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深掘り

東証自主規制法人の現場から

インサイダー取引を見抜く 売買審査の仕事

 東京証券取引所自主規制法人では、証券市場の健全性や公平性を確保するための自主規制業務を専門に行っています。この連載の最後となる今回は、インサイダー取引を見つけるための売買審査業務に焦点をあてます。

 

売買審査業務(インサイダー取引編)と
これからの売買審査
-公正な市場の確立に向けて-

東京証券取引所自主規制法人
常任理事 武田 太老

拡大武田 太老(たけだ・たろう)
東京証券取引所自主規制法人常任理事
 鳥取県出身。1979年、東京証券取引所入社。2003年、人事部長。2009年、常任理事に就任。現在に至る。

 ■インサイダー取引に対する売買審査

 前回の相場操縦に関する審査の流れでもお示ししたとおり、東証における売買審査は、初動的な分析を行う「調査」、さらに詳細な分析を行う「審査」そして、審査結果を踏まえて「処理」を実施するという手続きになっており、本稿ではインサイダー取引に対する売買審査の流れから、ご説明したいと思います。

 インサイダー取引の調査は、法令上の重要事実の開示を端緒として、不自然な形態など疑わしい取引が行われていなかったか確認するところから始まります。インサイダー取引の調査の特徴として、「経緯報告書」の徴求があります。この経緯報告書とは、重要事実の決定・発生の時期を判断するため、また情報の伝達経路や重要事実に接する機会が存在した関係者の範囲を把握するためなど、インサイダー取引の調査において非常に重要なものと位置づけています。

 併せて、相場操縦における調査と同様に、一定期間の売買について証券会社から売買記録の提出を求め、上記の経緯報告書で明らかになった重要事実発生のタイミングなどと付きあわせながら売買データの分析を行います。

 この調査の結果、より詳細な分析が必要と認められる事案については、審査銘柄へ抽出して、さらに深掘りし実態把握に努めつつ、収集した情報を総合的に分析して、不公正取引やそのおそれのある取引がないか判断を行っています。

 審査の結果、上場会社に法令もしくは取引所の諸規則に違反する行為またはそのおそれのある行為が認められた場合や未然防止のための社内管理体制が不十分であると認められた場合には、上場規程に基づいて上場会社に対し上場契約違約金等の措置または、東証自主規制法人の規則に基づく、注意喚起を行うほか、改善措置等に関する文書の提出を求めることとなります。

 ■あるインサイダー取引の事例  審査の現場から

 B社は業績予想の下方修正に関する適時開示を行ったところ、B社株式について、この適時開示が行われるよりも前に、株価が変動している様子が見受けられたことから、調査に取りかかることとなりました。

 調査にあたり、B社に対しては、今回の業績予想の下方修正に係る重要事実の発生時点を特定するための経緯報告書やインサイダー取引防止に関する規程、B社社員が自社株式の売買を行う際に管理部門へ提出する事前届出書類などの徴求を行うこととし、その上で、証券会社から売買記録を入手し、重要事実の発生から公表までの間でB社関係者に売買を行った者がいないか確認を行いました。

 こうして審査を進めたところ、B社において業績予想の下方修正に関する重要事実が発生した前後から適時開示が行われるまでにB社の管理部門と営業部門のなかにB社株式を売却している社員が数名含まれていたことが判明しました。

 これらの社員は経緯報告書上は業績予想の下方修正に関する作業や意思決定に直接携わってはいませんでしたが、重要事実を事前に入手しうる立場にあり、実際の売却形態や内容等を併せてみると、業績予想の下方修正という重要な情報を受領し、その情報をもとにB社株式の売却を行っていたのではないかとの疑念が残る人物と判断しうるものであり、当部から証券取引等監視委員会に報告を行うこととなりました。

 一方、上記の通りB社が定めるインサイダー取引防止に関する規程においては、社員等がB社株式等の売買取引を行う場合は、事前にその旨を所属長に届け出るとともに、株式売買申請書にて申請し、管理部門の受付・承認、情報管理責任者の承認を得た後、売買の発注をすることになっていました。しかしながら、審査期間中に売買が認められた社員らは、この届出を行っていなかったことが判明しました。

 そこで当部では、B社の内部者取引未然防止のための社内管理体制が十分に機能していないものと判断し、B社に対し、再発防止の観点から役職員に対して上記規程の周知・徹底を図るよう注意喚起を行うとともに、改善措置等について文書による報告を求めることとしました。

 ■不公正取引の未然防止に向けて
  -J-IRISSとインサイダー取引の未然防止-

 インサイダー取引を未然に防止するため、証券会社では、日本証券業協会の自主規制規則に基づき、顧客が上場会社の役員・社員等に該当する場合には、その顧客の氏名・役職名等について、内部者登録を行い、その会社の株式に係る売買注文受託のたびに、インサイダー取引ではないことを確認しています。

 一方、近年においては、顧客である上場会社役員・社員等の内部者登録の内容について、その正確性を維持していくことは困難な状態となっており、平成18年6月の金融庁の「証券会社の市場仲介機能等に関する懇談会 論点整理」においても、上場会社の役職員のデータベースの構築など内部者登録制度の実効性を高めるための必要性が指摘されていました。

