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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

規制改革派の圧力に抗しきれず、未承認・適応外の薬の臨床試験も先進医療に

金沢大学病院「倫理指針逸脱の先進医療」(2)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第3弾として取り上げるのは、金沢大学病院で行われた臨床試験が厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反していた問題である。この臨床試験は、抗がん剤の効果を増強させるためのカフェインを併用した化学療法を、骨軟部腫瘍の患者に試すもので、厚生労働省の「先進医療」の対象になっていた。「同意なき臨床試験訴訟」の終結から8年後、ずさんな臨床試験によって再び問題を起こした金沢大学病院の責任を問う声は強く、厚生労働省はこのカフェイン併用化学療法を先進医療から削除した。この問題は、臨床試験の管理に対する金沢大学の意識の低さだけでなく、薬や医療機器の製造販売承認を得るために行う臨床試験(治験)のみを法的に管理し、それ以外の臨床試験に対しては強制力のない行政指針で対応してきた厚生労働省の政策の矛盾をも露呈させた。第2回では、厚生労働省が2008年に行った先進医療制度改革について取り上げる。

拡大金沢大学病院
 前回は金沢大学の研究グループが行っていたカフェイン併用化学療法が厚生労働省の高度先進医療として承認されるまでの経緯を見てきた。カフェイン併用化学療法が厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反する形で行われることになった背景をさぐるためには、まず厚生労働省による先進医療制度の改革について理解する必要がある。

 前回述べたように、高度先進医療は公的医療保険が適用されない新規医療技術の安全性や有効性を確認するため例外的に保険診療と保険外診療の併用(いわゆる「混合診療」)を認めるもので、差額ベッドなどとともに「特定療養費制度」の一つとして1984年に導入された。その後、小泉純一郎内閣時代の2004年の混合診療解禁をめぐる議論を経て、同年12月の厚生労働大臣と規制改革担当大臣の合意によって、保険診療と保険外診療を認める範囲が広げられることになり、高度先進医療は、必ずしも高度でない医療技術も含めた「先進医療」に衣替えすることになった。そして、2006年の健康保険法改正で特定療養費制度は保険外併用療養費制度と名前を改められた。

 すでに述べたように、高度先進医療の時代、厚生労働省は、薬事法の承認を得ていなかったり、承認を得た効能・効果、用法・用量以外で薬や医療機器を使用したりする場合であっても保険診療との併用を容認してきた。本来、未承認の医薬品や医療機器は、薬事法に基づいて厳格に管理される治験を行い、その安全性と有効性を評価すべきだが、厚生労働省にはその認識が欠けていたのである。厚生労働省は、保険診療と保険外診療の併用を認める範囲を、必ずしも高度でない先進医療にまで広げるにあたって、薬事法上の未承認、適応外使用に該当する薬や医療機器を用いた医療技術は先進医療の対象に含めないことにした。その結果、高度先進医療で認められていた、未承認、適応外使用に該当する薬や医療機器を用いた医療技術の扱いが焦点になった。カフェインの適応外使用によるカフェイン併用化学療法もその一つであった。

 厚生労働省は、これらの医療技術については、(1)薬事法上の承認申請、(2)薬事承認に向けた治験、(3)一定の要件を満たす「臨床的な使用確認試験」、のいずれかを行うこととし、2008年3月末までに、この三つのいずれかを実施していない技術については、原則として先進医療の承認を取り消すことにした。

 カフェイン併用化学療法は、(3)の「臨床的な使用確認試験」の対象となるが、「臨床的な使用確認試験」とはどのようなものなのか。この試験の対象とすべき技術の要件などや該当する技術について検討することを目的に開催された「『臨床的な使用確認試験』に関する検討会」の第1回会合(2007年6月7日)で、厚生労働省の松谷有希雄医政局長は次のように挨拶した(元号表記の後の西暦と下線部は筆者による)。

