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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

倫理指針違反の教授が内閣府の会議で自らの治療の有効性を強調

金沢大学病院「倫理指針逸脱の先進医療」(5)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第3弾として本稿で取り上げるのは、金沢大学病院で行われた臨床試験が厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反していた問題である。この臨床試験は、抗がん剤の効果を増強させるためのカフェインを併用した化学療法を、骨軟部腫瘍の患者に試すもので、厚生労働省の「先進医療」の対象になっていた。「同意なき臨床試験訴訟」の終結から8年後、ずさんな臨床試験によって再び問題を起こした金沢大学病院の責任を問う声は強く、厚生労働省はカフェイン併用化学療法を先進医療から削除した。この問題は、臨床試験の管理に対する金沢大学の意識の低さだけでなく、薬や医療機器の製造販売承認を得るために行う臨床試験(治験)のみを法的に管理し、それ以外の臨床試験に対しては強制力のない行政指針で対応してきた厚生労働省の政策の矛盾をも露呈させた。第5回では、倫理指針違反の事実が明らかになる前年に研究責任者の教授がカフェイン併用化学療法の有効性を強調し、公的医療保険の併用継続を訴えた内閣府規制改革会議の公開ディスカッションの議論を紹介する。

拡大金沢大学病院
 前回までにカフェイン併用化学療法の臨床試験のずさんな管理について紹介したが、この臨床試験の責任者であった金沢大学の土屋弘行医師(2010年4月から整形外科学教室教授)は、問題が明るみに出るより前、内閣府の規制改革会議の公開ディスカッションに出席し、カフェイン併用化学療法を保険診療と保険外診療の併用(いわゆる混合診療)によって継続できるよう訴えた。それは、金沢大学が記者会見をして「臨床研究に関する倫理指針」違反について公表する5カ月前の2013年11月28日のことだった。

 本稿ではすでに高度医療評価制度が創設されるまでの経緯について述べたが、混合診療の範囲をなんとか広げたい「規制改革派」の経済人や学者はことあるごとに、混合診療を「原則禁止」としている厚生労働省を攻撃してきた。

 2004年12月の厚生労働大臣と規制改革担当大臣の基本的合意に基づき、例外的に混合診療を認める特定療養費制度が保険外併用療養費制度に変わった。制度改革に伴い、先進医療の対象範囲が拡大され、承認手続きも迅速化された。前述したように、2008年4月には薬事未承認・適応外の薬や機器を用いた医療技術の保険併用まで認める高度医療評価制度を先進医療制度の枠内で創設するなど、厚生労働省は例外的に混合診療を認める範囲を少しずつ広げてきた。しかし、こうした制度改革に満足できない「規制改革派」は新たな要求を持ち出した。

 2013年1月23日に総理大臣の諮問機関として設置された規制改革会議が最優先案件として「保険外併用療養費制度」の改革を掲げたのである。この規制改革会議の議長は岡素之住友商事相談役、議長代理は大田弘子政策研究大学院大学教授で、ほかに企業経営者やエコノミスト、医師、弁護士、新聞記者らが加わっていた。

拡大稲田朋美・規制改革担当相=2013年1月
 規制改革会議はこの年の11月28日に公開ディスカッションを開催した。その第一のテーマが混合診療問題だった。厚生労働省の神田裕二審議官(現・社会保険診療報酬支払基金理事長)が保険外併用療養費制度の基本的な考え方や仕組みについて概要を説明した後、4人の説明者が意見を述べた。かねてから混合診療の範囲拡大を主張してきたことで知られる経済学者の川渕孝一東京医科歯科大学大学院教授と亀田総合病院(千葉県鴨川市)を経営する医療法人鉄蕉会の亀田隆明理事長が混合診療のさらなる活用を求め、日本医師会の今村聡副会長はその反対に、混合診療の範囲をむやみに拡大することの危険性を指摘した。この3人の後で意見陳述をしたのが、金沢大学の土屋教授だったのである。混合診療問題の論客として知られる学者と病院経営者、日医の幹部に混じってなぜ土屋教授が規制改革会議の公開ディスカッションに招かれることになったのだろうか。

