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深掘り

震災法廷

震災が関連する訴訟の事例 阪神・淡路の経験

 

 1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災をめぐって、多くの訴訟が裁判所に係属した。そのうちのいくつかをここに紹介したい。東日本大震災でも同様の問題が起こり、阪神での先例が、その解決への手がかりの一つになりうると思われるからだ。原稿は、2001年7月に発行された財団法人神戸都市問題研究所『都市政策』第104号のために執筆されたもので、経過時間に関する記述などに若干のずれがあるが、それらは直さず、ほぼ原文のまま掲載したい。

 

震災が関連する訴訟の事例

 

奥山俊宏(朝日新聞)

 裁判所の法廷で阪神大震災はどう裁かれただろうか。この6年間余り、震災が引き起こしたさまざまな紛争が裁判所に持ち込まれ、争われた。ある訴訟は決着し、ある訴訟は今も続いている。これらの法廷で、何が明らかになったのか、何がどう解決したのか、どんな人間模様があったのか、朝日新聞夕刊(大阪本社発行)の社会面で昨年(2000年)、「震災法廷」というタイトルで企画記事を連載した。

 このシリーズでは、計12本の記事により、8件の民事訴訟を取り上げたが、この8件以外にも、このシリーズで何を取り上げるかリサーチする過程で、多くの訴訟の内容を検討した。裁判例データベースや各新聞社の記事データベースなどを「震災」や「地裁」「提訴」などのキーワードで検索し、訴訟の把握に努めた。ちなみに、95年以降、今年(2001年)6月上旬までに、朝日新聞記事データベースには「震災」「地裁」の双方の言葉を含む記事597件が収録されており、また、TKC法律情報データベースには5月初旬までに「阪神大震災」または「阪神淡路大震災」のいずれかの言葉を含む判決や審決の要旨が計123件、収録されている。

 この原稿では、このリサーチや取材の過程で私が知り得た訴訟の事例をいくつか紹介し、コメントしていきたい。

 1、地震による損失をだれが負担するべきなのか

 防ぐことのできない地震という外力によって、被災地の人や企業、地域は莫大な損害を被った。その損害をだれがどう分担していくべきなのか。それを調整し、妥当な結論を出していくという役割が民事訴訟には期待された。

 下記の訴訟もその1つだ。

★退職金未払金請求

95年6月28日提訴(神戸地裁)(ワ)751号

96年3月21日和解成立(神戸地裁)

   原告:男性(提訴当時60歳)

   被告:神戸市中央区の港運会社

 

(原告の請求)

 原告は1962年に被告会社に入社し、32年8カ月間、一貫して神戸港で通関貨物受け渡し業務を担当し、95年4月2日に退職した。被告会社には退職金規定が存在し、この規定によれば、原告は1093万円余りの退職金を受領しうる地位にあった。しかるに、被告会社は765万円余りを支払っただけである。よって、不足金の328万円の支払いを求める。

 なお、被告会社は震災の影響を受けたため、95年3月28日に労使協定で、賃金と退職金の3割カットに合意したことを根拠に不足金を支払わない。しかしながら、この協定の効力は原告には及ばない。退職金は32年間の勤務に対する賃金の後払いの性格をもっており、原告の同意もないまま、定年退職のわずか5日前に労働組合と合意したからといって、3割カットは許されることではない。

 

(被告会社の主張)

 退職金を7割とする労働協約を被告会社と労働組合が締結した当時、原告はその労働組合の組合員であり、かつ、被告会社の従業員だったのだから、当然、それに拘束される。

 退職金については、(1)功労報償説 (2)賃金後払い説 (3)生活保障説の3種があって、現実の退職金は、そのいずれの性格をも含んでいるものが多いのではないかと思われる。しかし、退職金につき賃金の後払いであるとの定めのないときは、退職以前にはいまだ具体化した賃金ではない。仮に退職金が賃金の後払いという主張が正当であるとしても、労働協約が退職金規定に優先する。

 

(被告会社社長の陳述書)