 この検討会の趣旨はすでにご連絡申し上げたとおりですが、先般の健康保険法等の改正に伴う特定療養費制度の再編により、平成18年(2006年)10月、昨年の10月から、高度先進医療と先進医療が統合されまして、新しい先進医療に一本化されたところです。しかしながら、旧の高度先進医療の既存技術の一部には、その使用する医薬品及び医療機器に、薬事法上の未承認あるいは適応外使用に当たるものが含まれていたわけです。薬事法上の未承認や、適応外使用を含む技術につきましては、今般の新しい先進医療の対象とはならないという原則となっておりますので、本来であれば、このような技術については先進医療として継続することができないということになってしまうわけでございますけれども、臨床の現場の先生方はよくご存じのとおり、すぐにこれらの医療技術を先進医療から外してしまうと、当然ながら現在も治療を継続している患者さんなどへの影響が大変大きなものになりますから、その取扱いを検討する必要があったわけです。このような背景からこの検討会を開催する運びとなったわけです。(略)必要な技術が引き続き適切に提供されるような仕組みを確立するということは大変大事なことだと私どもは考えておりますので、是非それぞれの立場から忌憚のないご意見をいただきまして、この会が有意義な前向きのものとなるようにお願い申し上げ、冒頭の挨拶とさせていただきます。

 厚生労働省が「臨床的な使用確認試験」の対象としたのは、すでに国内で承認を得ている医薬品や医療機器を薬事法上の「適応外」で使用する医療技術である。承認されていない効能・効果、用法・用量について新たに薬事承認を取得するためには薬事法に基づく臨床試験(治験)の実施が必要になるが、高度先進医療の時代から薬事法外で未承認・適応外の医薬品、医療機器の使用を認めてきた厚生労働省は、「臨床的な使用確認試験」という新たな枠組みを作って、引き続き、薬事法外で保険診療との併用による実施を認めたのである。その理由について松谷局長は、「先進医療から外してしまうと、当然ながら現在も治療を継続している患者さんなどへの影響が大変大きなものになります」と説明しているが、いまだ安全性や有効性が確認されておらず、「治療」として確立していない研究(試験)段階の医療技術について「治療」という言葉を用いるところに、実地診療と臨床研究を峻別せず、薬事法外の臨床試験を認めてきた厚生労働省の姿勢が表れていると見ることもできる。

 厚生労働省は、「臨床的な使用確認試験」の実施を認める要件として、先進医療の施設基準を満たす医療機関であることに加えて、以下の点を課すことにした。その理由は、「薬事法上の適応外使用にあたる医薬品・医療機器を試験的に使用することにより、有効性、安全性に関するエビデンスが収集できる試験であることを確保する」ためとされた。

  1. データマネージメント体制があり、臨床データの信頼性が確保されていること。
  2. 有効性、安全性が客観的に確認できることが期待でき、院内の倫理審査委員会等において認められた試験計画・プロトコールであること。
  3. 多施設共同研究の場合は、多施設共同研究としての実施可能なモニタリング体制等を確保すること。
  4. 事前に、万が一不幸な転帰となった場合の責任と補償の内容、治療の内容、合併症や副作用の可能性及び費用等について患者やその家族に説明し文書により同意を得ること。
  5. 厚生労働省が試験実施中に事前の通告なく実施中のプロトコール、症例記録の確認、臨床研究倫理指針の適合状況の確認等のために、調査に立ち入る場合にそれを受け入れること。
  6. 「臨床試験推進研究事業」(厚生労働科学研究費)その他の公的研究費により支援を得ている(又は、その見込みである)又は、応募中である場合はその旨を示すこと。

 「臨床的な使用確認試験」は薬事法外の臨床試験になるから、厚生労働省がいくら「臨床データの信用性」を求めたところで、そのデータだけでは薬事法上の適応拡大につながらない。さらに、高度先進医療から先進医療への移行に当たって、厚生労働省は薬事法上の未承認・適応外の医薬品、医療機器の使用は認めないことにした。これらの点について検討会の第1回会合で委員から質問が出され、厚生労働省の担当者との間で以下のようなやり取りがあった(肩書は当時のもの。元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた)。

 伊藤澄信・国立病院機構本部医療部研究課長 (略)この(3)のまま(※筆者注=「臨床的な使用確認試験」の対象を意味する)ですと、薬事法の承認とかそういうのを得ないまま、ずっと年余にわたって使われるということでよろしいのですか。

