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深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

群馬大、診療ガバナンス不備で手術死亡続発に対処できず

群馬大学病院肝臓手術8人死亡③

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第5弾として取り上げるのは、群馬大学医学部附属病院で行われた肝臓の腹腔鏡手術で多数の患者が死亡した事故である。第3回では、院内調査の報告書が批判を浴びたことをきっかけに設置された第三者調査委員会の報告書の内容を紹介する。

拡大群馬大学医学部附属病院=群馬県前橋市昭和町
 前回述べたように、群馬大学病院が設置した腹腔鏡下肝切除事故調査委員会(以下、院内調査委員会)がまとめた調査報告書は2015年3月に公表された。ところが、この報告書は作成の最終段階で「全ての事例に過失があったと判断される」という追加の記載が病院幹部によってなされ、院内調査委員会が調査対象とした8人の患者の個別事例報告書の結論部分にも、そのあとで「過失があったと判断される」と加筆された。報告書への加筆について、院内調査委員会に参加した外部委員から「問題がある」と指摘を受け、過失に言及した文言は後日削除された。このことがメディアを通じて広く報道された結果、院内調査委員会の運営のあり方も含め、群馬大学病院は強い批判を受けることになった。

 そのため、2015年4月に就任した平塚浩士学長は第三者のみで構成された調査委員会による中立、公正な再調査が必要であると判断し、改めて「群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会」(以下、第三者調査委員会)が設置されることになった。2015年7月1日制定の第三者調査委員会規程によると、委員会の任務は「医学部附属病院における腹腔鏡下肝切除等の事故(以下「医療事故等」という。)に関連した諸問題を踏まえ、再発のために医療事故等の事実関係を調査確認するとともに原因を究明し、その改善策について審議し、学長に報告を行う」と定められた。第三者調査委員会が調査対象としたのは院内調査委員会が調べた8人の患者の死亡事例と、院内調査委員会の調査中に明らかになった開腹肝切除術での死亡事例(計10人)をあわせた計18事例だった。いずれも同じ執刀医によるもので、腹腔鏡手術の死亡事例は2010年度~2013年度、開腹手術の死亡事例は2009年度~2012年度に行われた手術で発生した。

 第三者調査委員会の委員長に就任したのは、心臓血管外科が専門で医療事故調査の経験が豊富な上田裕一奈良県総合医療センター総長(現・地方独立行政法人奈良県立病院機構理事長)だった。その他の委員は、甲斐由紀子宮崎大学医学部看護学科教授、患者の視点で医療安全を考える連絡協議会の勝村久司世話人、神谷恵子弁護士、江戸川大学メディアコミュニケーション学部の隈本邦彦教授、名古屋大学病院の長尾能雅副病院長(医療の質・安全管理部教授)だった。このうち長尾氏だけが院内調査委員会に外部委員として参加していた。

 第三者調査委員会には、消化器外科や肝胆膵外科を専門とする外科医が含まれていないため、18死亡事例の個別の医学的評価については、一般社団法人日本外科学会に調査と検証を依頼した。これを受けて日本外科学会は18人の死亡症例を出した第2外科だけでなく、同じ内容の診療を行っていた第1外科を含めた検証が必要と判断し、2007年4月~2015年3月の8年間における、二つの診療科の消化器外科手術後の在院死亡ならびに術後30日以内の死亡事例を網羅的に調べることにした。その結果、64の術後死亡事例が確認され、そのうち第三者調査委員会が調査対象とする18事例を含む51事例について詳細な検討を行う必要があると判断された。51事例のうち1事例については調査への遺族の同意が得られなかったため、最終的に50事例が日本外科学会による検証の対象とされた。

 第三者調査委員会がまとめた報告書(2016年7月27日付)によると、第三者委員会は「個人の法的責任の追及」を目的とせず、調査方法については、英国ブリストル王立病院で起きた一連の小児心臓手術事故について分析した「ブリストルに学ぶ:ブリストル王立病院小児心臓手術(1984~1995)特別調査委員会報告書」と、その報告書の要点を紹介した「医療の質の保証―ブリストルの遺産―」(古瀬彰:胸部外科59巻第5号~11号、2006年)を参考にした。調査方法について第三者調査委員会は報告書に以下のように記した。

