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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

「金沢大学の体質として臨床試験への認識が弱いのか」と厚労省部会で専門家が疑義

金沢大学病院「倫理指針逸脱の先進医療」(6)

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第3弾として本稿で取り上げるのは、金沢大学病院で行われた臨床試験が厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反していた問題である。この臨床試験は、抗がん剤の効果を増強させるためのカフェインを併用した化学療法を、骨軟部腫瘍の患者に試すもので、厚生労働省の「先進医療」の対象になっていた。「同意なき臨床試験訴訟」の終結から8年後、ずさんな臨床試験によって再び問題を起こした金沢大学病院の責任を問う声は強く、厚生労働省はカフェイン併用化学療法を先進医療から削除した。この問題は、臨床試験の管理に対する金沢大学の意識の低さだけでなく、薬や医療機器の製造販売承認を得るために行う臨床試験(治験)のみを法的に管理し、それ以外の臨床試験に対しては強制力のない行政指針で対応してきた厚生労働省の政策の矛盾をも露呈させた。第6回では、倫理指針違反の事実が明らかになったことを受けて厚生労働省がカフェイン併用化学療法を先進医療から削除するまでをたどる。

拡大金沢大学病院
 金沢大学の土屋弘行教授らの研究グループが行っていたカフェイン併用化学療法の臨床試験が厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」に違反していた事実を大学が公表してから2日後の2014年4月24日、厚生労働省の先進医療技術審査部会が開かれた。

 すでに述べたように、2012年10月に先進医療制度が見直された結果、2008年4月に創設された「高度医療」は「先進医療B」と改称され、未承認・適応外の医薬品、医療機器を用いなくても、安全性・有効性に照らして、特に重点的な観察・評価が必要と判断される医療技術もその対象に加えられた。新たな先進医療制度の下では、基本的に未承認・適応外の医薬品、医療機器を用いない、保険適用外の先進的な医療技術が「先進医療A」と分類された。それまでの先進医療専門家会議は先進医療会議となり、医療機関から申請のあった医療技術を先進医療Aと先進医療Bに振り分けたり、先進医療を実施する施設の基準を設けたりする作業を担うことになった。先進医療技術審査部会は、それまで高度医療評価会議が審査を行ってきた、未承認・適応外の医薬品、医療機器を用いる医療技術を含む先進医療Bについて実施の可否を審査するために設けられた。

 4月24日の審査部会では金沢大学の記者会見資料が配布され、厚生労働省医政局研究開発振興課の先進医療専門官が「詳細については外部委員を含めた調査委員会を立ち上げて調査をして、それを厚生労働省に報告していただくことになっております」と説明した。それを受けて、先進医療技術審査部会の猿田享男座長(慶応義塾大学名誉教授)が「前に1回、ヒト幹のことで違反があったりしましたから、その辺り厳重にやっていただくことが非常に重要かと思います」と発言した。

 猿田座長の発言中にある「ヒト幹のことで違反」とは、2008年8月に金沢大学医学倫理委員会が承認して行われた、脂肪組織由来細胞を用いた二つの臨床研究が厚生労働省の「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する倫理指針」が定める手続きを踏まず、同指針違反を指摘された問題である。この指針違反で金沢大学は2010年12月、経緯、原因、改善策をまとめた最終報告書を厚生労働大臣に提出している。

 4月24日の会議から約5カ月後の9月11日に再び、先進医療技術審査部会が開かれた。この間、金沢大学が設けた「カフェイン併用化学療法に関する調査委員会」(以下、カフェイン併用化学療法調査委員会と言う)が調査結果を中間報告としてまとめ、それを9月8日に公表した。同月11日の先進医療技術審査部会ではその中間報告の要旨が配布された。中間報告はカフェイン併用化学療法について、「必要であれば新たに前臨床試験を実施するなどにより、安全性と有効性に関して信頼できる科学的な評価結果を得るようにし、しかるべき肯定的な評価結果が得られない限り、如何なる形であれ同療法を再開するべきではない」と指摘していた。

