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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

金沢大学の研究者、倫理審査委の審査なしで臨床試験の実施計画を変更

金沢大学病院「倫理指針逸脱の先進医療」(3)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第3弾として取り上げるのは、金沢大学病院で行われた臨床試験が厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反していた問題である。この臨床試験は、抗がん剤の効果を増強させるためのカフェインを併用した化学療法を、骨軟部腫瘍の患者に試すもので、厚生労働省の「先進医療」の対象になっていた。この問題は、臨床試験の管理に対する金沢大学の意識の低さだけでなく、薬や医療機器の製造販売承認を得るために行う臨床試験(治験)のみを法的に管理し、それ以外の臨床試験に対しては強制力のない行政指針で対応してきた厚生労働省の政策の矛盾をも露呈させた。第3回の本稿では、金沢大学が設置した調査委員会の報告書によって明らかになった事実を見ていく。

拡大金沢大学病院
 金沢大学病院のカフェイン併用化学療法に関する調査委員会は2014年12月にまとめた調査報告書で、同療法の臨床試験を行っていた研究グループが厚生労働省による先進医療制度改革(具体的には2008年4月の高度医療評価制度の創設)の内容をきちんと理解していなかったことを、「臨床研究に関する倫理指針」違反の原因として指摘した。調査委員会の報告書によれば、調査は以下のように行われた。

 「金沢大学附属病院カフェイン併用化学療法に関する調査委員会」(以下、カフェイン併用化学療法調査委員会と言う)の第1回会合が開かれたのは2004年4月30日である。並木幹夫病院長らが記者会見を行い、「臨床研究に関する倫理指針」違反の事実を発表した8日後のことだった。メンバーは11人で、うち7人が金沢大学の関係者だった。その中には附属病院担当の大学理事や医学倫理審査委員会の委員長、附属病院の2人の副病院長(研究担当と診療・臨床教育担当)らが含まれていた。外部委員は、東京大学の特任教授や岡山大学病院の新医療研究開発センター教授、弁護士、石川県内の患者団体関係者だった。委員長を務めたのは、金沢大学病院の並木病院長と同じ泌尿器科医の赤座英之・東京大学先端科学技術研究センター特任教授だった。調査委員会の下には、再発防止策の検討と、臨床研究の適正さを検証するための二つのワーキンググループが設けられた。

 第1回会合で調査方針の検討などを行ったカフェイン併用化学療法調査委員会は5月から関係者の聞き取りを開始し、同年8月に取りまとめた中間報告書を9月8日に発表した。中間報告書に対して学内から出された意見や、その後の調査で判明した新たな事実などを踏まえて報告書の修正を行い、最終報告書に当たる「『カフェイン併用化学療法』に関する諸問題の調査報告並びに再発防止策等の提言」(2014年12月26日付)をまとめた。

 すでに述べたように、2008年4月の先進医療制度改革(高度医療評価制度の創設)に伴い、カフェイン併用化学療法を含む、薬事法上の未承認・適応外の医薬品、医療機器を用いる医療技術については、倫理審査委員会の承認を受けた臨床試験としてのみ実施することが認められるようになった。しかし、調査委員会の調査によれば、カフェイン併用化学療法を行っていた金沢大学病院の整形外科の医師たちは「臨床試験の実施が必要なことは認識したが、引き続き先進医療として、試験ではない治療としても同療法を実施できると誤解してしまった」という。先進医療として実施できるということは、薬事法上適応外であるため、保険診療で使えないカフェインの費用は全額患者に負担してもらい、その他の費用はすべて公的医療保険を運営する各保険者に請求できる(保険診療の患者一部負担を除く)ことを意味する。

 厚生労働省の制度改革への「誤解」に基づく、整形外科の医師たちの「問題事象の具体的内容」について、調査委員会は最終報告書の冒頭に以下のように記した(原文の元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた。以下、同様)。

