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事件記者の目

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黒川検事長の定年延長を事前に承認した稲田検事総長の説明責任は?

村山 治(むらやま・おさむ)

 黒川弘務東京高検検事長の次期検事総長含みの定年延長人事に対し、野党やマスコミから「政権による違法な人事介入。撤回しろ」との大合唱が起きている。官邸や法務省は「適正手続きを経た人事」と強気の構えを崩さないが、検察現場には動揺が広がり、国民の疑念も深まっている。公益の代表として社会正義の実現を目指す検察の仕事は、国民の信頼の上で成り立っている。当の検察庁のトップ、稲田伸夫検事総長は、この事態をどう受け止めているのか、国民と検察現場に説明すべきではないか。

 ●定年延長問題の混迷と「被害者」検察トップの説明責任

拡大稲田伸夫・検事総長(左)と森雅子法相=2020年2月19日、東京・霞が関の法務省
 今回の定年延長人事は、多くの国民に、厳正公平・不偏不党であるべき検察のトップ人事が、政権によって恣意的に行われたのではないか、との疑問を抱かせた。

 最大の論点は、「国家公務員法によって検察官の定年を延長できる」という法解釈の正当性だ。検察官の定年は検察庁法で定められており、人事院は1981年4月の衆院内閣委員会で「検察官には国家公務員法の定年規定は適用されない」と答弁していた。この通りだと、今回の定年延長は検察庁法に違反して行われた疑いが出てくるのだ。

 森雅子法相は2月7日の閣議後会見で「違法ということはなく、法律の適用に問題はないと考えております。検察官については一般職の国家公務員でございまして、国家公務員法の規定により、いわゆる勤務延長制度が適用されるものでございます。検察官であっても、(略)人事院規則に書いてあるような、勤務延長の理由が生じることがあると考えております」と説明したが、適用範囲の広い一般法である国家公務員法に対し、検察庁法は、特定の事項を定める「特別法」の関係にある。「特別法は一般法より優先される」というのが普通の法律解釈だ。検察OBの弁護士も含め多くの法律家が、法務省側の解釈は筋ワルと受け止めた。

 安倍首相は2月13日の衆院本会議で「検察官も一般職の国家公務員であるため、国家公務員法の規定が適用されると解釈することとした」とし、今回の人事にあたって同法の解釈を変更したと説明したが、野党やマスコミの一部は、事実上の法律の書き換えだと反発。検察首脳の人事を意のままにするため、禁じ手を使ったのではないか、などと追及した。

 法務省や人事院などの答弁が二転三転し、法解釈の変更に関する文書の作成経緯などを明らかにしないこともあって、疑念は深まったままだ。

 法律のプロ集団である法務省が、なぜそうした法解釈をしたのか、背景事情などを解きほぐさねばならないが、それは別の機会に譲り、本稿では、今回の騒動のもとになった人事の舞台裏を改めて検証し、「介入の被害者」になっている検察庁のトップ、検事総長の説明責任に絞って論じることにしたい。

 ●「内閣の人事権」と「検察権行使の独立」

 検察は国の行政機関だが、司法権の行使と密接不可分な関係にある。検事総長は、その検察の「顔」であり、全国で計約1万1800人の検察官、事務官の統領である。その権限は強大で、時にその決断が政権の命運を左右することもある。今回、黒川氏の検事総長含みの定年延長人事が大騒ぎになっているのも、そういう重大な職責を担う検事総長の人事にかかわるからだ。

 制度上、検察幹部の人事権は内閣(政治家)にある。しかし、政治腐敗を摘発する機関として国民の期待を担う検察は、検察権行使や人事で政治から独立していなければならない。 そういう構造的ジレンマの中で、「検察の政治からの独立」は、政治腐敗を許さない世論を頼みとして成立してきた歴史がある。

拡大犬養法相の指揮権発動後、記者団と会見する佐藤栄作自由党幹事長
 エポックは1954年の造船疑獄だった。吉田内閣の犬養健法相が佐藤藤佐検事総長に対し指揮権を発動して与党・自由党幹事長の佐藤栄作氏(のちに首相)の逮捕にストップをかけた。しかし、吉田政権は次の総選挙で敗北。政治の側は、検察捜査に介入すると大やけどをすることを知った。

 一方、野党やマスコミは造船疑獄での指揮権発動以来、政治の側が捜査や公判に介入しないよう厳しく監視し、法務省記者クラブでは、法相が交代する度に「検察庁に対する指揮権に関し、どうお考えか」と質問するのが慣例となっていまにいたる。

 2009年に成立した民主党政権では、政治資金規正法違反で告発された小沢一郎元民主党代表の捜査の一環で、元秘書に関する捜査報告書を東京地検特捜部検事がねつ造した疑惑が発覚した。野田内閣の小川敏夫法相が、検察の腰が重いと見て、捜査を求める指揮権を発動しようとしたのを野田佳彦首相が止めるハプニングもあったが、それを含め、造船疑獄以来、指揮権は一度も発動されていない。

 そうした世論の監視が、政権側が、検察の捜査だけでなく、法務・検察幹部の人事にも口出ししにくい雰囲気を作った。法務省事務方は、そうした状況を背景に、政治の側の唯一の捜査指揮対象である検事総長にからむ人事では、政界との間で波風が立たないよう政権与党を中心に周到な根回しをしてきた。法務・検察が、早くから何代も先まで検事総長候補を絞り込むのも、政治の側が口を出しにくい状況を作る狙いの一環だった。

 ●安倍政権が破った「結界」

 そういう背景があってか、時の政権は概ね、法務・検察の人事について謙抑的な姿勢を維持してきた。しかし、安倍政権下で状況は一変した。首相官邸の省庁に対する人事権限が強化され、従来はその中立性、専門性を尊重して口を出さなかった日本銀行や内閣法制局の人事に介入。検察首脳がからむ法務省の人事も例外ではなくなったのだ。

拡大黒川弘務・東京高検検事長=2019年1月21日、東京・霞が関の検察庁
 16年9月、法務省事務方トップの法務事務次官人事が、官邸の意向に沿って、本命とされていた刑事局長の林真琴氏から官房長の黒川氏に変更されたのが始まりだった。法務事務次官は、東京高検検事長を経て検事総長に昇格する検察人事の「ゴールデンコース」だ。

 林氏と黒川氏は、2000年代初めの司法制度改革の実務の中核を担い、大阪地検の不祥事後の刑事手続き改革を主導し、法務・検察内では実績・能力とも双璧と評価されていた。大臣官房秘書課長や官房長を歴任した黒川氏が、主に政界ロビーイングを担当したのに対し、林氏は人事課長や刑事局長などを歴任。法務・検察の組織整備や運用改善などを担当した。

 当時の法務・検察首脳は、「政治に近い」イメージが定着した黒川氏でなく、誕生日、つまり、定年の日付の面からも安定的に検事総長の椅子をつなげる林氏を、西川克行氏(16年9月検事総長就任)、稲田伸夫氏(18年7月就任)に続く検事総長の最有力候補と位置付けていた。

 筆者は、その人事変更の経緯を2016年11月22日の本コラムの記事「『結界』は破れたか」で取り上げたのを皮切りに、2人の人事をフォローしてきた。今回の定年延長人事はまさに、その延長線上で起きている「続

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「市場検察」(文藝春秋)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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