 大震災により、事業基盤である神戸港、保有施設およびアクセス道路が壊滅し、本来業務は完全に停止した。社内はもちろん、外部からも会社存続が懸念される事態に陥った。

 だれの目にも会社存続が危ぶまれるあの惨状の中、労使合意は、例外なく全員が痛み、全員を救うことを前提とした苦悩の選択、決断であった。

 

 原告にしてみれば、長年にわたり勤めあげた末の定年退職を目前にして起こった地震による会社の損害を一部とはいえ被らされた。原告には何の過失もない。

 会社にしてみれば、あれだけの地震があったのだから、その損失は株主だけでなく、従業員も負担するべきであり、地震の前後により、退職金の額が変わるのは当然だということになる。従業員による損失負担がない限り、取引先や銀行の信頼も得られず、会社が倒産の憂き目にあい、結局は、現役の従業員やその家族が路頭に迷う事態となる可能性もあると考えられた。

 会社や現役の従業員の側には、辞めていく人間に負担を背負わせ、そのぶん、現役の従業員の負担を軽くするという選択肢を採ろうというインセンティブが発生していたことも見逃せない。世代間の負担の押し付け合いという側面を読みとることもできる。

 訴訟では、退職金の法的性格をめぐる主張がやりとりされていたが、最終的には、裁判所の和解勧告に原・被告双方が応じることになった。「ここで例外を認めれば、他の従業員にも波及する」という会社側の懸念に配慮する形で、和解調書には、和解に至る「特殊事情」として、「原告としては退職間際の労使協定であったこと、および定年退職であること、被告としては、震災によって深刻な経営危機に陥っていたこと」と記載された。会社は原告男性に150万円を支払うこととなり、そのうち100万円に「解決金」、残りの50万円には「見舞金」という名目が与えられた。

 損失負担をめぐる問題の悩ましさを裁判所が十分に理解した上での和解だったことがうかがえる。

 下記の訴訟も、震災を原因として閉店を余儀なくされた百貨店を舞台にした労働関連の裁判の例だ。

★雇用関係不存在確認等請求

95年6月14日提訴(神戸地裁)(ワ)647号

   原告:そごう

   被告:パート従業員33人

 

(そごうの請求の趣旨)

一、被告らは95年5月31日限り、そごうとの雇用契約が終了し、そごうとの雇用関係が存在しないことを確認する。

二、そごうは被告に対し、95年6月1日以降、一切の賃金の支払い債務が存在しないことを確認する。

 

★従業員地位確認等反訴請求

95年9月7日反訴(神戸地裁)(ワ)1202号

   反訴原告:パート従業員15人

   反訴被告:そごう

 

(パート従業員の請求の趣旨)

一、反訴原告らがそごうの従業員(フリースタッフ社員)たる地位にあることを確認する。

二、そごうは、反訴原告らに対し、95年6月1日から反訴原告らを復職させるまで、毎月15日限り、月額給与相当額を払え。

 

(パート従業員の主張)

 反訴原告の勤続年数は最長で19年に達している。雇用期間は一応1年と定められているものの、実質は正社員と同様に期限の定めのない契約として運用することが予定されていた。雇止めは「解雇の法理」に準拠すべきなのに、会社は単に期間満了を形式的に告知したに過ぎない。

 

(そごうの95年9月12日付答弁書)

 フリースタッフはあくまでも正社員の補助職。神戸店の復旧再開のめどはたっていない。379名のフリースタッフの9割5分は、そごうの現状を理解し、自主的に退職した。

 

(訴えの取下)

99年5月24日、両当事者が訴えを取り下げた。

 

 最終的には、そごうがパート従業員の側に1億円余りを支払うという内容の和解が裁判外で成立したようだ。

 被災による閉店が理由とはいえ、痛みを分かち合うという姿勢を経営者自身が十分に示すことなく、パート従業員を一方的に解雇するというやり方は不適切だったと、そごうの関係者もこの件を振り返っている。

 2、本当に不可抗力による災難だったのか

 阪神大震災では、多数の建物や高速道路、あるいは、ガス管や水道管などの社会基盤が壊された。そうした災難は本当に不可抗力によるものだったのか、そうした災難による損失をだれが負担するべきなのかを議論した訴訟がいくつかある。