 多くの医療事故調査が、事例に関与した医療従事者に対する聴き取りから始まるのに対し、本委員会ではより広い視野で、背景を調べることから始めた。すなわち、入手可能な院内の各種規程や診療統計、診療に関与した医療従事者の人員や体制、医療安全管理部門の記録等を調査した上で、個別の診療録や各関係者については、徐々に調査を進めた。さらに、直接の調査検証対象である死亡18事例の調査にあたっては、各事例の紹介受診から手術に至る診療プロセス及び死亡に至るまでの術後管理体制、特に診療の各段階における方針決定や他の診療科との連携にも注目した。そのうえで、本委員会では、病棟、ICUの訪問調査を行った。その後、病院関係者12名に対してヒアリングを行い、診療体制や院内の検討会、術後死亡事例の認識及び医療安全管理体制について確認し、医療の質・安全管理部(※筆者注=群馬大学病院は2014年12月に医療安全管理部を医療の質・安全管理部に改称した)等の訪問調査も行った。また、A医師(※筆者注=執刀医を指す)に対しては、患者家族への説明内容の確認などを含めて2回のヒアリングを行った。さらに、死亡18事例中、了解が得られた16事例の遺族に対しヒアリングを行い、手術前の医師からの説明、術後合併症の治療や死亡原因についての医師からの説明等について確認した。ヒアリング結果と診療録との照合を行い、事実経緯を把握した。

 なお、今回の調査事例については、診療録の記載が非常に乏しく、経緯の把握には限界があった。

拡大「安全性が確認されていない医療行為は特に厳密な倫理的手続きが求められる」と指摘した第三者調査委員会の報告書
 群馬大学が公表している第三者調査委員会の報告書は全文80ページ余りで、第2外科で行われた肝胆膵外科手術の術式と死亡事例、群馬大学病院における消化器外科診療及び関連する院内体制、第2外科の肝胆膵外科担当における診療の実態などについて事実関係を記したうえで、検証結果に基づく評価を別の章でまとめるという体裁をとっている。日本外科学会の報告書の抜粋と再発防止に向けた提言も盛り込まれている。院内体制に関しては、消化器外科診療が第1外科と第2外科に分かれて行われていたことに始まり、病棟看護、手術、麻酔、ICU、がん登録、インフォームド・コンセント、倫理審査、医療安全のそれぞれの管理体制が検証の対象になった。第2外科の診療に関しては、医師の勤務体制のほか、手術適応の判断や患者のリスク評価体制、術前の症例検討会の実施状況、患者家族への説明、診療記録の記載状況、死亡事例が多発した際の対応、腹腔鏡を用いた肝臓手術導入の経緯と診療実績などが幅広く検証された。本稿では、保険適用外で難度の高い腹腔鏡手術が診療科の判断で行われ、死亡事例が相次いだ後も続行された経緯を中心に、第三者調査委員会の調査報告書を引用しながら。述べることにする。

 結果的に8人もの患者が死亡した肝臓の腹腔鏡手術を第2外科が導入する経緯はどのようなものだったのか。第三者調査委員会の報告書には次のように記載されている(※筆者注=公表されている報告書では、第2外科の竹吉泉教授は「P教授」と表記されている)。

 ヒアリングによると、2010年、肝胆膵外科担当の医師達から、P教授に対し、腹腔鏡下手術に取り組みたいとの申し出があった。その理由は、他の大学病院ではすでに腹腔鏡下手術が実施されている所もあり、開腹手術に比べ侵襲が少なく、入院期間も短縮しうる等の利点から、新しい技術として導入していく必要があると考えたからとのことであった。

 P教授は、その導入について、よく勉強すること、大動物などを用いてトレーニングすること、先進施設を見学すること、内視鏡外科の技術認定医を手術に参画させること、無理をしないことなどを条件に許可した。

 肝胆膵外科担当の医師らは、他施設で手術を見学し専門家の指導を数回受けたほか、トレーニングボックスやミニブタを用いた手術実習等を行い、2010年12月に腹腔鏡手術を導入した。内視鏡技術認定医が術者の一員として手術に深く関わったのは、腹腔鏡下肝切除術の最初の2例だけであった。

