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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

大学のハラスメント調査委が「研究至上主義による患者軽視」を指摘

金沢大学病院「同意なき臨床試験」(15)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。愛知県がんセンターの「治験プロトコールに違反した抗がん剤投与」に続くその第2弾として取り上げるのは、金沢大学病院で行われた抗がん剤の臨床試験で説明を受けないまま被験者にされた女性の遺族が国に損害賠償を求めた「同意なき臨床試験訴訟」である。この訴訟では、新薬の治験ではなく、薬事承認を受け、保険診療が認められていた薬を用いた臨床試験におけるインフォームド・コンセント(informed consent、IC)のあり方が問われた。最終回では、内部告発者となって原告側を支援した医師が13年前に終結した裁判をいまどう受け止めているのかを、大学に求めたハラスメント調査の結末とともに紹介する。

拡大厚生労働省内の記者クラブで記者会見する打出喜義医師(右)=2006年4月26日午後5時11分、東京・霞が関で
 2006年4月の刑事告発や行政処分の要望の際に検察庁や厚生労働省に伝えた「ハラスメント被害」について打出喜義医師は、その前年に金沢大学のハラスメント調査委員会に調査を申し立てた。大学などの学内で、教授がその権力を濫用して学生や配下の教員に対して行う嫌がらせ「アカデミックハラスメント」の被害に遭った、という申し立てだった。2005年11月10日付の申立書で打出医師は、自分が受けたハラスメントの具体例として次の五つを挙げた。

  1. 教授からの退職勧告
     教授室へ呼ばれての度重なる執拗な退職勧告に精神的にも追い詰められた。
  2. 裁判で提出された陳述書
     教授は2000年12月25日付で裁判所に提出した陳述書に「善良に、謙虚に、誠心誠意業務を遂行している医局員は、過去5年間、打出医師が絡んでいると推測される破廉恥な投書等に悩まされ続けており、今回、本件訴訟にも打出医師が関与していることが明確になるに及んで、医局員全員あきれるばかりでありました」などと、いわれなき感情的文言を記した。
  3. 臨床活動への妨害
     金沢大学病院産婦人科で行われた手術への関与(執刀・指導)は、1995年は25%、1997年にはほぼ3例に1例に達していたのに、患者が無断で臨床試験の被験者にされたことを知り、教授に「そのような臨床試験は、即刻止めるべきだ」と直談判した1998年から徐々に減っていき、ここ数年は、自分が担当する患者の手術以外には、ほとんどお呼びがかからない状況になっている。
  4. 他大学での講演妨害
     2004年10月に鳥取大学大学院医学系研究科長から金沢大学病院長宛てに、同年11月に山梨大学長から金沢大学長宛てに、非常勤講師委嘱願いがあったにもかかわらず、直接の上司に当たる教授の印がもらえないということで、せっかくの非常勤講師委嘱願いが反故にされた。二度にもわたるこのような暴挙は、大学に在籍する教員一人一人の自由な表現活動・学問の自由を担保する面からも、絶対に看過できない事件であったと考えている。
  5. 収入妨害
     大学病院の医師のアルバイトは兼業許可のもとで寛大な措置がとられていたが、1998年を境に激減し、2002年と2003年は1995年の2割となった。2004年に微増したが、これは、ある病院へアルバイトに行っていた医師の都合が悪くなり、同年11月に急きょ自分に回ってきたためである。しかし、兼業許可の書類に教授の印がもらえなかったため、同病院への出張は医局の指示でありながら兼業と認められず、自分の年休を使って出張しなければならないという状況が約2カ月も続いた。年休を使って、医局から指示された定期の出張をしているのは、医局の中で自分だけだったので、明らかな異常事態であったと思っている。

 打出医師は申立書を次のように結んだ。

 使い古された言葉ですが、やはり、医療は「患者」中心、大学は「理」中心であるべきです。ところが、医療において患者を中心に据えようとすると、そこに医局という絶対的ヒエラルキーが立ち塞がってくる。そうして、その頂点に位置する教授の言には絶対服従の中で、医療に身を捧げようと志した若い医師らは、患者からだんだんに離れていく。