  1. 臨床試験の症例登録を行わない患者に対する治療の実施
     上記の誤解により、臨床試験として有効なデータを得るために設定した被験者の適格基準を満たさない患者や、臨床試験としての症例登録期間の終了後(平成22年〈2010年〉4月以降)に新たに受け入れた患者に対して、症例登録を行わずに同療法を実施したことが、そのまま先進医療制度からの逸脱となった。
     被験者の適格基準には、「悪性骨軟部腫瘍に対して未治療」であることが含まれていたが、同療法の実施を希望して全国から金沢大学附属病院に来院した多くの患者が既に他の医療機関で治療を受けていたこともあり、制度から逸脱した形でカフェイン併用化学療法を実施された患者の方がむしろ多数を占めることになった。
  2. 臨床試験としての適正さに関する問題
     先進医療制度の本来の枠組みに則って、臨床試験の症例登録が行われた患者に関しても、倫理審査委員会の承認を得ずに患者の適格基準を変更したことや、臨床試験のための同意書の所在が確認できない症例が存在すること、試験計画で定めた治療レジメン(治療計画)の違反例が存在したことなど、その管理運営に不適切でずさんな点が見られた。
  3. 不透明な形での治療の再開
     上記の問題が顕在化し、平成25年(2013年)末にいったんカフェイン併用化学療法をすべて中止した後、同療法を主導的に実施してきた医師によって、希望する患者に対して、保険診療で許容された投与量の範囲内でカフェインを投与することが開始された。しかし、このような不透明な形での治療の再開は問題であるため、平成26年(2014年)4月に病院長の指示により完全に中止がなされた。

 厚生労働省が高度医療評価制度の創設をまだ考えていなかった段階で、適応外の医薬品、医療機器を用いた医療技術の保険併用を引き続き認めるために考案した「臨床的な使用確認試験」の対象としてカフェイン併用化学療法が選ばれたのは、すでに述べたように2008年1月31日の厚生労働省検討会だった。その直後の2月8日、同療法を行ってきた金沢大学病院整形外科の土屋弘行医師は病院長に対して臨床試験の実施を申請した。

 筆者の法人文書開示請求に対して金沢大学が開示した「臨床試験申請書」「事前ヒアリング結果報告書」によれば、臨床的な使用確認試験として実施されるカフェイン併用化学療法の臨床試験の目標症例数は共同研究機関の症例も含め、骨腫瘍50例、軟部腫瘍50例、Primary endpointは「術前化学療法の奏効割合」、Secondary endpointは「2年無増悪生存割合」、「無病悪生存期間」、「全生存期間」、「有害事象発生割合」だった。この試験は、厚生労働科学研究費補助金による医療技術実用化総合研究事業として採択された。前述の「事前ヒアリング結果報告書」の記載によれば、病院内でのヒアリングで「本試験を申請した理由は?」との質問に対し、説明者である整形外科医は「厚生労働科学研究費補助金による医療技術実用化総合研究事業として実施する条件として実施施設のIRB(※筆者注=倫理審査委員会を指す)の承認が必須であること。本試験の有効性及び安全性を評価することの指摘があり、本試験を院内臨床試験として申請した」と答えている。金沢大学病院は実施を承認し、2008年3月27日付で土屋医師に「院内臨床試験決定通知書」を交付した。通知書によれば、試験期間は2008年3月27日から2010年3月31日までの2年間とされた。

 しかし、この決定通知書交付日の12日前の3月15日に開かれた厚生労働科学研究班会議で、倫理審査の対象になっていた試験実施計画の一部を研究者たちが勝手に変更していたことが、カフェイン併用化学療法調査委員会の調査でのちに明らかとなった。調査委員会の最終報告書には次のように記されている。

 臨床的な使用確認試験の実施計画は、科学的にカフェイン併用化学療法の有効性と安全性とを評価できるように、同療法を実施すべき患者の適格基準を定めていた。しかし、同計画が未だ金沢大学附属病院の倫理審査委員会の審査に付されていた平成20年(2008年)3月15日に、同病院を含む5機関が参加して、厚生労働科学研究費補助金に採択された「高悪性骨軟部腫瘍に対するカフェイン併用化学療法の臨床使用確認試験」に係る多施設共同研究の班会議が開催され、そこにおいて、登録可能な症例数を増やすために患者の適格基準を緩めることが提案された。その後作成された症例登録票は、この班会議での提案に沿った形で一部の適格基準が変更されるとともに、他の適格基準に関しても解釈を緩めて症例登録が行われたが、そのことについて倫理審査委員会の承認を得るための手続きはとられなかった。

