が救い 検事総長以下幹部は辞職を 検事は職人精神に戻れ

村山 治(むらやま・おさむ)

 大阪地検特捜部が郵便不正事件で押収した証拠品のフロッピーディスク(FD)のデータを改ざんしたとされる事件で、最高検は、主任検事の前田恒彦容疑者を証拠隠滅容疑で逮捕したのに続き、郵便不正事件の捜査を指揮した大坪弘道・同部前部長と、佐賀元明・同部前副部長を犯人隠避容疑で逮捕した。政官業界の不正にメスを入れ、国民の支持を得てきた特捜検察の幹部の逮捕は前代未聞。戦後最大の不祥事といっていい。なぜ、こんなことが起きたのか。特捜検察の幹部としてゼネコン事件や大蔵接待汚職など大型事件を摘発した元東京地検特捜部長の石川達紘・弁護士に話を聞いた。

  ▽筆者:村山治

  ▽この記事は2010年10月2日の朝日新聞朝刊オピニオン面に掲載された原稿に大幅に加筆したものです。

  ▽関連資料: 前大阪地検特捜部長ら逮捕の被疑事実要旨

  ▽関連資料: 最高検次長検事コメント全文

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 ■「10年は立ち直れない」ダメージ、若手検事が自浄作用

石川 達紘 (いしかわ・たつひろ) 拡大石川 達紘 (いしかわ・たつひろ)
 光和総合法律事務所弁護士。山口県出身。1962年、中央大学法学部卒業。司法試験に合格し、65年に検事任官。東京地検特捜部副部長、法務省刑事局刑事課長、同大臣官房会計課長、東京地検特捜部長、同次席検事、同検事正などを経て、99年福岡高検検事長、2000年名古屋高検検事長、01年退官し、北海道銀行社外監査役。特種東海製紙株式会社社外取締役。東鉄工業社外監査役。セイコーエプソン社外監査役。林兼産業株式会社社外取締役。
 ――大阪地検の前特捜部長と副部長が最高検に逮捕されました。

「主任検事が物証を改ざんしたことでさえ、驚きなのに、それを知った特捜幹部がそれを隠蔽する、というのは、想像を絶する行為だ。事実関係を徹底的に解明し、二度と起こさないようにしなければならない。もうこんなことは起きないと思うけれどもね。再発防止について万全を期さなければいけない」

 ――前部長と同副部長と主任検事の供述は食い違い、前部長らは容疑を否認しているようです。最高検が逮捕に踏み切ったことについてはどうですか。

「検察は、犯罪の疑いがあると認めたときは、法と証拠によって公正に処理する。身内の検事だからといって扱いを変えることはできない。最高検は、主任検事の供述に信用性が高いと判断しているのだろう。それと前部長らの供述が食い違えば、身柄を拘束して真実を解明し、シロクロをつけるのは通常の手順だ」

 ――石川さんも東京地検で特捜部長を経験された。特捜部は検察の金看板、部長は、検察の顔の一人でもあります。その顔が、逮捕ということをどう考えますか。

「特捜部長という立場で、犯人隠避という罪を犯していた、とすれば極めて責任が重いと思う。特捜部全体、あるいは検察全体への国民の信頼を損なうことになる。これで、検察は、今後10年は立ち直れないだろう。ラインにいた検察幹部は全員辞職し、検事総長も交代して検察全体として国民に謝罪するとともに体制を一新すべきだ」

 ――今回の主任検事の証拠改ざん事件と特捜部長らの隠蔽事件が表面化したのは、大阪地検の若手検事の内部告発が発端だとされています。

「それが、救いだ。組織全体が腐っていたわけではなかった。若い正義感が自浄作用を果たしたわけで、まだ検察には希望がある」

 ■検察の内部チェックシステム

 ――今回の不祥事は、捜査段階で外部のチェックがほとんど入らない検察特有のシステムに問題があるのではないか、との指摘があります。まず、特捜検察の捜査の構造を説明いただけませんか。

