メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

事件記者の目

事件記者の目

「次の検事総長は黒川氏」で決まりなのか、検察の論理は

村山 治(むらやま・おさむ)

 法務省の事務方トップの黒川弘務事務次官が1月18日付で異動し、東京高検検事長に就任した。2年半にわたって法務行政を取り仕切り、官邸肝いりの入管法改正など重要法案成立に貢献した黒川氏にとって順当な人事だといえる。東京高検検事長は検事総長へのテンパイ・ポストだが、法務・検察が描く次期検事総長の本命は、同期の林真琴・名古屋高検検事長だという。ゴーン事件摘発などで復活の兆しも見える特捜検察を抱える法務・検察当局のトップマネジメントの行方を占う。

 ■東京高検検事長は検事総長へのテンパイ・ポスト

拡大記者会見で抱負を述べる黒川弘務・東京高検検事長=2019年1月21日、東京・霞が関の検察庁
 政府は1月8日の閣議で、東京高検検事長に黒川弘務法務事務次官(司法修習35期)、その後任に辻裕教・法務省刑事局長(38期)、刑事局長に小山太士・法務省大臣官房長(40期)、官房長に川原隆司最高検検事(41期)を18日付で起用する人事を決めた。

 併せて、法務省入国管理局長に佐々木聖子・大臣官房審議官、保護局長に今福章二・大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官を同日付で起用した。この2人は法曹資格を持たない上級職官僚だ。東京高検検事長だった八木宏幸氏(33期)は63歳の定年前に辞職した。

 東京高検検事長は、法務・検察の職員の序列では検事総長に次ぐポスト。八木氏のようにここで検事生活を終える検事もいるが、多くは、検事総長にまで昇り詰める。特に、法務事務次官から東京高検検事長を経て検事総長に至るコースは、検事の出世双六のメーンストリートで、最近では、大阪地検の不祥事対応で2010年暮れに急遽登板した笠間治雄氏(26期)を除く8人中7人がそのコースで検事総長に就任している。

 そういう前例からも、法務事務次官から東京高検検事長になった黒川氏について多くの関係者が次期検事総長の最有力候補になったと受け止めているようだ。大阪地検の不祥事以来、事件摘発に消極的になった検察を危惧してきた元特捜部長の弁護士は「黒川君はやり手。沈滞してきた検察現場を立て直してほしい」とエールを送る。

 ■官邸も期待する黒川総長、しかし…

 黒川氏は、大阪地検の不祥事が2010年に発覚した翌年の2011年夏から法務省官房長を5年務め、2016年夏から法務事務次官を2年半務めた。その間、共謀罪法案、入管法改正案などで与野党や関係省庁へのロビーイングを取り仕切り、また、他省庁の「よろず法律相談所」として頼りにされてきた。官邸は、そうした黒川氏に対する論功行賞として検察トップの検事総長にしたいと考えているとみられる。

 もちろん、政権にとって一番怖いのは、検察が政官界の腐敗に捜査のメスを入れることだ。法務官僚時代にざっくばらんに話のできた黒川氏が検事総長なら、政界事件が起きた時に、政治にとって暴走とならないよう、検察に対する重しの役割を担ってくれるとの期待もあるだろう。

拡大林真琴・名古屋高検検事長=2018年1月16日、名古屋市中区の名古屋高検
 しかし、黒川検事総長が誕生する可能性は低いと筆者はみている。複数の法務・検察関係者によると、当事者の黒川氏はさておき、法務・検察首脳らは、次の検事総長を、黒川氏ではなく、同期の林真琴・名古屋高検検事長(35期)にしたいと考えているからだ。

 その人事原案を法務省側が内々官邸に示した時点で官邸側が、拒否する可能性はあるが、林氏の代わりに、黒川氏が検事総長に就く可能性は低いと思っている。

 黒川氏の周辺関係者によると、肝心の黒川氏に、検事総長になりたいという「意欲」があまり見えず、むしろ、林氏の検事総長就任を応援しているように映るからだ。

 ここ数年、法務事務次官ポストをめぐって張り合って来た黒川、林氏をめぐる変化の理由を説明する前に、この欄でも紹介した法務・検察の幹部人事をめぐるここ数年の「異変」を簡単に振り返り、検事総長人事の特殊性についても説明しておく。