 すでに述べたように、厚生労働省は「臨床的な使用確認試験」の要件の一つとして、「院内の倫理審査委員会等において認められた試験計画・プロトコールであること」を挙げていた。この要件は、高度医療評価制度の対象となる臨床試験にも同じように課されていた。にもかかわらず、カフェイン併用化学療法の臨床試験を行う研究者たちはこれらの要件を最初から無視していたわけである。

 カフェイン併用化学療法調査委員会の最終報告書では、厚生労働科学研究の班会議の議事録の一部が紹介されており、それによると、実施計画中の適格基準で「腫瘍占拠部位は四肢に限られる」としていた点について「体幹」も加えることや、病期について「遠隔転移がない」という制限をなくすことが提案されたという。

 カフェイン併用化学療法の研究グループのメンバーたちは、臨床試験実施計画の科学性、倫理性などを第三者の立場から審査する倫理審査委員会の存在理由や目的、役割についてほとんど理解していなかったのではないかと思われる。それは、倫理審査委員会の審査を受けないまま勝手に変更したプロトコールの修正点の詳細を、この研究を実施するために取得した厚生労働科学研究費補助金の報告書に隠すことなく記載していることからもうかがえる。研究グループの主任研究者であった土屋弘行医師(当時・金沢大学医学部整形外科学教室准教授)が「厚生労働科学研究費補助金医療技術実用化総合研究事業 平成19年度総括・分担研究報告書」の冒頭の「研究要旨」に次のように書いている(下線部は筆者による)。

 「本年度は、各施設のIRBの承認を得て研究を開始する準備を行い、さらに第一回の研究実行委員会を開催し研究の詳細を確認した。そこで、対象集団を、四肢に発生した遠隔転移のない高悪性度骨軟部腫瘍から、体幹と後腹膜発生と初診時転移のある症例も含める方針とした

 同報告書には第1回研究実行委員会(※筆者注=カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書では「班会議」と記されている)で決定された、被験者の適格基準や投与方法の変更について詳細に記されている。重要な記述と思われるので、そのまま以下に引用する。なお、厚生労働科学研究の報告書は国立保健医療科学院の「厚生労働科学研究成果データベース」でだれでも検索、閲覧が可能である。

  1. 対象年齢を、5歳から75歳までとする(原案では、Federation of Cancer Center)systemのGrade2-3、3. Performance Statusが(ECOG)が0-1に基づいて判断としていた)。
  2. 対象症例の腫瘍占拠部位を四肢のみから、四肢、体幹、後腹膜に変更。手術での切除縁の確保のしづらさなどから四肢のみとしていたが、これまでの治療経験から薬剤の有効性には差がないことなどから、プライマリーエンドポイントの解析には影響しないとの判断より。
  3. 対象症例の病期を、Stage Ⅲ:T2bN0M0(AJCC 6th edition: American Joint Committee on Cancer )までからStage Ⅳまでとすることに。すなわち、初診時に転移を伴う症例でもプライマリーエンドポイントには影響しないとの判断から。
  4. アドリアマイシンの投与速度を24時間から1時間以上に変更(施設によっては末梢静脈からの投与となるため静脈炎を防ぐため)。
  5. イホマイドの投与速度を1時間から3時間へ変更(症例によっては頭痛などの軽度な副作用を生じることがあるため)。
  6. イホマイド投与時のカフェインの投与をイホマイドと同時開始からイホマイド投与終了後から開始に変更(イホマイドの投与速度が遅くなったことより、イホマイドが作用し始めるまでの時間を待ったほうが良いとの判断にて)。
  7. 術前化学療法の回数を5コースから3~5コースに変更(プロトコールの逸脱を最小限にするため。またこれまでの治療経験から化学療法が有効な症例では3コースでも、十分効果が得られているため)。
  8. 術後の化学療法の回数を6回から原則3コース以上に変更(プロトコールの逸脱を最小限とするため)。
  9. 治療経過中のカフェイン血中濃度の結果から、72時間値の目標が60~80μg/mlであるが、48時値から、72時間値がこの値を大きく下回ることが予想されるときは、カフェインを増量することが可能と追記することとした。
  10. 病理診断は中央判定を行うが、その際未染標本10枚を送付としていたが原則10枚送付に変更した(標本の状態によっては10枚作成できない場合があるため)。また、標本の送付時に各施設の病理医の診断を添付することを追記した。以上を、第一回の研究実行委員会で決定した。

