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西村あさひのリーガル・アウトルック

保険加入のコツ:判例に見る保険会社の説明義務

 火事で焼けたのだから、火災保険がおりるだろう――。阪神大震災の被災地で少なくない人たちがそう考えた。しかし、実は損害保険会社の火災保険の約款には地震免責条項という規定があった。「当会社は、地震によって生じた損害には保険金を支払いません」と書かれてあった。多くの訴訟が起こされ、保険会社の説明義務をめぐって裁判所の判断は分かれ、最高裁まで争われた。損害保険に加入しようとするときに何に注意すればいいのか、あるいは、保険会社は何を説明しなければならないのか、西村あさひ法律事務所の武田涼子弁護士が最近の判例や政策立案の最新動向を踏まえて解説する。(ここまでの文責はAJ編集部)

 

保険会社はどこまで説明することが求められているか
- 地震保険に関する裁判例から考える

西村あさひ法律事務所
弁護士 武田 涼子

拡大武田 涼子(たけだ・りょうこ)
 1993年東京大学法学部卒業、1998年弁護士登録。2004年ロンドン大学法学部修士課程(LL.M.)修了、2005年パリ第二大学大学院法学部の仏国・欧州及び国際ビジネス法(LL.M.)及び同法学修士課程(D.S.U.)留学。主に銀行・保険会社に係るM&A案件や破綻案件、金融機関や一般企業の企業法務全般、危機管理対応、保険業法に関するコンプライアンスなどを担当。

 ■ はじめに

 今般の震災を機に、損害保険への加入やその内容の見直しを図る動きが高まっているようである。ただ、損害保険等への加入時に、保険契約を申し込む者が保険会社にその保険商品の説明を尽くさせることは少なく、実際には、保険金を請求する際になって初めて保険会社に説明を求め、保険加入当初に想定していた保険によるカバーが及んでいなかったと"発見"することが、ままあるようである。

 しかしながら、いざ事が起こってから保険会社に説明を求め、保険契約者側で当初考えていた保険カバーとは違っていた、というのでは、「事故が起こると役に立たない」と保険への不満が募るばかりであろう。他方、保険会社の側でも、昨今、変額保険における保険者の説明義務に係る判例や、また宅地建物取引の説明義務違反による損害賠償請求を認める判例が出されていることから、説明義務の範囲が拡大されているのではないかとも指摘されており、そのような状況の中で、どこまで説明すれば説明責任が果たされたといえるのかに関し、保険業法に定められる募集規制を遵守していれば足りるのか等について、一部では迷いが生じているようである。

 そこで、本稿では、損害保険に付保する際に、「契約しようとする者はどこに注意すれば良いのか」、逆に保険会社にとっては、「保険商品の内容につき、どこまで説明していれば足りるのか」という点について、裁判例の状況を踏まえ、保険加入時における保険会社の説明義務という観点から解説することとしたい。

 ■ 保険会社の説明義務を規定する個別法

 保険会社には、保険募集時の行為規制として、様々な説明義務が個別法で定められている。まず始めに、それらの主な内容を概観してみよう。

 そもそも、保険業法では、保険契約の内容のうち重要な事項について、書面により説明する等の義務が保険会社に課されている。保険契約者が契約前に保険会社から重要事項説明書の交付を受けるのは、かかる義務の定めに基づいている。また、保険業法では、募集時に保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為などが禁じられており、そのような禁止行為に違反した者に対しては刑事罰が科せられることがあるとされている。

 このように、「保険契約のうち重要な事項」は、この説明義務の内容を画するという意味で規制上重要な概念であるが、その意味は、一般に「保険契約者が保険契約の締結の際に合理的な判断をなすために必要とされる事項」であるとされている。しかしながら、具体的にどのような事項がそれに該当するかは、保険の種類や保険契約者側の意思などの個別の状況にも依存する。

 もっとも、保険会社が保険業法に規定される保険募集時の行為規制に違反しても、それは行政法規の違反に過ぎず、契約者との間の保険契約の私法上の効力に直接影響が及ぶものではない。また、保険業法では、このような保険会社による保険募集時の行為規制違反について、契約者から保険会社に対して、直接、権利行使ができるものとはされていない。従って、そのような違反は、保険会社が不法行為を行なったといえるか、又は保険会社に契約締結上の過失があるかを判断するに際して重要なファクターとなるとは考えられるものの、当該違反が(私法上の)不法行為等として損害賠償請求の根拠となり得るかは、結局のところ、民法の原則に立ち戻って、当該違反行為が不法行為等と評価できる程度のものか否かという観点から判断されることになる。