 ただし、「あれだけの大震災だったのだから」という、あきらめの雰囲気が社会にひろがったためか、訴訟の中で損失の分担をきちんと議論した事例は、被害の規模の割には意外なほど少ない。

 損失には、その構造物や社会基盤自体の価値のみならず、その破壊を原因とする人的損害、営業不能などの損害も含まれており、そのことが問題をより深刻かつ複雑にしている。

 下記の訴訟は、神戸市東灘区にあった東神マンションの倒壊により亡くなった4人の遺族7人がマンション所有者を相手取って起こした訴訟の概要である。この裁判では、このマンションの倒壊により2日間も生き埋めになっていた住人本人(息子夫婦を亡くした遺族でもある)の心的外傷後ストレス障害(PTSD)についても、判決でその損害を認められ、100万円という慰謝料を算定する根拠とされている。

★損害賠償等請求

96年8月9日提訴(神戸地裁)(ワ)1533号

99年9月20日一審判決(原告勝訴)

原告:遺族ら計7人

被告:建物所有者ら

 

(訴状や原告主張書面)

 東神マンションは阪神大震災により一階部分が完全に押しつぶされて倒壊し、原告らの子4名が死亡した。また、原告のうちの1人は長時間、生き埋めとなり傷害を負った。

 周辺地域ではほかに倒壊建物はなかった。このような被害状況から、原告らは、東神マンションが欠陥建物だったのではないかと考えた。原告らは、現場において測量した柱の位置や、確認した建築材料、倒壊現場の撮影写真等により、専門家の判断を仰いだところ、東神マンションは実際には、軽量鉄骨と空積みのコンクリートブロックを組み合わせた建物にすぎなかった。

 東神マンションは建築当時の建築基準法令の技術的基準に適合せず、特に地震等の水平力に対する抵抗要素が皆無の、常軌を逸脱した危険な建物であり、その設置に瑕疵があった。

 

(被告主張書面)

 東神マンションは昭和39年に建築された。被告の亡妻は昭和55年に東神マンションを買い受けているが、その際、売り主から建築確認書の交付は受けていない。しかし、東神マンションが建築確認もうけず建築されたとは考えられない。東神マンションは適法な建物である。建築当初から建築基準法に違反した建築であったという事実をうかがえるものはない。原告は「常軌を逸した建物」と言うが、その立証はできていない。

 阪神大震災は神戸地区において予想もされておらずかつ観測史上も最大の地震動を観測した震度7の激震であり、震災は被告らに予期しえないものであり、東神マンションの倒壊による損害の結果回避の可能性はまったくなかった。だから、被告に東神マンションの設置保存の瑕疵はなかった。

 

(判決)

 東神マンションは補強コンクリートブロック造として設計されたものと推認することができる。補強コンクリートブロック造の設計および施工は細心の注意を払って行わなければならないところ、東神マンションは設計上も壁厚や壁量が不十分であり、それを補うために軽量鉄骨で補強するとの考え方で設計されたとしてもその妥当性に疑問があり、さらに、実際の施工においても、コンクリートブロック壁に配筋された鉄筋の量が十分でない上、その鉄筋が柱や梁の鉄骨に溶接等されていないため壁と柱とが十分緊結されていない等の軽微とはいえない不備がある。結局、東神マンションは、建築当時を基準に考えても、建物が通常有すべき安全性を有していなかったものと推認することができる。したがって、東神マンションには設置の瑕疵があったというべきである。

 東神マンション周辺では、その大部分が倒壊したというわけではないものの、震災により被害を受け解体撤去された建物が多数ある。

 震災は現行の設計震度をも上回る揺れの地震であったのであり、東神マンションが仮に建築当時の設計震度による最低限の耐震性を有していたとしても、阪神大震災により倒壊していたと推認することができるし、逆に、建築当時に想定されていた水平震度程度の揺れの地震であったとしても倒壊したと推認することができる。