 それは、規制改革会議が設置される前月の2012年12月から規制改革担当大臣を務めていた自民党の稲田朋美衆議院議員に土屋教授が講演を依頼したことがきっかけだった。内閣府のホームページに掲載されている規制改革会議の議事録によると、公開ディスカッションの席上、稲田大臣は「実は、数か月前にたまたま土屋先生から講演を頼まれて、それで知り合う機会があってこういう問題があるということを知ってここで紹介することができたんです」と発言している。

 筆者はこの議事録をもとに、2018年5月、稲田議員に文書で質問を送り、取材を申し込んだ。それに対し稲田議員から同年6月29日に文書で回答があった。福井県選出の衆議院議員である稲田氏が隣の石川県にある金沢大学の土屋教授と知り合ったきっかけと土屋教授が公開ディスカッションに出席するに至った経緯については次のように記されていた。

 2013年11月28日に行われた規制改革会議公開ディスカッションで報告を行った金沢大学教授土屋弘行氏とは、同年夏頃に、地元での活動の中で初めてお目に掛かり、金沢大学整形外科同門会での講演を依頼され、承諾しました。その際、氏が取り組んでおられるカフェイン併用化学療法の当時直面していた状況についてお話を伺ったと記憶しています。なお、この講演は2014年6月28日に金沢市内のホテルで、「『伝統と創造』~道義大国を目指して」と題して行っています。

 土屋氏のカフェイン併用化学療法の話を伺い、規制改革会議での保険診療と保険外診療の併用療養費制度に関する検討に当たって、こうした身近で具体的な事例を踏まえて議論することも有益なのではないかと思い、同会議事務局の規制改革推進室に土屋氏のお話を聞いてはどうかと提案しました。そのときは、具体的に公開ディスカッションで発表頂くことを念頭においていたわけではありません。

 同推進室では規制改革会議の議長や健康・医療WG座長などにも相談し、本件はちょうど準備をしていた公開ディスカッションで紹介するのに適当な事例であると判断し、私もそれを了承したと記憶しています。その上で推進室から土屋氏に依頼したものです。

 稲田議員の回答中にある「カフェイン併用化学療法の当時直面していた状況について」土屋教授は公開ディスカッションでどのように語ったのか。規制改革会議の議事録によれば、土屋教授は以下のような説明を行った。

 骨のがんの代表で、骨肉腫というものがあります。50万人に1人くらいです。日本では年間に200人くらいの方に発生しております。(略)小学生、中学生、高校生、大学生と若い方に多くて、非常に悲惨な病気であるとかつては思われておりました。そこで、25年くらい前では骨肉腫が見つかった瞬間に手足を切り落として切断して治療していたのですが、皆さん肺に転移して10人に1人助かるかどうかという病気でした。(略)そこで、抗がん剤の治療がこの病気に導入されまして、手足を温存する手術が8~9割の方に可能になって、治る人も5割~7割くらいの程度で出てきたというのが現状です。(略)抗がん剤の治療が導入されて治療成績が上がったんですけれども、抗がん剤の有効率は約40%ほどです。この病気に現在使用できる抗がん剤はわずか4剤しかありません。そして、非常にまれながんですので、新規の抗がん剤の開発が進まない。治療成績は、ここ20年停滞したままというのが現実です。そこで我々はいち早くこれらの抗がん剤の効果を増強する薬剤ということでカフェインというものに注目して新しい化学療法を開発し、この悪性骨軟部腫瘍の治療を進歩させてまいりました。

 (略)抗がん剤を与えると、がんの細胞のDNAに傷がつきます。ただし、がんの細胞はずる賢いですからその壊れたDNAを修復してまた生き返るわけです。カフェインが入っていますと、そのがん細胞は壊れたDNAというものを修復できずにどんどん死んでいくという現象が起こります。だから、化学療法の効果が高まるということになります。(略)現実的にはカフェインの量にしますとコーヒー20~30杯分を1日投与します。それを3日間投与する。ただし、1回に使用されるカフェイン製剤の金額は3000円~4000円と非常に安価です。安い治療で効果を上げているということになります。

 そして、有効率は従来の40%から90%以上に向上しました。生存率も50~70%が普通なんですけれども、これを使った場合には90%以上に向上しております。(略)化学療法の効果がない場合は、腫瘍の部分をがばっと大きく取らないといけないということで切断したり、広範腫瘍切除というものをするんですけれども、非常に機能の損失が大きくなるわけです。化学療法が効いた場合には縮小手術といいまして、いろいろな正常組織が残るので、患者さんは元どおりに走れるようにまで今はなっております。

