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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

千葉県の発表をきっかけに群馬で発覚した保険適用外手術で相次ぐ死亡

群馬大学病院肝臓手術8人死亡①

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第5弾として取り上げるのは、群馬大学医学部附属病院で行われた肝臓の腹腔鏡手術で多数の患者が死亡した事故である。難度が高い手術など、安全性、有効性が確立していない医療技術を臨床で用いる際の患者の人権、生命の保護は、2002年に起きた東京慈恵会医科大学青戸病院(現・同大学葛飾医療センター)の腹腔鏡手術事故で解決が迫られていた課題であったが、10年以上にわたって放置されたままだった。医療法の規定で「高度な医療の開発、提供」を行う医療機関として位置づけられる特定機能病院に指定されていた群馬大学病院で相次いだ手術死を機に、厚生労働省は特定機能病院の承認要件を見直し、難度が高い新しい医療技術の安全管理を厳格化することになる。第1回の本稿では、保険適用外の肝臓手術で8人の患者が死亡していたことが発覚するまでの経緯を取り上げる。

拡大2014年4月23日の朝日新聞朝刊第3社会面記事。週刊朝日の特ダネが発端だった
 2014年4月、千葉県がんセンターで行われた腹腔鏡を用いた膵臓がんなどの手術で複数の患者が亡くなっていたことが報道された。同月23日付の朝日新聞朝刊は次のように伝えた。

 千葉県がんセンター(千葉市中央区)の男性医師が腹腔鏡を使った手術で、1年半の間に膵臓がんの患者ら3人が、いずれも術後間もなく死亡していたことが22日、分かった。県は、第三者による検証委員会を設けて原因を調べる(注1)

拡大群馬大学医学部附属病院=群馬県前橋市昭和町
 このニュースを聞いた群馬大学病院医療安全管理部長の永井弥生医師は自分の病院の腹腔鏡手術による死亡例を調査しようと考えた。それが、群馬大学病院での一連の手術死が明らかになるきっかけだった。永井医師はなぜ調査を思い立ったのか。

 もともと皮膚科医であった永井医師が最初に医療安全管理の仕事に就いたのは2008年4月だった。皮膚科との兼任で2年間、医療安全管理室(2010年4月から医療安全管理部)の室長の下でゼネラルリスクマネージャー(GRM)を務めた。2013年4月、自ら希望して再びGRMとなり、その1年後には専従の医療安全管理部長に就任した。千葉県がんセンターの患者死亡のニュースを聞いたのは部長就任の直後だった。

 群馬大学病院では、永井医師が2度目のGRMに就任した2013年4月に第1外科が行った手術で医療事故が起きた。その手術は、腹腔鏡を用いて十二指腸粘膜下の腫瘍を摘出するもので、手術を受けた50代の男性が術後早期に高度の肝機能障害を発症し、集中治療室(ICU)での11カ月に及ぶ治療の末に、2014年2月に肝不全で亡くなったのである。手術から約5カ月後の2013年9月に第1外科から出されたインシデント報告を受けて病院は医療事故調査専門委員会を設け、外部委員3人に鑑定を依頼した。同年10月から2014年3月まで4回の調査委員会を開いて審議した結果、手術の過程で生じた胆管の狭窄により、肝障害が起きたと結論づけた(注2)

 永井医師は2013年秋以降、第1外科で手術を受けた男性が治療を受けていたICUに頻繁に出向いた。事故調査の進捗状況を説明するなど、家族への対応に当たるためだった。

 2014年初めころ、永井医師は第2外科で手術を受けた患者も同じICUで治療を受けていることに気づいた。それは「第2外科の保険適用外腹腔鏡手術で死亡した8人」の最後の患者だったことが、のちに明らかとなる。第2外科で手術を受けた患者の状態を「厳しい」と永井医師に説明したICUの医師は「2外も結構あったんだよね」と言った。

 ICUの医師がふと漏らした言葉の意味を、永井医師は、第1外科の腹腔鏡手術で容体が悪化した患者と同じよう事例が第2外科でも複数回起きていた――と受け取った。

 千葉県がんセンターでの腹腔鏡手術死が報道された直後の2014年5月初め、第2外科で手術を受けてICUに収容されていた患者が術後97日で亡くなった。第2外科で多くの腹腔鏡手術が行われていることを知っていた永井医師が亡くなった患者の術式を確認したところ、肝門部胆管がんに対する手術で、難度の高い手術であることがわかった。その時点では、開腹手術なのか腹腔鏡手術なのかわからなかったが、第2外科の腹腔鏡手術で複数の死亡例があったとICUの医師に聞いたことを思い出した。千葉県がんセンターと同様の事故が起きていないか調べる必要があると考えた。

