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西村あさひのリーガル・アウトルック

知的所有権は例外か、経済連携協定の注意点

 投資や貿易を円滑にするため、特定の国・地域との間でのみ特恵関係を結ぶことを可能とする「経済連携協定」(EPA)。実は、知的所有権については例外として特恵待遇を他の国にも及ぼす必要が生じかねない。企業や個人は、この違いを十分認識しておかないと、海外ビジネスなどで足をすくわれるおそれがある。外務省出向経験を持つ淀川詔子弁護士が問題点を解説する。

 

今後の経済連携協定交渉において我が国交渉当局に求められる視点
最恵国待遇の陥穽

西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
淀川 詔子

拡大淀川 詔子(よどがわ・のりこ)
 2003年弁護士登録。2002年東京大学法学部卒業、2010年ニューヨーク大学ロースクールLL.M修了。2011年ニューヨーク州弁護士登録。
 2007~2009年外務省経済局経済連携課出向、2010~2011年世界貿易機関(WTO)出向を経て、2011年5月よりエネルギー憲章事務局出向予定。

 ■ はじめに

 日本の経済連携戦略は他国に比べて後れを取っていると、よく指摘される。日本政府自らすら、そのように自認している(包括的経済連携に関する閣僚委員会「包括的経済連携に関する基本方針」)ところである。このような状況から脱却すべく、経済連携協定交渉を加速させる動きが進んでいるが、本稿では、その際に留意すべき点につき、特に最恵国待遇の観点から考えてみることにしたい。

 ■ 経済連携協定とは

 まず、前提として、経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)と自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)との違いを見ておく。日本政府は、自由貿易協定は、「関税の撤廃・引下げを中心とした、物およびサービスの貿易のみに関する協定」と位置付ける一方、経済連携協定については、「狭義の貿易にとどまらず、投資、知的財産、人の移動等を含めて当事国間の経済を幅広く捉え、その連携を図る協定」と位置付けている。

 もっとも、WTO協定には経済連携協定という用語は登場しない。WTO協定上は、日本が締結している経済連携協定も自由貿易協定も、すべて自由貿易地域(free-trade area)に分類されることとなる(貿易及び関税に関する一般協定(GATT)第24条8(b)。以下、「経済連携協定」には自由貿易協定を含むものとして論じる)。

 ■ 経済連携協定の意義

 それでは、以上のような意味での経済連携協定は、WTOの枠組みの下では、どのように位置付けられているのであろうか。

 WTO協定は、貿易に関する世界的な枠組みであり、これは物の貿易に関するGATTに加え、サービス、知的財産、補助金等、多くの分野に関する個別の協定から成り立っている。

 WTO加盟国・地域は153を数える。こうした加盟国・地域の多さは、WTO協定の改正交渉における合意成立を難しくしてしまう。このため、一部の加盟国・地域の間で貿易のさらなる自由化につき意向が一致する場合には、WTO協定全体の改正を目指すよりも、当該国・地域の間でのみ経済連携協定を締結する方が実効的であることから、WTO協定上もそのような協定の締結が認められている(GATT第24条5、サービスの貿易に関する一般協定(GATS)第5条)。すなわち、経済連携協定とは、いわばWTO加盟国・地域内の「一部有志」がWTO協定の内容を超えた貿易自由化の実現を図るものである。

 このような観点から、WTO協定上も、一部の加盟国間で経済連携協定が締結されることは許容されている。さらに、WTO協定は、単にそのような協定の締結を許容するだけでなく、その実効性を保護する観点から、経済連携協定締結国以外の国の「ただ乗り」を防止するため、経済連携協定を、WTO協定の原則である最恵国待遇義務の例外としている。最恵国待遇義務とは、関税率など通商上の取り扱いについて、あるWTO加盟国・地域に対して与える最も有利な待遇と同等のものを他のすべてのWTO加盟国・地域に対しても自動的に与える義務のことだ。

 従って、冒頭に述べたように経済連携協定のネットワーク拡大の波から取り残されると、我が国は、他国が経済連携協定によって受けることのできる特恵待遇を受けられないことになってしまう訳である。

 ■ TRIPS協定には例外規定なし

 ただし、経済連携協定を最恵国待遇の例外とすることは、上記のとおりGATTおよびGATSには規定されているが、これらと同じく最恵国待遇条項を有する知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)には、このような例外規定が存在しない。

 このため、TRIPS協定上は、経済連携協定を最恵国待遇の例外とする余地はなく、経済連携協定において相手国に与えた知的財産に関する特恵待遇は、すべてのWTO加盟国・地域に適用しなければならない、との解釈が成り立ち得る。

