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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

被告国依頼の意見書を「プロトコールを見ずに作成」と告白、謝罪した大学教授

金沢大学病院「同意なき臨床試験」(12)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。愛知県がんセンターの「治験プロトコールに違反した抗がん剤投与」に続くその第2弾として取り上げるのは、金沢大学病院で行われた抗がん剤の臨床試験で説明を受けないまま被験者にされた女性の遺族が国に損害賠償を求めた「同意なき臨床試験訴訟」である。この訴訟では、新薬の治験ではなく、薬事承認を受け、保険診療が認められていた薬を用いた臨床試験におけるインフォームド・コンセント(informed consent、IC)のあり方が問われた。第12回では、控訴審判決が出た後に開かれた公開シンポジウムで、金沢大学の求めで裁判のための意見書を書いた別の大学教授が間違いを認めて謝罪した経緯を取り上げる。

拡大金沢大学病院
 控訴審判決に対する批判の声は訴訟当事者以外からも上がった。

 この連載ですでに取り上げた「愛知県がんセンター治験訴訟」の原告弁護団長を務めた光石忠敬弁護士は「年報 医事法学20号」(2005年8月10日発行)に発表した「金沢大学病院無断臨床試験事件」と題する判決紹介で、控訴審判決が北陸GOGクリニカルトライアルの症例登録について説明し同意を得る義務があったか否かという争点に入る前に、新たな争点として、①治療法選択に当たっての説明義務違反の有無、②高用量のシスプラチン投与に当たっての説明義務違反の有無を設けたことを取り上げ、次のように指摘した。

 しかし、診療か研究かにつき本件試験1(※筆者注=北陸GOGクリニカルトライアルのこと)に症例登録された事実を認定し非診療と判断しながら、診療を前提とする争点を設定すること自体矛盾である。なぜなら、インフォームド・コンセント原則は診療と研究で同質・同程度ではなく、研究では厳格でなければならないから、これらを同質視して説明義務違反の有無を論じることはできないからである。

 さらに光石弁護士は、愛知県がんセンター治験訴訟でともに原告側代理人を務めた増田聖子弁護士、原告側の証人として法廷で証言した福島雅典・京都大学教授とともに、厚生労働省の「治験のあり方に関する検討会」に提出した意見書においても、金沢大学病院の臨床試験をめぐる訴訟に言及した。同検討会は、2004年12月の厚生労働、規制改革担当両大臣による「いわゆる『混合診療』問題に係る基本的合意」に基づき、未承認・適応外薬を保険診療と併用して使うことを可能にする制度の創設などが検討課題となる中、2005年3月に設置された会議である。

 光石弁護士らは同年6月28日付の意見書で、薬事承認申請を目的とする「治験」以外の臨床研究が法で管理されていない現状の問題点を指摘し、「被験者保護法制の確立」や「研究と診療の区別の明確化」の必要性を訴えた。その中で、金沢大学病院の比較臨床試験をめぐる訴訟において被告側が「承認された医薬品を用いたのだから臨床研究とはいえない」と主張していることについて、「人を対象とする医科学研究や臨床試験の概念が法のレベルで議論されていないことに起因する」と指摘し、「(愛知県がんセンター治験訴訟と金沢大学病院の比較臨床試験をめぐる訴訟の)二つの裁判例は、被験者の権利が法をもって擁護される必要性を明確にしている」と述べた。

 この意見書が提出された後、金沢大学病院の比較臨床試験をめぐる訴訟で原告側を支援してきた打出喜義医師も、国に対して書面で意見を伝えることにした。2005年9月27日付で、内閣総理大臣、厚生労働大臣、厚生労働省の担当局長らに宛てた「既承認薬のランダム化比較試験は臨床研究ではないので被験者のインフォームドコンセントは必要ない、とする国および治験の権威者の見解を問い、被験者保護法の確立を求める上申書」を提出したのである。

拡大打出喜義医師が被験者保護法などの制定を求めて内閣総理大臣らに宛てて送った上申書
 打出医師はこの上申書で、裁判経過の概略を述べ、被告である国が「(北陸GOGクリニカルトライアルに)症例登録されてもされなくても、受ける治療内容に差異がなかったのであるから、殊更に説明を要するべき事項ではなかったと考えられる」などと主張していることや、そうした主張が金沢大学内外で「治験」や「臨床試験」について指導的立場にいる大学教授の意見書によって支えられていることを指摘した。そして、そうした指導的立場にいる3人の大学教授が書いた意見書の一部を、教授の個人名などを伏して、上申書に転載した。それらはすでに本稿で紹介済みだが、「(北陸GOGクリニカルトライアルで用いられたCAP療法とCP療法は)用法・用量に関しても保険適応内の妥当な治療であって、例え事後、両療法の治療成績を集計し比較したとしても、何ら問題のない自主研究の範疇である」「化学療法による好中球減少症の患者に対して、ノイトロジン製剤(保険適応内)を投与し、後日にこれを検証することは、特別調査に位置付けられ、『臨床実験』に該当しないことは明らか」「ノイトロジンを保険適応内で使用していることから試験には当たらず調査に該当し、患者からの同意取得は義務付けられていない」などと、卵巣がん患者を対象に無作為でCAP療法、CP療法を割り付けた比較臨床試験も、その試験の被験者を対象としたノイトロジンの特別調査も、保険で認められた範囲の投与方法を用いているから、臨床試験には該当せず、患者への説明は不要という、被告側の主張を裏付ける内容になっていた。打出医師はこれら3人の意見書と二つのプロトコールの記載内容を対比しながら、「もし、治験や臨床試験について指導的な立場にある各氏のご意見がここに示されたとおりであるならば、現行体制下の治験における被験者の保護も実質的に確保されていると言うには疑わしいと思わざるをえません」と記し、光石弁護士たちの意見書と同じく、被験者保護法制の整備を求めた。