 6月23日、永井医師は第2外科で消化器外科手術を受けて死亡退院した過去5年分の患者リスト(約100人分)を医療情報部から入手し、調査を始めた。リストをもとに電子カルテを調べると、間もなく、第2外科で2010年以降行われた腹腔鏡を用いた肝臓手術(肝切除術)で6人が死亡していたことがわかった。千葉県がんセンターでの腹腔鏡手術が保険適用外の術式であったことから、永井医師は第2外科が腹腔鏡を用いた肝切除術を始めた2010年12月以降の肝切除術件数と、そのうち何件が保険適用外であったかを調べ、リストを作成した。死亡した6人はいずれも保険適用外の手術だった。

 肝臓の腹腔鏡手術に公的医療保険が適用されたのは2010年4月の診療報酬改定である。当初、保険が認められる対象の手術は、肝臓表面にできた腫瘍などを切除する「部分切除」と、「S1」~「S8」の八つの部位(亜区域)に分かれる肝臓のうち一番左側にある「S2」と「S3」を合わせた「外側区域」を切除する「外側区域切除」に限られていた。それらとは異なり、「亜区域切除」(八つに分かれた亜区域のいずれかを境界に沿って切除する手術)、「1区域切除(外側区域切除を除く)」(内側区域〈S4〉、前区域〈S5とS8〉、後区域〈S6とS7〉のいずれかを切除する手術)、「2区域切除及び3区域切除以上のもの」(外側区域、内側区域、前区域、後区域の四つの区域のうち二つ、もしくは三つ以上の区域を切除する手術)は当初、公的医療保険の対象になっておらず、2016年4月の診療報酬改定で初めて、保険が適用される対象手術になった。群馬大学病院の一連の手術死が発覚してから2年後のことである。同大第2外科は、肝臓の腹腔鏡手術で「部分切除」と「外側区域切除」のみが公的医療保険の対象になっていた時期に、「区域切除」や「亜区域切除」を行っていた。

 永井医師が作成したリストを野島美久病院長に報告したのは、調査を始めて1週間後の6月30日だった。第三内科の教授でリウマチなどの診療を専門とする野島氏は2004年から2008年までの4年間、病院の医療安全管理室長を務めた経験があった。野島氏が医療安全管理室長の職にあった2005年、第1外科で行われた生体肝移植手術で夫に肝臓の一部を提供した女性が血液凝固阻止剤の過剰投与が原因で脊髄を損傷し、下半身まひとなる医療事故が発生し、野島氏は事故原因の調査などに当たった。この生体肝移植手術事故で浮き彫りになった病院組織の問題点が解消されないまま放置されたことが、第2外科における一連の腹腔鏡手術死につながっているので、生体肝移植事故については稿を改めて詳しく述べることにする。

 2011年4月に病院長に就任した野島氏にとって、第2外科で深刻な問題が起きたことはまったくの予想外だった。生体肝移植手術事故の調査時に調べた第2外科の生体肝移植手術の成績は良好で、それ以来、第2外科の肝胆膵外科チームを信頼していたからである。野島氏は病院長に就任する際、第2外科の診療科長で消化器外科が専門の竹吉泉教授を病院長補佐と手術部長に任命した。竹吉氏は2008年4月から診療に用いる医療機器・材料の管理を担当する材料部長を務めていたので、野島体制の下で多くの職責を担っていた。

 のちに第2外科の一連の腹腔鏡手術死について検証した第三者調査委員会はその報告書の中で、十分な人員が確保できないまま一人の医師に頼った形で難度の高い手術が継続して行われ、死亡事例が発生しても検証が行われなかったことについて、手術管理の責任者である手術部長を兼ねていた竹吉教授の責任を指摘することになる。