 猿田享男・慶應義塾大学名誉教授 結局今度は、平成20年(2008年)3月までにこれをちゃんと認めない限りは、もう、それ以後は認めない。

 伊藤 平成20年(2008年)3月までに認めてしまったら、そこから先、後ろはないということでよろしいのでしょうか。

 猿田 どうでしょうか。認めてしまえばということですが。

 北村惣一郎・国立循環器病センター総長 そうなのです。薬事承認したことにするのか。

 事務局 いえいえ。

 北村 でも、先進医療は薬事承認でなければいけないわけでしょう。

 事務局 はい。

 北村 だから、これを先進医療に移行した暁には、薬事承認のないものが入ってきてしまうことになるから、その時点で、これを薬事承認するという措置を行うのかどうか。

 猿田 たぶん、それはまた先進医療として検討して、今度は先進医療委員会のほうでもう一回やらなければいけないのではないかと。

 事務局 はい。平成20年(2008年)末までに使用確認試験の対象となった技術については、引き続き保険のほうの評価療養(※筆者注=保険診療と保険外診療の併用を認める保険外併用療養費制度の対象で、「先進医療」など将来的に保険診療に加えるための評価を行うもの。差額ベッドなど、将来にわたって保険診療に加えないものは「選定療養」と言う)とする方向で中医協で検討するという方針がもう出ていますので。

 北村 先進医療は、将来、保険医療につなぐという形を明記されておりますから、薬事の承認を受けていない機械のままで、そちらの先進医療に含めていくと、そこはどうつながるのか。

 原徳壽・保険局医療課長 私どもで考えているのは、この技術でいいものは当然保険に導入していきたいと。それまでの間、高度先進から先進医療へと仕組みが変わってしまったので、早くこの技術について薬事法の承認をとっていってほしいと、こういうのが第一義的な問題です。ただ、中には、薬事法の承認をすぐに通ってくれればいいのもあるのですけれども、そうでないというのも、機械なんかは特に症例数が少ないとかそういう問題もあるので、こういう形の中でデータを集めていって、いずれ薬事法の承認を取ってくださいと。それまでの間は、保険外併用療養の1つの類型として認めていってはどうかと考えております。ですから、これが(3)の使用確認試験になったからといって、未来永劫このままでいくというふうには到底考えていないわけでして、ここで例数をしっかり集めていただいて承認を取っていただく、そのための一定期間のものだというように考えております。

 北村 ここで決めても、薬事承認には至らない。それから、選定医療(原文のママ)として入れるけれども、保険医療につなぐ場合には、もちろん薬事法を通る努力をしなくてはいけないということですね。

  そうです。

 (略)

 藤原康弘・国立がんセンター中央病院臨床検査部長 将来的に薬事法の承認を取りにいくのであれば、治験とかいうのは結構非常にハードルが高いし、予算も非常にかかります。平成20年(2008年)3月末までにこれを適応して、その後評価療養にするにしても、いまの段階からある程度治験をやらせる。(略)きちっとしたデータが揃わないのであれば、早めに治験の計画をしていただいて、ある程度審査管理課や医薬食品局とかと相談していただいて、スケジュールを前倒しで決めていかないと。平成20年(2008年)3月末だとすぐ来てしまって、また済し崩し的に、薬事承認がどうのこうのという話が永遠に続くような気がするので、今回これを検討するのであれば、薬事法に近いものについては、例えば審査管理課と保険局等でよく相談していただいて、もっと治験に誘導するとかいう方策というのは可能なのでしょうか。それとも、そこはほかの会に任せて、今日は一定の基準をしっかり考えてくれという理解でいいでしょうか。

 新木一弘・医政局研究開発振興課長 基本的にはこの会は(3)の基準を決めていただく会ですが、いまご指摘のことは重要な事項だと思いますので、引き続き、保険局、医薬食品局と話をしていきたいと思っております。また、先ほど医療課長から説明がありましたように、評価療養から変わる段階での保険の話もございますので、それらを含めて検討を引き続きしていきたいと思っています。

 このように、「臨床的な使用確認試験」に関する検討会の第1回会合から、将来的に薬事承認を目指すのであれば、薬事法外の臨床試験をやっていてはいつまでも目標に到達しないではないかという、根本的な疑問が出ていた。しかし厚生労働省は、「薬事法外の臨床試験を保険併用で認める」ことで生じる矛盾を解消しないまま、のちに先進医療制度の中に新たな制度(高度医療評価制度)を設けることになるが、それについては後述する。

