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事件記者の目

事件記者の目

黒川検事長の定年延長を事前に承認した稲田検事総長の説明責任は?

村山 治(むらやま・おさむ)

 黒川弘務東京高検検事長の次期検事総長含みの定年延長人事に対し、野党やマスコミから「政権による違法な人事介入。撤回しろ」との大合唱が起きている。官邸や法務省は「適正手続きを経た人事」と強気の構えを崩さないが、検察現場には動揺が広がり、国民の疑念も深まっている。公益の代表として社会正義の実現を目指す検察の仕事は、国民の信頼の上で成り立っている。当の検察庁のトップ、稲田伸夫検事総長は、この事態をどう受け止めているのか、国民と検察現場に説明すべきではないか。

 ●定年延長問題の混迷と「被害者」検察トップの説明責任

拡大稲田伸夫・検事総長(左)と森雅子法相=2020年2月19日、東京・霞が関の法務省
 今回の定年延長人事は、多くの国民に、厳正公平・不偏不党であるべき検察のトップ人事が、政権によって恣意的に行われたのではないか、との疑問を抱かせた。

 最大の論点は、「国家公務員法によって検察官の定年を延長できる」という法解釈の正当性だ。検察官の定年は検察庁法で定められており、人事院は1981年4月の衆院内閣委員会で「検察官には国家公務員法の定年規定は適用されない」と答弁していた。この通りだと、今回の定年延長は検察庁法に違反して行われた疑いが出てくるのだ。

 森雅子法相は2月7日の閣議後会見で「違法ということはなく、法律の適用に問題はないと考えております。検察官については一般職の国家公務員でございまして、国家公務員法の規定により、いわゆる勤務延長制度が適用されるものでございます。検察官であっても、(略)人事院規則に書いてあるような、勤務延長の理由が生じることがあると考えております」と説明したが、適用範囲の広い一般法である国家公務員法に対し、検察庁法は、特定の事項を定める「特別法」の関係にある。「特別法は一般法より優先される」というのが普通の法律解釈だ。検察OBの弁護士も含め多くの法律家が、法務省側の解釈は筋ワルと受け止めた。

 安倍首相は2月13日の衆院本会議で「検察官も一般職の国家公務員であるため、国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」とし、今回の人事にあたって同法の解釈を変更したと説明したが、野党やマスコミの一部は、事実上の法律の書き換えだと反発。検察首脳の人事を意のままにするため、禁じ手を使ったのではないか、などと追及した。

 法務省や人事院などの答弁が二転三転し、法解釈の変更に関する文書の作成経緯などを明らかにしないこともあって、疑念は深まったままだ。

 法律のプロ集団である法務省が、なぜそうした法解釈をしたのか、背景事情などを解きほぐさねばならないが、それは別の機会に譲り、本稿では、今回の騒動のもとになった人事の舞台裏を改めて検証し、「介入の被害者」になっている検察庁のトップ、検事総長の説明責任に絞って論じることにしたい。

 ●「内閣の人事権」と「検察権行使の独立」

 検察は国の行政機関だが、司法権の行使と密接不可分な関係にある。検事総長は、その検察の「顔」であり、全国で計約1万1800人の検察官、事務官の統領である。その権限は強大で、時にその決断が政権の命運を左右することもある。今回、黒川氏の検事総長含みの定年延長人事が大騒ぎになっているのも、そういう重大な職責を担う検事総長の人事にかかわるからだ。

 制度上、検察幹部の人事権は内閣(政治家)にある。しかし、政治腐敗を摘発する機関として国民の期待を担う検察は、検察権行使や人事で政治から独立していなければならない。 そういう構造的ジレンマの中で、「検察の政治からの独立」は、政治腐敗を許さない世論を頼みとして成立してきた歴史がある。

拡大犬養法相の指揮権発動後、記者団と会見する佐藤栄作自由党幹事長
 エポックは1954年の造船疑獄だった。吉田内閣の犬養健法相が佐藤藤佐検事総長に対し指揮権を発動して与党・自由党幹事長の佐藤栄作氏(のちに首相)の逮捕にストップをかけた。しかし、吉田政権は次の総選挙で敗北。政治の側は、検察捜査に介入すると大やけどをすることを知った。

