メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

深掘り

臨床研究の不祥事はなぜなくならないのか

執刀医と元教授への行政処分を求める声に厚労省の対応は?

群馬大学病院肝臓手術8人死亡⑤

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 より有効な病気の治療法を開発するために人の体を使って行う臨床研究は被験者の保護とデータの信頼性確保が欠かせないが、日本では近年明らかになったディオバン事件にみられるように、臨床研究をめぐる不祥事が絶えない。この連載の第1部では、生命倫理研究者の橳島次郎氏と朝日新聞の出河雅彦記者の対談を通して、「医療と研究をきちんと区別する」という、現代の医学倫理の根本が日本に根づいていないことを、不祥事続発の背景事情として指摘した。第2部では、患者の人権軽視が問題になった具体的な事例を検証する。その第5弾として取り上げるのは、群馬大学医学部附属病院で行われた肝臓の腹腔鏡手術で多数の患者が死亡した事故である。最終第5回の本稿では、群馬大学病院で発覚した問題が促した臨床現場や医療制度の改革について取り上げる。

 

拡大群馬大学医学部附属病院=群馬県前橋市昭和町
 群馬大学病院は肝臓の腹腔鏡手術で8人の患者が死亡したことに関して医療安全管理対策の不備を指摘され、特定機能病院の承認を取り消された。特定機能病院は、医療法で「高度な医療の提供及び開発・評価、研修を行う能力を有する病院」と規定され、厚生労働大臣が要件を満たす病院を一つひとつ承認している。2020年5月1日現在、86病院が承認されており、そのうち79が大学病院本院である。

 厚生労働省は、群馬大学病院が肝臓の腹腔鏡手術による患者死亡問題の院内調査報告書をまとめる直前の2015年2月3日から同年4月30日までの間に、大臣の諮問機関である社会保障審議会医療分科会を5回開催し、群馬大学病院の特定機能病院としての取り扱いについて審議を行った。医療分科会は4月30日、「承認の取り消しが相当である」との意見書をまとめ、塩崎恭久厚生労働大臣に提出した。医療分科会はこの日、鎮静剤の大量使用で2歳男児が2014年に死亡した東京女子医科大学病院についても特定機能病院の承認取り消しが相当であるとする意見書をまとめた。二つの病院は同年6月1日に特定機能病院の承認を取り消された。

 医療分科会は二つの病院の承認取り消しを求めた意見書とは別に、「特定機能病院等の医療安全管理体制に関する意見」と題する意見書を4月30日に塩崎厚生労働大臣に提出した。その意見書は、両病院に対する継続的な指導を行うとともに、特定機能病院や先進医療を実施している病院への立ち入り検査においては医療安全管理体制や医薬品の安全管理体制について重点的に検査、指導を行うべきである、と述べていた。さらに、特定機能病院の医療安全管理体制の見直しや、難度の高い新規医療技術の導入を検討する際のインフォームド・コンセントのあり方や指導体制などの検討を求めた。後者は「学会及び高度の医療を担う病院に対する要請」として記されたもので、その内容は以下の通りである。

 高難度の新規医療技術(以下「高難度新規医療技術」という。)に関連した死亡事案が相次いで発生したことを踏まえ、関係学会に対し、高難度新規医療技術の導入を検討するに当たっての、インフォームド・コンセントの在り方、術者の技量や指導体制などの、医療安全に関する基本的な考え方を検討・整理することを要請するとともに、臨床研究として行う際は、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(平成26年文部科学省・厚生労働省告示第3号)を遵守することについて、学会員に周知徹底するなどの取組を要請するべきである。

 あわせて、高度の医療を担う病院に対し、高難度新規医療技術の導入を検討するに当たって、臨床研究として行うか否かを組織的に判断するプロセスの構築を求めるべきである。

 難度の高い新規医療技術の安全管理に関して、医療分科会の意見書は学会に取り組みを要請するという形をとっていたが、意見書が出て間もなく厚生労働省が対策に乗り出す。2015年6月から9月にかけて特定機能病院に対する集中検査を実施した。同年11月5日付で「大学附属病院等の医療安全確保に関するタスクフォース」がまとめた検査結果には「新規医療技術を導入するに当たり、病院としての事前審査委員会やマニュアルの策定等の病院ルールがない病院があった」「ルールを設定していても、これらのルールが徹底されず、診療科ごとの遵守状況が異なっている状況があった」と記されている。公表された検査結果には、こうした病院の名前や数は記されていないが、厚生労働省はのちに、このときの検査で「事前審査委員会やマニュアルの策定等の病院ルールがある病院」は84(当時)の特定機能病院のうち55だったことを国会答弁で明らかにしている(2017年5月19日の衆議院厚生労働委員会での神田裕二医政局長答弁)。群馬大学病院と同様、倫理審査を行う体制や院内ルールが整備されていない特定機能病院が存在することが明らかになったわけである。