 竹吉氏は第2外科の腹腔鏡手術死が発覚する直前の2014年3月に発行された『群馬大学医学部・医学系研究科七十年史』に、臓器病態外科学分野(第2外科)、手術部、材料部の三つの部門の責任者として各部門の沿革と現況を紹介し、抱負を述べる原稿を寄せている。群馬大学病院の手術数の多さや、自らが診療科長(教授)を務める第2外科が先進的な診療に積極的に取り組んでいることへの自負がうかがえる文章なので、以下にその一部を引用する(下線と元号表記の後の西暦は筆者が書き加えた)。

 【手術部】
 手術は原則、月曜日~金曜日までの平日、毎日行われていますが、手術数が多いため定期手術が深夜まで行われることもたびたびあります。(略)
 全体の手術数の増加はめざましく、20年前の平成5年(1993年)には4103件であった手術数が平成24年(2012年)は8122件とこの20年間で約2倍となっています。国立大学43校中では平成23年(2011年)度手術総数では6位、1病床当たりの手術件数では第2位の数となっています。この20年間を通して手術総件数で毎年国立大学病院の中でほぼベスト10入りを果たしています。
 中でも鏡視下手術の発展は目覚ましいものがあり、消化器外科、呼吸器外科、産婦人科、泌尿器科は腹腔鏡・胸腔鏡の手術の増加が著しくなっています。消化器外科、呼吸器外科の手術は開腹や開胸手術より圧倒的に鏡視下手術の方が多い状態です。現在鏡視下手術用の設備は全部で17台常設していて、そのうち6台がハイビジョン対応となっています。

 【臓器病態外科学分野】
 平成18年(2006年)11月からは第5代教授に消化器外科の竹吉泉が就任しました。教室出身の初めての教授として、明るい教室づくりと若手医師が気兼ねなく発言ができ、前向きな意見交換が可能な教室運営を目指して教室運営をしています。臨床面を重視して取り組んでおり、外科学教室において、手術は最も重要な仕事であると考えています。また、手術症例数を増やし、教室員がたくさんの手術を執刀することで仕事にやりがいを持つこと、そしてそれをみている研修医や学生が外科学および我々の教室に興味をもってくれるようにすることを目標にしています。手術症例数は教授就任前の平成17年(2005年)度には全体で545例でしたが、順調に増加し、目標であった教室で年間1000例の手術を行うこともほぼ達成され、若い教室員にも多くの手術を執刀してもらっています。しかし、手術枠とベッド数の問題があり、現状ではほぼmaximumと思われますが、そのような環境の中で、教室員が皆頑張ってくれているおかげで手術数は現在も増え続けています。(略)
 また大学の重大な使命として先進医療の推進があります。教室では現在5種類の先進医療をおこなっていますが、今後は益々先進医療を導入して、地域に貢献していきたいと考えています。
 現在教室員は学内33名(大学院生を含む)、関連病院勤務や留学生を含めて全員で108名です。(略)

 肝・胆・膵
 教室には「肝胆膵外科学会」が定める「高度技能指導医」が学内に2名おり、同学会が定める一定の水準を満たす施設「修練施設A」にも認定され、学会のホームページなどでも公開されています。(略)最近は積極的に縮小手術にも取り組んでおり、肝切除や膵切除においては腹腔鏡下手術を導入し、肝部分切除や肝外側区域切除だけでなく、葉切除や区域切除も行っています

 前述したように、病院長時代に竹吉氏にさまざまな職責を任せていた野島氏は2016年9月に群馬大学を退職し、前橋赤十字病院勤務を経て、現在群馬県内の民間病院に勤務している。筆者は2019年6月、その野島氏に取材した。

 野島氏によれば、生体肝移植手術のドナー事故の調査をめぐっては第1外科の反発があり、それが原因で気まずさが残った。一方、第2外科教授だった竹吉氏はざっくばらんな性格で、病院長補佐会議での発言も最も多かった。病院長である自分に向かって率直に批判的な意見を述べることもあり、信頼できる人物だと思っていたという。その竹吉氏が率いる第2外科でこれまでにない深刻な事態が起きていたことは野島氏にとってショックだった。

 野島氏は永井部長から報告を受けた翌日の7月1日、その結果を竹吉氏に伝えた。竹吉氏は保険適用外手術の中止を野島氏に申し出た。

 7月22日、峯岸敬副病院長(産科婦人科学講座教授、のちに医学部長・群馬大学理事)を委員長に、複数の外部委員を含む調査委員会「腹腔鏡下肝切除術事故調査委員会」(以下、院内調査委員会と言う)を設置することが決まった。外部委員は、医療安全の専門家である長尾能雅・名古屋大学医学部附属病院医療の質・安全管理部長(教授)ら5人(ただし、うち1人は大学の顧問弁護士)だった。