 (略)「多施設共同研究の結果」ですが、悪性骨腫瘍35例、悪性軟部腫瘍26例の登録がありまして、有効率は骨腫瘍で77%(通常は40%)、軟部腫瘍で73%(通常は20%未満)でした。(略)この良好な成績を報告しましたけれども、厚労省からは先進医療は早急に打ち切り、今後は製薬メーカーと相談して薬事申請を行うようにとの通達がありました。

 これに対して製薬会社は、カフェイン注射薬は安価であり、また古い薬で特許もないことから、投資資金の回収には試算で100年以上を必要とする。採算がとれないため、薬事申請は不可能という判断です。

 現行の先進医療の制度では、患者に対して大きな恩恵をもたらす有効な薬剤も、特許もなく商業ベースに乗らないものは日本初の独創的治療であっても最終的に消え去る運命にあります。

 (略)このままこの治療が消滅しますと、1000人の骨肉腫患者さんがいれば、カフェインで助かるはずの300人~400人の生命がみすみす失われることになります。手術の成功率も低下する。

 (略)「医療上の有効性・安全性を備えたカフェイン併用化学療法」を保険外併用療養で使い続ける仕組みを何とかしてつくっていただければ大変いいと思っております。先進医療として存続するか、先進医療から混合診療への移行を許可するか。そのような仕組みを要望したいと思います。

 土屋教授はこのように、カフェイン併用化学療法がまだ臨床試験段階にあったにもかかわらず、安全性と有効性はすでに確立していると受け取れるような表現を用いてPRし、厚生労働省の官僚的な対応によって「治療」が継続できなくなる恐れがあると訴えた。

 その訴えを受け、稲田大臣は「今日、土屋先生の話を聞いて私もすごく衝撃を受けたんですが、私も高校時代、後輩が骨肉腫で足を切断して結局は亡くなったんですけれども、今の話だとカフェイン療養というものを併用すれば、自由診療のその療養分は1日4000円ぐらいの金額で、あとは保険適用になる。しかし、これが評価療養から保険適用にならなくて自由診療が認められなくなれば全部が自費になって、その有効な治療が受けられないという実例があるんですね。しかも、それは厚労省から取下げを求められて、闇から闇へ葬られるところだったという話を今、聞いたんです。(略)こうやって混合診療が認められないことによって困っている例が実際にあるじゃないですか」と厚生労働省に問いただした。

 厚生労働省の神田審議官は、「取り下げを要求されている」という土屋教授の主張に対して、「(未承認・適応外の薬や機器を用いた医療技術に保険併用を認める)先進医療Bとして引き続きやっていただいてはどうかと話をしている」と反論し、次のように述べた。

 「先ほど、金沢大学と他の治療成績との比較とかという資料がございますけれども、実はそのプロトコールとして75例やっていて、データをいただいているのが61例ということで、他の脱落した事例などについて報告がまだそろっていないということがございまして、そのデータがそろうことによって有効率などについても影響があり得るということで、まずデータを出していただいて、有効性がそれによってどうかということを判断したいということでございます。一般の抗がん剤と比べて、先生の資料では成績が高いということでしたけれども、カフェインを併用することによって非常に高くなるかどうかということについて出していただいたデータでさらに精査をする必要があるということで、私どもとしては先進医療のBを引き続きやって、必要性があって非常に有効だということであれば、むしろ保険診療に取り入れていく必要があると思っています。それで、仮に企業が治験を出さないというのならば研究助成ですとか、そういうことも含めて検討していく必要があると私どもは考えております」

 「現状でいいますと、申し訳ないですが、先ほど言った全部データがそろっていなくて、先生は今、有効だとおっしゃっておられますけれども、カフェインを併用することによって有効性が非常に高まっているかどうかということについて、評価が現時点で定まっていないというのが現状だというふうに私どもは認識しております」

 カフェイン併用化学療法のデータについては、土屋教授が恣意的とも言える処理をして有効性を過大に説明していたことが、金沢大学から先進医療会議への報告によって後日明らかになるが、それについては後述する。

