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西村あさひのリーガル・アウトルック

米国の外国口座税務コンプライアンス(FATCA)法で日本に負担?

伊藤 剛志(いとう・つよし)

 米課税当局が米国外の金融機関に税務調査の一部を担わせる米FATCA法。2013年に施行予定だが、公表案通りに施行されると、日本の金融機関の人的・物的コスト負担は莫大なものとなると予想されている。調査協力自体が日本の個人情報保護法に抵触する恐れも指摘される中、日本側のアクションは、業界団体が米当局に意見具申するにとどまる。伊藤剛志弁護士は、同法案の問題点を詳細に分析したうえで、速やかに、官民連携して米当局と折衝すべきだと訴える。

 

日本の金融機関に重大な影響を与える米国FATCA法

西村あさひ法律事務所
弁護士・NY州弁護士 伊藤 剛志

 ■ はじめに

伊藤剛志弁護士拡大伊藤 剛志(いとう・つよし)
 弁護士。1999年東京大学法学部卒。司法修習(第53期)を経て、2000年に弁護士登録。2007年ニューヨーク大学ロースクール(LL.M.)修了(Arthur T. Vanderbilt奨学生)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。現在、西村あさひ法律事務所・名古屋事務所代表。金融取引および税務を中心に担当。レポ取引に係る源泉徴収税を巡る税務訴訟を始め、様々な税務調査・税務争訟に関与・助言している。

 米国FATCA法とは、米国の連邦法である外国口座税務コンプライアンス法(Foreign Account Tax Compliance Act)のことである。「FATCA」と呼ばれることも多い。日本のマスコミなどでは大きく取り上げられることが少ないが、米国FATCA法は、いわば、米国税収の確保のために、(日本の金融機関を含む)米国外の金融機関に対して米国課税当局が行うべき税務調査事務の一部を行わせようとするものである。現在、米国課税当局が公表している案がそのまま施行されれば、多くの米国外の金融機関が米国の税収確保のために多大な事務負担を負うことになりかねない内容となっている。米国FATCA法の施行は2013年1月が予定されている。

 現在、わが国でも、全国銀行協会・日本証券業協会・生命保険協会・日本損害保険協会などの金融関係の各民間業界団体がパブリック・コメントを提出し米国課税当局へ積極的な働きかけを行っているようであるが、欧州諸外国は政府が米国課税当局に直接に交渉をしているようであり、日本も民間団体のみならず日本政府も参加して米国課税当局と交渉することが望まれる。残された時間は多くはない。

 米国FATCA法は、2010年3月18日に米国の2010年追加雇用対策法(The Hiring Incentive to Restore Employment Act)の一部として成立した。米国FATCA法は、米国人富裕層が国外資産・国外所得に係る申告・納税を適切に行っていないのではないかとの認識の下、追加雇用対策法に基づく税制優遇措置による歳出を賄うために、米国人及び米国事業体の国外資産に係る報告義務などを強化することにより、米国税収の増加を目指している。

 米国FATCA法には13の規則が規定されているが、日本の金融実務に最も大きな影響を与えるのは、米国の1986年内国歳入法(The Internal Revenue Code of 1986)に第4章(特定の外国口座に関する報告を実行させるための課税:Tax to Enforce Reporting on Certain Foreign Account)を新設する規則である。一般的にはその影響の大きさから、かかる規則を「米国FATCA法」などと言及していることが多く、本稿でも、米国FATCA法は、かかる規則を意味するものとご理解頂きたい。この規則は、一言でいえば、米国外の金融機関に対する一定の支払について源泉徴収の対象とするとともに、米国外金融機関が米国課税当局と米国FATCA法に従った契約(「FFI契約」と呼ばれる)を締結することを条件に、源泉徴収を免除するというものである。米国FATCA法は、新たな源泉徴収制度とFFI契約を通じて、米国外金融機関に米国FATCA法に定める義務を遵守させようとしているのである。

 ■ 米国FATCA法の仕組み

 米国連邦法は、米国市民・居住者外国人及び米国法人について、その全世界所得に課税を行うものとしており、これらの者は、米国外で得た所得についても米国で適切に申告・納税しなければならない。米国課税当局が米国外の所得に対して課税を行うためには、米国納税者の米国外の所得に係る正確な情報を得ることが必須である。米国課税当局が米国外の所得に係る情報を入手できないのであれば、米国外の所得を意図的に申告せずに税負担を免れようとする米国納税者が出現するであろう。近時、租税条約に基づく情報交換を通じて、課税当局が海外の所得に係る課税情報を入手できるようになってきているが、かかる情報交換にも限界がある。そのため、米国FATCA法は、米国外金融機関(Foreign Financial Institution: FFI)が米国納税者の口座情報を米国課税当局に直接に提供する仕組みを確保することを通じて、米国課税当局が米国納税者の米国外所得に係る正確な情報を入手できる制度を構築しようとしているのである。

