メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

西村あさひのリーガル・アウトルック

香港企業を買収する際に注意すべき法規制

山中 政人(やまなか・まさと)

 世界的な不況の中でも活況が目立つ香港。そこを足場に中国、東南アジアの活力取り込みを目指す日本企業は少なくない。その香港への進出方法として注目されるのが現地の企業買収だ。この2月上旬まで1年間香港の法律事務所に出向していた山中政人弁護士が、香港での企業買収に際して注意しなければならない法規制の概要を詳細に解説する。

香港進出の手段としての香港企業のM&A
~関連する規制の概要について~

西村あさひ法律事務所
弁護士 山 中 政 人

拡大山中 政人(やまなか・まさと)
 弁護士。2000年 慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2002年10月弁護士登録。現在、西村あさひ法律事務所シンガポールオフィスにて日系企業のアジア進出を広くサポートしている。

 ■外国企業・投資家が参入し易いインフラ

 欧米諸国を中心とした世界的な不況の中でも、中国・東南アジアは今も注目を浴び続けるマーケットである。香港は、一国二制度のもと、外交などについて中国から自治が認められ、資本主義政策のもと、外国企業・投資家が参入し易い法制度が採られており、広くアジアの地域統括の場とする多国籍企業も多い。例えば、(i)香港は、外国為替の変動管理を行っておらず、投資、資本金の引き上げ、香港法人から株主に対する配当の送金についての制限がない。また、(ii)放送業界に関連する企業に対するものを除き、外資参入が制限されておらず、銀行業、保険業など一定の規制業種を除き、企業買収についての規制当局の承認などを得る必要もない。(iii)キャピタルゲイン税、相続税、付加価値税、物品・サービス税は課されておらず、法人税は16.5%と極めて低い。更に、(iv)香港は、中国返還前の英国の法制度の名残が色濃く残っており、成熟・安定した法制度を有している。

 このような香港への進出については、香港に現地法人を新規設立し、それを徐々に大きくしていく方法も考えられるが、すでに現地に存在する香港企業を買収することで、香港進出しようと目論む企業も多いであろう(既に、2005年のTDKによる香港の電池製造販売会社の買収事例など、わが国企業が中国に製造拠点のある香港企業を買収した実例もある)。この点、香港会社条例(「条例」は、わが国の法律に相当する)には、わが国の会社法とは異なり、株主総会など一定の手続を通じて複数の会社が一つの会社となるような手続、即ち、合併に関する手続は規定されていない(この点、英国会社法と同様である)。従って、香港会社条例に基づき設立された会社を買収するには、当該対象会社の資産などを取得し、実質的に事業の譲渡を受けるか、当該対象会社の発行する株式を取得する方法を用いることになる。本稿では、これらの企業買収の際に注意しなければならない法規制の概要について論じていく。

 ■株式を取得することによる買収

 ○株式を取得する際の規制

 香港での企業買収の方法として、対象会社の株式を取得し、その支配権を獲得する際には、下記の規制が存在していることに留意する必要がある。

 (1)買収・合併・自己株式取得コード(Code on Takeovers and Mergers and Share Repurchase)

 証券先物委員会(Securities and Futures Commission, 以下「SFC」という)が制定した「買収・合併・自己株式取得コード」(以下「買収コード」という)には、後述する公開買付けやスキーム・オブ・アレンジメントといった、支配権取得が問題となる香港証券取引所上場会社(以下「香港上場会社」という)などの株式取得に関する手続が定められている。買収コードは法令ではなく、法的な拘束力はないが、それに違反した企業や証券会社などの市場参加者に対して、違反に対する批判の公表、譴責処分、市場参加者に対して違反者と取引を行わないことをSFCが要請するなどの制裁(disciplinary action)が課される。

 なお、ほとんどの香港上場会社には支配株主が存在しており、当該支配株主の協力なく企業買収を成功させることは至難の業である。そのため、企業買収を行う際には、当該支配株主の協力を得ることが重要である。支配株主の協力さえ得られれば、対象会社の取締役会の支持も得られるのが通常であるので、香港において敵対的買収が行われることは非常に稀である。