拡大金沢大学のカフェイン併用化学療法に関する調査委員会は、倫理審査委員会の承認を得ないで被験者の適格基準を変更したことを指摘している。
 このように、倫理審査委員会の審査を受けないまま勝手にプロトコールを変更しながら、土屋医師は同じ報告書に、試験に関係するすべての研究者はヘルシンキ宣言と厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に従って試験を実施する、と記載していた。

 繰り返しになるが、金沢大学の研究者を中心とする研究グループは、第三者によって科学性、倫理性の観点から実施の可否が審査されなければならないという臨床試験の基本原則を理解していなかったと言ってよい。その結果、厚生労働科学研究費補助金の交付対象として採択された臨床試験を、厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反して行ったことになるが、この研究グループはそれに加えて、先進医療制度の枠内での適応外医薬品の使用は、臨床試験として行う以外は認めないという、2008年4月の厚生労働省の制度改正(高度医療評価制度の創設)を無視することになる。

 カフェイン併用化学療法調査委員会は、その点について、最終報告書に次のように記載した(下線部は報告書記載の通り。A医師は土屋弘行医師を指す)。

 薬事法上未承認もしくは適応外使用に該当する医療技術(適応外技術)は、その有効性と安全性に関する科学的な評価が確立されたものとは言えない。しかし昭和59年(1984年)に創設された高度先進医療の制度は、適応外技術とそうでない医療技術との取り扱いを区別しないものであったため、適応外技術に対しては、有効性と安全性に関する評価が確立されていないことを前提とした取扱いとすることが課題であると認識されるようになったと考えられる。そのための第一段階の対応として、平成18年(2006年)の制度改正で、従来のような形での適応外技術の実施は、さしあたり2年間を時限として認めることとされた。そして第二段階の対応として、平成20年(2008年)の制度改正により、それ以降は、新たに発足した「高度医療評価制度」の下で、臨床研究に関する倫理指針に適合した臨床試験として行われることを条件としてその実施が認められることとなった。

 しかしA医師をはじめとする整形外科の医師たちは、こうした流れを適切に理解することができず、臨床的な使用確認試験の実施が必要であることは認識したものの、引き続き先進医療として、試験ではない治療としても同療法を実施することができると誤解してしまった。

 臨床的な使用確認試験の実施計画においては、臨床試験として科学的にカフェイン併用化学療法の有効性・安全性を評価できるよう患者の適格基準を具体的に設定しており、他の医療機関での治療歴のある患者等は試験に登録しないことを定めていた。しかしそれまで同療法を実施してきた患者の多くは、他の医療機関で治療を受けた後、本学のカフェイン併用化学療法のことを知り、その実施を求めて来院した方々であった。平成20年(2008年)4月の制度改正後もそうした患者に対して引き続き治療を実施したことが、そのまま先進医療制度からの逸脱となってしまった。

 カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書によれば、2008年4月に創設された高度医療評価制度に関連する厚生労働省からの通知は金沢大学も受け取っており、その後、石川社会保険事務局から、「高度医療評価制度において認定された医療技術(『先進医療の経過措置』について)」と題する事務連絡(2008年5月13日付)も受け取ったことが確認されている。この事務連絡は、高度先進医療の時代から保険診療との併用が認められ、厚生労働省の検討会が「臨床的な使用確認試験」の対象として認めた、カフェイン併用化学療法を含む複数の適応外医療技術が2008年4月以降も保険診療との併用が認められたことを知らせるものだった。すでに述べたように、同年9月30日までに「先進医療の内容」と「先進医療の費用の積算根拠」を説明する書類を提出するようにという指示も記載されていた。この事務連絡は、厚生労働省が高度医療評価制度を実施するにあたって出した通知にも言及していた。