 もっとも、米国外金融機関は米国の領土・主権の及ぶ範囲の外に存在するのであり、米国が米国外金融機関に対して米国納税者の口座情報の提供を直接に強制することができるわけではない。そのため、米国FATCA法では、米国企業が米国外金融機関に対して行う一定の支払に対して源泉徴収を行うという不利益を組み合わせることにより、米国外金融機関が米国課税当局に当該口座情報の提供を行うように動機付けている。具体的には次のような仕組みである。

(1)米国外金融機関への支払に対する源泉徴収課税

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 米国FATCA法においては、米国外金融機関に対する「源泉徴収可能な支払(Withholdable Payment)」について、源泉徴収代理人が、原則として、30%の源泉徴収税を徴収しなければならないことが規定されている。

 「源泉徴収可能な支払」とは、いわゆるFDAP所得といわれる、米国源泉の利子・配当・賃貸料・給与・年金・報酬その他の定期定額の所得のみならず、米国源泉の配当又は利子を生みだす資産の売却又は処分に伴うグロスの支払額や米国金融機関の海外支店が支払う預金利子が含まれるなど、広範な支払が源泉徴収の対象とされる。支払者たる米国企業は、米国の主権が及ぶため、米国FATCA法に従い、かかる源泉徴収を行わざるをえない。

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 そして、かかる源泉徴収を回避するためには、米国外金融機関は、原則として、米国課税当局とFFI契約を締結することが要求されることとなる。かかるFFI契約の内容として、米国人納税者が保有する口座の特定や米国課税当局への報告、後述のパススルー支払に係る源泉徴収義務などが定められる。米国外金融機関は、かかるFFI契約上の義務として、米国納税者の口座情報の報告義務などを負担することになる。

(2)FFI契約を締結した米国外金融機関による他の米国外金融機関及び非協力口座保有者に対するパススルー支払に係る源泉徴収義務

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 さらに、米国FATCA法では、FFI契約を締結した米国外金融機関が他の米国外金融機関や情報提供に協力しない非協力口座保有者に対して「パススルー支払(Passthru Payment)」に該当する支払を行う場合には、30%の源泉徴収を行わなければならない旨をFFI契約に規定することが想定されている。

 「パススルー支払」とは、米国FATCA法において、源泉徴収可能な支払、又は、源泉徴収可能な支払に起因するその他の支払(other payment to the extent attributable to a withholdable payment)をいうと定義されている。しかしながら、その範囲は文言上不明確であるばかりか、現在、米国課税当局が公表している案においては、「パススルー支払」は源泉徴収可能な支払に直接紐づけられた支払に限定されないことが示唆されており、極めて広汎な範囲の支払が該当する。現在の公表案では、簡単にいえば、支払者である米国外金融機関の総資産に対する米国資産の比率(パススルー比率)を計算し、他の米国外金融機関に対する支払金額に当該パススルー比率を乗じた金額を「パススルー支払」とする、としているのである。

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 すなわち、米国FATCA法では、パススルー支払の範囲が広がることにより、一見、米国からの支払と何らの関係のない支払についても、米国FATCA法に基づく源泉徴収の対象とすることができるのである。そして、かかるパススルー支払の受取人になる米国外金融機関にも米国課税当局とFFI契約を締結させることにより、より多くの米国外金融機関を米国FATCA法の傘の下に入れることを意図しているのである。FFI契約を締結する米国外金融機関が増えれば増えるほど、皆がFFI契約を締結せざるをえない状況に追い込まれるのである。

 ■ なぜ米国FATCA法が問題か

 米国FATCA法は、日本を含む諸外国の金融実務に多大な影響を与え、日本人・日本企業が被る影響や問題にも多大なものがあるが、以下では、特に次の三点を指摘しておく。

 第一に、米国FATCA法の影響を受ける金融機関が非常に広いという点である。米国FATCA法における米国外金融機関は、銀行・信用金庫・労働金庫・信用組合・系統金融機関などの預金取扱等金融機関、証券会社、クリアリング機構などの清算機関の他、投資信託やファンドなどを含んでいる。また、保険会社も含まれる可能性がある。また、前述のパススルー支払により、米国に拠点を持たず完全に国内業務のみを行っている金融機関であっても、米国FATCA法の影響を受けるのである。