 調査委員会の設置が決まった後の病院のチェックによって、8月中旬ころまでに、さらに2人の患者が保険適用外の腹腔鏡手術を受けて死亡していたことが判明し、死亡者は計8人になった。新たにわかった死亡者の1人は退院後1週間で救急搬送され、死亡した患者だった。第2外科が腹腔鏡を用いた肝切除術を始めた2010年度から2013年度にかけて毎年度2人ずつ死亡していた。

 第1回の院内調査委員会は8月28日に開催された。委員会は翌2015年2月12日まで計9回開かれるが、外部委員が出席したのは第1回のみだった。

 筆者の法人文書開示請求に対し群馬大学は第1回院内調査委員会の議事要旨を一部黒塗りで開示した。その冒頭の「概要」には次のように記されている(■は群馬大学が文書開示に当たって黒塗りにした部分。また、第2外科が行った保険適用外の肝臓の腹腔鏡手術の件数は56となっているが、群馬大学病院は院内調査委員会の中間報告書を公表した2014年12月19日の記者会見で58例に増えたことを明らかにする)。

 本年■月に死亡した事例につき、問題視する声が院内関係部署よりあげられた。確認したところ、肝門部胆管癌に対する腹腔鏡下肝切除術で、保険適応外の高難度手術であった。術後合併症にて集中治療室にて治療、術後■日目に死亡した。当該診療科の術後合併症率が高いこと、腹腔鏡手術後の死亡例がほかにもあるということは周囲関係者が認識しているところであり、調査を行った。その結果、2010年より開始した腹腔鏡下肝切除術は92例、うち保険適応外となるものが56例で、2014年6月25日時点で手術関連死6例を確認した。その後の再確認で死亡例は8例あり、いずれも保険適応外の術式であった。先進的な保険適応外手術において高い死亡率であるという問題を認識し、外部委員を含めた調査委員会を立ち上げた。

 筆者の法人文書開示請求に対して群馬大学が一部黒塗りで開示した第1回院内調査委員会の議事資料の中には、以下の資料が含まれていた。

  1.  第2外科が行った腹腔鏡下肝切除術で死亡した8人の患者リスト
  2.  2010年度~2014年度に第2外科が行った腹腔鏡下肝切除術の患者リスト
  3.  2009年度以降に第2外科が行った開腹肝切除術の患者リスト
  4.  開腹肝切除術で死亡した10人の患者の経過をまとめた文書
  5.  第2外科が行った膵頭十二指腸切除術の治療成績
  6.  他大学病院が中心になって厚生労働省の先進医療として実施した腹腔鏡下肝切除術の臨床研究に参加する際に第2外科が院内の倫理審査を受けるために提出した書類と倫理審査の手続きに関する文書
  7.  第2外科が腹腔鏡下肝切除術に関して行った学会発表や学術誌に掲載した論文

 このうち、2010年度~2014年度に第2外科が行った保険適用外の腹腔鏡下肝切除術の患者リストには、手術費用を保険請求したか大学が負担したか、なども記されていた。

 膵頭十二指腸切除術の治療成績を記した「2011年4月~2013年11月におけるPD(※筆者注=膵頭十二指腸切除術を指す)症例まとめ」という資料によると、第2外科がこの期間に行ったPDの件数は34例で、中等度合併症が7例で起きた。「続発する合併症」としては、腹腔内出血、敗血症、縫合不全/腸管壊死が起きていた。この期間の死亡例はないが、2009年度に行われた8例中2例が死亡と記されていた。また、この資料には「2013年9月~腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術、IRB承認後3例施行 問題なし」との記載があるが、筆者の法人文書開示請求に対して群馬大学が開示した「医師主導臨床試験等に伴う重篤な有害事象に関する報告書」(第2外科の竹吉泉教授が2014年9月5日付で病院長と臨床試験審査委員長宛てに提出)には腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術で腹腔内出血が起こり、止血後に再出血のリスクを考慮して患者を集中治療室に入れたことが記されていた。この報告書が提出されたのは、群馬大学病院が第2外科の肝臓の腹腔鏡手術の死亡例の調査のために設けた院内調査委員会の第1回会合の8日後であり、調査がきっかけになって有害事象報告が行われた可能性がある。同じく筆者の法人文書開示請求に対して群馬大学が一部黒塗りで開示した「臨床試験審査委員会議事要旨」(前述の有害事象報告書提出の約20日後の2014年9月26日開催)によれば、有害事象として報告された腹腔内出血は術後1日目に起きたものだった。同議事要旨には次のような記載があった。