 もし、このような負の連環が金沢大学の中にもあるとしたら、金沢大学は、もうここら辺で、それを潔く断ち切るべきです。

 金沢大学の「理」のもと、本調査会が、早急に、そうした負の連環構造の抜本的改革に向けての第一歩をしるされますよう切望する次第でございます。

 他大学から打出医師への講演依頼はどのようなものだったのか。

 鳥取大学からの依頼は、一般市民も参加できる大学院公開セミナーとして開催する講演会において、打出医師に「患者中心の医療と医療者の役割~臨床試験における患者の権利と医師の義務」という題で自身の体験も踏まえて話をしてほしい、というものだった。

 山梨大学からの依頼は、「医療の倫理」をテーマに1回2時間の授業をしてほしい、というものだった。

 打出医師の申し立てから約2カ月後の2006年1月20日、金沢大学のハラスメント調査委員会は委員会の結論とそれに基づく大学の対応について、文書で打出医師に伝えてきた。打出医師によると、調査委員会は打出医師の訴えのうち、「退職勧告」についてはハラスメントと認定し、何らかの処分が必要と結論づけたものの、それ以外の事項については明確にハラスメントと判断しなかった。そのほか調査委員会は、「日常的な暴言」については何らかの指導が必要で、「医局のハラスメント構造」、「教授の研究至上主義による患者軽視」について指摘し、何らかの対応が必要とした。大学の対応としては、学長が教授に文書で厳重注意を申し渡したほか、「暴言」と「研究至上主義」についても直接指導を行った、とされる。

 打出医師によると、教授は最初、同じ大学の保健学科助教授への「栄転」を打出医師に勧めた。しかし、それを断ると、執拗に退職を勧告するようになったという。退職の「強要」と受け止めた打出医師は、「言った」「言わない」のトラブルに発展しないための防御手段として、教授室に呼ばれる時にはポケットに録音機器をしのばせて会話を記録するようにした。ハラスメント調査委員会が教授の退職勧告をハラスメントと認定したのは、かろうじてその「証拠」があったからだと打出医師は思った。

 自分が受けた「精神的苦痛や経済的損失」に比べてあまりにも「軽い処分」であると受け止めた打出医師は、その気持ちを、告発状とともに金沢地検に提出した陳述書に記したのである。

 打出医師は「同意なき臨床試験訴訟」が終結してから8年後の2014年3月まで金沢大学に勤務し、61歳で退職した。患者(以下、Kさんと言う)の遺族と自分が所属する組織とが争う訴訟において遺族の側を支援しながら仕事を続けることには大きな困難が伴った。これまで述べてきたような数々の嫌がらせを受ける中で、退職を考えたこともなかったわけではない。それを踏みとどまらせたのは、前任教授だった西田悦郎氏の次のような助言だった。

 悪いことをしているわけではないのだから、何を言われても我慢しろ。外へ出た途端つぶされるが、大学にいる限りは大丈夫だ。自分の体の中にいる虫はつぶせない。

 打出医師によれば、大学にいた当時の西田氏は風変わりな教授として知られていた。製薬会社との過度な付き合いを避け、どんな危険性があるかわからない新薬にすぐに手を出すことはせず、「評価が定まってから使えばよい」というのが持論だった。医学部の学生に対する講義でも、産婦人科の話はそっちのけで「人生」について語ることがよくあった。臨床医が片手間にする研究などでは大した成果が出るはずがないと考えていたので、医局員たちに無理して論文を書けとは言わなかったという。

 医局員たちを相手に戦争中の話もしてくれた。「同年配の優秀な人たちが戦争で大勢死んだことを心に刻みながらやってきた」という西田氏の言葉を、打出医師は「謙虚になれ」というメッセージとして受け取った。

 教授時代の西田氏が口癖のように言っていたのが、「何があっても本給だけで生活できるようにしろ」ということだった。打出医師は、アルバイトをあてにして生活が破綻することを戒める恩師の教えを守ってきた。そのおかげで、アルバイトができなくなっても何とか生活を維持することができた。西田氏は、患者の側で訴訟に関わった打出医師の行動を評価し、応援してくれた。