 東神マンションが結局は震災により倒壊する運命にあったとしても、仮に建築当時の基準を満たしていたとすれば、その倒壊の状況は、実際の施工の不備の点を考慮すると、実際とは大いに異なるものとなっていたと考えるのが自然である。一階部分が完全に押しつぶされる形での倒壊には至らなかった可能性もある。賃借人らの死傷は、震災という不可抗力によるものとはいえない。東神マンション自体の設置の瑕疵と想定外の揺れの震災とが競合してその原因となっていると認めるのが相当である。

 

 判決は、慰謝料のほかに、亡くなった賃借人たちの死亡による逸失利益と葬儀費用を計算し、その半分の賠償を被告に命じている。すなわち、生じた損害のすべてを被告に負わせるのではなく、競合する各原因(建物の設置の瑕疵と想定外の自然力)の寄与度を割合的に認定し、被告の責任の割合(この場合は5割)に応じて賠償額を算定している。

 このケースでは、建築当時の施主や施行業者は不明である。本来は施工業者が責任を負うべき問題であり、マンションを買い受けただけの所有者に責任を負わせることは酷であるようにも見える。が、この所有者は建設会社社長の経歴を持っており、その点は証拠調べの中でも明らかにされている。

 この裁判では、震災の翌日から、建築・土木に詳しい遺族が現場に入り、写真撮影や測量、周辺の被害状況の確認など、証拠収集に努めたことが請求一部認容判決につながった。建築当時から違法建築だったと推認できるという判決の骨子はこの遺族の調査に負っている。

 下記の訴訟でも、被害者の側の調査が裁判の行方に決定的な影響を与えた。

★損害賠償請求

96年2月27日提訴(神戸地裁)(ワ)289号

99年7月22日和解(神戸地裁)

原告:遺族

被告:ビル所有者、ビル施工業者

 

(訴状)

 本件ビルは兵庫県南部地震で一階と二階の境目が地面に水平に折れ、ビルの二階から上の部分が倒壊して、南側に隣接する原告所有の木造二階建て住宅の上に落下し、この住宅を押しつぶした。当時、住宅の二階には原告の息子と妻が就寝中であり、本件ビルの下敷きになって死亡した。

 原告らが本件ビルの倒壊原因の調査を建築専門家に依頼したところ、本件ビルの一階と二階の境目の鉄骨の溶接に、通常では考えられない瑕疵が発見された。これは施工業者の手抜き工事に起因する。

 

(被告ビル施工業者主張)

 仮に本件ビルが倒壊しなくても、住宅は地震によってみずから倒壊したことが容易に推定される。だから、本件ビルの倒壊と原告らの損害との間には、そもそも何らの因果関係も存しない。

 ビルの建築にあたって要求される安全性とは、いかなる事態が発生しても倒壊することのない絶対的な安全性ではなく、通常備えるべき相対的安全性である。本件ビル付近の地震動は少なくみても800ガル以上のきわめて強大なものであったが、そもそも、被告にとっては、800ガル以上の地震動によっても倒壊しない程度の建物を建築する義務はなかった。

 

(原告主張)

 ビルが住宅の上に落下してこなければ、住宅の一階床部分から屋根部分までが約1メートルに圧縮された形で住宅が倒壊することはなかった。

 予想することのできない大規模地震が発生したと被告は主張するが、かかる主張は、ビルの施工に何らの瑕疵がない場合に初めて問題となりうるものである。

 

(和解金額についての地裁の照会書)

 人的損害に関する原告らの主張はおおむね妥当なものと考えます。右損害額から、地震による影響を考慮して割合的因果関係に基づく減額をし、本件の和解金額としては7千万円(訴状記載の請求額のほぼ77%にあたる金額)が相当と考えます。

 

 最終的には、裁判の長期化を望まない遺族の側の意向により、地裁が示した額よりも少ない額で和解が成立した。

 このケースではたまたま、遺族の知人に建設会社の社長がいた。この社長が「これはおかしい。建築のプロとして、このまま済ませるわけにはいかない。解体の前にすべてを調査しておこう」と考えたことが提訴の発端となった。この会社の技術者たちが溶接の不備を明らかにし、証拠を収集した。裁判ではこの会社が作成した調査報告書が証拠とされている。