 「臨床的な使用確認試験」に関する検討会は2008年3月24日まで計5回開催され、カフェイン併用化学療法を含む15の医療技術が使用確認試験の対象として認められた。カフェイン併用化学療法の臨床試験は骨腫瘍50例、軟部腫瘍50例を対象に2008年4月1日~2011年3月31日の3年間を予定試験期間とするもので、2008年1月31日の第4回検討会で実施が認められた。福島県立医科大学、大阪市立大学、宮崎大学、愛媛大学も加わった多施設共同試験として実施する計画だった。評価の主担当者だった藤原康弘氏は評価表に、「客観的に十分な評価を行うには当該試験単独の結果では困難とも思われるが、将来的に治験や薬事申請等に繫がる地道な臨床試験の蓄積の一翼を担う試験として『適』と判断した」とのコメントを記載した。検討会の議事録によれば、そのコメントの意味について藤原氏は「(対象群のない)シングルアームの試験ですので、この1本だけでなかなかカフェインの診療上の位置づけを、決定的に言うのは難しいだろうというので、こういう表現をさせていただきました」と説明した。

 すでに述べたように、厚生労働省は保険診療と保険外診療の併用を認める範囲を必ずしも高度でない先進医療にまで広げるにあたって、薬事法上の未承認、適応外使用に該当する薬や医療機器を用いた医療技術は対象に含めないことにした。そして、それまでの高度先進医療で認められていた、医薬品・医療機器の適応外使用を伴う医療技術について一定の要件を満たしたものを「臨床的な使用確認試験」の対象とし、経過措置として保険診療との併用を認めることにした。

 ところが、その使用確認試験の対象とする技術の審査を行う検討会が開催されていた2007年の年末になって、厚生労働省は未承認・適応外の薬や医療機器を用いる医療技術の保険併用を認める新たな制度の創設を打ち出す。それが「高度医療評価制度」と呼ばれるもので、先進医療制度の一類型として位置づけられた。

 すでに述べたように、2004年12月の厚生労働大臣と規制改革担当大臣の「いわゆる『混合診療』に係る基本的合意」に基づき、高度先進医療は対象となる技術の範囲や実施医療機関の範囲を広げた先進医療に衣替えした。この制度改革にあたって厚生労働省は、高度先進医療の時代に認めていた、薬事法上の未承認・適応外の医薬品・医療機器の使用を認めないことにした。その決定内容を盛り込んだのが、両大臣合意から約半年後の2005年6月30日に同省保険局医療課長名で出された「先進医療に係る届出等の取扱いについて」と題する通知だった。これは、同年7月1日から先進医療制度が始まるのを前に、実施を希望する医療機関に求められる届け出の手続きや必要書類について記した通知で、薬事法上の承認を受けていない医薬品・医療機器の使用や、承認外の効能・効果を目的とする適応外使用の取り扱いについては次のように記載されていた。

  1.  使用する医療機器又は医薬品はその有効性及び安全性が確立していることが必要であり、薬事法上の承認を受けていること。
  2.  未承認医療機器等を使用する技術については、臨床試験(治験)を実施するなど、承認を受けることが優先されることから、先進医療の対象とはしないこと。
  3.  医療機器等を適応外使用する技術については、臨床試験(治験)を実施するなど、当該適応外の効能又は効果等に係る一部変更承認を受けることが優先されることから、先進医療の対象とはしないこと。

 薬事法外で行われた臨床試験のデータは薬事承認申請に使えないから、いつまでも薬事承認につながらず、したがって公的医療保険も適用されない。そのような薬事法外の臨床試験の実施を、医療保険制度の中の高度先進医療制度で認め、その費用を医療保険財政と患者の負担で賄ってきたことの矛盾を、先進医療制度の創設を機に解消したい、との意図が見て取れる通知である。このように明確に、薬事未承認・適応外の医薬品・医療機器を用いる技術を先進医療制度の中から排除しようとした厚生労働省がなぜ、未承認・適応外の医薬品・医療機器を用いる保険外の医療技術と保険診療との併用を認める制度を創設しようという方向に舵を切

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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