 しかし、カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書によれば、「当時カフェイン併用化学療法が高度医療評価制度の適用を受けることになったという事実とその意味」を、土屋医師をはじめとする整形外科の医師たちは認識することができなかった。報告書には「病院の組織全体として、そのような認識の下に整形外科に対して何らかの連絡や指示を行った形跡も確認できなかった」と記されている。

 では、土屋医師らの研究グループが制度改正の意味を正しく認識していなかった結果、何が起きたのか。カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書の記載に沿って、たどってみることにしよう。

 土屋医師ら金沢大学病院の整形外科の医師たちは、厚生労働省が「臨床的な使用確認試験」と名付けた臨床試験の実施が必要なことを認識していたものの、公的医療保険と患者の負担による先進医療の枠内でカフェイン併用化学療法を「治療」としても引き続き行える、と考えた。

 本来、臨床試験は予め定めた試験計画に厳格に従って実施されるべきものであり、「試験」でない「治療」とは明確に区別されなければならない。しかし、前述した通り、土屋医師らの研究グループは倫理審査委員会の承認なしに自分たちだけで勝手に臨床試験のプロトコールを変更してしまった。それに加えて、臨床試験に症例登録されない患者にもカフェイン併用化学療法を行った。土屋医師らは、試験と治療の間に本質的な差異があるとは認識していなかったとみられる。あえて言うなら、臨床試験とは何か、なぜ臨床試験は通常診療と区別しなければならないか、ということを理解していなかったと言えるだろう。

 土屋医師らが治療としてカフェイン併用化学療法を行った患者としては、①2008年4月1日(金沢大学の倫理審査委員会が当初承認した試験期間の開始は2010年3月27日)から2010年3月31日までの「臨床的な使用確認試験」の症例登録期間中に、プロトコールで定められた被験者の適格基準を満たしていない患者、②症例登録期間が終了した2010年4月1日以降に投与を始めた患者――の二つのパターンがあり、これらすべてが先進医療制度からの逸脱となった。

 症例登録期間中に金沢大学病院で「臨床試験の被験者」として症例登録されたのは25人だった。一方、上記①に該当する、症例登録期間中に症例登録が行われないままカフェイン併用化学療法を受けた患者は12人、同じく上記②に該当する患者は94人おり、その総計は106人だった。②の94人のうち、46人は症例登録終了後の経過観察期間(2010年4月1日~2012年3月31日)にカフェイン併用化学療法を受けた患者で、残り48人は倫理審査委員会が承認した、経過観察期間も含めた試験期間が終了した後の2012年4月1日~2013年12月27日に同療法を受けた患者である。

 ちなみに、カフェイン併用化学療法調査委員会は金沢大学病院とともに臨床試験に参加した愛媛大学医学部附属病院、宮崎大学医学部附属病院、福島県立医科大学附属病院、大阪市立大学医学部附属病院、国立病院機構大阪医療センターの5病院でのカフェイン併用化学療法の実施状況も報告書に記載している。それによると、これら5病院で臨床試験の症例登録が行われた患者の総計は24人で、大阪医療センターでの1人が経過観察期間中の登録だったが、残り23人はすべて症例登録期間中に登録された患者だった。このうち倫理審査委員会の承認を得ない適格基準の変更によって登録された患者が大阪市立大学病院で6人(同病院の被験者の合計は10人)いた。一方、臨床試験の症例として登録されないままカフェイン併用化学療法を受けていた患者の施設ごとの内訳は、愛媛大学病院10人(いずれも経過観察期間での登録)▽宮崎大学病院14人(登録期間中4人、経過観察期間中2人、試験期間終了後8人)▽福島県立医科大学病院13人(登録期間中4人、経過観察期間中6人、試験期間終了後3人)▽大阪市立大学病院35人(登録期間中17人、経過観察期間中9人、試験期間終了後9人)▽大阪医療センター0人――だった。

 カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書によれば、金沢大学病院の整形外科医たちは、臨床試験の対象とした患者とそれ以外の患者を合わせた131人全員に対し、「先進医療である」と説明して、適応外使用のため公的医療保険が適用されないカフェインの投与に関する費用を自己負担分として患者から徴収していた。

