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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

産婦人科教授が証言した「比較研究の形」にした理由

金沢大学病院「同意なき臨床試験」(10)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。愛知県がんセンターの「治験プロトコールに違反した抗がん剤投与」に続くその第2弾として取り上げるのは、金沢大学病院で行われた抗がん剤の臨床試験で説明を受けないまま被験者にされた女性の遺族が国に損害賠償を求めた「同意なき臨床試験訴訟」である。この訴訟では、新薬の治験ではなく、薬事承認を受け、保険診療が認められていた薬を用いた臨床試験におけるインフォームド・コンセント(informed consent、IC)のあり方が問われた。第10回では、臨床試験の責任者だった教授が控訴審の法廷で語った「標準治療の普及が目的だった」という証言を紹介する。

拡大金沢大学病院
 控訴審が始まった翌年の2004年8月25日、北陸GOGクリニカルトライアルの責任者であった井上正樹教授の証人尋問が行われた。尋問は被告(控訴人)の国側の申請に基づくもので、クリニカルトライアルの目的及び性格、一審の金沢地裁判決が無断で被験者にされていたと認定した患者(以下、Kさんと言う)の治療に関する医学的知見などを明らかにすることが立証趣旨とされた。なお、この年4月からの国立大学法人化に伴い、控訴人は国から国立大学法人金沢大学となった。

 井上教授の尋問に先立ち、新たな動きがあった。

拡大被告側が控訴審になって書証として提出したノイトロジン特別調査の「受託研究中止届」
 すでに繰り返し述べてきたように、原告(被控訴人)側は、CAP療法とCP療法の比較試験と、抗がん剤の使用で白血球が減少した患者に投与するG-CSF(中外製薬の商品名・ノイトロジン)の特別調査は「不可分一体の一つの臨床試験である」と主張してきた。こうした主張に対して被告側は、ノイトロジンの特別調査はKさんが化学療法を受ける前の平成9年(1997年)3月31日までに終了していたと主張し、それを裏付けるものだとする文書を証拠として提出したのである。

 井上教授の尋問の1週間前に書証として提出された文書は、井上教授と、Kさんの主治医(以下、A医師と言う)の署名、捺印のある、「医学部附属病院長」宛ての「受託研究中止届」だった。「平成9年4月11日」という日付の文書には次のように記されていた。

 平成8年5月13日付けで決定した受託研究は、次のとおり中止しましたので届出します。

  1. 研究題目      ノイトロジン注  北陸卵巣腫瘍研究
  2. 委託者        中外製薬株式会社
  3. 研究期間      平成8年6月1日~平成9年3月31日
  4. 中止した年月日 平成9年3月31日
  5. 中止した理由   本年4月の薬事法改定内容に準じて本調査を見直したところ、継続することが難しいと判断される為

 一審金沢地裁は判決で、原告側の「不可分一体論」を認めず、北陸GOGクリニカルトライアルの目的は北陸地域において高用量化学療法を定着させることにあったとする国の言い分を採用し、「結果的に、同時に行われた本件ノイトロジン調査の被調査者を確保する機能を果たしたとはいえ、これが目的だったとまで認めることはできない」との判断を示した。この点については自らの主張を認められた被告側がなぜ、一審で証拠提出しなかった「受託研究中止届」を控訴審になって出してきたのか。なぜ一審で主張しなかったことを控訴審になって初めて主張したのか。原告側はその意図を訝るとともに、文書の信用性に疑問を抱いた。その理由は、次に挙げるようにいくつかあった。