 これに対して、金融商品の販売等に関する法律では、同法に規定する説明義務違反がある場合には、契約者は、直接同法を根拠として損害賠償を請求することができる(同法5条)ものとされている。そして、保険会社との間の保険契約の締結は金融商品の販売に当たることから同法が適用され得るところ、同法に基づく説明義務は、市場リスクや信用リスクによる元本欠損のおそれや当初元本を上回る損失が生ずるおそれ等の一定の限定された重要事項を対象とする(同法3条)ことから、保険については、変額保険等の場合に限定される。

 一方、金融商品取引法(以下「金商法」)では、金融商品取引業者等は、契約を締結する際、契約締結前書面の交付のみならず、顧客の属性に応じて、顧客が理解するために必要な方法及び程度による説明を行うことが原則として求められており、保険商品については、投資性の強い保険契約についてのみ、「顧客の知識、経験、財産の状況」及び「契約を締結する目的」に適合する勧誘を行うべきといういわゆる広義の適合性の原則の規定(金商法40条1号)が準用されている(保険業法300条の2)。そのため、保険会社にはその範囲内で上記の金商法上の説明義務が課せられているに過ぎない。

 因みに、このような適合性の原則につき、保険業法では、当該原則に係る社内規則等の制定や社内体制の整備を保険会社の義務とする旨の定めはあるものの、上述した投資性の強い保険商品を除き、保険の募集に当たって、適合性の原則に従った説明をすることが法令によって一般的に保険会社に義務づけられている訳ではない。その点で、顧客に対して誠実義務を負う保険仲立人が、その顧客に最も適合的な保険を推奨する義務を負わされていることとは、法令上の取扱いに違いがある。

 なお、保険契約が消費者契約(消費者と保険会社との間で締結される契約)に該当する場合には、消費者契約法において、事業者である保険会社に対して、契約の内容について消費者の理解を深めるために必要な情報提供の努力義務が課せられている。また、保険会社が重要事項の説明義務に違反して消費者を誤認せしめた場合や行為規制に違反する場合における消費者による取消権が定められている(同法4条)ため、間接的に、保険会社が重要事項の説明義務を負うことが定められているといえる。ここでの「重要事項」とは、消費者契約の内容・取引条件で、契約を締結するか否かについての消費者の判断に通常影響を及ぼすべきものとされている。

 ■ その他の事項についての保険会社の説明義務の根拠

 では、個別法の規定する重要事項以外の事由について、保険会社は説明義務を負わないのであろうか。

 この点、裁判例では、保険会社には、情報提供や説明をすべき信義則上の義務があるものと判示したものがある。例えば、火災保険契約の締結に当たり、地震保険に関する事項(地震保険の内容及び同保険に加入しないという意思確認欄への押印により、地震保険が附帯されないという法律効果が生じること)が説明されていなかったため、地震保険契約の申込みという自己決定の機会を失わせたことについての精神的苦痛を損害として、その慰謝料請求を認めた大阪高裁の事例である(大阪高判平成13・10・31判時1782号124頁、裁判所ウェブサイトへのリンクはhttp://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=2366&hanreiKbn=04)。

 もっとも、その上告審である最高裁(最判平成15・12・9民集57巻11号1887頁、裁判所ウェブサイトへのリンクはhttp://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52358&hanreiKbn=02)では、地震保険契約の申込みのような意思決定は財産的利益に関するものであることに鑑みて、「この意思決定に関し、仮に保険会社側からの情報の提供や説明に何らかの不十分、不適切な点があったとしても、特段の事情が存しない限り、これをもって慰謝料請求権の発生を是認し得る違法行為と評価することはできないものというべきである」として、[1]実際には地震保険に関する情報が提供されていたこと、[2]提供された情報をこの保険の申込者が実際に理解していたこと、[3]保険会社が地震保険に関する情報を隠匿していたわけではないこと、といった事由を認定して、特段の事情が存せず、慰謝料請求は認められないものと判示した。しかしながら、上記のような具体的な判示内容を前提とすると、「特段の事情」がある場合には例外があり得ることもまた、最高裁によって認められているといえる。即ち、この最高裁判決は、保険会社による説明が不十分又は不適切であった場合に、「特段の事情」が存在するような場合であれば、保険契約の申込みに係る意思決定の機会を喪失させた点につき保険会社が信義則上の責任を負うことを、一般論として否定していないものと解される。従って、例えば、火災保険契約において地震免責条項が定められているとしても、原則として保険会社がその点について個別に口頭でも説明する義務を負うものではないと考えられてはいるが、大震災に直面して、次の地震では火災保険契約でのカバーを得たいという個別の顧客からの意向を知りながら、地震免責条項によって通常の火災保険契約では保険のカバーが効かないという点を保険会社が説明しなかったような場合には、当該保険会社は、信義則上の説明義務を負っているものとされ、それに基づく責任を負うものとされる可能性があると思われる。