 1,公開買付け

 「公開買付け」は、買付期間や買付価格などを公表して、金銭その他の財産(買収者の株式など)を対価として、対象となる香港上場会社の株式などの全部又は一部を、不特定多数の株主らから証券取引所外で買い付けるための手続である。香港法では、(i)買収者が従前より保有している香港上場会社の株式と合わせてその総議決権の30%以上を取得するに至る場合、又は(ii)30%以上50%未満の株式を既に保有する買収者が更に2%以上株式を取得しようとする場合(なお、当該買付けに協力するものがいる場合、その保有株式も合算される)に、それぞれ公開買付けの手続が強制されることとなる(このように法令によって強制される公開買付けを「強制公開買付け」といい、任意に行われる公開買付けを「任意公開買付け」という)。買収者による公開買付けの意思が公表されたことなどにより、公開買付手続が開始され、買収者は、買収者の状況や買付条件など、公開買付けに関する重要な情報が記載された公開買付書類などを対象会社の株主に通知し、株主から買付けへの応募を募ることとなる。

 この点、任意公開買付けの場合には、買収者の主観に係らしめられない客観的な条件を買付けの条件とすることもできるが、強制公開買付けの場合には、応募株式などの数が総議決権50%以上取得できなければ買付けを行わないといったもの以外、買付けに条件を付することはできないものとされている。

 買付けの対価は、対象会社の株主間で公平であることが要求されているほか、公開買付開始3ヶ月(強制公開買付けの場合には6ヶ月)前から買付期間終了までに買収者が対象株式取得のために支払った価格の最高値以上としなければならないものとされている。なお、任意公開買付けの場合、買付けの対価を、買収者の株式とする、いわゆる自社株対価TOBの手法を用いることも可能である。この点、自社株対価TOBを成功させるためには、当該対価となる株式が容易に換金できること、つまり、株式の流動性があることが当該公開買付けが成功するか否かを左右する重要なファクターとなる。香港証券取引所に上場していない株式については、対象会社の株主にとって、流動性のある対価とは言い難いので、わが国企業が香港企業を買収する手段として自社株対価TOBを用いるためには、実際上は、対価となる株式又はその株式を目的とする預託証券が、香港証券取引所に上場されていることが必要となるであろう(わが国企業がその発行株式を目的とする香港預託証券(HDR)を香港証券取引所に上場した例としては、2011年4月にその株式を目的とするHDRを香港証券取引所に上場したSBIホールディングスの例がある)。

 また、公開買付書類の株主に対する通知後4ヶ月以内に、対象株式の90%以上が買収者に取得されていることなど、香港会社条例に定める条件が満たされれば、会社条例上、買収者に対して、公開買付けに応じなかった残余株式を強制的に取得する権利(バイアウト権)が認められている(少数株主のスクイーズ・アウトのための手続である)。この公開買付けとバイアウト権による強制取得は、その完了までに全体として4~6ヶ月ほどの期間が必要である。

 2,スキーム・オブ・アレンジメント

 既に対象会社の株式の一部を保有する株主が、他の株主から、対象会社の協力の下で、その全株式を取得するために用いられる手続が「スキーム・オブ・アレンジメント」である。支配株主及び対象会社から協力を得られる友好的公開買付けが可能な場面では、その手続完了までの期間が約3ヶ月と、前述した公開買付けと強制取得とを組み合わせた方法を用いる場合より短く済むこともあって、このスキーム・オブ・アレンジメントの方法が用いられることがある。スキーム・オブ・アレンジメントを実行するためには、対象会社の設立準拠法にスキーム・オブ・アレンジメントの手続規定が存在する必要があるが、対象会社が香港法に基づいて設立された香港上場会社のみならず、ケイマン法や英領ヴァージン諸島(BVI)法を設立準拠法とする香港上場会社についても、それぞれの法令でスキーム・オブ・アレンジメントが認められている。

 スキーム・オブ・アレンジメントにより、買収者である特定の株主が対象会社の全株式を取得するためには、(i)株主総会にて当該スキーム・オブ・アレンジメントを行おうとする株主(その協力者を含む)以外の株主(「非利害関係株主」という)の過半数、かつそれらの株主が保有する株式の価値の75%以上に相当する株主が当該スキーム・オブ・アレンジメントを承認すること、(ii)当該非利害関係株主が保有する株式の価値の10%以上に相当する株主の反対がないこと、(iii)裁判所の認可などの条件を満たす必要がある。スキーム・オブ・アレンジメントが完了すれば、買収者は対象会社の全株式を保有することとなる。

