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事件記者の目

関西電力元副社長・内藤千百里の証言

関西電力と竹下蔵相、後藤田官房長官、磯田住銀会長、平和相銀事件

村山 治(むらやま・おさむ)

 関西電力の役員ら20人が、高浜原発が立地する福井県高浜町の森山栄治元助役(19年死去)から計約3億2千万円分の金品を受領していた問題。関電側は、生命線である原発事業に影響力を持つ森山の機嫌を損ねるのを恐れ、仕方なく受け取った、などと「被害者」の立場を強調するが、果たして、そうか。筆者は朝日新聞記者時代の2014年、関電の政官財の裏工作をかつて取り仕切った元副社長の内藤千百里(18年死去)から地下経済も交差する関電の裏面史を聞いた。森山と関電の関係もその中に登場した。この連載では改めて、内藤証言を軸に「関電の闇」の深層に迫る。第4回の本稿では、1986年に経営陣が東京地検特捜部に摘発され、住友銀行に吸収合併された平和相互銀行と関電のかかわりに関する内藤の話を紹介する。(敬称略)

 ●平和相銀事件で「失脚」

拡大1987年2月15日の朝日新聞朝刊一面
 内藤の盟友で、政財界の舞台裏で大きな存在感を持ってきた元右翼の豊田一夫が力を失うのは、東京地検特捜部が1986年7月に摘発した平和相互銀行事件がきっかけだった。同相銀が事実上支配していた馬毛島を防衛庁のレーダー基地用地として政府に売り込む政界工作に関与したことが捜査の過程で発覚。特捜部の取り調べを受け、大きく報道されたことで、政財界の信用を失ったのだ。

 小宮山一族が創業した平和相互銀行は、政界や地下社会がからむ土地、株取引をめぐる乱脈融資の噂が絶えず、経営の実権を握り不良債権処理を進める同行監査役で弁護士の伊坂重昭のグループと創業者一族とが経営方針をめぐって対立していた。

 伊坂は「カミソリ伊坂」の異名をとった辣腕の元特捜検事。1963年に退官し、70年に平和相銀の顧問になり、創業家の小宮山家の株の仕手戦の失敗や不動産取引のトラブルを処理してきた。

 創業家側の「告発」を受けた特捜部は1986年7月6日、伊坂らを逮捕。平和相銀の関連レジャー会社が神戸市内に所有していた山林を不動産会社に60億円で売却した際、この土地の評価額が41億円余で貸付金の回収が不能となる恐れがあったのに、伊坂らは同行から不動産会社側に88億円余を融資させ、同額の損害を同行に与えたという商法違反(特別背任)の容疑だった。伊坂らはその後、追加融資分を含め116億円の特別背任罪で起訴された。

 この土地は、前回、触れたように、豊田の側近が京都の会津小鉄系暴力団組長らを通じて伊坂に不動産会社社長による買い取りを仲介したものだった。伊坂は、無罪を主張して争ったが、最高裁で実刑判決が確定。服役中の2000年4月に病死した。

 その間に、住友銀行(現三井住友銀行)が、同相銀創業者一族が旧川崎財閥の資産管理会社・川崎定徳に売却した同相銀株を取得し、86年10月、同相銀を吸収合併した。川崎定徳は住友銀行系の商社イトマンから融資を受けていた。住友銀行は、支店が少なかった東京に地歩を築くとともに、同相銀関係会社が持つゴルフ場などの資産整理で大きな利益を上げた。

 住友銀行会長の磯田一郎は、東京進出の足場として都内に多数の支店を持つ平和相銀の吸収合併を狙っていた。それは、乱脈融資があっても金融機関を潰したくない旧大蔵省の意にも沿うものだった。検察の捜査は、結果として、その金融再編の動きを助ける形になった。

 ●「ワルの3人組」

 平和相互銀行事件の摘発よりはるか前、内藤は、豊田の紹介で伊坂と知り合って意気投合する。2カ月に一度、3人で会合を重ねた。会費は、内藤側がもった。

 ――伊坂さん、豊田さんとの3人の会はどこで?

 内藤: いつも銀座吉兆の離れの茶の間。ようあんなところでワル3人がやったわ。(マスコミなどに)かぎつけられていたら、ごっつい問題になっていたでしょうな。(14年2月27日、リーガロイヤルホテル大阪ジム)

 内藤のいうこの「ワル」は必ずしも、「悪人」とか「犯罪者」という意味ではない。それぞれ、その道を究めたひとかどの人物、というほどのニュアンスなのだろう。

 伊坂は、元特捜検事の敏腕弁護士で、政界や地下社会が群がる平和相銀といういわくつきの金融機関を実力で支配していた。豊田は右翼・暴力団から一目置かれ、そして、内藤は、政界や豊田人脈を使って関電の危機管理を取り仕切り、政財界から一目置かれる存在だった。3人が親しく酒を酌み交わすのは、やはりどこか、きな臭い。

 ――そこではどんな話をしたのか。

 内藤: みんな玄人の男ですねん。口に出すときは、自分は言わない。部下に言わす。その点は立派なもんです。私だって裏を知っているおとこですから。豊田さん、あれはどないなっとる?そんなことを言ったら、相手にされなくなる。とにかく自称うぬぼれ、プロの美学ですな。