 なお、上記の最高裁の判示や、保険商品の特質やその販売態様の特性等に鑑みると、保険会社が保険契約を締結しようとする相手方(以下「申込者」)に対して信義則上負うべき説明義務は、前述した各個別法に規定される重要事項にとどまらないものと考えられる。そもそも信義則は、契約当事者間においては、相手方から一般に期待される信頼を裏切ることのないよう、誠意をもって行動すべきとする原則であり、当事者間の衡平をもって、私的自治を十分に機能させ、それによって当該契約の有する社会的利益を確保することを目的としている。そして、保険商品は、保険事故が生じた際には保険金を給付するという約束が約款に記載されているものの、加入時に約款が確認されることでその内容が把握されることは実態として少ない(保険事故が生じ、保険金の請求にあたってそのカバー範囲が認識されることが多い)という特質があり、更に、その約款も比較的複雑で、その内容につき保険会社と申込者との間には通常大きな情報格差が存在する。加えて、その販売の態様も、保険加入の必要性を感じていない人に対してもその必要性を喚起することによって販売が行われることが多いという特性がある。従って、保険契約の締結時に、その契約の内容につき保険会社と申込者との間に大きな情報格差が存しているものであれば、保険会社としては、その約款を丁寧に申込者に説明することによって適正な範囲の需要を喚起することこそが、当事者間の衡平に適う(その結果として社会的利益も確保される)といえよう。

 それ故、保険会社に信義則に基づく説明義務が発生するか否かは、以上の点を踏まえて、当事者間の知識・情報格差、当事者の合理的意思、当事者の受ける効果及びその取引の社会的意味という諸要素を総合的に検討して、具体的取引を前提に、当事者間の衡平の観点から判断されるべきである。

 因みに、財産的利益の侵害に関する決定の機会を失わせたことについて、一定の場合に慰謝料の請求を認めた最高裁の裁判例も存する(最判平成16・11・18民集58巻8号225頁、裁判所ウェブサイトへのリンクはhttp://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=52409&hanreiKbn=02)。当該事案では、公団住宅の建替えに伴う現入居者による優先購入の意思決定に際して、価格の適否を検討する上で重要な事実につき事業者が説明しなかったことをもって、信義誠実の原則に著しく違反するものとして慰謝料請求権の発生を是認し得る違法行為であると評価された。

 このような判例にも鑑みると、保険会社による説明義務違反によって、財産的利益に関する意思決定の機会が侵害された場合であっても、「特段の事情」が存する場合には、その説明義務違反に基づく責任の発生が是認される場合があり得るものといえる。保険会社としては、この点に十分注意すべきであろう。

 ■ 結びにかえて-保険加入時に必要なことと関連する民法改正の動き

 従前の裁判例に鑑みても、信義則を根拠として直ちに保険会社の一般的な説明義務が拡大されるものではないと考えられる。しかしながら、当事者間の具体的な事情によっては、個別的に説明が必要であったとされる場合は広がり得る。即ち、申込者が、保険に加入しようとする際に、どのようなリスクがあると分析していて、そのうちどの範囲で保険による填補を希望しているかという点につき、保険会社に情報を伝えれば伝えるほど、保険会社としても、当該保険会社が販売しようとしている保険商品がそのようなニーズに適合するカバーを有しているかにつき、一定程度の説明が必要となると解される。

 従って、保険に加入しようとしている顧客としては、保険契約を申し込む際に、当該契約締結の是非等に関して合理的な判断をなすために必要とされる事項の全てにつき、保険会社に対して説明を求めることが望ましい。具体的には、自己の具体的なリスク状況を分析の上、どの範囲まで保険によるカバーが必要と考えているのかという点を詳細に保険会社に伝え、保険会社をしてそれに対応させるべきであろう。加えて、リスク分析とカバーの必要性について伝えた内容と保険会社から説明のあった内容とを

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