 稲田大臣は神田審議官の説明に食い下がり、「私が言いたいのは、何も保険適用しなさいということを言っているのではなくて、データが少ないとか、費用対効果がどうかという検討が要るというのであれば、保険適用しなかったとしてもそれを混合診療として認めていってあげていいじゃないですか。なぜ、そこで自由診療に全部戻せということになるんですかという質問です」と尋ねた。これに対して神田審議官は、「有効性があって必要であれば、特定の方だけが受けられるということではなくて、形式的に保険に加入しているかどうかということではなくて、必要な治療であれば一定の自己負担でちゃんとその医療にアクセスできるというのは国民皆保険の本質的に非常に重要な部分だと考えております。それで、必要なのにその部分が負担できる人しかアクセスできないという仕組みにするよりは、私どもは、必要があるのであれば皆さんが受けられるようにする。有効性がないのであれば、評価療養から削除していく。現状の先ほど先生の技術についてはまだ評価は定まっていないので、私どもは別に外せというふうに申し上げているのではなくて、評価療養を継続してもう少しデータを集めていただいて、よければむしろ保険診療に入れていってはどうかと考えているということです」と述べた。

 すでに述べたように、土屋教授らの研究グループは、先進医療制度が順守を求めている「臨床研究に関する倫理指針」に違反していたことが、この公開ディスカッションの直後の2013年12月に明らかとなり、カフェイン併用化学療法は翌2014年10月に先進医療から削除されてしまうが、公開ディスカッションの場における土屋教授はあくまで強気だった。厚生労働省の不当性を強く訴え、それを否定する同省担当者との激しい応酬に発展した。以下は、公開ディスカッションの議事録に残るやり取りである。

 厚生労働省神田審議官 この問題に関していうと、先ほどから申し上げている、先進医療Bで続けられることを我々のほうはお勧めをしておりますので、言った、言わないの議論はあれですけれども、本質的に保険収載できない商業性がないものをどうしますかということについては根本論があるというのは、先ほどから申し上げているとおり、有効性が低いものも含めてどのような扱いにするのかという根本論があることは私どもも認識しておりますので、その部分については費用対効果が薄いものも含めてどのような扱いがあるのかというのは検討課題だと思っております。

 長谷川委員(※筆者注=長谷川幸洋東京新聞・中日新聞論説副主幹) そうすると、この土屋先生のペーパーの最後のほうに、先進医療は早急に打ち切りというふうに求められていると書かれていますけれども、それは違うんですか。

 厚生労働省神田審議官 違います。

 金沢大学土屋教授 結局、何が問題かといいますと、今の現行の先進医療Bという制度の中に想定されていない部分があるわけですね。薬事承認を目指す。これはすばらしいことで当然だと思いますけれども、そこに行き着けない先進医療があります。それを今後どうするんですかという枠組みができていないと、同じようなことが次々と今、起こるかと思います。薬事承認というのは、我々医師主導ではできないんですね。必ず、メーカーがいないとできないので。

 長谷川委員 わかりました。では、そこで厚労省に確認しますけれども、ということは土屋先生が今、行っている研究は続けることができると理解してよろしいんですか。

 厚生労働省神田審議官 メールが今、手元にありますけれども、もしこの後、先進医療を実施する場合には以下のロジックで進める方法があるのではないかと思いますということで具体的に提案させていただいておりますので、やりとりの最中で拒否している、打ち切りだとおっしゃっておられるのは違うじゃないですか。

 金沢大学土屋教授 まだ打ち切りではないんですけれども、あくまで薬事申請が前提ですという言葉が必ずあります。

 厚生労働省神田審議官 打ち切りとは言っていませんので、評価療養というのはそういう仕組みだという説明はしておりますけれども、以下のロジックで進める方法があるのではという提案をさせていただいているのに、一方的に打ち切られたと先ほどおっしゃられたので。

 金沢大学土屋教授 取下げ申請を要求されていると言っているだけです。早急に取下げ申請を出してくださいと書いてあります。

 厚生労働省佐々木企画官(※筆者注=佐々木健・保険局医療課企画官) 恐縮でございます。細かい部分はありますので、事実を申し上げますと、総括報告書というのをこの先進医療をやった場合にはある程度、実績がたまってきたら出していただくということになっていまして、それが出てくると一旦整理をして先進医療会議にかけて評価する。さっきお話ししたとおり、そういうプロセスがございます。

