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西村あさひのリーガル・アウトルック

日本企業が台湾証券取引所に預託証券を上場、その経験から

江畠 秀樹(えばた・ひでき)

 日本企業のアジア各国・地域の証券取引所への上場が盛んになってきた。ただ、国や地域によって上場ルールは、微妙に異なり、日本の感覚で上場実務を行うと支障を来す恐れもある。日本企業として初めて台湾証券取引所に預託証券を上場した半導体DRAMメーカー、エルピーダメモリの日本法カウンセルを務めた江畠秀樹弁護士が、上場のポイントとなった台湾方式のブックビルディング(投資家からの需要見込みを積み上げて預託証券などの販売価格を決める)の問題点と対応策を解説する。

日本企業による台湾証券取引所へのTDR上場に際しての問題点

西村あさひ法律事務所
弁護士・NY州弁護士 江畠 秀樹

拡大江畠 秀樹(えばた・ひでき)
 弁護士。1991年中央大学法学部法律学科卒業。1993年弁護士登録。1999年ニューヨーク大学(LL.M)修了。1999年から2000年までロンドンのリンクレーターズ法律事務所に勤務。2004年から2006年まで中央大学法科大学院で講師(企業金融)を務める。

 ■ はじめに

 今年2月に、東証一部上場企業である株式会社エルピーダが台湾預託証券(Taiwan Depositary Receipt。以下「TDR」という)を日本企業として初めて台湾証券取引所に上場した。筆者は本件に日本法カウンセルとして関与した立場から、本稿において、日本企業がTDRを台湾において上場・募集する際に検討が必要となるいくつかのポイントについて取り上げていきたい。

 ■ 台湾預託証券について

(1)預託証券とは?

 預託証券(又は預託証書)とは、例えば日本企業の株式を、日本国外の投資家の間で流通させる場合に発行される、当該企業の株式を表示する証券のことである。株券の表面には法律上要求されている事項やその他一定の事項が日本語により記載されているが、日本国外の投資家はそのような記載の意味を理解することは通常困難である。また、海外で流通させるために多くの株券を日本国外へ運ぶことは、安全面や多大なコストが必要となるため現実的ではない。そのため、日本企業が株券を海外で発行したり流通させる場合は、株券自体は一旦、日本国外の金融機関(=預託機関)に預託し(実際は、当該金融機関から委託を受けた日本国内の金融機関が預託機関のために保管業務を行うため、株券を国外へ運び出す必要はない)、この預託機関が、預託を受けた株券を裏付けとして当該国・地域内の投資家向けの証券である預託証券を発行し、当該域内で流通させる。このような預託証券が台湾で発行・流通される場合には、台湾の頭文字をとってTDRと呼ばれる。預託証券の制度は様々な国・地域で利用されており、それぞれの頭文字をとって米国ではADR、日本ではJDRなどと呼ばれ、それぞれ当該域外の発行体により利用され、当該域内で発行・流通されている(もっとも、株式を裏付けとしたJDRの発行事例は、現在までのところ存在しない)。

(2)なぜ預託証券を上場させるのか?

 現在、日本では上場企業では株券は発行されず、証券保管振替機構(ほふり)の制度にしたがった電子記録によって株式の権利の得喪や移転が決定されるペーパーレス制度が採用されている。したがって、上記の預託証券制度が考え出された当時のような他国における券面の流通に伴う様々な障害は解消されているものの、多くの国でペーパーレスとなった株式や預託証券の決済制度が地域ごとで統一されていないため、異なる決済制度の橋渡しを行う必要性がある。このような理由から、現在でも海外上場を行う際には広く預託証券制度が用いられている。

 ■ 預託証券発行と金商法上の開示手続

 日本企業が台湾でTDRを発行する際には、わが国において、金融商品取引法(以下「金商法」という)に従った開示書類を、以下のとおり提出する必要がある。

 なお、新たに発行される株式を裏付けとするTDRを発行する場合には、TDRのほかに株式(いわゆる原株)に関する開示を行う必要がある。以下、それぞれについて分けて解説する。

 (A)TDRについて

(1) 預託証券の金商法上の位置づけ

 金商法上、預託証券は「有価証券」とされており(法2条1項20号)、また、預託証券の発行者は預託機関ではなく、預託証券が表示している株式の発行会社であるとされている(定義府令14条2項5号)。一方で、金商法では、券面が発行されない預託証券は「有価証券」には該当しないものとされている(金商法2条2項柱書参照)。この点、TDRは、一般的には券面は発行されておらず、ペーパーレスの形で取引がなされているが、TDRの場合でも、一定の例外的な場合には券面が発行される余地が残されていることや、投資家保護の観点から、実務的には、有価証券として(ないし有価証券に準じて)、敢えてわが国において金商法の下で臨時報告書を提出するという取扱いがなされている。