 「本試験については、学会でも慎重にとの流れになっており、6月の症例を最後に見合わせている状態であるとの説明があった。■■■(開示時に黒塗りにされた箇所)より、有害事象発生から1年以上経過しているのでもう少し早く報告してほしいとの注意があった」

 他大学病院が中心になって先進医療として実施された臨床研究は、「ラジオ波焼灼システムを用いた腹腔鏡補助下肝切除術」だった。腹腔鏡を用いて、通常の開腹手術(40㎝~60㎝)より小さい開腹(8㎝~10㎝)で肝臓手術を行うもので、出血量を軽減するため、肝臓の切除前にあらかじめラジオ波で切除する離断面を凝固する手法だった。岩手医科大学病院が申請し、厚生労働省が2008年に先進医療の一つである高度医療(未承認・適応外の医薬品、医療機器を用いる先進医療で、その後「先進医療B」となる)としての実施を承認したもので、2008年9月から5年間の研究期間中、協力医療機関を含めて100人の患者に実施する計画だった。

 この臨床研究に協力医療機関として参加するため、第2外科の竹吉泉教授は病院長宛てに「医師主導臨床試験申請書」(2011年9月12日付)を提出した。第1回院内調査委員会の議事資料の中には、この申請書のほか、臨床研究のための患者向け同意説明文書、同意書、2012年度の医師主導臨床試験実施状況報告書、群馬大学病院の「医師主導臨床試験に係わる手順書」(2009年4月1日付)などが含まれていた。

 第2外科で実施された保険適用外の腹腔鏡下肝切除術の多くは事前審査を受けないまま実施されたが、岩手医大病院を中心とした臨床研究として実施した手術に関してだけは竹吉教授名で病院長に申請を行い、臨床試験審査委員会の審査を受けていた。

 前記「医師主導臨床試験に係わる手順書」は、厚生労働省が2003年7月に制定した「臨床研究に関する倫理指針」に基づいて、「臨床研究の実施に必要な手続きと運営に関する手順」を定めたもので、その冒頭部分には、「臨床試験審査委員会(以下「IRB」という。)で取り扱う臨床研究(以下「医師主導臨床試験」という。)に対して適用する」と記され、医師主導臨床試験の申請に必要な書類や臨床試験審査委員会の審査・承認の手続き、有害事象発生時の対応手順、臨床試験を行う責任医師と分担医師の要件、責任医師の責務、被験者の同意取得手続きなどが13ページにわたって詳細に記されていた。

 前述したように、第1回院内調査委員会の議事資料の中には、第2外科の竹吉教授名の医師主導臨床試験申請書のほか、被験者の同意説明文書、同意書、臨床試験実施状況報告書などが含まれていることから、厚生労働省が先進医療としての実施を認めた、岩手医大病院を中心とする臨床研究として実施した手術に関しては、病院内のルールに基づき、必要とされる手順を踏んでいたことがわかる。竹吉教授名の医師主導臨床試験申請書には「本研究に関係するすべての研究者はヘルシンキ宣言および文部科学省と厚生労働省が共同で策定した『疫学研究に関する倫理指針』を遵守して本研究を実施する。本研究に参加する研究者は、研究対象者の安全と人権を損なわない限りにおいて本研究実施計画書を遵守する」と記載されていた。

 しかし、他大学を中心とする臨床研究以外で行った肝臓の腹腔鏡手術については、臨床試験審査委員会の事前審査を受けるなどの手続きを踏まないまま実施していた。その詳細を見ていくことする。

 のちに院内調査委員会が発表した最終報告書によれば、保険適用外の手術と判断された58例の腹腔鏡下肝切除術のうち35例については費用を公的医療保険に請求しており、臨床研究として届け出をしたうえで先進医療(※筆者注=保険適用外の診療部分は患者、それ以外の検査、入院費用などは公的医療保険に請求できる制度)として費用を請求したのが6例、「先進医療等開発経費」で処理し、大学が費用を負担(校費負担)したのが17例あった。校費負担の17例の中の1例は、臨床研究である先進医療として実施されていた。