 その中で、実は例えばさっきたくさんあると申されましたけれども、そういう学会論文であるとか、そういうものでいわゆる査読を受けた論文を出してくださいとお願いもしておりますし、続ける場合にはこういうやり方がありますよというのをやっておりましたので、そういう意味では今回打ち切りというようなお話になっているのは担当者としてはすごく残念でございます。

 筆者は2017年10月、神田審議官の発言中にある「メール」を含め、カフェイン併用化学療法の取り扱いをめぐる厚生労働省と金沢大学との間のやり取りを記録したすべての文書を開示するよう、情報公開法に基づき厚生労働省に行政文書の開示請求をしたが、「請求のあった文書に該当するものを保有していない」ことを理由に「不開示」となった。また、前述したように、いったんは筆者の取材依頼を応諾した金沢大学が質問送付後に取材を拒否したため、厚生労働省の担当者と土屋教授との間でどのような折衝が行われたかは不明である。

 ただし、規制改革会議の公開ディスカッションが行われる1カ月前の2013年10月1日、カフェイン併用化学療法を受けた患者の一人が2010年に死亡し、患者の遺族が土屋教授らを業務上過失致死の疑いで石川県警に刑事告訴したとの情報を、金沢大学に所属する研究者が高度医療を担当する厚生労働省医政局研究開発振興課の先進医療専門官に通報していたことがのちに明らかとなる。この先進医療専門官が無断で土屋教授に通報内容と自分の名前を知らせたことを知ったこの研究者が、国などを相手取って損害賠償請求訴訟を起こしたため、その裁判の中で、2013年当時の厚生労働省と土屋教授とのやり取りがある程度明らかになるが、その詳細については後述する。

 規制改革会議の公開ディスカッションで土屋教授が同製剤の適応拡大について「製薬会社の協力が得られない」旨の説明をしているので、筆者はその事実関係を確認するため、2018年6月、カフェイン製剤(商品名・アンナカ注「フソー」)の製造販売元の扶桑薬品工業株式会社に書面で取材を申し入れ、同年7月、同社から総務部長名の回答書が届いた。同社の文書回答によると、同社の担当者が2006年~2013年に複数回、土屋教授から薬事申請についての相談を受け、厚生労働省や、医薬品の承認申請データの審査を担当する独立行政法人医薬品医療機器総合機構の担当者と土屋教授との面談にも同席した。同社は2006年の段階で、「治験を伴う開発は負担が大きく、開発費用の回収が見込めないことから会社として進める余地がない」との結論を出し、それを土屋教授に伝えていたという(注)

 厚生労働省の官僚的な姿勢によって有効な治療が葬られようとしている、という土屋教授の訴えは、稲田大臣や規制改革会議の委員にある程度届いた可能性がある。すでに紹介した稲田大臣の発言のほかにも、保険外併用療養費制度の問題点を問いただしたり、同制度以外にも混合診療を認める必要性を指摘したりする意見が何人かの委員から出されたからである。公開ディスカッションの議事録から引用してみる(肩書は当時。下線は筆者による。元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた)。

 森下竜一(大阪大学大学院医学系研究科教授) 「いわゆる新しい技術なんだけれども、使っているものが古い。どこまでいっても市場が小さい。もともとの薬価が安い。これを開発する会社がない。これは、どんなにやっても当然そういうことがあるんだと思います。ある一定の頻度でこういうものが出てくるということは、避けられません。これをなくすことは絶対にできない。だから、そういうものをどうやって助けるかという中で保険外療養制度、選定医療以外の別の制度を出す。あるいは、混合診療全体を原則解禁して、そうしたものは医師の裁量権の中で任せる。こういう議論だと思うんです」

 林いづみ(弁護士) 「一番クリティカルになるのは、今のその併用療法(原文ママ。※筆者注=「療養」と思われる)の在り方が将来の保険導入を前提にしているということなんですね。これまでも、平成18年(2006年)に特定療養費制度から今の併用療法(原文ママ)制度に変わる以前の、特定療養費制度のときには、平成16年(2004年)の中医協の報告書にありますけれども、そのころは将来的にも保険導入しないものであるからこそ、患者の選択に委ねることとしているものも含まれていたわけです。ですから、もうちょっとこうしたニーズも考えて、将来の保険収載を前提にしないものも入れていくというような柔軟な法制度を考えていくということがあってもよろしいんじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか」