 こうした状況を受け、日本証券業協会が中心となり、証券会社、上場会社及び取引所等の市場関係者による協議が行われてきました。その結果、日本証券業協会では上場会社が役員に関する情報を登録し、これをデータベース化して、証券会社がこのデータベースに自社の口座情報を定期的に照合することで、内部者登録の更新を行い、その正確性を維持することを可能とするシステム(「J-IRISS」(Japan-Insider Registration & Identification Support System))が構築され、平成21年5月より稼動されています。

 J-IRISSが活用されることにより、証券会社における内部者登録の実効性が高まることはもちろんのこと、役員ご本人の立場からみましても、自らの情報がJ-IRISSに登録されていることを自覚することでインサイダー取引に注意する抑止効果が期待されるほか、上場会社においても以下のようなメリットがあると考えられています。

 ・上場会社役員による意図しない不公正取引の未然防止

 ・上場会社役員の同居者(配偶者、親族等)による不公正取引の未然防止

 ・退任した上場会社元役員による意図しない不公正取引の未然防止

 ・上場会社役員による証券取引について、売買等の報告義務や短期売買利益の返還に関する法令遵守

 最近では、証券取引等監視委員会によるインサイダー取引に関する課徴金納付命令勧告等の件数が増加しているところですが、上場会社の役員・社員によるインサイダー取引が発覚した場合、それが個人行為によるものであった場合でも、その個人が所属していた上場会社のレピュテーションが大きく損なわれることにもなりかねません。このように、上場会社においては、取引する個人のリスクだけではなく、会社全体に及びうるリスクにも配慮が必要であり、J-IRISSは上場会社にとって、コンプライアンスのアラーム・システムとして機能しうるものと考えられます。

 上場会社各社におかれては、社内の未然防止体制を構築・整備されているところかと思いますが、J-IRISSが有効に機能されることで、市場関係者が一体となって、インサイダー取引の未然防止が図られることが期待されています。

 東証といたしましても、日本証券業協会と協力して、継続的に上場会社役員・社員に対してJ-IRISSの利用促進に向けて理解を求めてきているところであります。多種多様な投資者が参加する証券市場において、その公正性や信頼性を構築・向上させるためにも、上場会社の自社におけるインサイダー取引未然防止体制の強化に加え、J-IRISSの積極的な活用が期待されており、上場会社におかれましては、J-IRISS構築の趣旨を理解の上、J-IRISSが十分に機能を発揮できるよう、ご協力をお願いします。

 ■これからの課題

 近年の証券取引においては、IT・金融工学の発展により、DMA(Direct Market Access)やアルゴリズム取引、HFT(High Frequency Trade)などの新たな取引手法がとり入れられています。こうした状況において東証におきましても、昨年1月よりarrowheadが稼動し、世界最高水準と言われるスピードで取引が日々行われています。

 また、欧米の市場では従来の取引所市場による売買からECN(私設取引所)やダークプールといった取引所を介さずに行われる売買へと、売買の場が分散される動きが目立っており、最近ではそのシェアが急速に拡大するなかでマーケットの全体像を把握することができない、いわば市場が分断化される傾向にあり、個別の取引所単位では効率的な市場監視は困難なものとなっているところです。わが国市場においては、欧米の市場とは取引や監視制度等に違いがあり、欧米の市場のような状況にはなりにくいのではないかとも考えられるところですが、こうした市場の動きはわが国市場においても、必ずしも無関係なことではなく、常に注視すべきことであると考えられます。東証といたしましては、このような市場を取り巻く環境の変化に対して、的確に状況を捉えつつ市場の公正性を確保するため適切に対応していきたいと考えています。

 売買システムをはじめとするシステム・インフラの利便性・信頼性向上や投資魅力のある上場商品の多種多様な品揃えとともに、市場の品質である公正性・健全性は市場競争力の重要な要素であり、これを担うのが東証自主規制法人です。金融商品取引所を運営していく上で、この市場の品質管理である自主規制をいかに適切に機能することが極めて重要であることは明らかなところであります。

 自主規制の最大の強みは、市場に最も近い立場である市場開設者が自らの規律により規則・制度を整備し、市場における不公正取引を排除するとともに、その未然防止を図ることにあり、こうした自主規制に求められる役割を着実に遂行することにより投資者の信頼を確保するものです。

 東証自主規制法人では、自主規制の機能をさらに高め、効率的な自主規制の実現のため、(1)未然防止機能のより一層の強化、(2)証券会社及び上場会社等の規律向上に向けた取り組みのさらなる強化、(3)市場関係者、行政当局、他の自主規制機関及び外部関係機関等との積極的なコミュニケーションの推進・連携強化、(4)売買審査業務の高度化・効率化や人材育成・人員体制強化の推進など業務体制の拡充といった点に注力しながら業務遂行に努めていきたいと考えています。

 東証自主規制法人としては、公正な市場を構築し多くの投資者の信頼を確保していくため、今後も適切な自主規制業務の遂行に向けて努力していく考えであります。(連載完)

 ▽この連載の記事の一覧

 武田 太老(たけだ・たろう)
 東京証券取引所自主規制法人

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