 一方、野党やマスコミは造船疑獄での指揮権発動以来、政治の側が捜査や公判に介入しないよう厳しく監視し、法務省記者クラブでは、法相が交代する度に「検察庁に対する指揮権に関し、どうお考えか」と質問するのが慣例となっていまにいたる。

 2009年に成立した民主党政権では、政治資金規正法違反で告発された小沢一郎元民主党代表の捜査の一環で、元秘書に関する捜査報告書を東京地検特捜部検事がねつ造した疑惑が発覚した。野田内閣の小川敏夫法相が、検察の腰が重いと見て、捜査を求める指揮権を発動しようとしたのを野田佳彦首相が止めるハプニングもあったが、それを含め、造船疑獄以来、指揮権は一度も発動されていない。

 そうした世論の監視が、政権側が、検察の捜査だけでなく、法務・検察幹部の人事にも口出ししにくい雰囲気を作った。法務省事務方は、そうした状況を背景に、政治の側の唯一の捜査指揮対象である検事総長にからむ人事では、政界との間で波風が立たないよう政権与党を中心に周到な根回しをしてきた。法務・検察が、早くから何代も先まで検事総長候補を絞り込むのも、政治の側が口を出しにくい状況を作る狙いの一環だった。

 ●安倍政権が破った「結界」

 そういう背景があってか、時の政権は概ね、法務・検察の人事について謙抑的な姿勢を維持してきた。しかし、安倍政権下で状況は一変した。首相官邸の省庁に対する人事権限が強化され、従来はその中立性、専門性を尊重して口を出さなかった日本銀行や内閣法制局の人事に介入。検察首脳がからむ法務省の人事も例外ではなくなったのだ。

拡大黒川弘務・東京高検検事長=2019年1月21日、東京・霞が関の検察庁
 16年9月、法務省事務方トップの法務事務次官人事が、官邸の意向に沿って、本命とされていた刑事局長の林真琴氏から官房長の黒川氏に変更されたのが始まりだった。法務事務次官は、東京高検検事長を経て検事総長に昇格する検察人事の「ゴールデンコース」だ。

 林氏と黒川氏は、2000年代初めの司法制度改革の実務の中核を担い、大阪地検の不祥事後の刑事手続き改革を主導し、法務・検察内では実績・能力とも双璧と評価されていた。大臣官房秘書課長や官房長を歴任した黒川氏が、主に政界ロビーイングを担当したのに対し、林氏は人事課長や刑事局長などを歴任。法務・検察の組織整備や運用改善などを担当した。

 当時の法務・検察首脳は、「政治に近い」イメージが定着した黒川氏でなく、誕生日、つまり、定年の日付の面からも安定的に検事総長の椅子をつなげる林氏を、西川克行氏(16年9月検事総長就任)、稲田伸夫氏(18年7月就任)に続く検事総長の最有力候補と位置付けていた。

 筆者は、その人事変更の経緯を2016年11月22日の本コラムの記事「『結界』は破れたか」で取り上げたのを皮切りに、2人の人事をフォローしてきた。今回の定年延長人事はまさに、その延長線上で起きている「続編」なのだ。

 ●検事総長が持つ事実上の「後継指名権」

 検察庁法は、検事総長を含む検察官について、定年と懲戒処分、心身の故障などがない限り、「その意思に反して、その官を失うことはない」と定めている。検事総長の定年は満65歳、検事長以下の検事は63歳。仮に、法務省事務方から定年前に退官を求められても、検事総長は、後継候補が意に沿わない場合、拒否できる。検事総長は、事実上、後継の検事総長を指名、あるいは、拒否する権限を持つともいえるのだ。検事総長の「眼鏡」にかなわない後継候補は定年の壁に阻まれ、無念のうちに検察を去ることになるのだ。

 もっとも、法務省関係者によると、歴代の検事総長は概ね、法務省の事務方の後継人事案を受け入れ、定年前に退官してきた。その権限を実際に行使した検事総長は、根来泰周氏の検事総長就任を拒否して東京高検検事長で退官させた吉永祐介氏(1993年12月~1996年1月在任)だけだ。