 ――平和相銀の不良債権処理などで、伊坂さんか豊田さんから「助けてくれ」という話はなかったのですね。

 内藤: ない。ビジネスの話やったら、そこではやらない。ああいう人ははっきりしてまっせ。飲みながら「助けて」、そんな失礼なことはない。それやったら、別室を取ってやる。(14年7月30日、奈良十三屋)

 ●「金屏風」と「馬毛島」―事件で浮かんだ2つの疑惑

 この平和相銀事件の捜査中に、2つの疑惑がクローズアップされた。

 ひとつは金屏風疑惑。創業者一族が川崎定徳に売却した同相銀株について、伊坂は、時価数億円の金屛風を約40億円で買い取れば株を買い戻せるという画商の話に乗ってその金屛風を購入したが、株は買い戻せなかった。伊坂は責任を問われ、解任される。この取引にからんで当時の竹下登蔵相らに裏金が流れたのでは、との疑惑が浮かんだ。

 もうひとつは、馬毛島を防衛庁のレーダー基地として国に買い上げてもらう政界工作疑惑。伊坂が豊田を通じて政界に10~20億円を配ったと疑われた。豊田は馬毛島政界工作に関して特捜部から事情聴取を受けるが、金を渡した政治家の名前を明かさなかった。いずれの疑惑も未解明のまま、捜査は8月に終結した。

 ちなみに、筆者は、この捜査のさ中に豊田を電話で取材した。昼下がり、自宅に電話すると、本人が出た。「豊田一夫さんですか」と尋ねると年齢に似合わず、張りのあるかん高い声で「そうです」と答えた。馬毛島売り込みをめぐる政界工作などについての確認取材に対しては「何もいえない」の一点ばりだったが、きわめて丁寧な応対ぶりが印象に残った。

 内藤は、際どいポジションにいた。特捜部のターゲットになっている渦中の豊田、伊坂らとしょっちゅう連絡を取っていた。そうした中で、豊田を通じ、伊坂から、東京の倉庫にあった問題の金屏風を「見ないか」と誘われたという。

 内藤: 豊田さんから、「内藤さん、見ないんですか」と。前に、ヤクザに押さえられた美術品を豊田さんの話で吉兆のおじいちゃんを連れて見に行った、それと同じペースの話。私は金屏風のブラックな話は聞いていたので本能的に断った。金屏風は裏の話がついて回っていた。(14年7月7日、リーガロイヤルホテル大阪ジム)

 問題は馬毛島の方だった。レーダー基地用地への売り込みと同時並行で、伊坂は内藤に電力業界で馬毛島を買ってくれ、と打診したのだ。

拡大インタビューを受ける内藤千百里・元関西電力副社長=2014年6月2日、大阪市北区、竹花徹朗撮影
 内藤はこの話に飛びつく。日本では、原子力発電所の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場は、現在にいたるまで造られていない。原発が「トイレのないマンション」と揶揄されるゆえんだ。

 内藤は、馬毛島が原発の高レベル放射性廃棄物の最終処分場として最適だと判断。芦原を通じ、電力業界トップの平岩外四・電気事業連合会長を説得し、買収寸前まで話を進めた。最終的に頓挫するが、内藤は、「東電があれを持っておれば、高レベル廃棄物の処分などでどれだけ楽をできたか…」と振り返った。

 この一件は、豊田が関電ないし電力業界の利益のために動いた例と言えるかもしれない。豊田は平岩とも面識があったというが、馬毛島の買い取り話は、平岩ではなく、内藤にもちかけた。

 豊田の側近だった元情報サービス会社社長は「平岩さんとも親しかったが、カネの話ができる関係ではなかった。それはやはり内藤さんだった」と振り返る。

 ●立ち消えになった核燃廃棄物処分場計画を惜しむ

 伊坂が、豊田を通じ、内藤に鹿児島県の種子島の西12キロにある馬毛島の売却話を持ち掛けたのは1980年代はじめだった。馬毛島は、平和相銀の関連会社がほぼ全島を買収し、レジャー基地を構想したが、挫折。伊坂らは経営再建のため、同島を売却する必要に迫られていた。14年5月12日、リーガロイヤルホテル大阪のジムで内藤はこう語った。

 内藤: (伊坂に)なんぼで売るのかと聞いたら、245億か240~250億。で、私はたまたま日本の原子力がトイレのないマンションをつくっているもんだから、これではいかん。

 ――最終処分場は絶対に必要です。

 内藤: ところが、どこもそんなもん受け付けない。ましてや本土は地下水がある。それで、あそこに最終処分場を持っていって、と芦原に話をしたわけです。そしたら芦原さんが「それはいい考えだ」とすぐに平岩さんに話をした。で、芦原・平岩会談をやる。で、なんじゃかんじゃ言うとるが全然進まないじゃないかということで、平岩さんは「わかりました。電事連で買うように致します」と明言するんですよ。

 内藤の言う「全然進まない」というのは、電力業界として最終処分場の立地が難航していることを指していると思われる。平岩は当時、業界団体の電気事業連合会、すなわち電事連の会長だった。最終処分場ができれば、業界全体の利益になる。そのうえ、総括原価方式で島の買収費用や工事費用は経費として電気料金に乗せられる。カネの心配も無用だった。内藤は喜んだ。

 しかし

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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