 この段階ですでに金沢大学病院を含むすべての病院でカフェイン併用化学療法は先進医療として行われていなかったが、先進医療技術審査部会は同療法の先進医療Bからの削除を決定(10月1日付の官報に告示)するとともに、金沢大学病院に対し、臨床試験終了に伴う総括報告書の提出を求めることにした。先進医療から削除する理由は、「臨床試験の症例登録を行わない患者に対する治療の実施をするなど、先進医療Bの実施が不適当と判断されるため」であった。

 先進医療技術審査部会の議事録によれば、委員からは事実関係のさらなる解明を求める意見が出された(肩書は当時)。

 臨床的な使用確認試験の際にカフェイン併用化学療法の審査を担当した藤原康弘国立がん研究センター企画戦略局長(現・独立行政法人医薬品医療機器総合機構理事長)は「単一用量の試験をやっても駄目でしょうね、というアドバイスはしましたが、まずはやらせてくださいということで始めた試験なのです。ちゃんと臨床試験として始めていただいたのですが、今回このようなことになったのは残念だと思います」と述べたうえで、臨床試験の制度に関して非常に感度が高いはずの薬剤師が漫然と臨床試験が続いていることを整形外科の講座に言えなかったのか、当時の薬剤部の関係者がどう考えているのか、金沢大学に尋ねるよう厚生労働省に求めた。

 また、生物統計の専門家で、国立がん研究センター多施設臨床試験支援センター薬事安全管理室長の柴田大朗委員は次のように、金沢大学がカフェイン併用化学療法の成績に関して対外的に発表しているデータの信頼性を確認する必要性を指摘した。

 「今回のお話を伺うと、臨床試験に登録された患者の数と実際に実施された患者の数とあって、これまで対外的にいろいろ情報が出ているこのものの有効性・安全性に関する報告はその中間ぐらいの数、79例とか、その前後の数の患者のデータが公表されているのではないかと思います。そうなると、臨床試験に登録されているわけでもなく、実施された全員でもなく、その中間ぐらいのあたりの患者のデータが成績を提示するときに示されていることになりますが、どういう理由で選ばれたのか。総括報告をまとめていただくときには、こういう公表データがあって、それについてはどういう基準で選ばれて、最終的にはきちんと臨床試験として実施したものがこういう成績であったということを整理して出していただくようにしないと、都合の良いデータだけ抜き出したのではないかという疑念が生じるとまずいと思います。ですので、そこの整理はしていただくようにお願いしたいと思います」

 先進医療Bからの削除は官報に告示された翌日の10月2日に開催された先進医療会議に報告された。議事録によれば、委員からは「金沢大学の先生方は、参加していただいた被験者の方たちの労力とか行為を全く無にしたと。ごみ箱に捨ててしまったようなことになりますので、そこについては猛省をしていただきたいなと思います」とか「ホームページは確かにアトラクティブに書いてあります。(略)これはよさそうだなという感じで書いてあります。(略)こういう先進医療Bのモードに入ったときには、変に引きつけるとか、そういうのはよくないと思います」といった厳しい意見が相次いだ。

 カフェイン併用化学療法が先進医療から削除されて半年余りが経過した2015年4月17日、厚生労働省で開かれた先進医療技術審査部会に金沢大学の関係者が出席した。前述したように、前年9月に先進医療削除を決めた同部会では、金沢大学に臨床試験の総括報告書提出を求めるなど、委員から数々の指摘が出された。それらの指摘に対して金沢大学側に説明を求めるため、厚生労働省が関係者の出席を求めたのである。

 審査部会に出席した金沢大学の関係者は、附属病院先端医療開発センターのセンター長と副センター長、臨床研究推進部門長、整形外科の医師2人の計5人だった。カフェイン併用化学療法の研究責任者であった土屋教授は出席しなかった。