 ■検事総長人事の特殊事情

 検事総長は、犯罪摘発で国民の安心・安全を担う検察の「顔」であり、全検察官、事務官の統領だ。その権限は強大で、時にその決断が社会状況を変えることもある。

 その検事総長を任命する権限は内閣にある。しかし、実際の検事総長選びは、現職の検事総長が総長OBらの意見を聞きながら次の検事総長候補を最終決定し、併せて自らの退官時期、つまり次期総長との交代時期も決めてきた。

 政権側は、高い独立性が求められる検察の立場を尊重し、そのような運用を許してきたのが実態だ。

 さらに、法務・検察は「政界から総長人事に口を挟ませない知恵」(法務省の人事担当者)として、早くから総長候補の検事を絞り込み、継承する順番まで内々に決めてきた。仮に、政界から総長人事に注文がついたときに、それを「既成事実」として示し、断る口実にするためだ。

 ■政治主導への転換と介入の始まり

 2016年夏の時点では、当時の大野恒太郎検事総長(28期、現弁護士)の後任に西川克行東京高検検事長(31期、現弁護士)、その後任に稲田伸夫法務事務次官(33期、現検事総長)、そのまた後任には当時、法務省刑事局長だった林氏を充てる人事シナリオが固まっていた。当時、法務省官房長だった黒川氏は、林氏に「事故」があった時の「スペア候補」の位置づけだった。

拡大稲田伸夫検事総長
 ところが、稲田事務次官が、16年7月、林氏を法務事務次官に昇格させる人事原案の承認を官邸に求めたところ、官邸側はそれを拒否。原案では地方の検事長に転出させることになっていた黒川氏を事務次官にするよう求めた。

 政界事件を摘発する検察を「特別の機関」として抱える法務省の幹部人事は、検察幹部の人事と連動することもあって、政治の側は概ね、すんなり人事原案通り受け入れてきていた。

 しかし、政治主導を強調する第二次安倍政権は、霞が関の官僚群をグリップするため、各省庁の局長級以上の幹部候補を官邸がリストアップし、首相と大臣が最終決定する方式をとり、各省庁の人事に介入した。法務省も例外ではなかったのだ。

 ■繰り返された「人事介入」

 法務省幹部らは、官邸と折衝した稲田氏の報告をもとに、官邸との間で「黒川次官の任期は1年で、必ず林局長に交代させる」との「約束」ができた、と受け止め、官邸側の要求通り、黒川氏を事務次官に起用し、林氏は刑事局長に留任させた。

 しかし、それは空手形で終わる。翌2017年夏、今度は、事務次官の黒川氏が官邸に対し、稲田氏を仙台高検検事長から東京高検検事長に、その後任に黒川氏を、そして、黒川氏の後任次官に林氏を充てる、とする人事原案を提示したが、官邸側はそれを拒否し、黒川氏の次官留任を強く求めた。

 局長以上の人事権を握る官邸には逆らえない。法務・検察は、次の異動期である18年1月には確実に、林氏を次官に確実に昇格させることを部内で申し合わせ、次官と刑事局長の人事を凍結した。

 黒川氏ら法務省側は、17年暮れから、官邸に周到な根回しを行い、18年1月、林氏の次官昇格の了解を取り付けた。ところが、今度は、当時の上川陽子法相が国際仲裁センターをめぐる意見の相違などを理由に、林氏の次官登用を拒んだ。

 上川氏は最終的に、菅義偉官房長官と直談判のうえ、林氏を名古屋高検検事長に転出させた。黒川氏はまたも事務次官に留任し、1年後の今年1月、やっとお役御免となった。

 ■汚れ役のイメージ

 官邸や大臣が「黒川事務次官」にこだわったのは、先にも触れたように黒川氏の類まれなロビーイング能力が政権運営に不可欠だと判断したためだ。黒川氏は、政権を支える幹部官僚としてルールの範囲内で粛々と与えられた仕事をこなしただけと思われるが、法務・検察を含む霞が関では、それが黒川氏に対する官邸の贔屓と映り、「政治に近すぎる」との批判を招く一因ともなった。

 官房長時代の12年には、小沢一郎元民主党代表の資金管理団体を舞台にした政治資金規正法違反事件に関連し、同党の参院議員から自民党、公明党側に有利な捜査を主導する「黒幕」と名指しで非難された。

 さらに、自公政権下の16年春、甘利明元経済再生担当相があっせん利得処罰法違反で告発された事件では「政権与党側に立って捜査に口をはさんだ」と雑誌やネットメディアで批判を受けた。

