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事件記者の目

事件記者の目

稲田検事総長が退官拒絶、後任含みで黒川氏に異例の定年延長

村山 治(むらやま・おさむ)

 政府は、2月8日に定年となる黒川弘務東京高検検事長の定年を延長し、続投させる異例の人事を31日の閣議で正式決定した。法務省は、黒川氏を退官させ、その後任に、次期検事総長含みで林真琴・名古屋高検検事長を起用する人事案を固めていたが、官邸が黒川氏の検事総長起用を強く希望。同省はその意向に沿い年末から現検事総長の稲田伸夫氏に退任するよう説得してきたが、稲田氏が応じなかったためだ。黒川氏の検事総長の道は残るが、林氏は名古屋で退官する可能性が強くなった。

 ●総長の椅子を林氏に禅譲するはずが…

拡大黒川弘務・東京高検検事長=2019年1月21日、東京・霞が関の検察庁
 検察庁法は、検事の定年を、検事総長は65歳、検事長以下の検事は63歳と定めている。黒川、林両氏はともに司法修習35期で検事任官同期。黒川氏は2020年2月8日に、林氏は同年7月30日に満63歳となる。

 東京高検検事長は検事総長に次ぐ検察ナンバー2のポスト。名古屋高検検事長は、大阪高検検事長に次ぐナンバー4。序列からすれば、官邸が求める黒川氏の検事総長昇格が順当に見えるが、稲田氏(33期)や辻裕教・法務事務次官(38期)ら法務・検察首脳はかなり早い時期から稲田氏の次の検事総長に林氏を起用する方針を固めていた。

 今秋には「林氏で次期検事総長は決まり」との情報が検察内外に広まり、最高検の事務局幹部が林氏に検察事務官の幹部人事の相談をしたり、気の早い検察担当記者が「お祝い」で名古屋に出向いたりした、との話も流れた。

 稲田氏は、2020年4月に京都で開く国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)で主催国の検事総長として挨拶するのを花道に、林氏が63歳になる20年7月の前に退官し、林氏に検事総長の椅子を譲る心づもりだったとみられる。

 コングレスは5年ごとに開かれ、日本での開催は1970年以来で50年ぶり。世界約150カ国から法相や検事総長級が集う。

 ●検事総長に「退職勧奨」の衝撃

 状況が一変したのは、2019年11月中旬。辻次官が2020年1月上旬発令に向けて、黒川検事長退官の人事案に対する官邸の感触を探ったところ、官邸側は、法務省側の意に反して黒川氏の検事総長昇格を求めていることが分かった。黒川氏を検事総長にするには、稲田氏が退官するしかない。その後、辻次官は何度か官邸の意向を探り、官邸側の「黒川総長」希望が固いことを確認。辻氏は、稲田氏に官邸側の意向を伝えたとみられ、稲田氏は官邸の事実上の退官勧奨を受け入れて退官するか、拒否して続投するか、の二者択一を迫られることになった。

 結局、法務省は、19年12月17日の閣議までにどうするかの結論を得ることはできず、黒川、林両氏の人事を凍結。同日の閣議が承認した1月9日付の法務・検察の人事異動は、上野友慈・大阪高検検事長(司法修習35期)が辞職しその後任に榊原一夫・福岡高検検事長(36期)を、その後任に井上宏・札幌高検検事長(37期)を充てる小規模のものとなった。

 この異動では、法務省事務方ナンバー2の小山太士・法務省刑事局長(40期)が最高検監察指導部長に回り、その後任に川原隆司官房長(41期)、その後任に伊藤栄二・山形地検検事正(43期)が就く、法務省センターラインの人事も併せ行われたが、辻次官の人事も凍結となった。

 こうした人事が12月17日に内示されると、検察部内に衝撃が走った。検察部内では、「次期総長は林検事長で確定」説が流布していただけに、検察や法務省幹部の間では「どうなっているのか」と疑心暗鬼が広がっていた。

 ●黒川と林の物語

拡大林真琴・名古屋高検検事長=2018年1月16日、名古屋市中区の名古屋高検
 次期検事総長を、黒川、林両氏のいずれにするか、は、法務・検察首脳の間ではここ数年、大きな懸案だった。2人は、若いころから、検事、法務官僚としての実力が拮抗しているとされてきた。黒川氏は「秘書課長→官房審議官→官房長」と対外折衝を担当。林氏は「人事課長→最高検総務部長→仙台地検検事正→刑事局長」と内部管理畑を歩んだ。

 対外業務は、法務省の予算や法案で政官界へのロビーイングが中心になる。政界から検察への防波堤の役回りも担う。どうしても汚れ仕事になる。その間に検察不祥事やそれをきっかけとした検察改革もあった。いつの間にか、黒川氏が汚れ役、林氏がプリンスになり、林氏が検事総長候補、黒川氏はそのスペアの位置づけになった。

 法務省は林氏を法務事務次官→東京高検検事長という「トップ・コース」に乗せる予定だったが、官邸の介入で異変が起きる。法務事務次官だった稲田氏が16年夏、官房長の黒川氏を地方の検事長に出し、刑事局長の林氏を自らの後任にする人事案を官邸に打診したところ、黒川氏を事務次官とするよう求められ、受け入れた。

 法務省側は1年で林氏と交代させるとの約束をとりつけたと受け止めていたが、翌年、官邸は黒川氏を留任させ、18年1月には、当時の上川陽子法相が林氏を名古屋高検検事長に転出させた。結局、黒川氏は19年1月、東京高検検事長に異動するまで2年半、法務省事務方トップを務めた。

 官邸が、黒川次官を望んだのは、黒川氏が官房審議官、官房長時代に培った野党などへのロビーイング力を必要としたからだった。官邸が、今回、黒川氏を検事総長に起用したい理由は、「官房長、法務事務次官として内閣を支えた黒川氏に対する論功行賞」(官邸に近い政界関係者)との見方もあるが、「政治主導を掲げる官邸が、政治による官僚支配に聖域はないと見せつけるため、あえて検事総長人事に注文を付けたのではないか」と指摘する法曹関係者もいる。

 ●政治の検察に対する指揮権

拡大稲田伸夫・検事総長=2019年2月20日、東京・霞が関の法務省
 検事総長以下検察官は、政府が任命する国家公務員であり、一般の公務員より手厚い身分保障がある。検察庁法25条は、定年と懲戒処分、「検察官適格審査会で心身の故障、職務上の非能率その他の事由に因りその職務を執るに適しないと議決されたとき」を除き「検察官はその意思に反して、その官を失い、職務を停止され、又は俸給を減額されることはない」と定める。

 1956年8月14日生まれの稲田氏の65歳の定年である2021年8月13日まで、まだ1年8カ月もある。心身ともに健康と伝えられ、懲戒処分を受けるような話もない。客観的には辞めさせられる理由は何もない。

 一方、検察庁法14条は「法務大臣は、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる」と定める。

 「個々の事件の取調べや起訴、不起訴の処

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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