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深掘り

背景解説

川崎英明教授に聞く 検察審査会の権限を起訴審査にまで拡大を

村山 治(むらやま・おさむ)

 小沢一郎・民主党元幹事長に対する検察審査会の起訴議決は、国民の間に賛否両論を巻き起こした。折しも、検察は、証拠改ざんなど前代未聞の不祥事で国民の信頼を失い、検察制度と運用の抜本的な見直しを迫られている。そういう中で、検察捜査をチェックする検察審査会は今後、どう運営されるべきなのか。日本の刑事司法に詳しい川崎英明・関西学院大法科大学院教授(刑事訴訟法)に話を聞いた。

  ▽聞き手・筆者:村山治

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 ■検察への疑念、国民のチェックがより必要に

川崎英明(かわさき・ひであき)拡大川崎英明(かわさき・ひであき) 関西学院大学大学院ロースクール教授。専門は刑事訴訟法。法学博士。1951年長崎県生まれ。73年大阪大学法学部卒。島根大学法文学部教授などを経て94年東北大学法学部教授。2001年関西学院大学法学部教授。04年から現職。著書に「現代検察官僚論」「刑事再審と証拠構造論の展開」など。
 ――まず、小沢事件の起訴議決に対する感想を聞かせてください。

「小沢事件には、故金丸信元自民党副総裁の5億円ヤミ献金事件と似たところがある。新潟県知事が正式起訴されたのに元副総裁は略式起訴で、国民はこの『差別』は何だと怒った。それで、検察は元副総裁の脱税事件を摘発した。小沢氏の不起訴を審査する審査員の意識の中に、検察に対するそういう感覚があったのかもしれない。政治家本人が秘書に責任をかぶせて逃げようとしているのに検察がそれにきちんと対処していない、という不信感だ」

「検察は、長い間、捜査力や法律の専門性という点で国民の尊敬を集める存在だとされてきた。しかし、厚労省元局長(村木)事件や足利事件、志布志事件の無罪続出で国民の検察を見る目が変わった。検察は、客観性、公正性などで疑念を抱えた組織だと映っている。これまで以上に国民のチェックが必要になっている、と。小沢起訴議決は、そういう国民の意識を反映しているのではないか」

 ――現職、OBを含め検察官は、概ね、検察審査会の強制起訴判断について批判的です。有罪の確信を持てない事件で被疑者を被告人席に着かせることに強い抵抗があるようです。

「検察が、検察審査会を警戒するのはおかしい。検察は検審で傷つくより、実際にやっている事件の方でずっと傷ついている」

 ――その通りです。それが、相次ぐ無罪判決であり、今回の証拠改ざん、犯人隠避容疑事件でした。

「大事なことは、検察は、国家の代理人ではなく、社会、ないし市民の代理人であるべき、ということ。検察は市民とのコミュニケーションを大事にしなくてはならない。その観点からすると、検察審査員は市民の代表者である。検察審査会の起訴議決や不起訴不当議決は、市民と検察とのコミュニケーションでもある。検審が起訴相当と議決して検察が再捜査する。それでも不起訴にし、検審が再度、起訴相当議決をしたら、国民の意思に従う。それは望ましい姿だ」

 ■検審への証拠開示拡大と捜査過程の可視化を

 ――小沢事件の起訴議決に対しては、検察だけでなく、プロ弁護士や国民の一部にも、検察審査会の強制起訴そのものに抵抗があるようです。

「強制起訴される側からすると、一度、不起訴処分になったのをひっくり返されて起訴されるのは、起訴前の防御活動の成果がだめになってしまうことを意味する。本来、不起訴で終わるはずだったのが起訴されるので、冤罪につながる恐れもある」

「実際、過去には、甲山事件が起きた。あれは拘束力のない時代だったが、検審の議決に後押しされて検察が訴追した。最終的には無罪となったが、無罪に至るまでに被告人が背負わされた負担と労苦を考えると、検審の議決のリスクは大きいといわざるを得ない」