(2) 海外における50名以上を相手方とする募集

 上場会社である日本企業が、台湾への上場を行うためにTDRを台湾で募集する場合は、50名以上を相手方とする有価証券の募集を本邦「以外」の地域で行う場合に該当するため、わが国において臨時報告書を提出することが必要となる(企業開示府令19条2項1号)。

(3) 海外における50名未満を相手方とする募集

 さらに、台湾独自の制度として、TDRを一般に公募する場合は、その一部を財団法人証券投資人及期貨交易人保護中心(Securities and Future Investors Protection Center。以下「SFIPC」という)が引き受けることが必要とされている。これは、少数株主権の行使による投資家保護を目的としたもので、SFICPは上場廃止になるまでその取得分を処分することができない。このように、台湾におけるTDRの販売は、公募の要素だけでなく、特定者への割当てという要素も含んでいる。したがって、TDRの台湾における募集については、金商法上、50名以上を対象とする募集に加えて、本邦以外の地域において行われる50名未満の者を相手方とする募集(企業開示府令19条2項2号)の要素も同時に含まれるものとして取り扱われることに注意する必要がある。

 近時、金商法では特定者への割当てが悪用されることにより既存株主に悪影響を与える事例が増えたことを理由に、いわゆる「第三者割当て」に該当する場合は、割当てを受ける者が反社会的勢力と関係を有していないことといった、被割当者に関する情報が要求されているほか、開示が行われた割当ての成否が不安定であると一般投資家が不利益を被るため、払込資金の出所の情報などを始めとして、厳格な情報開示を行うことが要求されている。

 しかしながら、TDRとの関係では、企業開示府令に定められた「第三者割当て」の定義(同府令19条2項2号ヲ)には預託証券の割当ては含まれていないため、SFICPへの割当てについては、上記のような「第三者割当て」に適用される厳格な情報開示は適用されないものとされている。

 (B)株式について

 通常、海外に所在する預託機関に預託する株式に(金庫株ではなく)新株を充てる場合には、本邦以外の地域において行われる50名未満の者を相手方とする募集に該当するため、(TDRとは別個の有価証券として取り扱われる)株券についての臨時報告書の提出が必要となる。さらに、上記の募集は、株式を、預託機関という特定の者に割り当てていることから、金商法上の「第三者割当て」に該当するため、上記(A)で見たような、台湾の預託機関が反社会的勢力と関係を有していないことなどを始めとした厳格な情報開示が必要となる。

 ■ 払込金額の決定方法について

 (A)会社法の定め

 TDR及びその裏付けとなる株式(原株)の発行価額(なお、会社法上は払込金額という用語が使用されている)の決定方法について検討する前に、まず、この点に関する会社法の規定を概観する。

 まず、募集株式の募集を行うに際して、会社法上「公開会社」(同法2条5号。いわゆる上場会社ではなく、株式に譲渡制限が付されていない会社と考えればよい)に該当する発行会社は、払込期日の2週間前までに、株主に対し募集事項(会社法199条2項、1項)を通知又は公告しなければならないものとされている。そして、その募集事項においては、募集株式の(1)「払込金額」又は(2)その「算定方法」について定めるのが原則であるが(会社法199条1項2号)、市場価格のある株式を引き受ける者の募集をするときには、上記に代えて、(3)「公正な価額による払込みを実現するために適当な払込金額の決定の方法」を定めることができるとされている(会社法201条2項)。つまり、特定の払込金額又はその算定方法を決定せずとも、上記の(3)「公正な価額による払込みを実現するために適当な払込金額の決定の方法」(以下「公正な価額決定方法」という)により払込金額が定められるのであれば、具体的な払込金額が決定される「前」に、有効な募集事項の通知又は公告を行うことができることになる。

 (B)台湾ブックビルディングとわが国会社法との関係

(1) 問題の所在

 TDR(及びその裏付けとなる株式)の発行価額は、台湾の規則および市場慣行に従ったブックビルディング方式(台湾ブックビルディング)を利用して決定されることになっている。ブックビルディング方式とは、予め一定の幅を持って定めた発行価額についての仮条件をもとに、投資家候補からの需要を「積み上げて」いき、これをもとに最終的な価額を決定するプロセスのことをいう。

 前記(A)のわが国会社法の規定との関係では、日本国内で行われる公募において通常使用されている、日本証券業協会の規則に則ったブックビルディング方式(国内ブックビルディング)は、一般に、「公正な価額決定方法」に該当するものと考えられているが、TDRの募集に際してなされる募集株式に関する募集事項の公告時期との関係では、台湾ブックビルディングによる株式の発行価額の決定が、上記(A)の(3)の「公正な価額決定方法」に該当し、国内ブックビルディングを行う場合と同様の取扱いができるのかが、発行スケジュールとの関係で問題となる。