 しかしながら、ある規定の不存在は、それ単独で当該事項に関する解釈の決定的要素にはならない。また、GATTおよびGATSと異なり、TRIPS協定には経済連携協定の締結に関する明文規定が存在しないことも、考慮すべきである。そして、WTO協定は、そのすべてが世界貿易機関を設立するマラケシュ協定の不可分の一部を成すことからすれば、TRIPS協定に例外規定がなくとも、GATT第24条を適用し、あるいは同条をTRIPS協定解釈の文脈として用いることにより、経済連携協定において相手国に与えた知的財産に関する特恵待遇は、当該相手国以外の国に対して与えなくともよいとの解釈を導くことも、論理的には不可能ではないように思われる。

 もっとも、仮に後者のような解釈が成り立ち得るとしても、ある経済連携協定において相手国に与えた特恵待遇は、最恵国待遇条項を含む別の経済連携協定の相手国に対しても与えなければならないことには注意する必要がある。すなわち、日本がA国およびB国との間にそれぞれ別個の経済連携協定を締結しており、いずれの協定にも最恵国待遇条項がある場合には、「日本=A国経済連携協定」において日本がA国に与えた特恵待遇は、日本との間に経済連携協定を有しないC国に与える必要はないが、B国に対しては、「日本=B国経済連携協定」に規定された最恵国待遇条項に従って、付与する必要がある。

 ■ 日本がこれまでに締結した経済連携協定

 日本がこれまでに締結した経済連携協定に含まれる最恵国待遇条項は、以下のとおりである。

○ 日墨(メキシコ)経済連携協定:投資章(第59条)、サービス章(第99条)
○ 日馬(マレーシア)経済連携協定:投資章(第76条)、サービス章(第101条)、知的財産章(第115条)
○ 日比経済連携協定:投資章(第90条)、サービス章(第76条)
○ 日智(チリ)経済連携協定:投資章(第74条)、サービス章(第108条)
○ 日泰(タイ)経済連携協定:投資章(第96条)、サービス章(第79条)、知的財産章(第125条)
○ 日文(ブルネイ)経済連携協定:投資章(第58条)、サービス章(第79条)
○ 日尼(インドネシア)経済連携協定:投資章(第60条)、サービス章(第82条)、知的財産章(第108条)
○ 日越経済連携協定:サービス章(第63条)、知的財産章(第82条)
○ 日瑞(スイス)自由貿易経済連携協定:投資章(第88条)、サービス章(第45条)、知的財産章(第109条)
○ 日印包括的経済連携協定:投資章(第86条)、サービス章(第63条)

 上記のような規定の状況を踏まえ、我が国が、今後の経済連携協定の交渉に際して留意すべき点につき、以下で検討する。

 ■ 今後の経済連携協定交渉の留意点

(1) 他の経済連携協定相手国との関係

 前述のとおり、ある経済連携協定に基づき相手国に与えた特恵待遇は、最恵国待遇条項を含む他の経済連携協定の相手国にも付与しなければならない。

 もっとも、開発途上国が、自国が日本と締結した経済連携協定よりも高度な内容を規定する、我が国が他国と締結している経済連携協定の内容を、自国に対しても適用するよう求めてくる可能性は、おそらく低いであろう。

 開発途上国と日本との間の経済連携協定に規定された内容の充実度が低い場合、その原因は、往々にして、当該途上国がより高度な内容を国内的に実施できないことである。そうである以上、当該途上国としては、我が国が他国と締結している経済連携協定の内容について、最恵国待遇条項に基づき、自国に対しても適用を求める理由がないのだ。

 これに対して、先進国の場合には、事情が異なることが多いと考えられる。先進国の場合には、我が国が他国と締結している経済連携協定の内容を自国に対しても適用するよう求めることの支障となるような事情は、特に存在しないことが多いと思われるからだ。

 もっとも、日本が既に締結した経済連携協定の相手国のうち唯一の先進国はスイスであるが、現時点で、スイスが最恵国待遇条項を通じて日本と他国との間の経済連携協定の内容の適用を求めてくる可能性は低いであろう。

 スイスは日本との経済連携協定の交渉中、既に公開されていた日本と他国との間の経済連携協定の内容を研究していたはずである。スイスにも適用されることを望む内容がこれら協定の中にあったとすれば、当該内容を、日瑞自由貿易経済連携協定に入れるよう、当然要求していたに相違ないからである。にもかかわらず、そうした内容が入っていないとすれば、それはスイスとしても既に了解済みのはずであり、改めて今後その問題を蒸し返してくるとは思われない。