 この検査結果を受けて同タスクフォースは、高難度新規医療技術の導入プロセスについて、「新たに高難度新規医療技術を導入する際の手続(診療科からの事前申請や担当部門による事前確認等)を定め、当該手続に基づく対応を義務化する」ことと、「事前確認を行う担当部門は、これらのプロセスの遵守状況を確認する」ことを求めた。同タスクフォースは、高難度新規医療技術に想定される手術・手技について「当該医療機関で事前に行ったことのない手術・手技(軽微な術式変更等を除く。)であり、人体への影響が大きいもの(当該医療技術の実施に関連する死亡の可能性が想定されるもの)」と定義した。

 群馬大学病院が複数の死亡事例を出した保険適用外の肝臓の腹腔鏡手術は全国の病院で行われていたが、担当診療科とは別の組織が事前審査を行っていなかったのは群馬大学病院だけではなかった。一般社団法人日本肝胆膵外科学会は、群馬大学病院での肝臓の腹腔鏡手術の一連の死亡例が明るみに出たことをきっかけに、2014年11月~2015年1月に同学会の修練施設214病院を対象に腹腔鏡手術の実態調査を行い、207病院から回答を得た(回答率96.7%)。同学会は「肝胆膵の外科に関する総合学術研究の向上発展及び知識の普及並びに国際関連学会との交流を図る」ことを目的に1993年10月に発足した。調査結果は2015年3月23日に発表された。

 発表資料によると、同学会では、高度技能指導医あるいは高度技能専門医が1名以上常勤し、高難度肝胆膵外科手術を申請前年の12月末までの1年間に50例以上行っている施設を修練施設A、同じく30例以上行っている施設を修練施設Bとして認定していた。学会が指定した高難度肝胆膵外科手術は、肝胆道手術(9種類)、血管合併切除再建(5種類)、膵臓手術(11種類)の計25種類だった。調査では、2011年~2014年の4年間に実施した肝臓・胆道・膵臓外科腹腔鏡手術に関する術式別の1年ごとの症例数、手術後30日以内の死亡数、31日以上90日以内の入院死亡数などを尋ねた。

 調査の結果、腹腔鏡下肝切除手術の実施総数は、2011年 1425件▽2012年 1957件▽2013年 2493件▽2014年 2670件だった。全体の死亡率は0.49%で、保険適用手術の死亡率は0.27%、保険適用外手術の死亡率は1.45%だった。

 学会は修練施設での腹腔鏡手術の手術死亡率は低いとする一方で、保険が適用される手術と適用されない高難度手術の死亡率を比較した場合、肝切除で5.4倍、膵切除で10.8倍の開きがあることについて「注意をしていく必要がある」と指摘した。保険適用外の高難度手術のうち胆管切除を要する肝切除の死亡率が9.76%と特に高いことが確認されたことから、学会はこの手術について「現時点で、腹腔鏡下手術の適応にはきわめて慎重であるべきと考えられた」との判断を示した。

 保険が適用されない手術で、学会が認定した高難度肝胆膵外科手術に含まれる腹腔鏡手術を実施するに当たり、院内倫理委員会の承認を受けているか尋ねたところ、「すべて受けている」が42施設、「一部受けている」が37施設、「全く受けていない」が97施設、「無回答」が46施設だった(施設数の合計が調査対象施設数を上回るのは、複数の診療科を持つ施設に対しては診療科ごとの回答を依頼したため)。無回答を除く176施設中、全く承認を受けていない施設は55%にのぼった。

 厚生労働省はタスクフォースの提言を受け、特定機能病院の承認要件を定めた医療法施行規則の一部を改正し、2016年6月10日に施行した。改正内容は、医療安全の確保を図るために特定機能病院の管理者に新たな責務を課すものだった。具体的には、①医療安全管理責任者の配置、②医療安全管理部門への専従の医師、薬剤師、看護師の配置、③当該病院で実施したことがなく、実施により患者の死亡その他の重大な影響が想定される高難度新規医療技術の導入プロセスの明確化、④外部委員を含めた監査委員会の設置、⑤死亡事例ではないものの通常の経過では必要がない処置や治療が必要になった事例と全死亡事例の医療安全管理部門への報告の義務化などである。このうち、高難度新規医療技術については、「提供の適否などを決定する部門の設置」と「提供に当たっての遵守事項を定めた規程の作成」が義務づけられた。