「警察その他の捜査機関が摘発した事件は、検察が容疑の中身や捜査プロセスに問題がないかを、検察がチェックし、起訴するかどうか決める。しかし、特捜部は、他の捜査機関が手を出せない、政治家らがからむような難しい事件を、自ら捜査し、自ら起訴、不起訴の判断をする。特捜部長は、自ら、捜査を指揮し、突き止めた事実と捜査プロセスをチェックし、起訴すべきかどうか決めなければならない。捜査と訴追判断のすべてに責任がある」

「現実の捜査は、強制捜査着手の時に、逮捕令状や捜索令状の請求で裁判官のチェックを受ける。それ以前にも、必要に応じ、検察内部でチェックを受ける。特に、重要事件の場合は、強制捜査の着手段階と起訴する段階で、地検の次席、検事正の決裁を受け、さらに上級庁の高検の次席、検事正、最高検の担当検事、部長、次長検事、検事総長の順で決裁を受ける。起訴、不起訴の判断の場合、検察全体でみれば、外部チェックは受けないが、その決裁で、特捜部以外の検察官が、捜査内容と捜査プロセスを厳重にチェックすることになっている」

 ――今回のような不祥事がわかったときの扱いはどうなるのでしょう。

「それはもう、東京の場合、即、東京高検と最高検に報告する。そして、調査を上級庁である東京高検に委ねる。地検内部の調査では公正を欠くとの疑念が生ずるので上級庁にそれを委ねるシステムになっている。従ってシステムとしてはチェックが十分働くようになっている」

 ――特捜部長時代、もし、部下が実は同僚検事が証拠改ざんをしている疑いがあります、と言ってきたらどうしましたか。

「まず事実関係を把握して、ただちに次席、検事正に報告を挙げ、高検、最高検に報告する。ゼネコン事件での検事の暴力事件の時、僕は東京地検の次席検事だったが、特捜部の報告を聞いて、すぐ上級庁に報告し、高検が捜査した。だいたい自分の検察庁や部で問題が起きたら、即上級庁に話して、そこの調査・捜査に委ねるのが基本だ。それが、もう原則だよ。内部での処理は絶対にやらない。どんなに誠実に処理したとしても、もみ消した印象を与えて公正を疑われる」

「しかし、今度の事件のように、特捜部長が正しく報告しなかったとしたら、チェックのしようがない。だから報告するかの判断が重要だ。つまらないことまで報告する必要はないけど、ことの重要性の判断、上層部に報告し、協議するべきか否かを判断することが特捜部長としては大事なところだ。部内でとどめておいていいのか、そうでないか。そうでない場合のほうが特捜部では多いということなんだけどね」

 ■前特捜部長はなぜ上司にFD書き換えの報告をしなかったか

 ――なぜ、大坪前特捜部長は報告しなかったと思いますか。

「善意で解釈すれば、改ざんされたFDは、公判にも出さないし、公判に影響をもたらす証拠でない、という判断があった。また、部下をかばう気持ちがあったと思う。部下にたいする思いやりが、公正さが命の検察事務より優先したということだろう」

「だけど、別の部下から報告があって、問題ですよ、と指摘されているくらいだから、当然、そう簡単に済ますことができる話ではない。証拠を改ざんするというのはあり得ない話だ。その異常に気付かなかったというのだとすれば、特捜部長として求められる判断力が欠落しているといわざるを得ない」

「仮に、報告が『過失での改ざん』で、法律的に言い訳が可能だと思ったとしても、あとで裁判所や弁護人の疑惑を招かないため徹底して調査・捜査するのが普通の検事の感覚だ」

 ――主任検事が、自らの筋立てに合わせて証拠を改ざんし、それを特捜部長が隠す。これは検察のシステムに問題があるのではありませんか。

「システムというより運用=人の問題だと思う。要は、中堅以上の検察幹部が恐ろしく劣化していたということだ。特捜部長は、報告を受けたらただちに上級庁に報告し、上級庁がきちんと調査・捜査をし、それをもとに厳正な処分や公判対応をすれば、こんな問題にはならなかった。それが検察システムのルールだ」