 上記の2つの例では、裁判所は、未曽有の大地震だから損害は不可抗力だったという論理は採用せず、構造物の瑕疵を丁寧に認定した上で損害の一部の賠償を命ずるという姿勢を採っている。そのような際に重要なのは、その瑕疵をどういう証拠で認定するか、ということになる。

 建物倒壊により被害を受けた側がその建物の瑕疵について、被災後すみやかに、みずから調査し、証拠を集め、立証する必要があるという教訓を読みとることができる。上記の2つの例は、被害を受けた側の近親者や知人にその能力を備えた人物がいたという偶然により、瑕疵を立証することが可能になった。裏を返せば、そのような能力が被害者側になければ、その建物は取り壊され、その建物の瑕疵の立証は永久に不可能になり、被害者側は泣き寝入りせざるを得なくなる恐れがあった。

 震災が原因とみられるガス管の破損により、都市ガスが漏れ出し、一家5人のうち4人が死亡した事件について、遺族がガス会社の側の過失責任を問うた下記の訴訟でも事実上、損害が不可抗力によるものではないということを認める和解内容になっている。

★損害賠償請求

96年7月11日提訴(神戸地裁)(ワ)1342号

98年4月6日和解(神戸地裁)

原告:遺族4人

被告:洲本ガス、洲本ガス役員8人

 

(訴状)

 家族5人は95年1月17日、出勤・登校し、帰宅後にコタツに入り、テレビに見入り、あるいは自室にいた。そして、都市ガスに気づかず、吸い続けていたため、全員が一酸化炭素中毒に陥り、両親と長女、三女が死亡し、二女が意識不明の重体となった。

 ガス漏れが生じていることが予想されたにもかかわらず、被告は長期間にわたり、都市ガス供給を漫然と続けて、有毒な一酸化炭素ガスを漏出させた過失があるので、損害賠償責任を負う。

 

(被告らの主張)

 ガス漏れは通報がなければ気づかない。本件の場合、ガス漏れに気づいた者が何人もいながら、被告会社や警察・消防にはなんら通報することなく、ガス漏れ警報器の電源を切ってしまったようである。これでは、被告会社にガス漏れの事実がわかるわけがない。

 

(和解調書)

 被告らは、各原告に対し、連帯して、損害賠償・見舞金として、総額で8,600万円を支払う義務があることを認め、払う。

 

 和解調書では、「損害賠償」であることを被告が認めており、過失責任を認めた形になっている。

 上記の3つの事例のような責任追及の訴訟は、被害者の損害を加害者にも負担させるということを目的とするものではあるが、訴訟の過程を通じて、損害の原因を分析して総括し、それを教訓として世に知らしめ、将来の再発を防ぐ効果をもたらすという意味の社会的意義も見逃すことはできない。

 3、避難所をめぐって

 震災は、人間的な生活を送ることができるかどうかというギリギリの状況に多くの市民を追いやった。劣悪な環境の避難所で肺炎を患って亡くなった被災者も存在する。震災による被害が行政の不作為により大きくなったとして行政の不法行為責任を追及しようという考えも一部の弁護士の間にあったものの、現実にはならなかった。

 一方で、行政が被災者を訴えた裁判の事例はいくつかある。

★建物明渡等請求

96年12月18日提訴(神戸地裁)(ワ)2395

97年2月28日判決(原告勝訴)

   原告:神戸市

   被告:女性(提訴当時50歳、神戸市兵庫区)

 

(原告・神戸市の請求)

 震災により神戸市は災害救助法の適用地域となり、神戸市長は神戸市兵庫区東山町4丁目の市立東山小学校を避難所として設置した。被告女性は兵庫区内の自宅の倒壊により同校に避難した。神戸市長は95年8月20日、東山小を含む避難所を閉鎖した。しかし、被告女性は東山小の東校舎一階の生活科準備室に居住し、占有している。

 神戸市は被告女性に対し、被災者用の一時使用住宅の入居申し込みの斡旋を行い、被告女性は山の街住宅が当選した。神戸市は95年5月、被告女性にカギを渡したが、被告女性はこれに入居しなかった。