 スキーム・オブ・アレンジメントの株主に対する開示方法などについては、公開買付けと類似の買収コードの規定が適用される。

 なお、スキーム・オブ・アレンジメントにおいて対象会社の株主に交付される対価として、理論上は、金銭の代りに買収者の株式を用いることも可能である。もっとも、これを成功させるには、前述の自社株対価TOBの場合と同様、実際上は、当該対価となる株式又はそれを目的とする預託証券が香港証券取引所に上場されていることが必要と解されるし、スキーム・オブ・アレンジメントを実行するためには、非利害関係株主の75%以上の承認や裁判所の認可といった厳しい要件をクリアすることが必要となる。そのため、香港上場会社をこの方法で買収することは、自社株対価TOBよりも更にハードルが高いであろう。

 (2)証券先物条例(Securities and Futures Ordinance)

 1,市場違法行為についての規制

 買収の対象会社が香港上場会社である場合には、その株式の売買について、証券先物条例に基づく、インサイダー取引、不公正取引、価格操作、相場操縦及び公開買付書類などの開示書類に関する虚偽又は誤解のある記載についての情報開示などに関する規制(これらは、わが国の金融商品取引法に規定される取引規制などに相当する)が適用される。

 2,株式保有の開示に関する規制

 香港上場会社の取締役・CEO(Chief Executive Officer)及びその総議決権の5%以上の株式を保有する株主は、証券先物条例上、株式の保有状況などに関する開示が求められている。取締役やCEOについては、その保有株式数やその売建て玉に変更が生じた都度、開示を行うことが必要とされている。他方、香港上場会社の総議決権の5%以上を保有する株主については、その後、保有株式数が整数%レベルを超えて(例えば、5.9%から6.1%)変動した場合やそれが5%を下回った場合などにおいて、それらの事実を開示することが求められている。

 (3)香港証券取引所上場規則上の規制

 1,「通知対象取引」と「関連者取引」

 買収の対象会社又はその株式の譲渡者が香港上場会社であり、当該取引が香港証券取引所の上場規則に規定される「通知対象取引」(香港上場会社又はその子会社が行う取引につき、その類型に応じ、その規模が、香港上場会社の資産、利益などを基準に計算される一定の数値に達するか否かにより、当該取引に該当するか否かが決定される)又は「関連者間取引」(香港上場会社とその取締役を始めとする香港上場会社の関連者との間の取引につき、その類型に応じ、その規模が、上場会社の資産、利益などを基準に計算される一定の数値に達するか否かにより、当該取引に該当するか否かが決定される)に該当する場合には、その規模に応じて、当該香港上場会社に、情報開示や株主総会における承認などの手続が求められる。これは、資産・事業譲渡の場合における資産・事業の譲受人及び譲渡人の場合にも同様である。

 2,浮動株

 香港証券取引所の上場規則上、原則として、香港上場会社の発行済株式総数の25%以上の株式が浮動株(安定的に保有されている株式ではなく、市場の変動を予期して利益を得るために市場で自由に売買されている株式)であることが求められている。これに違反した場合には、当該香港上場会社の株式について上場廃止の問題が生じる。

 (4)印紙条例(Stamp Duty Ordinance)

 香港では、未上場会社のほとんどが、私的会社(株式譲渡を制限する旨、株主数を50名未満にする旨、及び会社の株式又は社債の公募禁止が定款に定められている会社)という企業形態を採用している。私的会社については、香港上場会社と異なり、その株式の取得や買収についてほとんど制限はない。もっとも、印紙税条例により、その株式の売買証明書(contract note)などの作成が必要となり、その売買価格及び売買株式の適正価格の0.2%のいずれか高い金額に相当する印紙税が課される(この印紙税条例は、売買される株式の発行会社が香港上場会社の場合にも適用される)。そして、当該印紙税などの支払いをしなかった者に対しては、罰金が科される他、当該印紙税の支払いが行われるべきであった契約書などについて、株式の権利移転に関する証拠能力が裁判上認められないなどの不利益が課される。