 吉永氏はロッキード事件(1976年)、リクルート事件(88年)を摘発した「検察現場派」のエースで、金丸信元自民党副総裁に対する闇献金事件などの捜査をめぐり世論の批判を浴びた検察の失地回復のため、ピンチヒッターとして検事総長に起用された。

 本来の最有力候補だった根来氏は、法務行政畑が長く、「政治との距離が近い」との風評にさらされていた。法務事務次官から東京高検検事長になったが、吉永氏とは、ゼネコン事件政界ルートなどの捜査をめぐり、確執があったとされる。

 吉永氏は、前任の検事総長の岡村泰孝氏から検事総長含みの異動の内示を受ける際、岡村氏が求めた「根来後継案」を受け入れたといわれ、それを知る法務省事務方から、根来氏の誕生日前に禅譲するよう再三の要請を受けたが、応じなかった。吉永氏の後継には同じ現場派の土肥孝治氏が起用された。

 ●林氏を「後継指名」していた稲田検事総長

 前置きはこのくらいにして、今回の定年延長人事の経緯を簡単に振り返っておく。

拡大林真琴・名古屋高検検事長=2018年1月16日、名古屋市中区の名古屋高検
 法務・検察は16年9月、官邸の求めを受けいれ、大臣官房長の黒川氏を事務次官に起用したが、その後も、林氏を事務次官に起用する人事をあきらめず、18年初めに黒川氏を地方の検事長に転出させ、林氏を次官に昇格させる人事案を策定した。

 ところが、上川陽子法相が、国際仲裁センターの日本誘致の方針をめぐる意見の相違などを理由に林氏の次官就任を拒否。林氏は18年1月、名古屋高検検事長に転出し、黒川氏は次官にとどまった。

 法務・検察は、19年1月、黒川氏を検察ナンバー2の東京高検検事長に起用した。順当な人事に見えたが、法務省事務方は「林検事総長」にこだわっていた。18年暮れごろには、林氏を稲田氏の後継とする人事案に向けた調整が進んだ。20年2月8日に63歳となる黒川氏を20年1月初旬に退官させ、林氏をその後任の東京高検検事長に充てる構想である。この構想を検事総長である稲田氏は了承していたとされる。

 稲田氏は1956年8月14日生まれ。検事総長の定年である65歳になるのは2021年8月13日。一方、林氏は1957年7月30日生まれ。検事長の63歳の定年である20年7月29日までに稲田氏が退官し、林氏に引き継げば、すんなり禅譲が成立する。18年7月に検事総長に就任した稲田氏は検事総長の平均在任期間2年を満たすことにもなるのだ。

 ●官邸に忖度?黒川総長実現のため稲田氏に退官説得

 一方、官邸は、林氏が18年1月、名古屋高検検事長に転出して以来、稲田氏の次の検事総長は林氏でなく黒川氏がふさわしい、と考えていた。官邸としては、法相がバッテンをつけた人物を検察のトップにするわけにはいかない、と考えたようだ。

 法務省事務方や稲田氏は、いくつかのチャンネルで薄々、官邸の意向に気づいていたと思われるが、19年秋口まで、法務省側が林検事総長実現に向けた根回しを熱心に行った形跡はない。稲田氏らは、さすがの安倍政権も、検事総長の人事に直結する人事だけには口は出すまい、と安易に考えていたフシがある。

 案のじょう、辻裕教法務事務次官らが19年秋、黒川氏を定年退官させ、林氏を検事総長含みで東京高検検事長に起用する人事案の実現に向け、官邸の意向を探ったところ、官邸側は黒川氏の検事総長起用を強く希望していることが判明。辻氏らは、林氏が能力や人柄の点からもいかに検事総長にふさわしいか、官邸側を説得したとみられるが、官邸側の態度は変わらなかった。

 このため、辻次官ら法務省の事務方は改めて人事案を検討し直し、黒川氏を次期総長に起用することに方向転換。稲田氏に対し、黒川氏の定年前に退任し、黒川氏に検事総長を引き継ぐよう、年末年始をはさんで説得を重ねてきたとされる。