 

(被告・女性の主張)

 当選した山の街住宅は坂道がきつく、駅から徒歩30分という通勤困難な場所にり、ここに居住すると体を壊す原因になりかねない。

 被災者には居住権、生存権という基本的人権が十分保障されるべきである。普通の生活に戻りたいという気持ちを持っているが、出ていきたくても出ていけないのが現実である。現在、移転先を探しており、当分の間の明け渡しの猶予を求める。

 

(判決主文)

 被告女性は神戸市に対し、教室を明け渡せ。

 

(判決理由)

 被告女性の主張は正当な権原の主張とは認められない。

 本来、災害救助法の趣旨からして、避難所の開設期間はできるだけ短期間に止めるようにすることが相当である。小学校の教室については、児童の教育の必要上これを早期に明け渡す必要性が特に強いと考えられる。移転先の仮設住宅を神戸市が提供している。これらの事情を総合すると、被告女性が相応の負担を受けるものであるとしても、神戸市による明け渡し請求が権利の濫用に当たるものと認めることはできない。

 仮執行宣言は付さない。

 

 裁判所は神戸市の請求を全面的に認めたわけではなく、判決確定前の強制執行は認めなかった。裁判所は女性との話し合いをなお神戸市に促したのだ。

★工作物撤去土地明渡請求

99年4月12日提訴(神戸地裁)(ワ)777号

99年6月30日判決(原告勝訴)

   原告:神戸市

   被告:男性(提訴当時60歳、神戸市東灘区)

 

(請求の趣旨)

 被告は市に対し、本庄中央公園からテント、コンテナ、ログハウスを撤去して、土地を明け渡せ。

 

(訴状)

 被告が震災前まで住んでいた建物は震災で全壊した。本庄中央公園は95年8月20日まで、災害救助法に基づく避難所として扱われていたが、8月20日、閉鎖された。避難者数はピーク時(2月23日)は120人であったが、8月21日には14人であった。95年11月29日以降は被告一家1世帯7人だけが住んでいる。市は被告に対し、仮設住宅や公営住宅の入居を斡旋したが、被告はことごとく拒否した。

 

(被告男性意見書)

 市から公営住宅の斡旋を受けたときに踏み切れなかった理由の一つは、公営住宅では犬が飼えないということです。このごに及んで犬のことよりも、と思われるかもしれませんが、犬も、私にとっては大切な家族です。

 厳しい避難生活の中で、犬は、なぐさめと安らぎを渡しに与え、家族の一員として、大切にしています。

 

 男性の意見書は結審後に地裁に提出され、証拠や主張として検討されることはなかったようだ。市の請求を認める判決が言い渡された。

 4、司法が「震災」を長引かせた

 訴訟が長引くことによる弊害はさまざまな事例で指摘されているが、震災に関連する訴訟での審理長期化の不幸は特に際だっている。

 多くの場合、当事者は被災者であり、被災者にとって、訴訟の遂行は震災に引き続く第2の苦しみであり、それ自体がまさに「震災」であるからだ。被災者の多くにとっては、訴訟のために時間が経過していくこと自体が新たな被害であり、場合によっては、カネで済む問題ではない。

★災害弔慰金不支給決定取消請求

   原告:女性(提訴当時68歳)

   被告:芦屋市長

96年1月31日提訴(神戸地裁)(行ウ)2

97年9月8日一審判決(原告敗訴)

98年4月28日二審判決(原告勝訴)

芦屋市が最高裁に上告

2002年12月19日最高裁上告棄却決定(原告勝訴確定)

 

(二審判決の理由)

 集中治療室で治療を受けていた原告の夫の死亡について、芦屋市長に対し、災害弔慰金支給に関する法律などに基づく災害弔慰金500万円の支給を請求したが、震災と死亡との間に相当因果関係が認められないとして芦屋市長から不支給決定を受けたため、その取り消しを求めた事案である。

