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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

調査委員会の設置を拒否した東京女子医大に患者遺族が提訴を決意するまで

東京女子医大病院「補助人工心臓治験訴訟」②

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第4シリーズとして取り上げるのは、2007年に補助人工心臓の臨床試験の被験者となり、その後死亡した患者の遺族が臨床試験の実施計画書(プロトコール)違反を理由に東京女子医科大学に損害賠償を求めた訴訟である。その第2回の本稿では、調査委員会の設置要請を拒否された遺族が東京女子医大を相手取り、提訴を決意するまでの経緯をたどる。

拡大東京女子医科大学病院
 東京女子医大病院で行われた補助人工心臓エバハートの治験の被験者となり、2008年10月に亡くなった女性(以下、T子さんと言う)の遺族は2009年1月22日、3月31日と二度にわたって外部委員を含めた調査委員会の設置を求めながら東京女子医大に拒否された。遺族は同年7月17日、舛添要一厚生労働大臣に対し、東京女子医大が詳しい調査・検証をするよう指導してほしいと代理人弁護士を通じて申し入れた。東京女子医大が指導に従わない場合、国自身が調査委員会を設置し、調査・検証を実施するよう求めた。

 申入書では、①エバハートの治験のプロトコールですべての症例について手術過程をビデオカメラで撮影することが定められていたにもかかわらず、T子さんの手術で撮影されていなかったことは明白なプロトコール違反である、②T子さんの体表面積がプロトコールの除外基準に該当していたのに被験者として適格とした判断が適正だったか調査・検証が必要である、③エバハートの開発者である山崎健二医師が主導してT子さんの同意を取得して、治験参加に誘導したものと言えるので、インフォームド・コンセント取得に関する経過についても適正性を検証する必要がある――と指摘した。そして、「明白なプロトコール違反の事実があり、またプロトコール違反が濃厚に疑われる事実もありながら、外部の客観的検証を拒絶し続ける東京女子医大の姿勢は、治験実施医療機関として極めて問題であり、治験の透明性と適正性という観点から看過できない」と、調査の必要性を訴えた。

拡大国立循環器病センター(当時)の事例調査委員会が2009年6月に発表した報告書
 エバハートの治験をめぐっては、すでに述べたように、国立循環器病センターが男性患者の事例に関して「植込み型補助人工心臓治験症例に関する事例調査委員会」を設けて調査を行い、この年の6月26日に報告書が発表されていた。のちに筆者(出河)の行政文書開示請求に対して厚生労働省が開示した報告書は本文82ページで、同意説明文書などの資料も添付されている。

 治験継続について男性の母親が「納得できない」旨の文章を同意書に書き込むなど、治験についてのインフォームド・コンセント取得について遺族側から疑義が提起されたことについて報告書には「同意書に本件のような付記がなされる等ということは、異常なことであって、決して望ましいことではなく、将来的には再発が防止されるべきである」と記された。報告書は、エバハートの治験の実施計画書に「被験者が治験の中止を希望したときには中止例とし、その場合、治験責任医師は当該症例に対する適切な治療及び事後処置を保証しなければならない。この場合の適切な治療と事後処置の保証とは、被験者にとって最善の方法を選択して治療を行うことを保証するほか、植込まれている治験機器を体内から取り出すことが生命にとって危険な状態を招くおそれが高いことを踏まえ、本治験機器が埋め込まれたままで治療が継続できるように、治験機器を装着使用し続けるために必要となるすべての治験機器が治験依頼者から無償で提供されることを意味する」と記されていたにもかかわらず、治験に関わった医師たちが明確な認識を持っていなかったために、母親からの「治験の継続に同意しないと患者がどうなるのか」という質問に明確に答えられず、的確な対応ができなかった可能性を指摘した。

 そして調査委員会は、治験は本来、自由意思による参加を前提とした制度であり、厚生労働省令で定められた治験の実施基準(GCP)で「治験の参加を何時でも取りやめることができる旨を説明文書に記載すべき」と規定されていることにも言及しながら、「センターの対応は、不十分であったといわざるを得ず、今後に向けた改善策が求められる」「本来のインフォームド・コンセントの趣旨からすると、自由意思による自己決定(選択)を促すに足りるだけの十分な説明がなされていないことを指摘せざるを得ない」と報告書に記した。

 のちにエバハートの承認審査を行った独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査報告書(2010年10月29日付)によれば、GCP実地調査の結果、PMDAは「代諾者が説明文書の内容を十分に理解した上で治験に継続して参加することに同意する旨の文書に署名したと解することには疑問があり、同意の効力を生じているとは認められない」と判断し、継続治験のデータの一部を「GCP不適合」とした。

 T子さんの遺族は、外部委員を入れた調査委員会を組織して報告書を公表した国立循環器病センターの対応と比べながら、調査要求を頑なに拒む東京女子医大の姿勢を問題視した。

 T子さんが亡くなった事例の調査については国会でも取り上げられた。遺族側の申し入れに先立つ2009年7月8日の衆議院厚生労働委員会で阿部知子議員(当時・社民党)が「女子医大も外部調査的な委員会を持っていただきたい」と指摘しながら、舛添厚労大臣の見解を求めた。それに対し舛添大臣は「今、治験自体について、GCPの遵守ということでこれは調査させておりますけれども、とにかく、現場できちんと精査をして、その報告を上げていただいた上で対応していきたいというふうに思っております」と答えた。