 しかし、稲田氏は頑として、説得に応じなかった。理由は明らかでないが、1~2月に退官すると、稲田氏の検事総長の在任期間は約1年半となり、総長の平均在任期間とされる2年に届かないうえ、20年4月に京都で開く国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)で主催国の検事総長として挨拶するのを花道にしたいとの思いもあったとみられる。

 そのコングレスは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて3月21日、開催を当面延期することが決まった。森法相は同月24日、「外務省と連携して国連などと開催日程の調整を進める」とのコメントを出した。

 ●稲田氏は黒川後継を了承

 黒川氏の定年が近づいた1月中旬、切羽詰まった辻氏らに残された道は、2つしかなかった。

 ひとつは、黒川氏を定年退官させ、稲田氏が退官するタイミングで検事総長として登用する方法。つまり、官を離れていったん民間人になった黒川氏を検事総長にする方法である。これには前例がある。敗戦後、新体制となった検察の初代検事総長となった福井盛太氏は弁護士から登用された。

 もうひとつは、国家公務員法を根拠に、黒川氏の定年を半年間、延長して総長人事をいったん水入りにする方法だ。こちらは前例がない、いわば、奇策だった。

 結局、辻氏らは定年延長を選択した。関係者によると、20年1月下旬、辻氏は、黒川氏の定年を8月7日まで半年間延長し、その間に稲田氏が退官し黒川氏に検事総長ポストを引き継ぐ、との含みの人事案を策定。検事総長の稲田氏に示し、了承を得た。そのうえで、この案を森法相に提案した。森氏はこれを了承。1月29日、内閣にこの人事案を議題とする閣議請議を要請。31日の閣議で決定された。

 制度上、検察幹部の人事権は内閣にあり、建前の上では、検事総長は検察首脳人事にかかわらないことになっている。しかし、先に紹介したように検事総長は事実上の後継指名権を持つ。それゆえ、辻氏は慣例に従い、稲田氏の了解を求めたとみられる。

 今回の人事の舞台裏を知る元検察首脳は「黒川氏を検事総長にするには、稲田氏が辞めない以上、黒川氏をいったん退官させ、弁護士にしてから登用するのが王道だと思っていた。なぜ、問題のある定年延長を選んだのか不可解だ」と指摘する。

 黒川氏の後任人事の策定が難しかったからではないか、と筆者は推測する。官邸がバッテンをつけた林氏を黒川氏の後任に据えるわけにはいかず、かといって急に、他の検察幹部を起用する準備もできていなかったと思われる。

 ●野党の反発と政府答弁の混乱

 この定年延長人事に、野党は猛反発した。「定年延長=検事総長起用」と受け止め、安倍政権が、法務省官房長や法務事務次官を歴任し「政界に近いとされる」黒川氏を検事総長に起用することで、政権に有利な検察運営をもくろんでいるのではないか、と疑ったのだ。

拡大衆院法務委に臨む森雅子法相。右手前後ろ姿は山尾志桜里氏=2020年3月18日午後2時57分、岩下毅撮影
 衆院予算委で人事院幹部が、答弁を「言い間違えた」と釈明したり、森氏が日付のない法務省と人事院の協議文書を「口頭で決裁した」と説明したりしたため、野党は、閣議決定前に解釈変更を行ったとする政府の説明自体が虚偽ではないか、と主張して紛糾。

 2月26日の同委では、立憲民主党代表の枝野幸男氏が「無理をして延長させ、(黒川氏を)検事総長に充てようとしているのは、『桜を見る会』に対する政治資金規正法(違反)の捜査を防ごうとするものだと疑われている」と声を張り上げた。これに対し、森氏は、定年延長は適正手続きで行われたとの姿勢を崩さず、さらに、質問されてもいないのに「今回の人事について、首相や菅義偉官房長官から指示があったことはない」と答弁する一幕もあった。

 さらに3月9日、「定年延長が求められる社会情勢の変化」を説明する答弁でいきなり、「東日本大震災時に検察官が最初に逃げた」などと発言。安倍首相は不適切として厳重注意し、幕引きを図ったが、野党側は「資質に問題あり」として法相退任を求める騒ぎになった。