 厚生労働省はこの改正省令を施行するのと同時に、高難度新規医療技術提供に当たっての遵守事項を定めた規程を作成する際の基準を医政局長通知で詳細に示した。それによると、高難度新規医療技術を提供するに当たって、担当する診療科の科長はあらかじめ診療科内の術前カンファレンスなどで検討をしたうえで、①既存の医療技術と比較した場合の優位性、②提供に当たって必要な設備・体制の整備状況(集中治療室、麻酔科医師との連携など)、③医師、歯科医師らの高難度新規医療技術を用いた医療の提供に関する経験、④患者に対する説明および同意取得の方法――について、病院内で高難度新規医療技術の提供の適否などを決定する部門(以下、「担当部門」)に申請することが必要とされた。

 担当部門の長の役割は、①高難度新規医療技術の提供の適否などについて意見を述べる評価委員会を設置する、②評価委員会の意見を踏まえて適否等を決定し、申請してきた診療科長に結果を通知する、③定期的に、手術記録、診療録などの記載内容を確認し、当該高難度新規医療技術が適正な手続きに基づいて提供されていたかどうか確認し、術後に患者が死亡した場合やその他必要な場合にこれらの確認を行う、④審査資料、議事概要、遵守状況の確認の記録を、審査の日または確認の日から少なくとも5年間保管する――こととされた。

 さらに、特定機能病院のガバナンス体制を強化し、高度な医療安全管理体制を確立するため、医療法の一部を改正する法律が2017年6月7日に成立(2018年5月30日施行)し、特定機能病院の要件として「医療の高度の安全を確保する能力を有すること」が追加された。

 学会なども腹腔鏡手術の安全性を高めるための新たな対策を講じた。

 日本肝胆膵外科学会が腹腔鏡手術の実態調査の結果を発表した約3カ月後の2015年6月13日、肝臓内視鏡外科研究会が会員のいる病院で実施するすべての肝臓の腹腔鏡手術について、透明性や手術の安全性を高めるために実施前からデータベースに登録、管理することを決めた。同年11月11日には日本肝胆膵外科学会と肝臓内視鏡外科研究会が肝臓の腹腔鏡手術の登録制度を10月に開始した、と発表した。翌12日付の朝日新聞朝刊は「全国の約230の医療機関が参加、さらに増やしていくという。(略)各医療機関に手術前から症例を登録してもらい、手術に伴う合併症の有無や種類、回復や死亡といった経過も入力してもらう。両会が登録情報を3カ月に1度調べ、死亡が相次ぐなどした医療機関には調査や指導をする。医療機関名の公表はしない方針。学会の調査では、肝臓の腹腔鏡手術は昨年で2670件」と報じた。

 特定機能病院の承認を取り消された群馬大学病院はどのような改革を進めたのだろうか。

 すでに述べたように、第2外科で行われた肝臓の腹腔鏡手術による死亡事例の院内調査が進行中だった2014年から、難度の高い医療行為などを行う場合に担当する診療科だけで判断せず、別の組織が事前審査を行う方式を導入した。事前審査を担当したのは、「臨床倫理委員会専門委員会」である。

 厚生労働大臣が群馬大学病院の特定機能病院としての承認を取り消した5カ月後の2015年11月2日、同病院は臨床倫理委員会専門委員会の運営ルールである「群馬

この記事の続きをお読みいただくためには、法と経済のジャーナルのご購読手続きが必要です。

朝日新聞デジタル購読者(フルプラン)の方なら手続き不要

法と経済のジャーナル Asahi Judiciaryは朝日新聞デジタルの一部です。
有料(フルプラン)購読中の方は、ログインするだけでお読みいただけます。

朝日新聞デジタルのお申し込みはこちら

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ)

 朝日新聞記者。1960年生まれ。92年朝日新聞社入社。社会部などで医療、介護問題を担当。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。著書「ルポ 医療事故」(朝日新聞出版)で「科学ジャーナリスト賞2009」受賞。近刊の著書に「混合診療」(医薬経済社)、「ルポ 医療犯罪」(朝日新聞出版)など。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。