「かといって、強大な検察の検察権行使に対する国民のチェックの制度で、起訴議決に拘束力がないのは、チェックのあり方、国民参加の観点からいって原理的におかしい。原理的に考えるとやはり拘束力は認めるべきだ」

「ただ、条件整備が必要だ」

 ――それは何でしょう。

「ひとつは、冤罪に結びつけないこと。そのために、検察は、検審に対し不起訴判断の根拠にした捜査資料を全部出す必要がある。検審は、捜査・訴追の過程を国民の視点からもう一度見返すのが仕事。そこで検察の下した証拠評価がおかしい、法廷で白黒を問うべきだと判断すれば、起訴だということになる。捜査・訴追の過程が見えるように、検察がもっている全資料の提出がなければならない」

「現行の資料提出は、協力義務で、審査に必要と思われる資料を提出する義務。それだと、検察はすべての資料を出さないでしょう。刑事手続きで言うと、証拠開示に当たる。裁判員制度導入に伴う公判前整理手続きなどで、検察の証拠開示は進んでいる。検審に対しても証拠開示を拡げるべきだ」

 ――検察という捜査のプロが作成した膨大な捜査資料を、普通の市民が理解し、使いこなせるでしょうか。

「検審は、弁護士の審査補助員を選べる。2回目の審査では弁護士の意見を聞くのが義務づけられている。その弁護士から法律的技術的援助を受けながら、資料を分析すれば、膨大な資料でも十分使いこなせると思う」

「ただ、検察が資料を提供しても、取り調べ可視化の裏付けがないと、資料そのもの、例えば検事調書が、強制自白で作られていてもわからない。そうであれば無罪の人を起訴することになってしまう。だから、捜査改革―可視化が必要だ」

 ――確かに、検察側が誘導や押しつけで事実と違う供述調書を作成していれば、開示されても無意味です。

「無辜の不処罰の観点から可視化や証拠開示を実施し、検審が検察をチェックする形で運用すれば、一部の弁護士らが危惧するような、無罪の人がどんどん起訴されるという事態にはならないだろう」

 ■素人判断の危険論は根拠なし

 ――検察審査会の起訴議決について、法律のプロでない感情論による判断は危険だ、との法曹界や政界の批判があります。

「検審・素人の危険論については、あまり根拠はないと思う。審査するのは、犯罪事実があるかないか、だ。それは裁判員裁判ですでにやっている。伝聞法則のような専門的な証拠の取り扱いや評価の仕方についても、専門家がついてアドバイスすれば問題ない。審査員に対する援助の問題でしかない。出てきた証拠を見て、事実があるかどうかを見る。その点ではプロも素人も変わらない」

――起訴基準の問題はどうでしょうか。検察では、法と証拠を検討し、有罪の確信を持った場合だけ起訴する、という「基準」があるのに、検察審査会にはそういうものがない。本来、起訴すべきでない人まで被告人にされてしまう、との危惧をいう人もいます。

「99パーセントを超える有罪率は起訴、不起訴の精密なふるいわけが支えていると検察は自負してきた。その自負の裏には、黒白の決着は捜査結果で決めるのだという発想がある。刑事司法全体のあり方から考えたときに、そういう発想が果たして健全なのか、考え直すことが必要だ。かつて高名な刑法学者は『あっさり起訴でいい』と言った。可視化や証拠開示を実現した公開の法廷で、検察と弁護人の主張を見て、無罪の発見を使命とする裁判所が黒白の判断をするという刑事裁判の姿の方が正しいのではないか」

 ――現行のシステムでは、審査対象事件の被疑者は、審査会で抗弁する権利が与えられていません。

「それは出席権と意見陳述権を認めればいい。被疑者の権利保障は必要だ。それをやっておけば問題ない」

 ■検察の起訴へのチェックも検審で、大陪審方式は不適

 ――もうひとつは、不起訴はさておき、起訴に対するチェックをどうするか、です。

 「どんな制度改革がありうるか、検討すべきだ。現行制度では、検察の起訴そのものに対するチェックは、裁判所の『公訴権の乱用』審査しかない。しかも実際には、最高裁が『乱用』を認めた例はない。検察の起訴に対しては事実上、ノーチェックといっていい」