 金沢大学は総括報告書である「先進医療に係る試験結果報告書」を作成するに当たり、解析対象とする症例を選ぶ基準を定めた。それは、①金沢大学病院と先進医療の協力医療機関を含めた6医療機関で実施された症例(83症例)を解析対象集団とする、②臨床的な使用確認試験の計画書の登録期間通りに実施された症例を選択するため、83症例のうち2008年4月1日から2010年3月31日の症例登録期間中に登録された症例(46症例)を採用する、③臨床研究に関する倫理指針において侵襲を伴う研究については文書によりインフォームド・コンセントを受けることが義務付けられていることを踏まえ、46症例のうち臨床試験の同意書の所在が確認されている症例(28症例)を試験結果報告書の解析対象とする――というものだった。

 すでに述べたように、土屋教授らの研究グループは厚生労働科学研究の第1回班会議において倫理審査委員会の承認を得ないまま、勝手に試験計画に記された被験者の適格基準や薬剤の投与方法を変更していたが、当初の試験計画で定めていた適格基準や投与方法が守られている症例だけを解析対象にすると、採用できる症例はわずか5症例しかなかったため、金沢大学では変更後の適格基準などに適合する症例を解析対象に含めることとし、試験を中断した症例も除外せず採用した。

 この28症例について術前化学療法の有効率を算出したところ、画像評価での有効率が骨腫瘍56.3%、軟部腫瘍50%、病理評価での有効率が骨腫瘍43.8%、軟部腫瘍17%となった。有害事象としては、カフェインによる不眠、動悸はGrade2以下のものが主体で、Grade3及び4の有害事象は、抗がん剤による電解質異常、血球減少などが中心だった。金沢大学はこの解析結果を受け、試験結果報告書で「本療法に関する諸問題のため、データの質が充分に確保されず、また先進医療に参加された被験者のうち、一部の解析に留まっており、本療法の安全性や有効性の解明には至っていないと考えられる」と結論づけ、それを先進医療技術審査部会で報告した。

 この日の先進医療技術審査部会では、前月の2015年3月23日付で行われた関係者の処分についても報告された。その内容は、カフェイン併用化学療法の研究グループの実施責任医師ら4人に対し文書による訓告や口頭注意を行ったというものだった。

 カフェイン併用化学療法の臨床試験で同意書の所在が確認できない症例が多数存在したことから、過去3年間に金沢大学で実施された316の臨床試験の登録被験者3822人の同意取得状況を点検した結果も報告された。それによると、全体の6%で同意書が確認できず、診療科によっては臨床研究であると認識せず、通常診療の一環のように考えて実施していた例もあったという。別稿で紹介した、抗がん剤の比較臨床試験をめぐる訴訟で「インフォームド・コンセント(IC)の欠如」を裁判所に指摘されたことを受け、金沢大学はこの比較臨床試験の同意取得状況を検証する調査委員会を設置した。その結果、同意書が一つも確認できなかったことから、2006年1月、「臨床試験に関するすべての事案について、学内に3つある審査(倫理)委員会のいずれかでICが適正になされているかどうかを調査する」という再発防止策を大学として発表していた。しかし、この再発防止策が徹底されていなかったことが、カフェイン併用化学療法の臨床試験をめぐる不祥事によって露呈したわけである。

 このほか、前年の先進医療技術審査部会で出されたいくつかの疑問に対する説明も行われた。その一つである、臨床試験への薬剤師の関与について、先進医療技術審査部会の議事録によれば、金沢大学側は次のように説明した(元号表記の後の西暦は筆者が加筆した)。

 カフェイン併用化学療法は、高度先進医療に承認される以前は学内の自主臨床試験として実施されており、薬剤費を患者さんに請求できないため、薬剤部で診療科が研究費で購入したカフェインの管理を行っておりました。しかし、平成15年(2003年)12月に高度先進医療に承認されて以降は、診療経費として購入された薬剤を使用することになったため、特別の管理、すなわち別途購入した薬剤を、日常診療で使用する薬剤と区別して、同意書を取得した特定の患者だけに処方可能にするといった管理をせずに、通常の医薬品と同様に払出しを行うようにしました。平成20年(2008年)の制度改正で、先進医療を臨床試験として実施することが要請されるようになって以降も、病院としてこのことを認識しておらず、同様に薬剤部として気付くことができませんでした。このため、カフェイン併用化学療法のためのカフェインの払出しにおいて、被験者の症例登録・同意取得について確認することはなく、同療法が先進医療制度を逸脱して、臨床試験ではない形で実施されていたことにも気付くことができませんでした。