 ――そうなると、検察組織の中でそういう人間がなぜ生まれたのか。なぜ、かばったのか。その組織論、検察の体質論になります。

「サラリーマンの世界ではどこでもそうだと思うけど、自分の責任を考えると内々でとどめたい、善意で考えれば、上司が責任をとるようなことをさせてはいけない。そういう二つの要素があると思う。組織にいる者の悲しい宿命というか。どこの世界でも一緒だよ。上に迷惑かけちゃいけないと。自分の責任で、ここで、とどめておけばいいや、と」

 ■背景にある関西検察人事の弊害

 ――繰り返しになりますが、なぜ、こういう事件が起きたと思いますか。

「検察特有の『関西人事』の弊害が背景にあるのではないか。それが特捜部長の主任検事に対する歪んだ温情の土壌になった可能性は否定できない」

 ――検事が、大阪高検、同地検を中心に近畿圏だけで異動し昇進していく人事のことですね。

「郵便不正事件を指揮した幹部の顔ぶれを見ると、特捜部長はもとより、大阪地検の次席検事、大阪高検の次席、検事長らラインのほとんどを関西系で占めている。幹部に東京系が半分くらい入っていれば、こんなことにならなかったのではないかと思う」

 ――しかし、人事でいうと、そもそも東京の検察は、東京系の人しか幹部になっていない。その話には、東京は正しくて、大阪はそうでもない、という前提があるように思いますが。

「正しい、正しくないではない。大阪は、伝統的に仲間意識が強い。仲間意識が強いと、その中で問題が起きると、内々でとどめたいという雰囲気がないとは限らない、ということ。あるとまでは言わないが。文化の違う東京系を入れて風通しを良くしておけば、事態は違ったのではないか、ということだ。東京の感覚だと、証拠改ざんの話が出れば、すぐしかるべき幹部に報告し、適切な措置をしたはずだ。これを機に、検事の人事は徹底的に全国規模での異動に転換すべきだろう」

 ■権力犯罪を生んだ灰色の土壌

 ――大阪特有の問題は確かにあるのでしょうが、いずれも東京、大阪の特捜部で勤務し、検事としても長いキャリアを持ち、検察では実力派と認められている人たちです。突然変異で急に彼らがおかしくなったとは考えられません。彼らと彼らの犯罪を生む土壌が、検察にあったとしかいいようがない。

「それはわからない。けど、僕らのころは、徹底的に内偵して証拠物を徹底的に調べて、それで大丈夫かどうか判断した。最近は短絡的に結論を求める傾向があるように感じる。結論ありき、になってね。地味な、地道な捜査がやや欠けている印象を受ける。それと経験の豊富なびしっとした指導力がある幹部が少ないように思う」

 ――主任クラスに人が育っていないということですか。

「改ざんした主任検事には『割り屋』だっていうんだろ。『割り屋』っていうのは主任検事に向いてないよ。どちらかいうとエキセントリックで、逆にいえば調べられる側がそういう人だから、気に入ってしゃべることがあるわけ。主任検事は冷静に物事を総合して判断して見通しを立てる洞察力が必要だ」

 ■検察首脳の責任

 ――石川さんは以前から「特捜検察の消極ミス(不起訴処理での失敗)は許されるが、積極ミス(起訴の失敗)は許されない」が口癖でした。

「特捜部の摘発する事件は、国民が注目し、影響が大きいからね。無理は禁物だ。容疑があると思っても、証拠の弱い事件は撤退しなければならない。国民からは怒られるかもしれないが、頭を下げれば済む。無理筋の事件を摘発して無罪になった時に検察が受けるダメージは、それどころではない。だから、絶対にやっちゃだめだ、と言ってきた」

 ――今回の不祥事のもとになった村木厚子元厚労省局長の虚偽有印公文書作成・同行使容疑事件は、典型的な検察の「積極ミス」ですよね。中央省庁の局長クラスの事件で無罪が出ると、普通の事件以上に国民の批判を浴びることは分かり切っている。だから、そうならないように、検事長から検事総長まで厳重に捜査をチェックしていたのではないのですか。

「そこが、問題なんだ。今回の事件は、着手、起訴報告を受けた高検、最高検はおろか、検事正、次席も十分、証拠を検討していなかったのではないか。証拠を見ていれば、判断は違ったと思う。やっぱり、報告書と供述が違う場合があるから、調書をチェックしておかないとね。吉永(祐介・元検事総長)さんなら間違いなく、調書をもってこい、と言ってたね。それを見て大丈夫かどうか判断したうえでゴーサインを出したと思う」