 1例目から11例目までは腹腔鏡補助下手術で小開腹を伴う手術であり、12例目より完全腹腔鏡下手術へと移行した。1例目の患者は、術後22日で退院し、その6日後に救急搬送されて死亡したが、死亡症例検討会は行われていない。3例目の患者(死亡事例としては2例目)については、死亡症例検討会が行われており、最終的に死因となった急性呼吸促迫症候群への対応について議論をしたとのことであるが、その記録は残されていない。腹腔鏡導入後1年間に、4例の死亡事例が発生していた。

 旧第二外科内の医師の中には、「死亡事例も出ており、危険なので中止させた方が良い」と、P教授に進言した者もいた。しかし、腹腔鏡下肝切除術は継続され、手術件数は、2011度は19例、2012年度は34例、2013年度は35例と増加していった。死亡事例は、2010年度から2013年度まで、それぞれ2例の計8例であった。

 ヒアリングによると、腹腔鏡下肝切除術死亡8事例について、A医師は、P教授に対して「術後の合併症による死亡」との認識を示しており、「新しい技術を導入している過程での出来事であり、改善に結びつけることが重要と考えていた」とのことである。

 P教授は、死亡事例が発生した場合、A医師らからの報告に対し、「手術の技術や患者管理に問題がないか確認し、家族に病理解剖の説明をするよう指示していた」とのことである(実際に解剖を勧めたとする記録が残っているのは18例中3例であった)。P教授は、「A医師は、よく勉強し、技術訓練も実施している」「肝臓手術に関してはA医師への紹介がほとんどであり、院内外の医療者からの信頼も厚い」と考えていたとのことである。

 群馬大学病院は8人の患者が死亡した手術を含め、2010年12月以降に第2外科で行われた58例の腹腔鏡下肝切除術が「保険適用外であった」とみなした。すでに述べたように、群馬大学病院はこのうち35例の費用を公的医療保険に請求していた。7例は、臨床試験審査委員会(IRB)に承認された、岩手医科大学病院主導の臨床研究(厚生労働省が先進医療として承認)に参加したもので、17例(臨床研究として行った7例中の1例を含む)については「校費負担患者」として、群馬大学が費用を全額負担していた。このように、患者によって費用負担の仕方が異なっていた理由は何だったのか。

 第三者調査委員会の報告書はその経緯を次のように記している。

 ヒアリングによるとA医師は、導入当初は腹腔鏡補助下手術であり、主たる部分は開腹での手術手技であるとの認識で、診療報酬は「開腹手術」として請求していたと述べている。その理由としては、同様の手術を実施していた他施設にも相談したが、「厳密には微妙な部分もあるが、開腹で請求している」という回答があったためとしている。しかし、途中で「本当に開腹での請求で大丈夫か」という意見が科内で出てきたため、P教授が、事務に相談し、一旦は保険請求をしない校費負担の扱いとした。以降、校費負担として17例の手術が行われ、腹腔鏡下死亡8事例中1事例は、校費負担であった。

 2013年10月、校費負担が嵩むことから、医療サービス課(現医事課)が厚生労働省関東信越厚生局群馬事務所の担当部署に、内側区域、右葉(前区域・後区域)の腹腔鏡下肝切除については保険請求に該当する術式がないことを問い合わせたところ、肝部分切除術として保険請求してよい、との回答を得た。そのため、以後は肝部分切除術として保険請求していたという。

 群馬大学病院が関東信越厚生局群馬事務所に問い合わせた「内側区域、右葉(前区域・後区域)の腹腔鏡下肝切除」が公的医療保険の対象となるのは、この連載の第1回で述べたように、2016年4月の診療報酬改定以降であり、2013年10月の時点では保険適用外の手術だった。第三者調査委員会は報告書で「この誤解も、保険適用外手術が倫理審査なしに継続されていった背景の一つとなった」と指摘し、誤解の原因が関東信越厚生局群馬事務所側の説明にあったのか、群馬大学側が関東信越厚生局群馬事務所の説明を誤って理解したことにあったのかは明確にしていないが、報告書の末尾に記載した「厚生労働省への要望」において、次のように述べている。

 保険診療への疑義照会があった場合、電話による回答では双方の理解に齟齬が生じる恐れがある。そのため、特に侵襲性が高い症例、複雑な症例については、保険診療の適否や適用の範囲が医療現場に明確になるように理由を付して書面で回答することが望ましい。