 ●マスコミの一部も人事の撤回求める

 マスコミの一部も批判の声を上げた。

 毎日新聞は20年2月21日の社説「検事長の定年延長問題 これでも法治国家なのか」で「強引な解釈変更を取り繕うため、無理に答弁を修正し、つじつまを合わせたとしか見えない。このようなことが繰り返されれば、官僚組織は成り立たなくなる」と批判。

 2月26日の朝日新聞の社説「検察の人事 首相の責任で撤回せよ」は「強大な権限を持つ検察には厳正公平が何より求められる。自分たちの足元を掘り崩している認識はあるのか。(略)首相や菅官房長官は、定年延長は法務省の要請を聞き入れただけで、責任はすべて同省にあるかのような態度をとる。国民を愚弄(ぐろう)してはいけない。このような措置が官邸の意向抜きで行われることなどあり得ないと、誰もが見抜いている」と主張した。

 朝日新聞は、投書欄でも「検事長定年延長、政治利用は」(20年2月13日)、「黒川検事長は自ら身を引いて」(2月17日)、「検事長定年延長、法曹界は声を」(2月27日)との読者の意見を相次いで掲載した。

 東京新聞も2紙と歩を揃え、3月1日の社説「週のはじめに考える権力は『無罪』なのか」で「国民には政権が嘘を重ねているように映っています。それでも『解釈変更だ』路線で突っ切るつもりでしょう。首相が『権力は先天的に無罪である』ように振る舞っているためです」と政権を皮肉った。

 ●「ゆでガエルになる」―検察現場の動揺と沈黙

 「何が起こったのか、起こるのか、理解が追い付かない。林さんには気の毒だが、様子見です」

 黒川、林両氏を知る検察の中堅幹部は閣議決定が報じられた1月31日夜、筆者にこう語った。

 検察では、1968年に東京地検特捜部が摘発した日通事件の捜査中に、収賄容疑のターゲットになった自民党の池田正之輔衆院議員と井本台吉検事総長が東京・新橋の料亭で会食していたことが発覚。池田氏の在宅起訴を決めた井本氏に対し、特捜部の多くの検事が井本氏を批判する文書に署名し、左遷や退官につながった「血判状騒動」が起きている。

 血気盛んな検事たちはどう受け止めているのか気になった。案に相違して検察部内の受け止めは、複雑ではあるが冷静だった。

 「今回の人事は、現場の検事、事務官にとって具体的な事件の捜査処理方針をめぐる問題ではない。黒川、林、そして稲田氏は、しょせん雲の上の存在。現場に影響力のある人が旗を振らない限り、何も起きないのでは」(中堅幹部)

 しかし、連日のマスコミ報道で、検察の公正中立に疑念の目が向けられるようになると、検察現場には次第に不安が広がった。社会の秩序維持のため犯罪を摘発して裁判にかける検察の仕事は、国民の信頼と協力で成り立っている。その信頼がなくなると、組織は存在意義を失い、検事や事務官はプライドをもって取り組んできた従来の仕事をできなくなるのではないか、という心配だ。

 先の中堅幹部は「このままでは、検察も、われわれも、ゆでガエルになるのではないか」と不安を募らせる。この検事のいう「ゆでガエル」とは、水を徐々に温めると温度の上昇に気づかず沸騰した湯の中で死ぬカエルと同様、検事や検察組織もゆるい環境変化には気づかず最終的に致命的な状況に至ることを指す。

 ●長官会同での検事正の発言

 そうした中、全国の高検や地検のトップが一堂に会する「検察長官会同」が2月19日、法務省で開かれた。黒川氏の定年延長は議題に含まれていなかったが、静岡地検検事正の神村昌通氏が質問に立った。

 会同に出席した検察幹部によると、神村氏は「検察は不偏不党で運営してきたのに、今回の人事で政権との関係に疑念の目が向けられている。このままでは検察への信頼が疑われる。国民にもっと丁寧に説明をするべきではないか」との趣旨の発言をした。質問を引き取った辻裕教・法務事務次官は「延長の必要性があった」と答えた。