「検察審査会の権限を起訴審査にまで拡大すれば、まさに検察に対するトータルなチェック制度になりうる。もちろん、検察が裁判所に起訴したものを検審がチェックし、それをまた裁判所に戻す、などということが制度的にあり得るのか、手続的、技術的にも難しい点はあると思うが、検討すべきだ」

 ――いっそ、検察が裁判所に起訴する前に検察審査会がチェックすればいいのではないでしょうか。

「起訴前に審査するのでは英米の大陪審と同じになる。大陪審は、起訴、不起訴両面をチェックする制度だが、運用するうちに、チェック機能を失ってしまい、アメリカでは制度改革が行われているし、英国では廃止された。大陪審がたどっている運命を、日本の刑事司法がたどるわけにはいかない」

 ――審査会のOBに審査体験を聞くと、積極評価が多い。特に若い人は目がきらきらして「いい経験だった」と語ります。起訴、不起訴判断という国家権力の行使にかかわることで、公益意識が形成されるのでしょうか。

「市民にとっては、お上意識が変わる『民主主義の学校』という面もある。国民の司法参加は、裁判員にだけ注目が集まる。裁判員は守秘義務はあるが、公の場での声も聞こえる。ところが、検審の方は、審査員の声がまったく聞こえない。審査員にも公の場で発言する機会を与えるべきだ。検審は会議自体が非公開だから会見もしないという理屈なのだろうが、当の審査員から、検審の何が問題か、やりがいはあったのか、などを聞きたい」

「あまり注目されていないが、検察審査会には検察事務に関する改善勧告権がある。法改正でこの機能も少し強化された。検察事務には捜査、公訴が含まれる。検事が違法な捜査行為、違法な公訴権行使をしたときにこう改善しなさいと勧告できる。しかし、あまり使われていない」

「例えば、可視化の問題も、検審から検討せよと勧告できる。国会議員らで構成する検察官適格審査会がほとんど機能していない現状からすると、検察官の違法行為や非行をチェックする機関としては、一般の国民が参加する検審の方がふさわしい」

 ――起訴議決は、事実上の訴追権の行使です。検審の審査員からも、判決後に裁判員有志が会見しているのと同じように、説明を聞きたいと思います。

 「裁判員の説明責任が判決書で果たされるのと同じで、検審の説明責任は議決書で果たされると考えることができる。弁護士の審査補助員の助けで、議決書をもっと詳しくすることを考えてよい」

「刑訴法学者は、検察官の権限―捜査・訴追権限を統制しようとする思考傾向がある。検審は、むしろ起訴方向で検察官をチェックする制度だから、不当に起訴されない権利の保障と調和をとりながらどう位置づけるのかが、難しいところだ。若い学者の中には、訴追強化の方向の議論を立てる人もいる。それはちょっとまずい。国民参加の制度として活かしながら、刑訴法が考えてきた、無罪の人を処罰しない、という要請とどう調和させるか、が課題だ」

 

 川崎英明(かわさき・ひであき)
 関西学院大学大学院ロースクール教授。専門は刑事訴訟法。法学博士。1951年長崎県生まれ。73年大阪大学法学部卒。79年大阪市立大学大学院法学研究科博士課程修了。同年、島根大学法文学部専任講師。同助教授、同教授を経て94年東北大学法学部教授。2001年関西学院大学法学部教授。04年から現職。著書に「現代検察官僚論」(日本評論社)、「刑事再審と証拠構造論の展開」(同)、共著に「盗聴立法批判」(同)、共編著に「刑事司法改革と刑事訴訟法(上・下)」(同)

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(93年)、ゼネコン事件(93,94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)。

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