 打出医師が国に上申書を提出してから約4カ月後の2006年2月4日、仙台市内で「臨床研究の倫理――被験者保護システムの展望」と銘打った公開シンポジウムが開催された。日本学術振興会の人文・社会科学振興研究事業に属する研究プロジェクト「医療システムと倫理」と東北大学21世紀COE「CRESCENDO」の共催によるシンポジウムだった。打出医師も報告者の一人として出席し、「日常診療と臨床研究との狭間で――同意なき臨床試験裁判から」という演題で講演した。北陸GOGクリニカルトライアルとノイトロジン特別調査のプロトコールや、原告、被告双方が提出した症例登録票を示しながら、訴訟の経過や争点、金沢地裁と名古屋高裁金沢支部の二つの判決内容について詳しく説明した。

 講演で打出医師は、国への上申書に記載した「臨床試験の指導的立場にいる大学教授」の意見書も紹介した。その一つが、山口大学医学部附属病院薬剤部長の神谷晃教授が書いた意見書だった。その意見書は、金沢大学病院でのノイトロジン特別調査について「保険適応内で使用しているから、患者からの同意取得は義務付けられていない」と記していた。実は、神谷教授はこの日の公開シンポジウムの報告者の一人で、打出医師に先立って、「臨床試験実施施設における臨床試験審査の現状と問題点」と題する講演を行っていた。

 報告者の講演やその後の質疑応答の内容が詳細に記録されている公開シンポジウムの報告書によると、打出医師は神谷教授の意見書の概要を紹介した後で、次のように話した。

 私はこの意見書を見せてもらったときも、さきほどの話ではありませんが、多分神谷先生は、そういうプロトコールを全然ご覧になっていないというか、また汚い言葉を使いますが、「だまされて」お書きになったのではないかと思ったわけです。その後もずっとお電話をするか、お手紙を書こうかと思っていましたが、全然存じ上げないのにそんなことをしてもいけないかと思いまして、そのままになっていました。

 報告者の講演が終わった後に行われた総合討論の冒頭、神谷教授は次のように発言した。

 私の方からは、まず打出先生に謝りたいと思っていますので、最初にそのことを話させてください。私もやはり意見書を求められたときに、十分なインフォメーションはありませんでした。先ほどの私の発表の中でもありましたが、プロトコールがおかしいものはずっと見てきています。しかしこの場合は、残念ながらプロトコールは見ていません。与えられたインフォメーションは、G-CSFの投与量は保険適応範囲内の量であるということ、そこから始まったインフォメーションで、実際にはそのことが一つの文書の中に入ってきたところです。実際、市販後調査の調査と研究的調査は、製薬会社が自ら実施できるものではないというのが私自身の基本的な考え方です。それで、今回与えられた命題は、ノイトロジンの市販後調査についての意見を述べてください、それを市販後調査として一般的に考えた場合とこの場合と、という形で確か求められたと思います。それでこういうことを書きましたが、実際にこれが今、打出先生が言われたような方法で使われるということはわかっていませんでした。裁判の内容は全部知りませんので、判決が出る前の状態ですし、本当に申しわけないことをしたと思っています。

 全容がわかっていれば、私はもともと臨床研究を無断でやることに対する痛烈な批判者ですから、絶対にこのような意見は書きません。これは申しわけないと思っていますから、まず謝りたいと思います。その上で今日のような話をしているということはわかってください。今日のお話は、とにかく私自身としては、プロトコールの出来が悪いのは、結局それをオーケーしてやる医師も悪いということになりますし、一番迷惑をこうむるのは患者さんだと考えています。ですから、これに関しては、本当に申しわけないことをしたということをお伝えしたいと思います。

 この後、打出医師が名古屋高裁金沢支部判決を不服とする原告側が最高裁に上告中であることに触れ、「最高裁に出せるかどうかはまだわかりませんが、今おっしゃったような内容をそこに出していただければ、私としては非常にありがたいです」と、神谷教授に意見書の書き直しを要望した。これに対し神谷教授は、「もちろん、正確な情報に基づいた正確な内容の意見書に書き改めたいと思いますから、要求があれば当然のことながらやります。私はそういう主義で、間違ったことをほうっておくことはしないし、実際にいろいろなところでそれをやってきました」と述べた。

 シンポジウムの報告書によれば、総合討論の中で神谷教授は、意見書は金沢大学病院の薬剤部長だった宮本謙一教授からの依頼で作成したことを明らかにした。宮本教授は2014年3月に大学を定年退職している。筆者は本稿執筆のため、2018年3月に書面で宮本氏に取材を申し入れ、訴訟での被告側の主張の理由や、意見書作成の経緯などについて質問を送ったところ、宮本氏から丁寧な返信が届いた。

 その中で宮本氏は訴訟当時の状況について、「臨床試験のための新GCP施行(平成10年)、臨床研究のための倫理指針の制定(平成15年)など、医療や臨床研究を取り巻く環境やルールが大きく変化した時期と全く重なっていた」としたうえで、新GCP施行前に始まっていた医師主導の臨床研究であった北陸GOGクリニカルトライアルはプロトコールや実施方法に未熟な点があったものの、「敢えて言えば、平成10年以前(新GCPや倫理指針が出る前で且つ、本院に臨床試験管理センターが設置される前)は本院に限らず全国的に医師主導の臨床研究では、口頭同意がほとんどであり(且つ、カルテ記載は無い)、文書同意をとることは稀であり、インフォームドコンセント(IC)が不徹底であったことは否めない」と振り返った。

 一審

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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