 カフェイン併用化学療法調査委員会は、患者からのインフォームド・コンセントを取得するための同意説明文書の扱いについても調査している。報告書によると、症例登録期間中は、臨床試験の被験者の適格基準を満たさない患者に対しても、「臨床的な使用確認試験」のために作成した、カフェイン併用化学療法が第Ⅱ相臨床試験である旨の説明を冒頭に記した同意説明文書を用いて説明と同意取得が行われた。しかし、同意取得後に多施設共同研究の班会議で症例登録の対象とされないことが決定された際も、臨床試験の対象から除外されることになった旨の説明は特に行われなかった。また、2010年3月末でこの試験の症例登録期間が終了して以降は、カフェイン併用化学療法が臨床試験である旨の記述を削除した同意説明文書が使用されるようになった。

 カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書は、有効性と安全性に関する評価が確立していないカフェイン併用化学療法について「本来はすべて倫理審査委員会の承認を受けた臨床試験として実施されなければならないものであった」としたうえで、「通常の治療と同様な形で同療法が実施されてしまったことは、あってはならない手続き上の違反行為だったと言わざるを得ない」と厳しい言葉で指摘した。

 臨床試験(研究)と通常の実地診療を厳格に区別する必要があるという認識が研究グループの医師たちになかったことは、カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書に記載されている、同調査委員会の聞き取りに対する当事者の次のような発言にも表れている。

 「先進医療があって、その中で試験を行うと言う認識だったので、適格基準で治療をやるやらないを判断するわけではない。試験の対象にするかどうかで治療の内容が変わるかではない。もし臨床的な使用確認試験としてしかカフェイン併用化学療法を実施できないことを理解していたら、化学療法が必要なすべての患者に同療法を実施できるよう、被験者の適格基準を変えていただろう」

 臨床試験(研究)と通常の実地診療を厳格に区別する必要があるという認識がないまま、安全性、有効性が確認されていない医薬品の適応外使用の保険診療との併用を長年認めてきた厚生労働省の政策も、臨床現場にいる研究者たちの誤解を生む背景にあったと言えるかもしれない。

 本来、倫理審査委員会の承認を受けた臨床試験として実施されなければならないカフェイン併用化学療法を、臨床試験の被験者として登録されないまま実施された患者は、前述の通り、金沢大学病院だけで計106人いた。金沢大学は2014年4月22日の記者会見で、「インシデントレポート以外に必要とされる報告が行われていなかった」死亡事例があることを明らかにしたが、それは、2010年3月に抗がん剤のアドリアマイシンの副作用である心筋症で死亡した患者で、臨床試験の症例登録期間中に症例登録が行われずにカフェイン併用化学療法を実施された12人の患者のうちの1人だった。

 カフェイン併用化学療法調査委員会の報告書によれば、この死亡事例は、病棟の医療安全管理を担当するリスクマネージャーである病棟医長から、患者の死亡の翌日に、その事実を報告するインシデントレポートが提出された。しかし、このインシデントレポートは、医療安全管理担当の副病院長(故人)が主催する関係職員の打ち合わせで、グレード(重大性)が「その他」と評価され、病院長が委員長を務める医療安全管理委員会には報告されない取り扱いとされた。カフェイン併用化学療法調査委員会は報告書の「注」において、インシデントレポートについて「医療安全管理の観点から、病院内で生起した医療安全管理上の問題となり得る事象(インシデント)について、事態の重大性や過誤の有無等を問わず、幅広くかつ速やかに現場の医療従事者に自主的に報告させる制度。臨床研究の管理とは制度上の関係はなく、本件事例に関して提出されたインシデントレポートにも、直接の死因と考えられた抗がん剤の投与のことは記されていたが、先進医療制度との関わりや、カフェイン併用化学療法についての記述はなかった」と記載している。また、このインシデントレポートのグレードが「その他」と評価されたことについては、同じく報告書の「注」において、「抗がん剤による予期された副作用であり、医療安全管理上の問題ではないと評価されたものと推察される」と記している。

 この患者の治療経過や厚生労働省に報告されなかった経緯については後で詳し

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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