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事件記者の目

事件記者の目

ゴーン氏逃亡を許した責任はだれに? 不可解な裁判所の沈黙

村山 治(むらやま・おさむ)

 年末年始、世界中を驚かせた日産自動車元会長、カルロス・ゴーン被告=会社法違反(特別背任)などの罪で起訴=のレバノン逃亡から1か月。法務・検察当局はゴーン氏の身柄確保に知恵を絞り、ゴーン氏による日本の刑事司法批判への反論にやっきとなってきた。一方、ゴーン氏の裁判を主宰し保釈を認めた裁判所は「具体的な事件に関することなのでコメントすることはない」として沈黙を続け、逃亡を許した責任の所在はあいまいなままだ。裁判所の国民に対する説明責任はどうなっているのか。

 ●刑事裁判をボクシングの試合になぞらえると

拡大インタビューを終え、部屋の入り口で待つ妻のキャロル容疑者(左)のもとへ歩く日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告=2020年1月10日、レバノン・ベイルート、竹花徹朗撮影
 刑事裁判は、プロボクシングのタイトルマッチにたとえると、わかりやすい。「神聖な裁判をスポーツ興行と一緒にするな」とのお叱りがあるかもしれないが、ゴーン氏の逃亡事件における国(政府)、裁判所、弁護士ら関係者の責任の所在が明らかになる。

 裁判所も国の統治機構の一部だが、政府との関係を明確にするため、この原稿では便宜的に国と区分けする。

 日本におけるプロボクシングの全試合(裁判)を指揮、監督するのは一般財団法人「日本ボクシングコミッション」(JBC)だ。これが裁判所だ。試合(裁判)を主宰し、戦いのルール(刑事訴訟法など)に従って試合を進行し、勝敗を判定する。

 試合をプロモート(開催)する興行主は、ボクシングジムの経営も兼ねる国である。観客は国民。試合を見ても見なくても、観戦料(税金)を徴収される。JBC(裁判所)は、プロモーター(国)から受け取った興行収入(税金)で人件費や事務所費などを賄う。

 興行主と主宰者を別にするのは、公正であるべき試合への恣意的な干渉を排除するためだ。プロモーターである国は試合会場とリングを用意し、会場の安全を確保し、無断の出入りを監視する。

 試合を行うボクサーは、片や、興行主である国お抱えで、99%超の勝率を誇る強力なチャンピオンである検察。対する挑戦者は被告人だ。国から犯罪の嫌疑をかけられ、強制的にリングに引っ張り上げられるルールだ。

 試合を取り仕切り、勝敗の判断をするのは、JBC(裁判所)から審判ライセンスを与えられたレフェリーとリングサイドのジャッジ。これが裁判官。

 挑戦者の多くは、最初から負けを認め、打ち合うことなく試合を投げ、制裁を受ける道を選ぶが、ときには、徹底して争う者もいる。「無罪」をかけたタイトルマッチである。負けると制裁(懲役や罰金)を受け、勝てば、放免となり復権できる。

 ボクサーにはそれぞれ、セコンドがつく。検察にはルールや戦法に通じた上級庁の高検や最高検、法務省刑事局がつく。被告人には弁護士。資金力があれば、日本最強といわれる弁護士軍団も雇える。

 ●ゴーン氏にあてはめると

 実際のボクシングの試合と裁判が違うのは、タイトルを争う挑戦者の多くが、従来はプロモーターの意を汲むレフェリーの判断で、セコンドとの接触を制限される控室(拘置所)に監禁(勾留)されてきたことだ。長期に控室に監禁されることで、国と争う気力を奪い、不公平だ、との批判がセコンド業界(日本弁護士連合会)を中心に根強くあった。

 ゴーン氏の場合、強制的にリングに登場させられた理由(起訴事実)の内容もさることながら、この監禁(勾留)問題が大きな焦点になった。挑戦者であるゴーン氏は「日本の試合(裁判)のルールは人権無視で不公平だ」と主張。それに一部の外国人観衆(海外メディア)が共鳴。それを気にしたレフェリー(裁判官)は、セコンド(弁護士)の「会場から逃げ出すことは絶対にない」との約束を信じ、15億円のカネ(保釈保証金)を預かって試合開始前に監禁を解いたのだ。

 ところが、セコンドと試合の準備を進めるにつれ、挑戦者(ゴーン氏)は、日本のルールで試合をしても勝ち目が薄い、あるいはフルラウンド戦って消耗するのは人生の浪費だと考えたのだろう。密かに、プロの運び屋を雇い、警備の手薄な会場からまんまと逃走。かねて懇意の別の興行主(レバノン政府)の下に駆け込んだ。日本での興行はいったん中止になった。