  1.  受託研究中止届に記載された「平成8年6月1日~平成9年3月31日」という「研究期間」が、ノイトロジン特別調査のプロトコールに記載された「試験期間(登録集積期間)」の「平成7年9月~平成9年8月」と異なる。
  2.  被告側が証拠として提出した「ノイトロジン特別調査症例登録」と記載された、国立金沢病院産婦人科から中外製薬に送られた文書には、日付として「96.01.12」、化学療法開始は「H8.01.13」と記されており、受託研究中止届に記載された「平成8年6月1日」より以前からノイトロジン特別調査が始まっている。
  3.  受託研究中止届に「研究担当者」として記載されているA医師の署名は、原告、被告双方が証拠として提出したKさんの症例登録票に記載されているA医師の署名と筆跡が異なる。
  4.  A医師は一審での証人尋問において、ノイトロジン特別調査が平成9年(1997年)3月に中止になったとは一切証言しておらず、北陸GOGクリニカルトライアルの被験者はノイトロジン特別調査のプロトコールにおける投与基準を満たしたときには当然に同調査の対象となる旨証言しており、証拠として提出された症例登録票から北陸GOGクリニカルトライアルは平成10年(1998年)6月23日まで続けられていたことからしても、受託研究中止届記載の研究期間に止まらず行われていたことは明らかである。

 井上教授は証人尋問に先立って、2004年8月17日付の陳述書を提出した。その中で、北陸GOGクリニカルトライアルは、文書による被験者からの同意取得が1997年の厚生省令(GCP)で義務づけられた新薬治験に該当しないからGCPの適用を受けず、説明と同意取得は不要との主張を繰り返すとともに、一審判決後の2003年7月30日に厚生労働省が施行した「臨床研究に関する倫理指針」に照らしても、インフォームド・コンセントは必要なかった、と主張した。井上教授の論理はこうだった。

拡大「保険適応が認められた薬剤を、その薬剤の説明書の使用方法及び使用量において使用する行為は、完全なる裁量行為」と記された井上正樹教授の陳述書
 臨床研究に関する倫理指針は、ヘルシンキ宣言に示された倫理規範や我が国の個人情報保護に係る議論などを踏まえ、研究者らが遵守すべき事項について、初めて厚生労働省が指針を示したものだ。この指針の適用を受ける臨床研究については、研究者らは、被験者に対し、必要な事項について十分な説明を行い、文書で同意を得なければならないとされた。しかし、指針はその「適用範囲」の例外として、「診断及び治療のみを目的とした医療行為」を挙げている。北陸GOGクリニカルトライアルは、北陸地方の医師に適正な投薬量を示し、適切な治療を行うことを目的としており、「治療のみを目的とした医療行為」に当たると考えられ、したがって、この倫理指針に照らしても、1998年当時行われた本件クリニカルトライアルは、その適用がなく、文書によるインフォームド・コンセントを必要としない臨床研究の範疇にあると考えられる――。

 指針には、「診断及び治療のみを目的とした医療行為」でインフォームド・コンセントが不要な「臨床研究」が存在するとは明記されていないが、井上教授の主張は、そのような臨床研究があることを前提に展開されている。

 井上教授に対する証人尋問では、はじめに国立大学法人金沢大学の代理人が主尋問を行った。代理人は北陸GOGクリニカルトライアルのプロトコール(乙第12号証)を示しながら、その作成経緯やCAP療法とCP療法の比較について尋ねた。そのやり取りを尋問調書から引用してみよう(元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた)。

 ――これが本件で問題となっているクリニカルトライアルのプロトコール、治療指針でございますけれども、証人はこのプロトコールを作成されましたか。

 井上教授 ええ、そうです。私がつくりました。

 ――この乙第12号証の内容で、プロトコールとして治療内容が決められていますが、この治療内容のプロトコールというのは、これをやってみて何か初めてわかるといった試験的な性格というのが、何かあったんですか。

 井上教授 この治療法は、標準的治療で保険適応もありますので、これによって何か全く予想もしない新しいことが見つかるということは、まずないと思います。

 ――ここで比較対照になっているCAP療法、CP療法自体は、どちらも平成10年(1998年)当時に標準的治療法ですか。

 井上教授 そうです。どちらも世界的に使われている基本的なゴールドスタンダードと言われている治療法です。

 (略)

 ――このようにCP、CAP療法に差がないということは、平成9年(1997年)から平成10年(1998年)にかけての当時、婦人科腫瘍の専門医の間では、よく知られていた事実でしたか。

 井上教授 それは当然のことです。みんな学生の教科書にもそういうふうに書いてありますし、我々腫瘍を専門にやっている人間は、当然のこととして理解しております。

 (略)