 東京女子医大病院は2001年に心臓手術で死亡事故を起こし、医療事故の院内報告制度が機能していなかったことや隠蔽を目的にカルテが改ざんされたことなどを理由に、高度な医療の開発、提供を行う病院として厚生労働大臣が承認する特定機能病院を2002年から5年間取り消された。東京女子医大病院が特定機能病院に返り咲いたのは、T子さんがエバハートの植え込み手術を受けた約5カ月後の2007年9月1日だった。その間は心臓移植手術も自粛しており、T子さんが被験者となった治験の同意説明文書(2007年1月16日作成の第3版)には、被験者が心臓移植を希望した場合について「当院は心臓移植認定施設ではありますが、現在移植を自粛しているという事情があるため、この自粛が解かれない間は、提携先の埼玉医科大学病院を移植実施施設として心臓移植待機登録していただきます」と記されていた。

 前述した2001年の心臓手術の死亡事故で、東京女子医大は2002年2月15日、亡くなった平柳明香さん(当時、12歳)の両親である平柳利明さん・むつ美さん夫妻に解決金を支払って和解した。その際に締結した覚書には、「今後とも、高度の医療水準を期待される大学病院としての使命を深く自覚し、医療事故の再発防止について真摯な努力を傾注するとともに、万一の事故発生時においては事故原因の調査を適切に行い、患者及びその家族・遺族に対して調査結果についての誠実な説明・報告を行うものとする」と記された。

 その後、2003年7月19日に「東京女子医大病院被害者連絡会」(のちに被害者連絡会を患者連絡会に改称)が発足し、病院側と交渉を重ねた結果、東京女子医大病院は「医療事故調査検討委員会」を設置することを決め、2004年3月18日に記者会見を開いて発表した。これは、医療事故の疑いのある症例について、病院側と患者側の話し合いにより「訴訟によらない解決」を目指す新しい取り組みだった。病院長、安全管理担当副院長、関連病院病院長、院内の関連診療科、患者連絡会立会人、患者家族で構成される内部調査委員会で事実確認と原因究明を行い、その後、弁護士、学会推薦の医師、患者連絡会立会人から構成される医療事故調査検討委員会で外部評価を行うという、二段階の仕組みだった。

 当時の病院長が被害者連絡会に宛てた手紙には「これまでにも医療事故ないしその疑いが発生した場合に、病院側と患者側との両者の信頼関係を維持し、中立・公正な立場から問題の解決を図る第三者機関の設立を求める意見が各方面から出されていますが、未だ実現するには至っていません。私たちは、中立・公正な立場で事実関係を明らかにし、原因を調査する第三者機関を1日も早く設立し、失われた信頼関係を修復するとともに紛争を処理し、再発防止に役立てることができたら、と切に願う次第です」と記されていた。

 患者連絡会から調査の申し込みがあった8事例についてこの仕組みを使った調査が行われ、2007年3月までにすべての事例で和解が成立した。この間の内部調査委員会の開催回数は計33回、医療事故調査検討委員会の開催回数は計24回に及んだ。東京女子医大病院は同年4月18日、すべての事例での和解成立を発表した。その際、病院と患者連絡会による以下のような共同コメントが発表された(元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた)。

拡大東京女子医科大学病院と患者連絡会が2007年4月に発表した共同コメント
 医療事故究明を実施してまいりましたが、今般、紛争解決に至りましたのでご報告いたします。

 平成13年(2001年)の医療事故を契機に東京女子医科大学に対し患者側から様々な問題の指摘がありました。医療事故の疑いがある事例及び、調査依頼のありました事例につきまして、患者連絡会と病院との間で「訴訟によらない解決」を目指し、新しい解決手法を試み、事故原因の調査・究明を実施してまいりました。今般、全調査対象案件におきまして紛争解決に至ることが出来ました。

 今回の試みは、病院の内部調査委員会に患者家族並びに患者連絡会の立会人が傍聴人として同席するという今までの医療界では考えられない画期的な調査手法であったと考えております。その調査報告書を外部の医療関係者、弁護士などの第三者で構成する「医療事故調査検討委員会」で評価と医学的検証を行うもので、中立性・公開性・迅速性を原則とします。その調査結果では、医療過誤を指摘する事象は認められないとの結論となりましたが、医療者側から患者さんやご家族への説明が必ずしも十分でなかったり、診療体制の不備や記録管理の問題等の指摘がありました。

 今回8事例において、内部調査委員会を延33回、外部調査委員会を延24回実施しましたが、多大な調整と費用・労力を要し、当初の予想より時間がかかりました。医療面において過誤がないとの結論でも患者家族にとって必ずしも全て納得できる結論とはなりません。併しながら、患者側と病院側がこのような形で向き合い、信頼関係を取り戻しつつ、真摯に原因究明と話し合いができたことは双方にとって非常に有意義なものでした。病院側にとっても、患者の立場に立っての医療を更に実践する上で非常に意義ある解決方法でありました。

 「医療事故調査検討委員会」の委員の皆様方、関係頂いた皆様方には、多大なご協力に厚く感謝申し上げます。

 今回の試みが医療界全体に浸透し、今後の事故再発防止、並びにインフォームドコンセント(説明と同意)の更なる改善により、医療の信頼を回復し、「安心と安全の医療」につながることを期待します。

 又、他の医療機関において、この方法が医療紛争処理に役立つものであれば、今回の関係者の努力が報われるものと両者ともに思っております。

 一連の調査の過程で、診療記録の

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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