 しかし、実際のやりとりは、緊迫感漂うものだったようだ。「会場は凍り付き、稲田総長は真っ赤になり、辻次官は怒りもあらわだった」「渦中の方(黒川氏)は、上方を見つめ、泰然自若だった」などの話が検察幹部の間で流れた。

 神村氏は法務省刑事局総務課長、官房秘書課長を歴任したエリートで、秘書課長時代の直属の上司が官房長の黒川氏だった。神村氏はその後、部外には何も語らず、これに続く現役検事からの情報発信もないまま、今に至る。

 3月9日には、「同年代の複数の検察官から懸念の声を聞いた。現場の声なき声を代弁したい」とする東京弁護士会所属の若手弁護士の有志35人が、定年延長を認めた閣議決定を撤回するよう政府に求める声明を発表した。

 神村氏は3月30日付で千葉地検検事正に異動した。

 ●稲田検事総長の説明責任

 2月24日付日経新聞朝刊は、同社の世論調査の結果、定年延長を閣議決定したことについて「問題があると思う」と答えた人が54%、「問題があるとは思わない」は32%だった―との記事を掲載した。3月17日の朝日新聞朝刊も、同社の世論調査の結果、「安倍政権が、法解釈を変えて定年延長を決めたことに55%が『問題だ』と答え、『問題ではない』の24%を上回った」と伝えた。

 両紙の世論調査は、安倍政権と法務省のこれまでの説明が国民に対して説得力を持っていないことを示している。

 「政治」そのものである安倍首相は勿論のこと、法相の森氏が、「官邸からの人事介入はなかった」と弁明しても、説得力はない。森氏は安倍内閣の閣僚であり、与党の国会議員であって、「検察側の人間」ではない。国民にとっては、森氏は「政治の側のヒト」でしかない。

 政権と野党・マスコミが真っ向から対立し、ひたすら激しい応酬が続く中で、国民の多くは、政治と検察の間で何が起きているのか理解できず、政府や法務省への疑念を深めているというのが本当のところではないか。現場の検事や事務官も似たり寄ったりだろう。

 経緯はどうあれ、稲田氏は、法務省の事務方が策定した次期検事総長含みの黒川氏の定年延長人事を了承し、事務方を通じて法相に提案した。黒川氏を後継指名したことになるのだ。その人事に対して野党やマスコミは「政治の介入人事だ、撤回しろ」と求めている。

 当の検察庁のトップであり、この人事案決定にかかわった当事者でもある稲田氏は、今回の定年延長人事について、国民と検察部内にきちんと説明すべきである。

 2月19日の「長官会同」で神村検事正が質問した際、本来、辻次官でなく、稲田氏が答弁に立つべきだったのだ。野党やマスコミの指摘についてどう考えているのか、人事の経緯にもある程度触れつつ丁寧に説明すれば、少なくとも検察現場の動揺は収まり、その内容が報道されることで、人事の是非は別にして、今回の事態に対する国民の理解もすすんだのではないか。

 稲田氏は、改めて臨時の長官会同なり、8検事長を集めるなりして、定年延長人事の経緯を明らかにし、「政治の人事介入を受けた」とされることへの見解を述べ、検察組織への周知をはかるべきである。

 そのうえで記者会見を開き、内外の記者の前で、同じ説明をすべきである。会見では当然、黒川氏について野党や一部マスコミが指摘する「政治の近さ」「官邸の守護神」の実態についても説明を求められるだろう。率直に知るところ、思うところを語ればいい。

 「人事の舞台裏は墓場まで持って行くもの」(元法務事務次官の弁護士)という考え方もある。しかし、今回の事態は、検察組織と、自らが後継の検察トップに選んだ検事の信用にかかわることである。可能な限り言葉を尽くして説明するのが検事総長の責任ではないか。

 筆者は最高検企画調査課を通じ、稲田氏に取材を申し入れたが、同課は「取材対応はできない」と回答した。理由を尋ねると、同課は、定年延長人事という取材の内容ではなく、記者クラブの会見以外で個人のジャーナリストの取材対応はしていない、との趣旨の説明をした。

村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル」(文藝春秋)、「市場検察」(同)、「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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