 この点、「公正な価額決定方法」を規定している会社法201条2項は、特定のブックビルディング方式のみを対象として限定しているわけではなく、国内ブックビルディングと実質的に変わらない決定方法と考えられる限り、このような払込金額の決定方法も公正な価額の決定方法に該当するものと考えられている。従って、問題は、台湾ブックビルディングが国内ブックビルディングと「実質的に変わらない決定方法」と考えられるか否かに帰着することになる。

(2) 国内ブックビルディングと台湾ブックビルディングの相違点とその評価

 この点、台湾ブックビルディングについては、一般に、需要の調査や記録の保存などの点について、国内ブックビルディングと類似した方法により執り行われているといわれている。

 もっとも、台湾ブックビルディングは、募集の仮条件を、発行決議日に近接した日の株価を基準とした上限と下限との差異が25%となるような「絶対額によるレンジ幅」で設定する点で、募集の仮条件を条件決定日の株価の0.9~1.0という「割合によるレンジ幅」により定める国内ブックビルディングとは異なっている。

 それ故、台湾ブックビルディングが国内ブックビルディングと「実質的に変わらない決定方法」と考え得るかは、この点をどのように評価するかにかかってくることになる。

 それでは、上記の差異は、実際上、台湾ブックビルディングと国内ブックビルディングとの間にどのような違いをもたらすのであろうか。

 違いの第一は、国内ブックビルディングでは、発行決議日から発行条件決定日までの期間(約10日前後)における株価動向を、最終的に決定される発行価額に直接反映できるのに対し、台湾ブックビルディングでは、仮条件のレンジが絶対額で、かつ、発行決議日に近い日の株価を基準に定められるため、発行決議日から発行条件決定日までの株価の変動を最終的に決定される発行価額に反映することができない点である。違いの第二は、台湾ブックビルディングでは、上記のとおり、仮条件が、発行決議日に近い日の時点の株価を基準とした25%の絶対額のレンジで定められるため、ブックビルディングの結果と株価の動向次第では、それにより定められる発行価額が、条件決定日の株価の90%を下回る可能性もある(例えば、株価が一定(=100)だったとすると、国内ブックビルディングの場合の最小の価額は90となるが、台湾ブックビルディングに従うと、当該最小価額は90を下回り75となる可能性がある)点である。

 これらの違いに鑑みると、台湾ブックビルディングによる払込金額の決定方法は、国内ブックビルディングを用いた場合と同一視することはできず、会社法201条2項の「公正な価額決定方法」を定めるために重要とされる点について相違があるといわざるを得ないように思われる。

 従って、結論的に、台湾ブックビルディングによる払込金額の決定方法は、上記(3)の「公正な価額決定方法」には該当しないと解する方が無難である。そうすると、国内ブックビルディングによって払込金額を決定する場合とは発行スケジュールが変わってきてしまい、実務上、様々な問題が生じてくる可能性がある。

(3) 問題のソリューション

 それでは、この問題を解決するにはどのようなソリューションが考えられるであろうか。この点、エルピーダのケースでは、募集事項の公告について、上記(A)の(3)の「公正な価額決定方法」を用いた場合と同じスケジュールとするために、払込金額を上記(A)の(2)の「算定方式」(例えば、「発行条件決定日の株価の95%」など)により決定する方法(会社法199条1項2号)が採用され、これによって、公告の起算点の問題を解決した。

 上記(2)の算定方式を使用する場合は、事前に取締役会決議で客観的・一義的に払込金額が算定できるような基準を示すことが必要となるため、その分、発行条件の決定には一定の制約が加わることとなるが、台湾ブックビルディング方式を用いることが台湾において実務上必要である一方で、発行スケジュールとの関係では国内ブックビルディングによって払込金額を決定する場合と同様のスケジュールに従うことが実務上望ましいことに鑑みると、結論的には、現時点では、上記のような形で、上記(2)の算定方式を利用して払込金額を決定する方法に依らざるを得ないように思われる。

 ■ 結語

 以上、日本企業による初の

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江畠 秀樹(えばた・ひでき)

 村あさひ法律事務所パートナー。1991年中央大学法学部法律学科卒業。1993年弁護士登録(司法修習45期)。1999年ニューヨーク大学(LL.M)修了。1999年から2000年までロンドンのリンクレーターズ法律事務所に勤務。2000年ニューヨーク州弁護士登録。2004年から2006年まで中央大学法科大学院で講師(企業金融)を務める。主な業務分野は、キャピタル・マーケット案件(株式/社債等)、金融商品取引法、国際取引案件全般。

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