 第二に、米国FATCA法が米国外金融機関に多大な事務負担・コスト負担を要求する(通常の業務過程では対応ができないか、対応をするためには膨大なコストがかかる事務を要求する)という点である。FFI契約を締結した米国外金融機関は、米国外金融機関にある各口座の保有者が米国納税者であるか否かを判断するために必要な情報を取得することを要求され、米国人納税者の口座の特定に関して、米国課税当局が定める確認・精査手続(デュー・ディリジェンス)を実施しなければならない。現在の米国課税当局の公表案によれば、米国外金融機関は、個人かそれ以外か、既存口座か新規口座かなどにより異なる確認・精査手続を行わなければならないものとされている。確認・精査手続の詳細の説明については紙幅の関係で省略するが、例えば、個人については、概ね、残高が5万米ドル相当以下又は米国人納税者であることが確認されている口座を除き、米国人納税者である可能性を示唆する情報の有無を精査し、もしそのような情報を見つければ、当該個人から米国人納税者でないことを証明する書類を取得しなければならない。また、個人顧客の既存口座のうち、プライベートバンキングに係る口座や残高50万米ドル相当以上の口座は米国人納税者か否かに関して入念な確認作業をすることが求められる。一方、法人口座など、個人以外の口座については、残高に拘わらず確認の対象となり、当該法人が実体のある事業を行っているか否か、実体のある事業を行っていない場合には、その株主などの実質的保有者は誰か、といったことまで確認することが要求されるのである。そして、これらの確認作業に協力しない顧客は、非協力口座保有者として取り扱われる。

 全国銀行協会が米国課税当局に提出した意見書によると、日本の全人口約1億2800万人に対して米国籍保有者は約5万2000人であり、0.04%に過ぎない。一方、日本の銀行における預金口座数は約8億である。かかる預金口座全体を対象として確認・精査手続を行うとすれば、多大な事務・コスト負担が生じることが確実である。また、日本の金融機関が米国FATCA法の確認・精査手続を行わなければならないことにより、金融機関を利用する顧客側においても、(米国納税者ではなかったとしても)金融機関から様々な情報・書類の提出を求められることになりかねない。日本の国民全体が負担することとなる有形・無形のコストは計り知れない。

 第三に、日本の金融機関が米国FATCA法を遵守しようとすると、既存の日本の法制度と抵触する可能性があるという点である。例えば、米国FATCA法は、米国人納税者の保有する口座に係る情報(総収入金額や総支払額などの情報を含む)を米国課税当局に報告することを求めている。一方、日本国内の金融機関は、信義則又は商慣習法上、顧客の情報について守秘義務を負担すると解されており、正当な理由なくこれを第三者に開示することは問題となる。また、個人顧客に係る情報については、個人情報保護法による第三者への開示制限も関係する。米国FATCA法(及びFFI契約)は、米国人納税者の保有口座に関する情報を米国課税当局へ報告することが現地法により妨げられる場合には、米国外金融機関は米国課税当局への報告が可能となるように当該口座保有者から当該現地法に係る権利放棄を取得するように努力しなければならず、合理的な期間内に権利放棄が得られないときには、当該口座を閉鎖しなければならないとしている。しかしながら、日本においては、銀行の普通預金口座は給与振込み・公共料金の引落しなどに利用され、経済活動の基盤を成すものであることから、その解約については相当な慎重さが求められる。従って、口座保有者が米国課税当局への報告に同意しないことをもって、その普通預金口座を強制的に解約することができるか、議論の余地があろう。

 ■ おわりに

 歳入減少と歳出増加に苦しむ米国が税収確保のために立法を行うことについては、本来、諸外国が口を差し挟む話ではない。しかしながら、米国FATCA法が問

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伊藤 剛志(いとう・つよし)

 弁護士。1999年東京大学法学部卒。司法修習(第53期)を経て、2000年に弁護士登録。2007年ニューヨーク大学ロースクール(LL.M.)修了(Arthur T. Vanderbilt奨学生)。2008年ニューヨーク州弁護士登録。現在、西村あさひ法律事務所・名古屋事務所代表。金融取引および税務を中心に担当。レポ取引に係る源泉徴収税を巡る税務訴訟を始め、様々な税務調査・税務争訟に関与・助言している。

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