 大崎貞和(野村総合研究所主席研究員) 「これはやはり規制の改革であって、保険と保険外を併用する範囲というのはある程度節度がないといけないという前提は維持した上で、やはり今の制度を絶対視するのはやめたほうがいいんじゃないかという議論をしていると思うんです。それで、これを見ると、先進的ということがいわば大前提になってしまっているので、それと違うカテゴリーを検討していただくとか、そういうことが必要なんじゃないか。それは、場合によっては薬事申請が出ないから、結果的に保険収載されないというようなものも可能性として認めるようにしたほうがいいんじゃないかと思うんですけれども、そこはいかがでしょうか」

 翁百合(日本総合研究所副理事長) 「私どももいろいろヒアリングなどをさせていただいて、やはり患者一人一人の治療の選択権とか、いろいろな治療が出てきて価値観も多様化していますので、そういったことを、より考慮できるような制度に、それから私はお医者さんではないのでわからないですが、医師の現場での安全性・有効性というのも絶対的なものではなく、相対的に患者さんを目の前にしていろいろ直面するということもおありだと思うんです。ですから、そういった場合の裁量というか、そういうものももちろん真に必要な場合ですけれども、そういった場合の裁量というのも、保険のルールだけでこういった安全性・有効性というのを縛るというだけでなく、よりそういった観点も配慮した制度改革をお願いできればと思っております。恐らく、そういうことに直面されているお医者さんも多いのではないかと思います」

 2006年の健康保険法改正で特定療養費制度に代わってできた保険外併用療養費制度の下では、保険診療と保険外診療の併用を認めるものを、将来の保険導入を目指す「評価療養」と保険導入を前提としない「選定療養」に分けた。前者には先進医療のような新規医療技術、後者には差額ベッドや予約・時間外診療などが含まれた。カフェイン併用化学療法のように薬事法上の承認を得ていない医薬品、医療機器を保険導入するためには、保険併用を認められる先進医療で実績を積むだけでは不十分で、薬事法に基づく臨床試験(治験)が必要だった。企業が開発経費の回収が見込めないことを理由に治験をせず、薬事承認の見通しがないなら、保険外併用療養費制度の中に保険導入を前提としない新たな制度を設けて、薬事承認の見込みがない適応外医薬品などを用いた新規医療技術を救済したらどうかというのが、これら委員の意見だったと思われる。

 すでに述べたように、カフェイン併用化学療法の研究グループは倫理審査委員会の承認を得ずに勝手に臨床試験のプロトコールを変更したり、先進医療で義務づけられていた厚生労働省への有害事象報告を怠ったりしていた。これらは、薬事法外の臨床試験が野放しにされ、臨床試験の被験者となる患者の人権を守るための被験者保護法制がないことを背景として起きた不祥事と言えるが、原則禁止されている「混合診療」を例外的に認める範囲を拡大することが主な関心事になってしまっている規制改革会議のメンバーには、日本の臨床試験規制の問題点がほとんど見えていなかったと思われる。

 こうした規制改革会議のメンバーの議論によって、保険外併用療養費制度の下で例外的に保険診療と保険外診療の併用が認められた「評価療養」と「選定療養」に加え、第三のカテゴリーとして、国内未承認の医薬品などの保険診療との併用を認める「患者申出療養」が創設されることになる。「困難な病気と闘う患者の思いに応えるため、先進的な医療について、患者の申出を起点とし、安全性・有効性等を確認しつつ、身近な医療機関で迅速に受けられるようにするもの」と説明される患者申出療養の実現に土屋教授の主張が一定の影響を与えたのか否か。制度化に至る経緯を振り返ってみよう。

 規制改革会議は2013年8月22日に開いた会議で、「国内で開発された先進的な医薬品・医療機器を用いた医療技術、及び海外で使用され国内では未承認の医薬品・医療機器を用いた医療技術等を保険診療と併用しやすくする規制改革を利用者の立場で検討する」ことを、「特に緊急性・重要性の高い」最優先案件と位置づけた。同日の会議の議事録によれば、安倍晋三総理大臣は冒頭の挨拶で、「最新の医療技術を一気に普及するため、利用者の立場に立って、保険診療と保険外診療とを併用しやすくするよう、その範囲を拡大すること、といったテーマに重点をおいて、速やかに方針を取りまとめていただきたいと思います」と述べている。この後、規制改革会議は、金沢大学の土屋弘行教授がカフェイン併用化学療法の有効性を訴え、厚生労働省の対応を批判した、前述の公開ディスカッションを経て、新たな制度創設への議論を加速させることになる。