 なお、私的会社については、定款だけでなく、株主間契約で株式の譲渡に関する制限が設けられていることが多いため、私的会社を買収しようとする際には、この点についても事前に確認しておくことが必要である。

 ■ 資産・事業を取得することによる買収

 香港企業を買収する際に考えられるストラクチャーとして、株式取得による方法とは別に、対象会社の保有する不動産、動産、知的財産権などの資産を、買収者の支店又はその香港現地法人が譲り受け、実質的に事業を承継することで、その企業を買収する方法が考えられる。その利点としては、必要な資産・負債を、買収者の事業目的に合わせて選別できる点にある。もっとも、香港の法令上、事業を一括して移転させるような手続は存在せず、個別の資産を別々に移転させる必要がある。従って、この資産譲渡の方法を利用する場合には、不動産や知的財産権といった各々の譲受対象資産の登記・登録の確認などが必要となり、手続的には株式譲渡の方法を用いる場合よりも複雑になる。また、雇用契約についても、雇用契約上の雇用者の地位の譲渡によりその地位が自動的に買収者に移転するものとはされておらず、雇用契約の移転には、役職員と譲渡人との間における当初の雇用契約の終了とそれらの者と買収者との間における新規の雇用契約の締結が必要となる。

 また、後述する事業譲渡(債権者保護)条例(The Transfer of Business (Protection of Creditors) Ordinances。以下「事業譲渡条例」という)により、買収者には譲渡前の資産・事業に関連する債務を負担する責任が生じる場合があり、特に注意を要する。

 ○事業譲渡(債権者保護)条例(The Transfer of Business (Protection of Creditors) Ordinances)

 事業譲渡条例は、事業譲渡によって譲受人に承継されない債務についての債権者の保護を目的とするものである。事業譲渡条例は、事業の譲渡人は、譲渡前の当該事業に関連する債務(税務を含む)を負担する責任を、事業の譲受人と共に負うものと定めているが、この責任は、譲渡人と譲受人との間の契約によって排除することはできないものとされている。この責任を免れるためには、事業譲渡を行おうとする日から遡って4ヶ月前から1ヶ月前までの間に、官報や新聞紙上に債権者に対して事業譲渡が行われる旨の公告を行うなどの、事業譲渡条例所定の手続を行う必要がある。

 実務上は、事業譲渡条例に基づく責任を軽減させるため、当該条例所定の手続の完了を事業譲渡の前提条件としたり、事業譲渡条例に基づいて生じた譲受人の債務について、譲渡人に補償させる旨の規定を事業譲渡契約に盛り込むことがしばしば行われている。

 なお、事業譲渡条例が適用される「事業」の定義は抽象的で、その範囲は必ずしも明確ではない。そのため、買収者が「資産の譲渡」と認識していた行為も、この「事業譲渡」に該当すると解される可能性もあるので、この点に関しては、事前に弁護士に相談することが望ましい。

 ■終わりに

 2011年は、世界的に経済不振に見舞われ

この記事の続きをお読みいただくためには、法と経済のジャーナルのご購読手続きが必要です。

朝日新聞デジタル購読者(フルプラン)の方なら手続き不要

法と経済のジャーナル Asahi Judiciaryは朝日新聞デジタルの一部です。
有料(フルプラン)購読中の方は、ログインするだけでお読みいただけます。

朝日新聞デジタルのお申し込みはこちら

山中 政人(やまなか・まさと)

 西村あさひ法律事務所 シンガポール事務所 共同代表。
 2002年より弁護士業務を開始し、三井安田法律事務所、外国法共同事業法律事務所リンクレーターズ、三宅坂総合法律事務所を経て、2008年西村あさひ法律事務所に入所。公募、第三者割当、グローバル・オファリングなど、キャピタルマーケット業務を専門的に手がけ、日本の企業のグローバル・オファリング、韓国、台湾、香港、シンガポールでのIPOに関与する。2011年より2012年まで香港のノートン・ローズ法律事務所に出向した後、2012年2月より西村あさひ法律事務所シンガポール・オフィスにて執務開始。M&A、ジェネラル・コーポレート、ファイナンスなど日本企業のアジア展開を幅広くサポート。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。