 当時、群馬大学病院にあった臨床試験審査委員会(IRB)は臨床研究を審査の対象にするという位置付けだった。すでに述べたように、第2外科では岩手医科大学病院が中心になって行った腹腔鏡下肝切除術の臨床研究についてはIRBの審査を受けていたが、それ以外の腹腔鏡下肝切除術については院内での事前審査は行われなかった。第三者調査委員会報告書によれば、保険適用外の医療行為について患者の診療費用を大学が負担する「校費負担制度」は、「教授からの申請と事務手続きのみで、事前に倫理審査を受けないまま当該医療行為を行うことが可能」な体制となっていた。第三者調査委員会はこのような倫理審査体制について、「本来であれば、安全性が確認されていない保険適用外の医療行為を行う場合には、倫理審査を必ず受けなければならない。群大病院は、明確な基準を整え、周知徹底しておく必要があった。また校費負担についても、事前に倫理審査で承認されたものでなければ対象とならない仕組みであるべきだった」と指摘した。

 第三者調査委員会は群馬大学病院の倫理審査体制がきわめて不十分だった背景要因などについて次のように詳述している。

 腹腔鏡下肝切除術死亡8事例の手術記録によると、術式はいずれも保険適用外のものであった。当時、群大病院では、保険適用外の診療行為について、明確な規定がなく、倫理審査の承認を得るかは医師の判断によっていた。また、当時、厚生労働省から出されていた「臨床研究に関する倫理指針」では、「診断及び治療を目的とした医療行為」は、倫理指針の対象から除外されていた。

 しかし、患者に対し同じ行為を行うにもかかわらず、研究では倫理委員会を通さないとならない行為が、医師の主観により治療と位置づければ、何らの手続きを要さずに実施可能とな(原文ママ)取り扱いは適切ではない。そもそも、刑法では医療行為について違法性が無くなる(違法性阻却事由)のは、次の要件を充たす時に限る。

 1 医学的適応があること

 2 医療行為として確立したものであり、手段の相当性が認められること

 3 患者の承諾があること

 つまり保険適用外診療においては、医師らが、治療が目的と思っていたとしても、上記2の手段の相当性に関する要件を満たさない可能性が高いため、倫理審査の承認を得た上で行うべきである。

 なお、2014年の「人を対象とした医学系研究のガイドライン」では、研究とは「人(試料・情報を含む。)を対象として、傷病の成因(健康に関する様々な事象の頻度及び分布並びにそれらに影響を与える要因を含む。)及び病態の理解並びに傷病の予防方法並びに医療における診断方法及び治療方法の改善又は有効性の検証を通じて、国民の健康の保持増進又は患者の傷病からの回復若しくは生活の質の向上に資する知識を得ることを目的として実施される活動をいう」とあり、医師の主観を問題にしていない(平成28年6月10日付、医政発0610第21号では、高難度新規医療技術の導入の基準を定めた)。

 このような保険適用外の医療行為や添付文書に認められていない医療行為など、安全性が確認されていない医療行為については、当時としても日常の医療行為に比して特に厳密な、以下のような倫理的手続きが求められる。

 (ア) 医学的必要性の確認:なぜその治療が必要なのか、なぜ通常の医療行為を選択しないのかについて、事前に客観的に検証しておく必要がある。特に、保険適用外の医療行為については、倫理委員会など、客観的な審議の場で審査を受けることが求められる。

 (イ) 患者への適切な説明と患者による選択:安全性の確認されていない医療行為を行う場合には、まず患者に「安全性が確認されていない」旨を正確に説明する必要がある。その上で、医師がその医療行為を必要と考える理由を患者側に伝え、患者側がそれに同意し選択した場合にのみ実施されるべきである。説明は誘導的であってはならず、この治療と代替治療との利害得失を具体的に提示することが求められる。倫理審査を受ければこの点も点検されることになる。

 (ウ) モニタリング体制の強化:安全性が確認されていない医療行為を行う場合、医師はそのことについて医療チーム内で共有し、通常以上のモニタリング体制を敷かねばならない。合併症や有害事象が生じた場合は、原因究明の症例検討会などで検討を行うことが必要である。同時に、倫理委員会にも報告し治療継続の可否について客観的判断を仰ぐことも重要となる。