 同年12月20日の会議でまとめた「『保険診療と保険外診療の併用療養制度』改革の方向性について」と題する文書では、混合診療の禁止原則について、「患者の自己選択権」や「医師の裁量権」を阻害するものであるとの見解を示すとともに、「国民が必要とする診療を保険収載すべきことは当然だが、高価な医薬品、医療機器が次々に開発されるなか、患者や医師のニーズに応えて保険収載の範囲が拡大していくと保険財政の維持が厳しくなりかねない」と、保険財政の維持の観点からも保険診療と保険外診療の併用を認める範囲を拡大すべき、との主張を展開した。そして、保険外併用療養費制度の「改革の方向性」として、以下の4点を打ち出した。

  1.  患者が自らの治療に対して納得した上で治療内容を選択できるようにすべきである。その際、患者が自ら判断できるだけの十分な情報を手に入れる(患者と医師との間の「情報の非対称性」を埋める)ための仕組みを併せて導入することとする。
  2.  医師が専門家として最適の治療を選択する裁量権を持てるようにすべきである。その際、医師のモラルハザードを防ぐために、治療内容を客観的にチェックする仕組みを併せて導入することとする。
  3.  いかなる診療であれ、その治療法に対する患者の正しい認識が必要である。したがって、保険診療と併せて保険外診療を行う医療機関や医師の診療内容について、短期間に安全性等に関する十分な情報を患者に提供できるような仕組みを導入することとする。
  4.  上記1~3の新たな仕組みは、国民皆保険の維持を崩すことなく、保険財政の長期的な適正化とも整合性を有するように改革を進めるべきである。

 そして、規制改革会議は翌2014年3月27日、「選択療養制度(仮称)」の創設を提案する。

 この選択療養制度は、「患者が自己の選択によって保険診療と併せて 受ける保険外診療(評価療養、選定療養を除く)であって、一定の手続・ルールに基づくもの」とされ、「一定の手続・ルール」として挙げられたのは、①医師が未承認薬などの保険外診療について診療計画書をつくり、書面を用いて必要性とリスクを患者に十分説明し、患者は書面で承諾する、②患者・医師間の診療契約書を保険者に届け出ることで保険給付が行われるようにする――というものだった。厚生労働省が実施医療機関の基準を定め、とりわけ未承認・適応外薬などを用いる場合には技術的な妥当性や試験実施計画の内容を審査する先進医療制度とは大きく異なり、国の事前審査なしに医師・患者間の合意だけで未承認薬などを保険診療と併用して使えるようにするという提案であり、混合診療の全面解禁を認めるに等しいものであった。

 会議終了後の記者会見で規制改革会議の岡素之議長は、「評価療養、選定療養として国が決めたものしか、保険外併用療養費制度で認めていないのに対して、選択療養は患者と医師が合意したものについて、個別に認められる。ここのところが一番大きな差だと思います」と述べた。

 しかし、「患者の選択肢の拡大」をうたった規制改革会議の提案は、患者団体や保険者などの猛反発を受ける。

 一般社団法人日本難病・疾病団体協議会は1週間後の4月3日、「安全性や有効性が担保できない自由診療を政府が公認するもので、医療不信を助長しかねない」と、選択療養制度の導入に反対する要望書を田村憲久厚生労働大臣と岡素之規制改革会議議長に提出した。続けて、がん患者団体の有志も、自由診療の放任や、国民皆保険制度の空洞化につながりかねないとして、選択療養の創設に反対する要望書を厚生労働大臣、規制改革担当大臣、国会議員に提出した。

 また、健康保険組合連合会、国民健康保険中央会、全国健康保険協会の保険者3団体も同じく4月3日に共同で見解を発表し、「実質的に有効性・安全性の確認が不十分な医療行為を広く患者に提供することになり、患者に健康上の不利益をもたらす可能性がある」として、「反対」を明言した。その理由として、①患者と医師という当事者間の合意だけで成立した診療の費用を医療保険

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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