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事件記者の目

事件記者の目

「桜を見る会」事件で首相の犯罪嫌疑を捜査した検察に続く正念場

村山 治(むらやま・おさむ)

 「桜を見る会」前夜祭の費用補填をめぐる政治資金規正法違反(政治資金収支報告書不記載)の罪で告発された安倍晋三前首相に対する検察の不起訴処分。大手マスコミの論調は概ね検察の捜査や処分に肯定的で、7月に検事総長が交代して新体制となった検察首脳らは一安心しているのではないか。ただ、政権に忖度した東京高検検事長の定年(勤務)延長や検察庁法改正案で生じた検察の独立性に対する国民の疑念は解消されていない。国民の信頼回復に向けた検察の長い道行は始まったばかりだ。

 ■検察の威信をかけた捜査だった

拡大首相として参院本会議で答弁に立つ安倍晋三氏=2020年6月8日午後4時16分、国会内、奥山俊宏撮影
 2020年の検察は揺れに揺れた。安倍内閣が検察首脳人事に露骨に手を突っ込んだためだ。1月31日、63歳の定年を約1週間後に控えていた黒川弘務東京高検検事長について、稲田伸夫検事総長の後継含みで定年(勤務)を無理矢理、延長。検事総長の本命とされてきた林真琴名古屋高検検事長はそのまま退官する見通しとなった。

 さらに3月13日、各省庁の定年引き上げや役職定年制の導入に合わせ、検察官の定年を引き上げ、政府の裁量で検察幹部の勤務を延長できるようにする検察庁法の改正案を閣議決定。成立を図ろうとしたが、それに反発する世論の大きなうねりが起き、6月中旬、法案は審議未了で廃案となった。一方、渦中の人となった黒川氏は、コロナ自粛の中での賭け麻雀を週刊文春によって暴露されて辞職した。

 安倍首相側が主催する「桜を見る会」前夜祭の会計処理疑惑が発覚したのは2019年秋。国会での野党の追及がきっかけだった。翌20年初めには弁護士らが安倍氏らの告発に動いた。それは丁度、官邸と法務・検察が水面下で黒川氏を次期検事総長に決めた時期と重なっていた。

 筆者は、官邸に近い政官界関係者らの証言をもとに、検察人事への官邸の介入の背景に、この「桜を見る会」の会計疑惑に対する穏当処分を期待する官邸の思惑があったのではないか、と2020年6月4日のこのコラムの記事「黒川検事長辞職 安倍政権の人事介入が招いた不幸な結末」や、コラム記事をベースに11月下旬に文藝春秋から出版した拙著「安倍・菅政権vs.検察庁」で指摘した。

 黒川氏の突然の辞職で、名古屋で退官予定だった林氏は急遽、東京高検の後任検事長となり、7月17日、稲田伸夫検事総長の勇退に伴い、新検事総長に起用された。黒川氏の賭け麻雀辞職や検察庁法改正案をめぐり、国民の検察に対する信頼は地に落ちていた。林氏にとって、国民が注目する「桜を見る会」事件は、因縁の、そして国民の検察に対する不信を払拭する試金石ともなる、検察の威信をかけた捜査となった。

 ■首相の「犯罪容疑」を捜査

 首相には「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣(首相)の同意がなければ、訴追されない」と定めた憲法75条にもとづく「不訴追の特典」がある。首相も「国務大臣」に含まれると解されており、首相は自分で自分の訴追に同意しない限り、訴追されることはない。

 この条文には「捜査をするな」とは書いていないが、検察はその趣旨を汲み、現職の首相の捜査には慎重姿勢をとってきた。大学教授らが東京地検に提出した安倍氏らに対する政治資金規正法違反の告発状が、2回にわたり「代理人による告発は認められない」との理由で送り返されたが、それも、そういう意識が働いたせいかもしれない。

 筆者は、安倍氏が自民党総裁としての任期が満了する2021年秋まで首相の座にとどまることになれば、検察の桜問題に対する捜査はその後になる可能性もある、と考えていた。しかし、その安倍氏は持病の悪化を理由に9月16日、首相を辞任。検察にとっては、憲法上の障壁がなくなった。

拡大
 特捜部は受理した告発内容を検討。前夜祭を主催した安倍氏の政治団体「安倍晋三後援会」の収支報告書に参加者の会費収入やホテルへの支払いの金額が記載されていない点について、政治資金規正法25条1項2号の「不記載罪」を適用することを決めた。この規定では、記載義務があるのは会計責任者(会計責任者の職務補佐者を含む)であり、それら身分のある者だけが違反の主体となる「身分犯」だ。公設第1秘書は後援会の代表だったが、「実質的な会計責任者」とみなすことにした。首相が不記載を同秘書に指示したことを証明できれば、首相は「身分なき共犯」として処罰される。

拡大収入と支出の総額を訂正した安倍晋三後援会の政治資金収支報告書
拡大不記載だった「桜を見る会前夜祭」の収入を書き加えた安倍晋三後援会の政治資金収支報告書
 一方、同25条1項3号は「虚偽記入罪」も定めている。この「虚偽記入罪」は、身分犯ではなく「何人についても犯罪が成立する」という判例がある。「何人」には当然、安倍氏も該当する。不記載罪が成り立つならば、結局、収支の「総額」が虚偽となるはずだから、虚偽記入罪も成り立つ、という関係にある。

 特捜部は、「不記載罪」での立件を選択し、公設第1秘書ら関係者の取り調べに踏みきった。虚偽記入罪については立件を見送った。関係者によると、安倍氏の事務所や秘書の関係先に対する家宅捜索は行わなかったという。

 ■秘書は「自分がやった」

 特捜部や関係者によると、秘書は「記載すべきだったが、自分の判断で書かなかった」と供述し、安倍氏との共謀を否定した。12月21日に取り調べた安倍氏も、補填や収支報告書への不記載などへの自身の関与を否定した。このため、特捜部は、安倍氏については「秘書との共謀を認める証拠はない」として嫌疑不十分で不起訴とする方針を固めた。秘書については起訴

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村山 治(むらやま・おさむ)

 徳島県出身。1973年、早稲田大学政経学部卒業後、毎日新聞社入社。大阪、東京社会部を経て91年、朝日新聞社入社。2017年11月、フリーランスに。この間、一貫して記者。
 金丸脱税事件(1993年)、ゼネコン事件(93、94年)、大蔵汚職事件(98年)、日本歯科医師連盟の政治献金事件(2004年)などバブル崩壊以降の政界事件、大型経済事件の報道にかかわった。
 著書に「安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル」(文藝春秋)、「市場検察」(同)、「特捜検察vs.金融権力」(朝日新聞社)、「小沢一郎vs.特捜検察、20年戦争」(朝日新聞出版)、「検察: 破綻した捜査モデル」(新潮新書) 。共著に「ルポ 内部告発」(朝日新書)、「田中角栄を逮捕した男 吉永祐介と 特捜検察『栄光』の裏側」(朝日新聞出版)、「バブル経済事件の深層」(岩波新書)。

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