 カフェイン併用化学療法の成績についていろいろなデータが公表されているが、都合の良いデータだけ抜き出したのではないか、という疑念が生じるとまずいので整理してほしい、という指摘に対する金沢大学の文書回答は以下の通りである。

  1.  厚労科研費の報告書で記された有効率を算定するに当たっては、登録された全症例から、報告書作成の時点で治療継続中の症例とともに、逸脱症例等を除いて解析対象症例を選定しており、その過程で恣意的な選択が介在し得る可能性があることを否定できない。
  2.  このため今回提出した先進医療に係る試験結果報告書では、Intention To Treat原則に則り、臨床試験の症例登録期間中(平成20年〈2008年〉4月1日~22年〈2010年〉3月31日)に先進医療の実施機関において登録された全46症例から、臨床試験の同意書の所在が確認できない18症例のみを除外し、逸脱症例等もすべて対象(28症例)に含めて解析を行った。
  3.  平成25年(2013年)11月の規制改革会議等で報告された有効率は、これらとはまた別に、金沢大学附属病院のみで実施された平成元年(1989年)からの症例について解析した数字であり、対象も骨肉腫のみとしている。

 金沢大学は、土屋教授らの研究グループが治療成績として公表していたデータについて詳しく検証した結果を記した資料を文書回答に添付する形で審査部会に提出していた。筆者は2017年10月に金沢大学に対して法人文書の開示請求を行い、「カフェイン併用化学療法に関して報告された有効率について」と題する、A4判1ページの資料の開示を受けた。その記載内容の概要は以下の通りである(元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた)。

拡大金沢大学が厚生労働省に提出した「カフェイン併用化学療法に関して報告された有効率について」と題する文書
 ① 規制改革会議(平成25年〈2013年〉11月)での報告

  •  骨肉腫のみを対象とした。
  •  平成元年〈1989年〉4月から平成23年〈2011年〉12月にかけて金沢大学附属病院においてカフェイン併用化学療法を実施した全116例(平成16年〈2004年〉1月から高度先進医療として実施し、それ以前は自主臨床試験として実施)から、stageⅢ(初診時転移あり)及び標準治療未完遂(手術不能など)の57例を除外した59例について有効率を計算した。
  •  画像評価と組織学的評価のいずれかで有効であれば有効例とみなすこととし、有効例53例で有効率90%となった。

 ② 日本整形外科学会学術集会(平成26年〈2014年〉5月)での報告

  •  上記59例から2症例(1例:患者の希望により姑息的手術、1例:転帰が不明瞭)を除いた57例について有効率を計算した。
  •  組織学的評価のみでの有効を有効例とみなすこととし、有効例43例で有効率81%となった。

 ③ 厚生労働科学研究費補助金の報告書に記載された有効率

  •  ・悪性骨腫瘍と悪性軟部腫瘍とを対象とした。
  •  症例登録がなされた症例が全79例と記載されているが、その中には平成19年(2007年)度に治療を実施した21例(レトロスペクティブな解析対象として事後的に症例登録票を作成)が含まれており、また金沢大学での実施症例で逸脱とされた6例は予め除かれていた。
  •  上記79例のうち、逸脱とされた15例と、報告書を作成した平成22年(2010年)3月時点で治療が未完の24例を除いた40例(骨腫瘍23例、軟部腫瘍17例)について有効率を計算した。
  •  画像評価では、骨腫瘍が有効例12例で有効率52%、軟部腫瘍が有効例12例で有効率70%となり、組織学的評価では、骨腫瘍が有効例15例で有効率68%、軟部腫瘍が有効例7例で有効率47%となった。

 金沢大学からの報告に対して、先進医療技術審査部会の委員からは厳しい意見が出された。国立がん研究センターの藤原康弘企画戦略局長は、金沢大学での「同意なき臨床試験」に触れながら、「その後また今回のようなことが起きたというと、大学の体質として

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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