 ――CAP療法、CP療法、一応薬剤が違うので、あえて差があるというふうに言われれば、どこら辺にあるんでしょうか。

 井上教授 最初は、ヨーロッパでCAP療法というのが開発されて、それが一般に使われていたんですけれども、アドリアマイシンというのは心毒性といいますか、長期使うと心不全を起こす症例がちょくちょく見つかってきまして、アメリカを中心にCP療法がだんだん使われるようになってきて、その当時は優劣つけがたい治療法として両方使われていたと。したがって、強いて言えばアドリアマイシンが入っているのは心臓に負担がかかるので、使いにくいと。それから、アドリアマイシンというのは脱毛がひどいので、コスメティックに、毛がまた生えてくるんですけども、一時的にお坊さんのようになってしまうので、嫌がる医者もいるし、患者さんもそれを見て嫌がる人もいます。だから、ほとんど副作用としては個人差の方が強いので、これを使ったから必ずこれが出るというふうな、明確にはなかなか言えないと思います。

 ――そうすると、あえて言うならば、心臓にもし疾患が疑われるような場合であれば、CAPは避けると。

 井上教授 そうです。

 (略)

 ――本件クリニカルトライアルの目的については、日本では適正量が投与されていないという指摘もあったということもあって、北陸地方の医師に適正量を指導することにあったということなんですけれども、そういうところの関係で、北陸GOGという団体をつくられていますが、その趣旨はどういうことなんですか。

 井上教授 これは、私がこちらに大阪から金沢に来て、ちょうど10年ほど前に来たんですけれども、そうしますと今言われたように、病院によって抗癌剤の量が、それは全国的にそうなんですけども、少ないと。病院によっては非常に治療成績が悪いということで、そういう状況の中で金沢大学、北陸に来たわけですけども、そうしますと北陸の各病院というのは、小さな病院が多いんです。一人で、例えば能登半島なんか七つほど病院ありますけども、お産もしながら癌のこともしないと、産科、婦人科学というのは、二つの学問領域をカバーしていますので、全然別の病気なんですけど、お産とかいうものをしながら、癌の末期の患者さんとかするということで、やはりなかなか十分量の抗癌剤を投与するのができないような状況にあったということと、それからお互いにコミュニケーションがとれていないということで、こういう治療をやればいいですよとかいう、そういう情報がなかなか末端にまでしみ通っていなかったということで、我々はこっち来たときに北陸GOGという医者の勉強会を北陸3県の先生方に呼びかけて集まってもらって、そういう組織をつくった。その目的は、北陸の婦人科腫瘍に関してのレベルアップを図って、適正な治療をすることによって社会貢献をすると、医者としての癌に対する治療成績を上げるということを目的に、その会というのは毎年2回勉強会を行って…………。

 ――そのような会をつくって、勉強会などを行っていると、そういうことですね。

 井上教授 そうです。

 ――本件クリニカルトライアルでは、そういう卵巣癌の適正な治療、投薬量を指導するために行ったということですけれども、これをクリニカルトライアルという形で、比較研究の形にされたのはなぜなんですか。

 井上教授 だから、私が10年前にこちらへ来ましたときには、お互いにどういう先生がおられるかよくわからないわけで、そういうふだんのコミュニケーションもできていないわけで、そういったときに上から、上というか関連病院、大学というピラミッドの中での教室で、こういう治療法をしなさいというふうに末端の方に、末端というか地方の病院に指示を出すようなやり方をするということが非常に問題があるわけで、お互いにコミュニケーションを図りながらその会に参加していただくということで、お互いに情報交換していろんな病気の内容を検討し合うということで、そういう形にした方が、その会に参加して自分もその一翼を担っているんだというふうな印象を先生方に持っていただくという、そういうことでそういうプロトコールのようなものをつくったわけです。

 (略)

 ――本件クリニカルトライアルのような形で投薬量を指導するということは、当時日本国内で、ほかでも行われていたんですか、CAP、CPを比較するというような形で。

 井上教授 比較するということを目的にはしていなかったと思うんですけども、そういった効果は、外国では全く同じ効果であるというのはわかっているんですけど、日本人では差が出るのではないかとか、それから副作用に少し差が出るんじゃないかとか、ほかの新しい治療薬と比較する基準の標準的治療としてCAP、CPを使ったりはしておりました。