 (エ) 診療録への記載:上記(ア)~(ウ)について、診療録に過不足なく記載し、判断過程についても後に検証できるようにしておく必要がある。

 これら(ア)~(エ)が、安全性が確認されていない医療行為を行う際に、本来求められる倫理的手続きであるが、腹腔鏡下肝切除術死亡8事例においてはこうした手続きが行われていなかった。

 死亡例にとどまらず、(略)旧第二外科が行った保険適用外の腹腔鏡下肝切除術58例のうち、先進医療として実施された7例を除く51例は事前にIRBに申請されていなかった。その理由として、A医師及びP教授は、一連の腹腔鏡下手術を必ずIRBに申請をして承認を得なくてはならないとまでは考えておらず、院内でもそのルールは周知されてなかったためとしている。特に群大病院が校費負担を認めた17例については、その手続きの際にIRBに申請するよう指導されなかったため、病院側としてもIRBによる審査は必要ないと考えていると受け取ったと述べている。しかしこれらは理解不足に基づくもので、そうした誤解を防ぐために、校費負担の手続きにIRBの事前承認を求めていなかった病院側の体制に問題があったといえる。

 また、(略)医療サービス課(現医事課)が厚生労働省関東信越厚生局群馬事務所の担当部署に、特定の術式(内側区域、右葉(前区域・後区域)の腹腔鏡下肝切除)については保険請求に該当する術式がないことを問い合わせたところ肝部分切除術として保険請求してよい、との回答を得たため、以後は肝部分切除術として保険請求していたという。この誤解も、保険適用外手術が倫理審査なしに継続されていった背景の一つとなった。

 このような不十分な体制の中で、腹腔鏡下肝切除術死亡8事例においては、患者家族に保険適用外であることを知らされないまま手術が行われた。また、術前のリスク評価や術後の合併症、有害事象に対するモニタリングなどが強化された形跡はなかった。さらに、これらに関する診療録への記載も乏しく、その点においても適切ではなかった。

 しかし、こうした倫理的手続きの不備や、誤解を生みやすい状況は、群大病院旧第二外科肝胆膵外科だけの問題ではない。日本肝胆膵外科学会が2014年11月から2015年1月に実施した調査によれば、約半数の学会認定機関が倫理申請を行わずに保険適用外腹腔鏡下手術を実施したことが判明している。国内における多くの医療機関において、これらの保険適用外の医療行為を実施する際に前頁(ア)~(エ)の倫理的手続きが十分行われていない実態が浮かび上がっている。

 このような状況を生んでいる理由として、我が国において保険適用外診療に対する病院の方針が徹底されておらず、審査体制も不十分で、現実的に多くのグレーゾーンが存在していること、また、日常診療においても安全性が確認されていない医療行為が少なからず行われており、患者の費用負担を軽減するという名目の下、実態と異なる“保険病名”で請求するといった抜け道的行為が常態化していること、そのため、これらの倫理的手続きをどの程度、真剣に遵守しなくてはならないのかという認識が医師の間でばらついていることなどが挙げられる。これは、わが国の医療現場や保険診療システムが抱えていた積年の課題が顕在化したものと指摘できる。これらの点において、群大病院旧第二外科肝胆膵外科担当も例外ではなかったということである。

 安全性の確認されていない医療行為に対し、一連の倫理的手続きが適切に実施されていなかったことは、腹腔鏡下肝切除術死亡8事例の続発を招いた大きな要因の一つとなったと考えられる。一連の手続きに則って、適正な審査、患者へのリスク説明と患者による選択、有害事象のモニタリング、診療録への記載が適切に行われていれば、このような状況を早期に是正できた可能性が高い。

 事前審査の不備に加え、手術に伴う有害事象の発生を病院として把握し、再発を防ぐための医療安全管理体制にも問題があった。

 第三者調査委員会が調べたところ、群馬大学病院のインシデント報告基準は国立大学病院共通ガイドラインに準じたもので、職員からのインシデント報告は制度開始当初から看護師からの報告が9割を占めていた。医師からの報告は1割未満で、一連の

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出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

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