 そもそも、打出医師が医療においては患者の人権(人格権)が最優先されるべきであると考え、それが問われた訴訟で患者遺族の支援に立ち上がったのは、西田氏の考え方に影響を受けたためだった。

 西田氏は医師免許を取る前の医学生の産婦人科臨床実習にも消極的だった。打出医師がその理由を尋ねたところ、西田氏はこう答えたという。

 医学生には患者を使って実習する権利はあるだろうが、患者にはそれを拒否する権利もある。互いの権利がぶつかり合う場が大学病院の臨床実習だとしたら、教育者として、医師として、そこの案配をどうすればよいかと考えれば、その答えは自ずと出てくるではないか。

 打出医師は訴訟に関わるようになってから、西田氏のこの言葉を思い出し、大学病院で「患者の権利」に言及する者がいなかった時代から、自分の恩師がそれについて深く考えていたことを理解した。

 「同意なき臨床試験」訴訟の被告側は一連の経緯をどう受け止めているのか。

 北陸GOGクリニカルトライアルの責任者で、1994年から2012年まで18年間、金沢大学医学部産婦人科教授だった井上正樹氏は2015年に67歳で亡くなったので、筆者は取材ができなかった。ただし、筆者の同僚である奥山俊宏記者が2006年4月に井上教授に話を聞いているので、その内容を紹介したい。

 4月7日、井上教授と奥山記者は次のように電話で会話した。

 ――産婦人科学会の雑誌に当時発表されている抄録を拝見すると、「インフォームド・コンセントが得られた」と(なっている)。

 そうそう、口頭でね。文書では保険診療薬とかそういうものはそれほど認識がなかったわけですわ。でも、あとで「聞いてない」と言われたときに文書があったほうがいいわねぇ。

 ――Kさんについては口頭での説明は?

 もちろん、してますよ。

 ――ただ、Kさんについては「(クリニカルトライアルは)やってない」と、ずっとおっしゃっておられた。

 治療は説明してます。

 ――クリニカルトライアルの対象…

 クリニカルトライアルといっても特別な治療をしてたわけじゃなくて、治療をしていた人を、半々になるように集めて報告したということだけなんで、それはもう何ら問題もないことやね。
 途中でやめた人とか、量を減らした人とか、いくらでもあるしね。だから、最初は形としてはそういう形になってるかもしれんけど、実際は途中でやめたり、よその病院から寄せ集めて、だいたい半々になったわけやね。Kさんは全然そういう症例の中には入ってないんですけど、最初、そういう治療をしようとしたときに名前が入ってたもんだから、集めようとした中に入ってたんですけどね。実際は、症例をまとめたときには含まれてないんですわ。だけど、そんなん言うたって、裁判所は「一時的でも含まれていたら、そういうこと、他事目的を患者さんに説明しとかなダメですよ」ということやね。それは我々も理解できるから。
 ぼくらは説明したつもりだったけど、説明が足りなかったんじゃないか、ということで反省もしたわけやな。だから二審の判決は受け入れているわけですわ。

 裁判では、他事目的説明義務違反について「診療契約上の債務不履行にあたる」のみならず、「診療にあたった医師の不法行為にも当たる」と指摘されている。この指摘について、ファクスを送った上で4月13日、奥山記者が電話をかけて見解を求めたところ、井上教授は次のように答えた。

 説明不足というのは言い方によっては不法行為になるわね。ちゃんと説明するということが義務づけられているのに説明しない、と。で、何を説明しなかったかというと、抗がん剤をしたとかしないとか、どういうものをやったという説明じゃなくて、患者さんの、臨床研究の一環に、その治療成績を使ったという、その他事目的やね。だから裁判に書いてあるように「他事目的、医療以外の他事目的がいささかでもあれば、それを説明しなさいよ」ということなんよ。だからそんな大袈裟なね…。だから、ぼくら、説明したつもりだし。説明したつもりだったんだけど、患者さんが十分理解されてなかったということで、まぁ裁判になったわけやね。

 ――他事目的について、裁判の認定では「説明していなかった」という認定になってますよね?