 ――標準的治療で確立しているとしても、その中でもよりよい治療を目指すという意味で、データをとるという意味はあったと、そういうことですか。

 井上教授 そういうことです。

 ――そして、そのような研究は、日本のほかのところでも行われていたんですね。

 井上教授 そういうことです。

 インフォームド・コンセントについては次のようなやり取りがあった。井上教授の証言からは、治療と研究を峻別する必要があるいう認識はうかがえない。

 ――インフォームドコンセントの関係を聞きますけれども、CAPをするにしろCPをするにしろ、化学療法を患者さんに始めるに当たっては、その説明と同意というのは必要だと考えますか。

 井上教授 もちろんそうです。

 ――それは、平成10年(1998年)当時も当然そうだったと。

 井上教授 そうです。

 ――その上で、さらにCAPにするかCPにするかということを患者さんに説明するというようなことを証人がこれまでにやったことはおありですか。

 井上教授 いや、それは言ったことはないです。といいますのは、CAPとかCPというのが治療法がありますよと、ヨーロッパで今ちょっと説明しましたようなことがあって、今世界的に同等に使われておりますよと、それでCAPをどっちかというと私はよく使っていたんですけども、CAPを使いますけど、いいですかということで説明して同意を得ていると、そういうのが現実だと思いますし、よその病院の先生方は具体的にどのようにされているのか知りませんけども、CAPの説明だけされて投与されているところもあるでしょうし、CPの説明だけされて、自分がいいと思ってそうされているところもあると思います。

 ――CAPもCPも、例えば心臓に疾患の疑いがあれば別としてCAPを避ける、CPにするとしても、そういう心臓の問題とかが特にない場合、どっちかにお医者さん最終的に決めて投与しなきゃいけないと思うんですが、決め手というか、どういう基準で決めているものなんでしょうか。

 井上教授 どちらも同じ、アドリアマイシンというのが入るか入らないかだけなんで、ほとんど治療法としては効果も一緒というのはたくさんの論文が出ていますので、あとは医者の好み、説明するに当たっての。特別に心臓が悪いとか、強度な貧血があるとかいうような場合には、CPをしているところもあったかもしれませんけど、大きな要因は先輩医師に教えてもらったものを、一番なれたものを使うというのがやっぱり医者として原則ですので、なれた治療法をやっていると、その要因が一番、その量に関してもそうですけど、多いんじゃないかと思います。

 ――そうすると、お医者さんもどちらかというと経験を重視して選ぶということになりますということになるんですね。

 井上教授 そうです。

 ――そうすると、患者さんから見て自分が決めて、どっちを選んだらどう自分の生活なり副作用に差があるというものは、ちょっとはっきりしないということなんでしょうか。

 井上教授 うん、はっきりしない。医者自身もどちらがいいか、1人の患者さん目の前にして、CAPがいいのかCPがいいのか決められないような状態がそれはほとんどの場合なんで、それを患者さんにどちらか決めてくださいというのは非常に酷だし、専門家としての責任を放棄していると思います。

 ――このクリニカルトライアルに登録することについて同意が必要だったかどうかというようなことも問題になっているんですけれども、平成10年(1998年)1月当時ぐらいのころに、治療的には標準な治療をする、ただその治療結果を集積するという場合に、その結果を集積して研究の材料にしますよということを患者さんに同意をとるということは、医学界でなされていましたか。

 井上教授 最初プロトコールつくった時点は平成6年(1994年)ですから、患者さんの治療をしたのは平成9年(1997年)の終わりから平成10年(1998年)ですけども、その当時は大学病院で治療した人を後でまとめて発表しますよということを一々患者さんに、毎回毎回その当時は同意をとっている、文書で同意をとるというようなことは大学全体としてもしていなかったし、全国的にやっているような病院はなかったんじゃないかと思います。

 この訴訟では、腎機能を低下させる可能性がある抗がん剤のシスプラチンの投与量を減量すべきだったか否かが大きな争点の一つで、原告側は、腎機能の指標となる

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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