 夫は、震災により機器類が停止し、集中治療室が機能していなかったため、通常であれば受け得たのと同様の延命治療の措置を受けることができず、これが原因で震災発生の約1時間後という時期に死亡したもので、震災がなければ、その治療の継続により、なお延命の可能性があり、少なくともその時期にはいまだ死亡という結果が生じていなかったものと認めるのが相当である。

 そうすると、不支給決定は、震災と夫の死亡との間に相当因果関係があるのに、これがないと誤認した違法な処分というべきである。

 

 「自然災害により死亡した市民の遺族に対する災害弔慰金の支給を行い、市民の福祉および生活の安定に資する」という芦屋市の弔慰金支給条例の目的に照らすと、この裁判が震災後6年を経て、なお争われている事態が仕方ないこととはとうてい言えないだろう。一審、二審では主に事実関係が争われてきたが、原則として事実審理をするわけではないはずの最高裁に3年も係属しているのは異常である。原告の女性はもう74歳で、提訴以来、5年も訴訟の当事者の立場に置かれている。

 被災して壊れたマンションを建て替えるか補修するか、住民同士が意見を一致させることができず、争っている訴訟も、その緊急度に相反して、長期化している。被災地では4つのマンションで、建て替え決議の有効性をめぐって、訴訟が起こされ、それが決着するまでは、建て替えにも補修にも着手できず、震災直後の無残な姿のまま、多くの人の時間と財産を無駄に費消させている。

 自然災害による損傷を原因とする建て替え決議の有効性をめぐる裁判については、公職者の選挙違反の迅速な審理のために公職選挙法が設けた「百日裁判」の制度と同じような集中審理の仕組みを整備するべきだと私は考える。当事者の間では提訴以前に争点はある程度出そろっているはずであり、「百日裁判」に準じた運用がなされるべきだと思われるが、現実はこの逆となっている。

 このような現状を裏返して、裁判に持ち込むこと自体をまるで復興に対する妨害であるかのように非難する声も存在したが、これは筋違いで、裁判に訴えて司法の判断を仰ぐことは正当な権利行使だ。訴訟を提起したこと自体ではなく、訴訟の長期化が、復興に対する妨害になっているのである。

 神戸市兵庫区にある東山コーポをめぐる裁判では今年(2001年)1月、建て替え決議を無効とする判決が出て、確定した。復興への道は、震災直後の振り出しに戻ることになった。

★建替決議無効確認請求

   原告:東山コーポ住人ら9人

   被告:東山コーポ管理組合

 97年10月1日提訴(神戸地裁)(ワ)1842号

 2001年1月31日判決

 

(訴状)

 管理組合は97年9月14日開催の臨時総会において、91票のうち73票の賛成があったとして、東山コーポを建て替える旨の決議をした。本件決議は、区分所有法の「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由により、建物の価額その他の事情に照らし、建物がその効用を維持し、または回復するのに過分の費用を要するに至ったとき」との建て替え要件を欠くので無効である。東山コーポは震災により損傷を受けたが、低額の補修負担で十分居住しうる。

 

(2000年1月28日付の裁判長の求釈明)

 区分所有法は、建て替え決議の要件として、「区分所有者の5分の4以上の多数」の賛成が必要であると規定しているが、この規定については、複数の専有部分を有している区分所有者も区分所有者としての定数は1であるとして計算するものと一般に解されているのではないかと思われる。そうすると、本件決議は区分所有者の5分の4以上の多数でなされたとはいえないのではないか、という疑問がある。そこで、本件決議が建て替え要件を満たしていると主張する根拠を明らかにされたい。

 

(被告管理組合の主張)

 そもそも建て替え決議の前後にわたって、区分所有法の「区分所有者の5分の4以上の多数」の要件の充足の成否について問題とされたことなど全くなく、この点については、原告ら自身、従前この点を争ったことなど全くなかったのである。

 

(判決)

 登記簿上、1人で3戸を所有している人と、1人で2戸を所有している人がおり、この2名については、「区分所有者」としては各1人として計算されることになる。その結果、正しくは、全区分所有者88人であり、賛成者70人となる。したがって、5分の4以上に達しないことが明らかであるから、本件決議は要件を欠く無効な決議であるというほかない。