 これが今回のゴーン氏逃亡の図式である。

 ●逃亡事件の責任

 無断で試合(裁判)を放棄し、会場(日本国)から逃げ出すのは、どの国の興行主、コミッション(裁判所)も認めていない。認めてしまうと、試合(裁判)そのものが成立せず、犯罪を処罰することができない。そうなると、その国の治安・秩序維持システムは崩壊してしまうからだ。

 試合のルールは、国によって違う。米国では、日本にはないおとり捜査を駆使して国際カルテルを次々に摘発し、日本の上場企業の幹部らも捕まっている。薬物密輸は日本では懲役刑だが、中国では死刑になることもある。

 自国と違うルールの外国で罪に問われた場合、無実だと思えば、その国の裁判で争って無罪を勝ち取り復権するしかない。それが、国家主権下の世界の約束事だ。その国のルールが気に入らないから、試合(裁判)を放棄して逃げることは許されない。その国のルールがいやなら、最初からその国に行かなければいい、という理屈だ。逃げても構わないのは、独裁政権に迫害された政治難民だけだろう。

 ただ、ゴーン氏のように、そういう約束事を平気で破る人もたまにいる。そういう人の存在を織り込んで、逃がさないよう手当するのが、刑事裁判の興行主である国、裁判を主宰する裁判所の責務だ。結果として、ゴーン氏の逃亡を許した両者の責任は重い。

 ゴーン氏の逃亡で一番、バカを見たのは、納税者である国民である。このまま、ゴーン氏の裁判が開かれないことになると、試合(裁判)や試合準備(捜査)にかけた費用(税金)は無駄になる。ゴーン氏の保釈保証金15億円を没取して国庫に入れたとしても、見込んでいた興行収益には見合わない。

 さらに、ゴーン氏は自らの逃亡を正当化するため、「日本の刑事司法制度が不公正だから逃げた。正義から逃げたわけではない」などと声高にアピールを続けている。これに同調する海外メディアもあり、「日本は危ない国。行くと、無実でも捕まる」との誤解を生みかねない状況になっている。それは、グローバル化する世界の中で日本のブランド価値を日々、毀損し、納税者は心を痛めている。

 ゴーン氏の逃亡を許した国、裁判所の行動を検証し責任を明らかにしなければならない。

 ●出遅れ

 まず、国。逃亡後の対応は、一言でいうと、「出遅れ」と「泥縄」の印象が強い。

 逃亡が判明したのは12月31日。「三が日のうちにステートメントを出し、即刻、レバノンに身柄の引き渡しを求めるべきだったが、事実関係の確認に手間取り、うまくいかなかった」と検察幹部は振り返る。

拡大記者会見する森雅子法相=2020年1月9日午前9時30分、法務省、酒本友紀子撮影
 東京地裁は31日中にゴーン氏の保釈を取り消し、東京地検は事実解明とゴーン氏の身柄確保に向け動き出したが、森雅子法相が記者会見し「不法に出国したと考えられ、遺憾」「できる限りの措置を講じたい」などと述べたのは1月5日。東京地検の斎藤隆博・次席検事が「犯罪に当たり得る行為で誠に遺憾だ」とのコメントを発表したのも同日になってからだ。

 検察は警察庁を通じ、国際刑事警察機構(ICPO)にゴーン被告の身柄拘束を求める国際手配を要請。それを受けたトルコの検察当局が逃走に協力した疑いでアンカラの航空会社の操縦士ら5人を逮捕した。しかし、肝心のレバノン政府は2日、ICPOから手配書を受け取ったことを認めたが、ゴーン氏を日本に引き渡すことはないとの意向を表明した。

 検察は7日、レバノンでゴーン氏と合流したキャロル夫人について、昨年4月の東京地裁での証人尋問で偽証した疑いがあるとして逮捕状を取り、ICPOに国際手配を要請したが、レバノン政府はこれにも応じなかった。

 一方、国内捜査は気が抜けたようだった。東京地検特捜部は1月2日、ゴーン氏が保釈中に住んでいた住宅を出入国管理及び難民認定法違反(不法出国)容疑で捜索したが、めぼしい物証を得られなかった。特捜部はさらに8日、ゴーン氏の弁護人だった弘中惇一郎弁護士に対し、ゴーン氏が弘中氏の事務所で使っていたパソコンの提出を求めたが、弘中氏は刑事訴訟法の押収拒絶権を盾に拒んだ。特捜部は裁判所に対し、裁判所の職権で弁護士側にパソコンを

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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