 もっとも、日本=スイス間の交渉が大筋合意に至った時点では内容が公開されていなかった日越経済連携協定や、日瑞自由貿易経済連携協定よりも後に署名された日印包括的経済連携協定に関しては、若干事情が異なる。しかしながら、日瑞自由貿易経済連携協定が日本にとって初めての先進国との経済連携協定であり、従前の経済連携協定よりも高度な内容を多く含むことからすれば、上記2つの経済連携協定の中に、スイスにとって日瑞自由貿易経済連携協定よりも有利な内容が含まれているとはあまり考えられない。

 この点、具体的にこれら協定の内容を見てみると、まず、サービス章に関しては、補助金に関する日印経済連携協定第70条、ならびに資格、技術上の基準及び免許に関する日越経済連携協定第65条に相当する規定が、日瑞自由貿易経済連携協定には存在しない。

 しかしながら、前者は協議規定に過ぎず、スイスにとっては、そもそもWTOの補助金及び相殺措置に関する協定第30条を通じて協議が可能である以上、敢えて日印経済連携協定第70条所定の内容を自国との関係でも適用するように求めるメリットはないと思われる。

 また、後者は、形式的には双務規定であるが、実質的には日本がベトナムの制度運用に対する懸念を解消することを目的とした規定であると推測されるところ、スイスが、同様の懸念を日本の制度運用に対して持っているとは考えにくい。

 次に、投資章に関しては、裁判所の裁判を受ける権利に関する日印包括的経済連携協定第88条、ならびに特別な手続及び情報の要求に関する同協定第91条に相当する規定が、日瑞自由貿易経済連携協定には存在しない。

 しかしながら、前者は、内国民待遇および最恵国待遇の義務が裁判所の裁判を受ける権利にも及ぶことを確認的に規定したものに過ぎない。日瑞自由貿易経済連携協定にも内国民待遇および最恵国待遇の規定がある以上、スイスにとって日印包括的経済連携協定の内容の方が有利という訳ではない。

 他方、後者は、特別な手続に関しては、投資章に基づく投資保護を実質的に害さない限り当該手続を制定できるという規定であり、スイスが、日本は投資保護を実質的に害するような特別の手続を規定しかねないと懸念していない限り、あくまでも確認的規定であると理解されるだろう。情報の要求に関しても、投資財産についての情報を参考または統計収集のために要求できるとの規定であって、通常は日本の投資家が任意に情報収集に協力すると予想される。そのため、スイスが敢えて日印経済連携協定所定の内容を自国との関係でも適用するように求めるとは考えにくい。

 知的財産章に関しては、日瑞自由貿易経済連携協定における同章は、そもそも日印・日越両経済連携協定よりも高度かつ詳細な内容になっており、スイスにとってこれら両協定の内容の方が日瑞自由貿易経済連携協定の内容よりも有利であるとは考えにくい。

 もっとも、今後、我が国が他の先進国との間で経済連携協定を締結した際には、スイスが我が国に対して最恵国待遇を求めてくる可能性はある。例えば、現在交渉中の我が国とオーストラリアとの間の経済連携協定が締結された場合、同協定の内容と日瑞自由貿易経済連携協定の内容とを比較し、スイスが、自国が締結した経済連携協定よりも高度な内容を日豪経済連携協定の中に発見して、その適用を求めてくる可能性は否定できない。

 また、仮に政府が自ら要求をしてこなくても、投資章に規定される「国対投資家」の紛争解決手続を利用するスイス(またはオーストラリア)の投資家が、両協定の内容を比較して、一方の手続規定が他方よりも有利な場合には、その適用を求めてくる可能性もある。日本が締結しているものではないが、他国が締結している二国間投資協定に関しては、実際にそうした事例が生じている。

 スイスおよびオーストラリア以外にも、既に共同研究の開始が合意されたカナダを含め、今後の経済連携協定相手国には先進国が増えてくることが予想される。経済連携協定の交渉に当たって、我が国の交渉当局としては、当該協定の内容の適用を他の経済連携協定相手国から求められても問題ないか否かを十分考慮することが求められる。

(2) 経済連携協定を締結していない国との関係

 前述のとおり、知的財産章における最恵国待遇条項に関しては、同条項を介し、日本が経済連携協定を締結していないWTO加盟国・地域に対しても経済連携協定上の特恵待遇を与えなければならないとの解釈が、理論的には成り立ち得ない訳ではない。

 もっとも、これまでの日本の経済連携協定の知的財産章において規定され

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