 したがって、その余の争点について判断するまでもなく、請求には理由があることが明らかである。

 

 この裁判では当初、区分所有者数の「5分の4の賛成」の要件は問題にされておらず、原告が問題にしていたのは、「費用の過分」の要件のほうだった。97年11月11日に第1回口頭弁論が開かれ、同年11月13日に将積良子裁判長ら3人の裁判官の合議体で審理することが決まったが、以降、原告・被告の準備書面や口頭弁論調書を読む限り、「5分の4」要件が法廷で問題とされたことはなく、もっぱら「費用の過分」の要件の成否をめぐり、双方の主張が展開された。99年4月12日の第9回口頭弁論からは水野武裁判長に交代したが、状況はやはり同じで、99年8月23日の第11回口頭弁論で、水野裁判長は口頭弁論の終結を宣言し、99年12月20日に判決言い渡し期日を指定した。

 状況が一変するのは判決予定日のわずか12日前の99年12月8日で、この日、水野裁判長は判決言い渡し期日を2000年2月29日に先延ばしすることを決めた。さらに、翌2000年1月28日には「さきに閉じた口頭弁論の再開を命ずる」とした上で、問題の「5分の4」要件について、被告管理組合に釈明を要求し、2月29日までに準備書面を提出するよう求めた。被告管理組合の側が2月29日に準備書面を地裁に提出すると、水野裁判長は口頭弁論の期日を5月2日と指定した。この口頭弁論の際、水野裁判長は当事者双方に和解を勧告したが、結局、7月18日に和解協議は打ち切られた。9月19日の第13回口頭弁論で水野裁判長は判決言い渡し期日を12月12日と指定した。しかし、この期日も判決予定日のわずか5日前に年明けの1月31日と変更された。

 結局、判決は、「5分の4」要件が満たされていないことを理由に決議を無効とし、「費用の過分」の要件の成否は判断しなかった。

 原告・被告の双方の当事者には代理人として弁護士が助言していたはずである。また、裁判所も2年以上も審理に時間をかけていた。にもかかわらず、建て替えの客観要件である「5分の4」について、いったん結審した後になるまで問題点が明確にされなかったのは、専門家たちの大きな失態である。97年5月の建て替え決議以降の一連の手続きは、原告・被告の双方にとって、まさに時間の無駄だったわけで、マンション復興を遅らせる結果をもたらしただけだった。裁判所が「5分の4」要件の不充足の疑いに気づいた後に判決まで審理1年以上も時間をかけていることも理解しがたい。

 被告管理組合の側は準備書面の中で、「マンション復興事業は本件訴訟によって中断を余儀なくされている。市井の1市民らに過ぎない被告らにとって、このような状況が長期にわたって継続することは、耐え難い負担・苦難と言わざるをえない」と述べている。これは原告・被告の双方について、言えることで、そのような負担や苦難を少なくするためにも、専門家の適切なアドバイスと裁判の集中審理・迅速審理の必要性は大きく、東山コーポ訴訟は今後の教訓とされるべきだろう。

 5、まとめ

 被災者の救済や被災者同士の損害の公平な分担という面で訴訟は大きな役割を果たしたと言えるだろう。なぜ建物や構造物があんなにもろく壊れたのか、なぜ迅速で十分な救援がスムーズに行われなかったのか、などの疑問点については、訴訟の場で司法の判断をあおぐ事例がもっと数多くあったほうがむしろよりよかったのではないかとさえ思える。

 できるだけ当事者同士の話し合いや調停などで問題を解決しようという試みがあり、現実に、そのようにして多くの問題は円満に解決されたのだが、一方で、裁判に訴えること自体を白眼視するような社会的な雰囲気があったために、訴訟に持ち込むべき問題で訴訟が起こされなかったのだとすれば、それは正義に反している。そのような社会的な雰囲気が醸成される背景には訴訟が問題の解決につながらなかった一部の事例の現実や訴訟の長期化があるのかもしれない。

 今も続く訴訟がある。一刻も早く妥当な結論が出ることを望む。

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