 裁判の説明(認定)では、「認定(説明)していなかった」ということになってるわね。ぼくらは説明したつもりやったけど。それはなんでかいうたら、口頭で説明するとかせんとか、聞いたとか聞かんとかいう話で。証拠がないわけですわ。そやから、そういう、抗がん剤の説明はちゃんとしてるんですよ。

 ――ただ、クリニカルトライアルの対象にしたということは口頭でも説明しておられなかった?

 いや、してます、口頭で。そやけど、Kさんに関してはそこに登録、登録っていうか、そこに入ってないから、説明はしていないと思いますわ。ぼくもその主治医じゃないから分からんけど。登録しようと思ったんだけど、あの人の場合は違う…、まぁ、比較的に適用するようなもんじゃなかったから。登録しようと思ったけども、そのー、じゃなかったから、説明してないわけですわ。ほかの人は別に何ら問題ない。Kさんだけ、そこでちょっと行き違いがあったんかもしれんね。だから、そのことに関しては、十分説明が足りなかったということを反省して、二審の言われるようにお金を支払ったということやね。それ以上の何にもないですわ。

 打出医師への対応については、井上教授は4月7日の電話取材に次のように語った。

 ――退職勧告に関して(ハラスメント調査委員会は)ハラスメントと認定し、で、厳重注意した、ということについてはどう思われますか?

 ぼくの認識と、現場の認識と違うと思うけど、でも、それはそういうふうにぼくは納得して受け入れてるわけやから、それ以上、何も言うこと、ないですわ。ぼくの認識が甘かった、ということやろうねぇ。ハラスメント委員会がそう決定したんだから、それを素直に受けて、「申し訳ありませんでした」ということで数カ月前にそれで話は終わってますけど。

 ――退職勧告をされたんでしょうか、打出医師に対して。

 何もないのに退路を断って辞表を出せ、とかそんなこと言ったのではなく、いろんなポストがあるから、そういうポストで活躍したらどうですかと言ったわけで。

 ――学外も含めて…

 そうそう。学外もあるし、学内もあるし。

 ――そのことは内部告発したことと……

 無関係やね。結局、大学というのは、新しい教授が来たら、年齢的に近い人はそれなりの仕事を見つけてどっかに行くのが大学人としての常識やわね、ふつうは。それに意見が合わん人は、出ていくのがふつうの一般的常識とぼくは思ってるんだけど。アメリカなんかもそうだし。それが大学を活性化するシステムだし。日本の大学人の常識としてそういうのがあったんやけど。だけど、ない人もいるからね。

 ――内部告発されたということと時期的に重なっているんですが。

 重なっているいうことと、一緒だということは、無関係やね。

 4月13日の電話取材では、奥山記者は、打出医師への対応の具体的な内容を井上教授に問いただした。

 ――おととしの忘年会で井上先生と打出医師が顔を合わされて、井上先生が「なんで、君はここにいるんだ?」とおっしゃったと。

 そんなん言いましたかね? 覚えてないですわ。「なんでこの隣の席にいるんかなぁ」と言うたんかもしれんね。隣にいたから。たぶんそんなんかもしれんし。どういう状況で言うたんか知らんけど。

 4月13日の電話取材で、奥山記者は、打出医師への対応について重ねて質問した。

 ――裁判で内部告発されて、そのあと、打出医師に対して井上教授から…

 それはなんにもしてないですわ。打出医師がそういうの後ろになっているということが分かってからは何にもしてないですわ。それと似たようなことがよその診療科で起こってたから、それを見て学習したということもあったと思うんだけど。まぁ、何もしてないですよ。話もしてないから。だから、忘年会で「君、なんでこんなとこにおるんや」と言ったのが3年ぶりじゃないですか。それ以外、話をしてない。

 4月7日の電話での会話の際に井上教授から

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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