 ――それ以前に、次席検事とか特捜部長も証拠をみていないのではないでしょうか。きちんと証拠を見ていれば、FDデータの捜査報告書と供述の矛盾に気づいたはずで、普通なら、再捜査させて事実を究明するところなのにやっていない。

「業者の依頼で厚労省に口利きをしたとされる石井一衆院議員の聴取を、総選挙への影響があるからと見送ったようだ。それも検察首脳の判断だろう。こっそり、事情を聴く手もあった。そうすれば、業者の供述の曖昧さが明らかになり、村木さんへの着手を見送っていたのではないか。石井氏の聴取を見送るなら、選挙が終わって聴取を行い、その結果を検討してから、村木さんの捜査を行えばよかった」

 ――検察幹部の姿勢が以前と違ってきたのでしょうか。

「大阪特捜が中央省庁の局長クラスを捕まえるなんてことはほとんどない。だから大阪にとっては大事件だよ。大阪高検だって厳重に捜査を見なきゃいけない。大阪特捜部が87年に摘発した砂利船汚職のとき、僕は法務省刑事課長だったけど調書取り寄せて見たもんね」

 ■職人検事は絶滅危惧種

 ――東京地検検事正のときには供述調書を見ていました?

「そりゃ見ていたよ。重要なものは」

 ――それで、あのころは、現場がピリピリしていたんですね。

「自分の作成した調書を上層部に見られるとなれば、そうなるよ。できる検事かどうか調書見ればわかるんだよ。我々は、政策官庁ではない。人権を制限する重い仕事だ。単に、口頭報告を受けて判断するのでなく、やはり証拠関係をきちっと見なければね。口頭報告だけでいい検事だと判断できればいいよ。これは絶対嘘を言う奴じゃないという見極めもできないのに、口頭報告を真に受けるとまずい結果になる」

 ――しかし、報告を受ける立場の検事正や次席に、そういうことを見抜く力量があるかどうか。

「幹部になっている検事には、それはできると思うな。僕は、現役時代から小さくていいから、できるだけたくさんの事件を捜査しろといっている。捜査をさせてみないと、信用できる検事かどうか判断がつかない。いくつかやって、こいつなら大丈夫だとわかってからその検事に大きな事件を任せる。ステップを踏んで上がらないとね」

 ――要は、職人を育てる感覚ですね。

「僕らは、吉永さんのイメージの強いけど。吉永さんは検事総長になっても、鞄の中に記録を入れていて、自宅でも読んでたからね。吉永さんは超特異な存在だけど、その半分でもいいから職人気質をもってほしい」

 ――ただ、「吉永時代がよくて、今は悪い」という単純な議論もあって、それは違うと思います。

「それだけの問題じゃない。吉永さんの時代と違って、検事も、捜査対象も、人が変わっている。人が変わっていく時代に対応する指導ができてなかったのかな。人材がいなくなったのかな」

「あえて言うなら上司も部下も全部が職人だと意識しないと。職人の仕事だから、吉永さんは検事正になっても検事総長になっても捜査記録を見ていた。特捜部の検事も上が捜査記録読むと知れば緊張感が走るんだ。上が読まなくて緊張感がなくなると、緩んじゃうんだよ」

 ――人材は育てないと、できないものでしょう。初めから優秀な検事は少ない。人づくりの面では、石川さんにも責任があるのではありませんか。検察の大幹部だったわけだから。

「そういわれれば謝るしかない。ただ我々の時代は、事件を摘発することによって、また、上司の指揮ぶりを見て勉強してきた」

 ――結局、オン・ザ・ジョブ・トレーニング。背中で見せるわけですね。やはり職人教育は、それしかないですかね。

「やっぱり肌で感じないと。たくさん事件をやると事件が怖くなる。事件の怖さを知らない検事が捜査するから困るんだよ。怖さを知ると慎重になるから。捜査すること自体を」

 ――最近の特捜検察は、少なくとも、そういう怖さを感じているふうではありませんね。

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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