 当時の検察首脳は「事件処理などで黒川が恣意的に動いたことはない」と黒川氏をかばうが、「検事総長は検察の象徴であり、政治と近いとのイメージを持たれただけでふさわしくない。だから黒川でなく、林を、との意見が多数を占めるようになった」とも語った。

 法務・検察首脳らが、能力や実績では林氏と優劣つけがたい黒川氏を検事総長にしたくない理由のひとつは、黒川氏が官房長、事務次官時代に負った「負のイメージ」だといってよい。

 ■検事総長人事マトリックスと黒川氏の心中

 法務・検察が、黒川氏より林氏を検事総長にしたい理由はもうひとつある。

 検事総長の定年は65歳。検事長以下は63歳が定年だ。18年7月に検事総長に就任した稲田氏は1956年8月生まれ。黒川氏は稲田氏とはわずか半年違いの57年2月生まれ。黒川氏を検事総長にするには、黒川氏が63歳の誕生日を迎える2020年2月8日までに稲田氏が辞めなければならない。その場合、稲田氏の在任は長くても1年半となる。黒川氏が検事総長になれるかどうかは、稲田氏の腹にかかるのだ。

 それに対し林氏は57年7月30日生まれ。稲田氏とは約1年違う。林氏なら、稲田氏と林氏はちょうど2年ずつ検事総長を務めることができる。

 一方、仮に、黒川氏から林氏へと同期で検事総長をつなぐとなると、黒川氏は20年7月までに退官しなくてはならない。仮に今年夏に稲田氏が在任1年で退官し、黒川氏が検事総長になっても、1年で交代しなければならない。

 治安に責任を持つ検事総長がころころ代わるのは、国民が望むところではない、だから、林氏しかない、というのが法務・検察の論理であり、結論なのだ。

 政界や法務・検察首脳らのそういう思惑はさて置き、黒川氏に近い複数の関係者は、黒川氏自身が、マイナスのイメージがついた自分が、「正義の官庁」である検察のトップに就くのはふさわしくない、と思い定めているのではないか、と推測する。

 ■「検察の独立」を守るために体を張る

 同じ関係者らによると、黒川氏は、正義感、使命感の強い特捜検事だった。その黒川氏が、法務省大臣官房秘書課長に就任した06年7月以来、官房審議官、官房長、法務事務次官と一貫して法務・検察の政界窓口を引き受けてきたのは、もちろん、黒川氏にその「適性」があったからだが、法務・検察が未曾有の激動の時代を迎えていたからだ。

 裁判員裁判など司法制度改革の目玉制度が次々始まる中、大阪地検特捜部の主任検事による証拠改ざん事件が発覚。特捜部長ら3人が逮捕される不祥事に発展した。堰を切ったように検察に対する批判が噴出。政治家らは露骨に法務・検察に圧力をかけた。国民の検察不信はピークに達した。

 「最強の検察」を支えた供述調書中心の捜査モデルは破綻し、法務・検察は取調べへの録音録画を受け入れる代わりに、新たな捜査の武器として司法取引の導入を図った。

 法務・検察の中堅リーダーたちは、そうした中で「検察の独立」を守ることに腐心した。時には、文字通り、体を張った。

 黒川氏は、政官業界にネットワークを張り巡らして情報を収集し、時に政界に有利に見える身内の検察に対するアドバイスも行った。それは、霞が関の常識や世間の相場観にうとい捜査現場がオーバーランして無用の批判を受けるのを避けるためだった、と先の関係者はいう。

 ただ、事実でなくても、現場の検事に、ネットメディアなどで流布されたマイナスイメージが刷り込まれていれば、それを払拭するのは簡単ではない。仮に、黒川氏が検事総長となり、事件の捜査方針で常識的な落としどころを指示したり、法律解釈について正論を述べたりしても、すべてマイナスイメージで受け止められる恐れがある。それは検察にとっても、国民にとっても不幸なことだ、と黒川氏が考えても不思議ではない。

 さらに、林氏は、黒川氏にとって、長い間、法務・検察を両輪として支えてきた心許せる「盟友」だった。その仲間を押しのけてまで検事総長になりたくない、との思いも黒川氏にはあ

この記事の続きをお読みいただくためには、法と経済のジャーナルのご購読手続きが必要です。

朝日新聞デジタル購読者(フルプラン)の方なら手続き不要

法と経済のジャーナル Asahi Judiciaryは朝日新聞デジタルの一部です。
有料(フルプラン)購読中の方は、ログインするだけでお読みいただけます。

朝日新聞デジタルのお申し込みはこちら

村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。