 「先進医療等開発経費」「校費負担」とは何を意味するのか。

 筆者の法人文書開示請求に対して群馬大学が開示した「群馬大学医学部附属病院校費負担患者取扱規程」(1979年10月1日制定、1999年5月1日改正)によると、「校費患者」は以下のように定義されている。

 附属病院で治療を行う患者のうち、教育・研究上極めて有意義と判断されるもの、又は教育・研究に協力することにより、当該患者に特別の精神的・肉体的負担をかけること等、その診療が特に医学の教育・研究に貢献するものと認められ、その診療に要する費用を国費で負担する患者をいう。

 校費負担患者取扱規程は2004年4月1日の国立大学法人化と同時に廃止され、新たに「群馬大学医学部附属病院学用患者費用負担患者取扱規程」が制定される。その規程で「学用患者」は次のように定義された。

 学用患者とは附属病院で診療を行う患者のうち、教育・研究上極めて有意義と判断されるもの、又は教育・研究に協力することにより、当該患者に特別の精神的・肉体的負担をかけること等、その診療が特に広く医学の教育・研究に貢献するものと認められ、その診療に要する費用を学用患者費用で負担する患者をいう。

 群馬大学によれば、この規定は2010年4月1日に廃止され、新たに「群馬大学医学部附属病院学用患者費用取扱内規」が制定された。その内規が、第2外科での腹腔鏡下肝切除手術による一連の死亡事例が発覚する直前の2014年4月1日に「群馬大学医学部附属病院先進医療開発等経費取扱内規」と名称変更された。第2外科が行った腹腔鏡下肝切除術17例の費用を群馬大学が負担した当時は「学用患者費用取扱内規」によって手続きが行われていた。

 この学用患者費用取扱内規は承認手続きについて、「診療科長は、学用患者として取扱うときは、患者又は親族若しくは後見人(以下「患者等」という。)の同意を得て、必要事項を記載した申請書を病院長に提出し、承認を得るものとする」と定めていた。承認申請のための「学用患者費用負担患者承認申請書」には、担当医師名、学用患者として費用負担をする期間、病名、申請理由、適用の範囲(検査名等)、負担の区分(診療の全額を学用患者費用とするか、保険診療における患者の窓口負担分のみを学用患者費用とするかなど)を記載することになっていた。患者や親族、後見人が同意したことを示す署名、捺印欄もあった。申請理由については、次の四つから選択することになっていた。

  1. 希少又は難治の疾患で、教育・研究に必要な症例のため。
  2. 希少ではないが医学上重要な疾患で、教育・研究に不可欠な症例のため。
  3. 普通一般的な疾患ではあるが、教育・研究に必要な症例のため
  4. その他

 また、学用患者費用取扱内規によれば、学用患者の診療が終了したときは、必要事項を記載した報告書によって病院長に報告し、患者の診療録等に学用患者の診療が終了したことを記録しなければならないとされていた。2012年当時の「学用患者費用負担患者診療成果報告書」の書式によれば、「教育・研究に関しての協力・貢献等の内容」について、以下の11項目から選んで報告することになっていた。

  1. 外来実習に協力した
  2. 病棟実習に協力した
  3. 臨床講義に協力した
  4. 卒後臨床教育に協力した
  5. 病因の解明に協力した
  6. 診断技術の向上に協力した
  7. 新しい検査法の開発に協力した
  8. 新しい治療法の開発に協力した
  9. 研究上必要な長期観察症例として治療・検査に協力した
  10. 予防医学の発展に協力した
  11. その他医学教育・研究に協力した

 以上のような内規の記載内容や手続きに必要な文書の書式によれば、学用患者は、医学部の学生や医師免許取得後の研修医の教育だけでなく、新しい検査法や治療法の開発のための臨床研究の対象者として想定されていたことがわかる。その点では、岩手医大病院が中心となり、厚生労働省の先進医療として行われた「ラジオ波焼灼システムを用いた腹腔鏡補助下肝切除術」の臨床研究と何ら変わるところはない。

 筆者の法人文書開示請求に対して群馬大学は2017年2月、学用患者として診療費を負担した17例の承認申請書(日付は2012年7月2日~2013年10月15日)を医師名や患者名などを黒塗りにして

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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